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2. 職業『自称魔術士』


 赤白い光に埋め尽くされた視界の中で、一瞬の浮遊感とともに、硬い床の上に着地する感覚がする。

 目を眩ますような強烈な光が徐々に収まり、視界がはっきりしてくる。

 

「どこだここは?何が起こった?」


 クラスの委員長を務める柴橋聡一(しばはしそういち)が声をあげる。その他の面々は、自分たちに起きた現象に理解が追い付かないのか、声を失ったかのように驚きの表情を浮かべている。


 俺たちはどうやら学校の体育館くらいの広さの室内にいるらしく、周囲には百人を超えるであろう物々しい雰囲気の武装した集団が、値踏みするような視線で俺たちを見ていた。

 あるものは槍を構え俺たちを凝視して、またあるものは杖のようなものを持ち、何かをつぶやいているようだ。


 これはまさか、あれだ。そうだ、俺の想像が正しければ、異世界召喚ってやつだ……。

 異世界召喚――、この響きに憧れを感じない中二男子はいるのだろうか。いないだろう。俺は既に中三だが、一年ぐらい誤差のようなものだ。ちなみに俺はまだ中二病を卒業できていない。

 テンプレだと、ここから魔族やら特殊な能力やら勇者やらの流れになるんだが……。


「ようこそ、グルレシア王国へ」


 武装した集団の一部が割れ、いかにも高級そうな衣服をまとった初老の男性が歩いてくる。

 第一印象を率直に言えば中世ヨーロッパの貴族のような風貌といったところか。

 身長は百七十センチくらい、頭髪には白髪が混じっており、おでこから頭頂部にかけて禿げかけている。

 衣服は上下ともにダボっとしているが、おなか周りが歩くたびに揺れるあたり、相当な贅肉がついているのだろう。


「驚くのも無理はなかろう、諸君らは我が国の魔術士達により、別の世界より召喚されたのだ。全員で十八人、いや十九人か。予定より多いな……。」


「ここは……どこだ。俺たちに何を……したんだ……。」


 聡一が戸惑いの混じった表情で、声を振り絞る。


「先程申したであろう。ここはグルレシア王国、諸君らは別の世界より召喚されたのだ。私の名はデビアス、この国の宰相を務めておる。」


「訳が分からない、そんな冗談が信じれるかっ。」


 聡一が首を振りながら叫ぶ。


 きたー!!俺は心の中でガッツポーズをする。

 この流れなら、いわゆるテンプレの軌道に乗りそうだ。

 ここは正義感の強いやつに任せて、いかにも巻き込まれた感を出すのが良いんだっけな。とりあえず今は静観しよう。


「冗談ではない、だが、信じられぬ気持ちも分からんでもない。別の世界からの召喚魔術は禁忌とされているからな。見たこともない魔法陣だっただろう。」


「召喚とか魔法陣とか意味不明なこと言ってんじゃねぇ!元に戻しやがれ!どうせ何かのドッキリだろ!」


「こんな手にはひっかかんねぇぜ。ゲームじゃねえんだから魔術とかあるわけないだろ!」


 即座には危害が加えられないと感じたのか、急に強気な口調で根田和馬(ねだかずま)黒瀬匡(くろせまさし)が騒いで暴れ始める。


「だまらんかっ!状況が分かっていないようだな。手荒なことはしたくはないのだが……、仕方あるまい。あの二人を抑えこめ!」


「はっ!」


 デビアスと名乗った初老の男性の指示で、周囲の槍を持った兵士たちが和馬と匡を取り押さえる。

 普段暴れまわったら手の付けられない二人だが、兵士たちはいとも容易く二人の自由を奪う。


「うぐっっ!」


「ぎゃゃああああ!」


 脇に控えていた杖を持ちローブをまとった男性が何かをつぶやいた瞬間、杖から白いひも状のなにかが出現し、和馬と匡に絡みつく。

 二人に絡みついたひも状のなにかは、手足だけでなく口も塞ぐように幾重にも重なり、二人はやがて蓑虫のような状態となる。


「少しおとなしくしておれ!他の者たちも動かずに話を聞け。まずは諸君らを召喚した目的を話そう。目的は、結論から言うと諸君らに魔王を討伐してもらうためだ。今、このグルレシア王国は魔王とその配下である魔族によって危機に瀕しておる。人族と魔族は長らく戦争を繰り返してきた。戦力は拮抗しており、人族と魔族は領土を奪ったり奪われたりしながらも、決定的な勝敗の決定が無いまま戦争を続けてきた。しかし、百年に一度現れるという魔王が三年前に現れてから状況が一変した。」


