4. 書庫にて
俺たちが異世界に召喚されてから、六日間が経過した。状況はすこぶる悪い。俺の能力が低すぎるのだ…。
他のクラスメート達は、『戦士』やら『弓使い』やら様々な職業だったが、職業による能力向上の恩恵を大きく受けるらしく、皆一様にこちらの世界の一般人より戦闘能力が格段に高かったのだ。
一方俺は職業による恩恵が少ないのか、一般人とそれほど能力が変わらないどころかむしろ低い状態だ。この六日間、俺は基礎体力訓練・戦闘訓練ではクラス最低点、魔術訓練でさえ平均以下という有様だった。
唯一救いなのが座学で、職業の恩恵が関係ないため、これだけはトップレベルの成績を維持している。
憂鬱な気分を引きずりつつ、お昼過ぎから王宮に併設されている書庫に入り浸る。
今日は六日ごとに設けられている休養日のため、気分転換とせめて座学だけでも成績を維持したいとの思いから、この世界の歴史について自習をしているわけだ。
「おや、珍しいのう。お客さんとは。」
目線を本から外し、話し声が聞こえたほうを向くと、小柄な老齢の男性が立っていた。
年は七十歳を過ぎたくらいだろうか、紫色のローブを羽織っており、穏やかな口調で話しかけてくる。
「召喚者の方かのう。ここの書庫には、建国当時からの資料のみならず、武術、魔術、薬草についてなど、貴重な本が保管されておる。きっと、魔族との戦いにも役に立つであろう。」
「あなたは…。」
「おっと失礼。わしはルーカス・ホフマンというものでな。この書庫の管理をしておる。書庫に誰かおることは稀ゆえ、つい声をかけてしもうた。」
「僕は、浅生涼平といいます。所謂召喚者です。まさか勝手に書庫に入るのはまずかったでしょうか。」
「よいよい、宰相からも、召喚者の皆が書庫を利用することを許可されておる。じゃからまったく構わんよ。ただ、閲覧権限がある資料もあっての。それらは別の部屋に保管されておるから大丈夫かと思うんじゃが、勝手に見ると罪になるから気をつけるんじゃぞ。」
「分かりました。気をつけます。ご丁寧にありがとうございます。」
「まずはこちらの本を読むとよいぞ。」
ルーカスは、近くの本棚から二冊本を取り出し、俺に薦めてくれる。
「それぞれ『職業』と『魔術』について書かれておる。魔族との戦いでは、己を知り、敵を知ることが大切になってくる。」
「ありがとうございます、ルーカスさん。是非読んでみます。」
「では、わしは隣の部屋におるから、なにかあれば声をかけるんじゃぞい。」
ルーカスは微笑を絶やさずにそう告げると、書庫入り口横の部屋に入っていった。
「閲覧権限がある本もあるのか。まぁ、俺達は外の世界から来た人間だし当然か。」
俺はルーカスから薦められた本の内、一冊をさっそく開く。『職業と統治』という本だ。
本によると、この世界の職業は鑑定石という道具か鑑定魔術によって調べることができるという。職業は生まれつき備わったもので、後天的に変わることは基本的に無く、神から与えられた才能として認識されているらしい。
職業には、『王族』、『貴族』といった地位を表すものや『鍛冶士』、『回復術士』のように技術を表すものがあり、職業によって身体能力や魔術の発動に恩恵を受けることができる。しかし、大半の人間は『職業なし』と鑑定され、その場合『平民』と呼ばれるようだ。
なお、戦闘に向いた職業では『戦士』や『騎士』といった職業が多いそうで、『戦士』は冒険者へ、『騎士』は貴族の騎士団に所属することが多いそうだ。
「なるほど、職業を持っているだけで、一目置かれるってわけか。しかし、冒険者とかほんとにあるんだな。」
次に、二冊目の『魔術の心得』という本を開いてみる。
本によると、魔術は特定の術式に魔力を流すことで発動するそうだ。
よって、魔術士でなくても術式と魔力が適切ならば攻撃魔術の発動は可能だし、回復術士以外でも治癒魔術を使うことは可能ということだ。
ただし、魔術士ならば攻撃魔術の習得が早くなるなど、職業による恩恵が受けられるらしい。その他、戦士や騎士ならば身体強化系、狩人ならば気配感知系の魔術の習得に優れるという。
「なるほど、職業はあくまで恩恵を受けるだけであって、魔術士でも身体強化は可能なわけか。」
基礎体力訓練で行った重い荷物を背負った状態での持久走を思い出しながら、思わず独り言が漏れる。
自分より体の小さい女子達よりも成績が悪く、惨めな気持ちになったのだ。身体強化ができればなんとかなるかもしれない。
続けて、本を読み進めると気になる記述があった。
【特定の職業しか習得できないとされる魔術も存在する。例えば、調教士の調教魔術、結界士の封印魔術などが現在のところ確認されている。】
調教魔術か、出来たら汎用性高そうだな。ラノベのテンプレだと最強職業の一角だし。
「そろそろ書庫を閉めようと思うのじゃが、いかがかな。」
本に夢中になっていたが、いつのまにか日が傾きかかっている。
「すいません。すぐに退出します。お勧めしてもらった本、興味深かったです。」
「急がせてすまんのう。役に立ったようで良かったわい。本たちも久しぶりに読んでもらって喜んでおるわ。」
外からは、和馬や匡たちの声が聞こえる。どうやら、休養日も剣術の自習をしているようだ。やつらは武器を振るえることが楽しくてしょうがないらしい。
「今日はありがとうございました。また来ます。」
俺はルーカスに礼を言って、書庫を後にした。
読んでいただいた方、ありがとうございます。
定期連載できるようにがんばります!




