6. 追放
キラーラビットから肩に重傷を負った翌日、俺は朝食後に王城の講堂に向かった。
今日から、魔術訓練が本格的な段階に入るらしい。
魔術訓練自体はアルフォンスから受けていたが、魔力感知・操作の練習に留まっていた。俺の成績は下の上ってとこだ。
「あ、きたきた。のろまのあさおくん。」
「キラーラビットなんていうDランクモンスターにやられちまうなんて、俺達召喚者の恥だな。」
講堂に入ると、根田和馬と黒瀬匡が、嬉々とした表情で嫌味を投げかけてくる。
昔からこいつらは、人のミスを責め立てたり、はやしたてたり、揚げ足をとってばかりいる。
「図星だからって反論もできないのかい?」
「根田、言い過ぎだ。浅生だって好きで怪我をしたわけじゃない。確かにキラーラビットはそこまで俊敏な魔物ではなかったけど、初めての戦闘だったわけだし……。」
職業『勇者』の柴橋聡一が、フォローにならないフォローを入れてくれる。
彼らにとってキラーラビットは俊敏ではないらしい。俺は突進を避けられなかったのだが。
他のみんなの速度値は知らないが、俺より上なんだろうな……。
聡一に目線でもういいよと合図をし、俺は和馬たちを無視して着席する。
『自称魔術士』の俺は、魔術でこの世界を生き抜くしかない。和馬たちに魔術訓練を邪魔されるわけにはいかないのだ。
「さわがしいですよ。これから訓練だというのに。」
いつのまにか、講堂の教壇に、赤茶色の髪をした若い女性が立っていた。青色のローブまとい、数珠のような飾りを首から下げている。背は高くないのだが、姿勢がよいのか凛とした佇まいだ。
「わたしは、クラーラ。これまでアルフォンスから魔術訓練を受けてたと思うけど、これからはわたしが担当するわ。彼は剣術が専門だから。魔術の初歩の部分はお願いしちゃったけど。」
クラーラは俺達全員を見渡した後、笑みを浮かべながら言葉を重ねる。
「じゃあ、はじめに魔術の発現法則について伝えるわ!」
「えー法則?呪文とかを教えてくれるんじゃないのかよー。」
和馬が横から口を挟む。
「まずは法則からです。といったものの、実際の魔術を見せた方が早いわね。『ファイアーボール!!』」
クラーラが右手を頭上に掲げながら叫ぶと、右手に赤い魔方陣が展開され、少し遅れて手の平に五十センチ程度の橙色の火の玉が出現した。
「すげーなおい。」
「きれいねー。」
「あんなのくらったら火傷じゃすまないぜ。」
「キタコレ☆」
各々感想を口にする。
なんか変な感想が混ざった気がするがスルーする。
「どう。これが攻撃魔術の一つ『ファイアーボール』よ。魔術士が得意としているわ。」
クラーラが手を握ると、火の玉は消滅した。
「魔術は、魔術式を構成し、そこに魔力を通すことで発動するわ。」
クラーラが解説を続ける。
「魔術式はそれぞれの魔術によって決まっていて、魔力を使って念じることで、空間に魔術式を投影するの。魔術式を空間に投影できたら、魔術式に追加で魔力を通すだけ。って、口で言うと簡単なんだけどね。」
この後、クラーラが魔術の発動法則について一通り概要を説明した後、発動の手順をいくつかのステップに分けて練習することになった。
「うげっ。こんなの覚えられないぜ。」
「複雑すぎない?」
『ファイアーボール』の魔術式が書かれた紙を見て、クラスメート達は頭を抱える。
魔術式というより魔方陣だ。
「覚えなければ発動できないわよ。魔術式を完璧に再現しなければならないかというと、違うのだけれど……。人によって再現度が違うから、同じ魔術でも威力や性質に差が出てくるの。いわゆる癖というやつね。」
「『ファイアーボール』は少し難しいから、簡単な『ライト』から始めるわ。」
クラーラの指示で、最も簡単とされる魔術『ライト』の練習を開始する。
『ライト』は一般的に広く使用されており、職業を持っていない一般人でも比較的扱いやすい魔術とされている。
「出来たっ!」
練習を開始してからしばらく経ったころ、深谷隆弘が声を上げる。
隆弘の突き出した右手のすぐ前に魔方陣が展開されており、その前方に小さな光が輝いている。
「「おおー!!」」
「おめでとう!あなたは、『魔術士』の子ね。初日で習得とは末恐ろしいわ!」
クラスメートのどよめきとクラーラの賞賛が聞こえる。
俺も、魔術式の構成までは上手くいっていると思うのだが、残念ながら発動までは至っていない。
「失礼、リョウヘイ・アサオ君はいるかな。」
日も傾き、訓練もそろそろ終わりという頃、アルフォンスが講堂の入り口に姿を現し、俺を呼んだ。
「は、はい。なんでしょう。」
「クラーラ、訓練中割り込んですまない。」
「いえいえ、良いですよ。もう終わるところでしたから。えーっと、それでは皆さん、本日の訓練は終了です。解散してください。」
アルフォンスはクラーラに軽く頭を下げ、俺の方を向く。
クラスメート達の視線が刺さる。ちらっと沙織の心配そうな顔が視界をよぎった。
なにか悪いことをしただろうか?心当たりは無いが。閲覧禁止の本も触れてないし。
「率直に言おう。君にはこの王城から出ていってもらう!」