 デビアスが俺達を見渡して話を続ける。


「魔族領との境界にあるダレン王国は国土の大半を魔族に占領され、同じく魔族領と接するティスタニア王国も防戦一方でいつ防衛線が崩壊するかも分からぬ。このグルレシア王国は魔族領と国境を接していないため、未だ魔族の手が及んでいないとはいえ、魔族と人族の戦力差を鑑みるに我が国が侵攻を受けるのも時間の問題といえる。」


 デビアスは俺たちを召喚した目的、人族と魔族の戦争について、そしてグルレシア王国の現状を説明すると、一旦言葉をきって俺たちの反応をうかがう。


「この国が置かれた状況は何となくわかったが、俺たちが召喚された理由が分からない。俺たちは普通の中学生なんだ。魔族と戦ったり魔王を討伐したりなんてできやしないっ!」


 聡一が、おそらく召喚された十九人の誰しもが思っているであろう疑問を口にする。


「ちゅうがくせいとやらが何かはしらぬが、ただの子どもならば当然魔族と戦うなど無理であろう。しかし、諸君らは別世界から禁忌魔術によって召喚された者達なのだ。別世界からの召喚者は、召喚時に戦いに適した職業適性を得るとともに、戦いに必要な能力が大きく成長し、加えて特殊なスキルも有することが多いという。」


 ごくりと息を飲む音が聞こえる。


「今すぐ魔族と戦えとは言わぬ。まずは諸君らの職業適性を調べ、訓練を行い、魔族と戦うことができる能力を得た後に、魔族討伐をしてもらいたいのだ。」


 デビアスの一見提案に見せかけた強制に俺たちは口をつぐむ。


「勝手なことを……。今すぐ元の世界に返せと言ったらどうなる?」


「勝手なことだとは重々承知しておる。諸君らの意思とは無関係に、この世界に召喚したことについては、すまないと思っておる。だが、二つの理由で返すことはできぬ。一つ目として、我々には高い能力に達することができる別世界の者を召喚することでしか、既に魔族との戦争を優位に進める方法が無いのだ。二つ目として、我々の知りえる魔術では、別世界から召喚することはできても、送還することができないのだ。」


「じゃあ、もう元の世界にはもどれないってこと?」


 松藤沙織(まつふじさおり)が悲痛に満ちた表情で質問する。


「その通りだ。我々としては、諸君らの自由を奪った代わりに、最大限の援助をしたいと考えておる。加えて、足下をみるようだが、我々の管理下に入ることが最も生き残る確率が高いと思っておる。先程暴れ出した二人には、こちらの説明をおとなしく聞いてもらうために手荒な手段で拘束してしまったが、反抗する意思がないならば諸君らの待遇は保証しよう。」


「あなた達の下で訓練し、力をつけて魔族と戦う方が、右も左も分からないままこの世界に放り出されるよりも、死ぬ確率が低いということか。俺たちに選択肢は……無さそうだな。」


「そうだ。いくら才能に恵まれておっても、訓練しなければ能力は開花しない。物分かりが良くて助かる。」


「みんな、俺は不本意だが魔族と戦う選択をしようと思う。魔族と戦うということがどういうことなのかまだ想像できない。だが、いま必要なのは力をつけることだと思う。そして、もし魔族と戦うならば、人数は……多い方がいい。」


「私は聡一くんに賛成かな。」


 沙織が聡一の発言を肯定する。聡一が爽やかにほほ笑む。


「私も賛成するわ。」


「私も。」


「俺もだ!」


沙織と中の良い三宅歩美(みやけあゆみ)大戸美奈(おおとみな)、聡一と良く一緒にいる深谷隆弘(ふかやたかひろ)も賛成する。


 聡一に賛同する意見が増えていき、クラスメートの大半がデビアスの提案に乗るようだ。


 俺はもちろん……デビアスの提案に乗ることにする。


 今この世界に放り出されても生きていく自信がないしな。ぼっちだし。

 最低でも自分の職業適性とやらを調べて、訓練してある程度強くなってからでないと、この世界を生きていくのは厳しいだろうし。


「和馬、どうすんの?」


 和馬の彼女で不良グループの女子のリーダー格である原田若菜(はらだわかな)が、和馬に尋ねる。


「ふよくなっへ、あいふをふっころふ。」


「はいはい、賛成ってことね。匡たちはどうなの」


「はふまとほなひー」


 どこで賛成ってわかったのかさっぱりわからないが、若菜は和馬達の意見を確認し、デビアスに提案に乗ると告げる。


「全員訓練を受けるということで良いな。では早速だが、諸君らの職業適性を調べよう。一列に並び、一人ずつあそこにある石板に触れてくれ。石板には諸君らの職業適性と才能が現れる。」


 デビアスが、俺たちが召喚された場所から三十メートルほど離れたところに置かれた、縦が二メートルくらい、横が四メートルくらいある巨大な石板に向けて指をさす。

 石板には、鏡のように光を反射する黒い板が一つと、白い半透明の石が十個埋め込まれている。

 いつの間にか和馬と匡の拘束も解かれており、みんな一列になって石板の前へと向かう。


 職業か……、良くある異世界物のラノベなんかだと、勇者とか聖騎士とか賢者が最強だよな。

 まあ上位職は無理だとしても、せめて最低でも魔術士とか応用が利く職業が良いな。

 俺たちには貴重な職業適性があるってデビアスって人も言ってるし。


 魔術士が良いと考えた瞬間、視界に変化が起こる。


《スキル:ロールプレー 『魔術士』を選択できます。》


 なんだ?ゲーム画面のようなこのポップアップは??

 しかもロールプレーってなんだ??

 俺の職業適性って魔術士なのか?どうせなら賢者が良いんだが。


《スキル:ロールプレー 『賢者』は選択できません。》


 また出た!!しかも賢者は選べないのか…。それならばっ!!


《スキル:ロールプレー 『聖騎士』は選択できません。》

《スキル:ロールプレー 『勇者』は選択できません。》


 まじか、なりたいと思う職業は軒並みダメか……。じゃあ魔術士でいっか。


《スキル:ロールプレー 『魔術士』を選択できます。》


 じゃあ魔術士で。


《スキル:ロールプレー 『魔術士』をロールプレーします。》


 魔術士になったようだ…。賢者とかにはなれなかったけど、まいっか。

 悪い職業では無いだろう。たぶん。


 一人テンパっていると、石板の方から歓声が上がる。どうやら聡一が最初に石板に触れたようだ。


 石板に目を凝らすと、光を反射する黒い板にはなにやら文字が表示されている。

 十個のあった白い半透明の石は全て光を放っており、一番左の石が青く、その他の石は赤く輝きを放っている。


「すばらしい。適した職業は『勇者』だ。しかも才能は……十段階だ。」


 デビアスが顔を真っ赤にして感嘆の声をあげる。


「流石召喚者だ。」


「待望の勇者様だ!」


「十段階なんて初めて見たぜ。」


「いや、六段階でさえ出会うことは稀だ…。ものすごい才能だ。」


 周囲の兵士たちが口々に感想を漏らす。


「コホンっ。失礼した。諸君らに説明しておらんかったな。この石板には、見てのとおり黒い板と白い宝玉が埋め込まれておる。まず、黒い板には最も適した職業が古代文字で表れる。次に、輝きを放った宝玉の数が才能の最大量を示し、その中でも青く光った宝玉の数が現在の到達度を示している。つまり、先の者の才能は十段階あり、現時点で一段階目に到達していると理解しても良い。」


 デビアスが聡一に語りかけながら告げる。


「輝いた宝玉の数が十個であったものは、歴史上数名しかいなかったとされており、その全てが召喚者であったとも伝えられておる。」


 成績や運動能力が非常に優れていながら、普段自慢することの無い聡一だが、この時ばかりは嬉しそうな表情を隠しきれていない。

 なるほど、ゲームに例えると聡一は最大レベルが十で、今はレベル一ってことだな。しかも勇者か。


「いきなり勇者とは。誠に素晴らしいことだ。ささっ次の者はどうだ?」


 デビアスに促される形で、深谷隆弘が石板に触れる。


 「なんということだ!!職業は『魔術士』、才能は八段階だと!!召喚者達は化け物揃いかっ!」


 デビアスが再び叫ぶ。

 顔が真っ赤になっているが大丈夫かあのおっさん。このまま十九人続けたら倒れるんじゃないだろうか。


 その後、クラスメート達が石板に触れるたび歓声が起こり、才能を示す宝玉は軒並み七~九個輝くことになった。


 「次は…そ…なた…だ…。」


 ついに俺の番が来た。並んだ順番は、後ろに和馬と匡に二人がいるから十七番目か…。

 宰相のおっさん、声が大分枯れてきているな。

 さっきのポップアップのこともあるし、俺は『魔術士』だろうな。隆弘と被るがまあいいか。さっさと終わらせよう。



 うっ、なんだこれは。

 

「こ、これはなんということだ!信じられんっ!!」


 デビアスが恒例となった驚きの叫び声をあげる。しかし、声質は暗く、どこか蔑むような色が混じる。


「『自称魔術士』、二段階だとっ!ありえん。召喚者の才能が平民以下とは!!」


 なんでだ?召喚者は才能に恵まれるんじゃなかったっけ。

 平民以下ってなんの冗談?しかも『自称魔術士』ってなんだよ。訳が分からない。

 俺の目の前で光る宝玉は二つ。一つは赤く輝き、もう一つは青く輝いている。


「今までが上手く行き過ぎたということか。まあ良い。次の者!」


「いつまでそこに立ってるんだ。邪魔だ無能!」


 和馬が、突き飛ばしてくるが、今は何も気にならない。

 うそだろっ??なんでこんなことになった?異世界に来てまで俺は惨めな思いをしなければならないのか。


 再び歓声が上がる。和馬が石板に触れたのだろう。だがそんなことはどうでもいい。ゲームだったらこんな時どうする?まずは現状把握だ。

 しかし、考えれば考えるほど、この状況はまずい。

 俺たちの存在価値は、この世界の人たちより優れた才能と戦闘に向いた職業適性にある。しかし、俺はこの世界の人たちの平均以下しか才能がない。

 『魔術士』という職業がどれほど貴重か分からないが、もしかしたら珍しくないかもしれない。そもそもだれも突っ込んでいなかったが、俺は『自称魔術士』なのだ。おそらく『魔術士』以下の職業なのだろう。その場合は存在価値はさらに下がるだろう。


 最後の匡が石板に触れる。十秒くらい沈黙ののち、黒い板に文字が表示され、宝玉が全部で七個輝く。


 「職業は『盗賊』、才能は七段階か。まぁこんなもんだろう。『盗賊』はイメージは悪いが、実戦では使い勝手が良いと聞く。十分訓練してくれたまえ。諸君らも今日は疲れたであろう。食事と部屋を用意しておる。本日はゆっくり休むよい。」


 召喚された十九人全員の職業適性確認が終わると、デビアスは俺たちを建物の中の居住区域に案内する。

 どうやら俺たちはグルレシア王国の王城内にある魔術訓練場の大広間で召喚されたらしく、訓練場に併設された居住区域が俺たちの居室となるようだ。


 異世界召喚で喜んだ束の間、今後を考えると憂鬱な気分がぬぐえない。



 こうして、俺は『自称魔術士』となった。

涼平にとって苦しい展開があと数話続きますが、割と早く状況は好転します。

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