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1. 異世界召喚


「リョウヘイってホント器用ね。攻撃魔術に身体強化。治癒魔術までできるんだから。魔術士と戦士と回復術士を合わせたみたい。」


 俺の治癒魔術での治療を受けながら、ニナがつぶやく。


「まぁそれは…前も言ったけれど…色々事情があってね…。」


 俺こと浅生涼平は、旅先で知り合った槍士の少女ニナと、つい先ほど魔獣ジャイアントラビットの討伐に成功した。

 俺が攻撃魔術でけん制し、身体強化魔術を乗せた斬撃で動きを止めた瞬間に、ニナがトドメを刺した形だ。

 トドメを刺す過程でニナが肩に傷を負ったため、治癒魔術で治療している。


「優秀な相方がいてくれて助かるわ!これからもよろしくね!」 


「あぁ、早くお金を貯めて、ニナの妹の病気を治さなくちゃな!おっと次は強敵だ。」



 茂みの影から魔獣デスハウンドが姿を現す。真っ黒な体毛を持つ強力な狼の魔物だ。

 先ほどの俺達の戦闘音と血の臭いに惹きつけられたのだろう。



「俺が、けん制と防御を担当する。隙をみて槍を叩き込んでくれ!」


「わかったわ!」


 耐久力のある俺が前衛を担当し、攻撃力と速度に優れたニナが中衛から攻撃するパターンで戦っている。

 人数がいればもっと戦略的な戦い方も出来るだろうが、欲張っていられない。



 タンッ。

 

 デスハウンドが俺に向かって飛び掛ってくる。


 カキンッ。


 飛びつきを剣でいなしながら、右に体を傾け、回避する。

 

「はぁーー!!」


 デスハウンドが着地する瞬間を狙って、身体強化魔術で強化した斬撃を繰り出すが、体をひねってかわされる。

 しかし、体制は崩れた。


「てえいっ!!」


 ニナの突きがデスハウンドのわき腹に命中する…が浅い。



 お互い目配せし、一旦獲物から距離をとる。


「手ごわいわね。」


「ああ。だが、相手の攻撃は単調だ。ダメージ回避を最優先にして少しずつ相手の体力を奪っていこう。」



 今度はこちらから斬撃を仕掛ける。もちろんけん制だ。


 タタンッ。

 ヒュン。


 バックステップで回避されるが、ニナが投石する。

 

 ドス。


 投石程度ならばダメージは軽微と判断したのかデスハウンドは石を背中で受け止める。が、露骨に嫌がるそぶりを見せる。

 そう。この調子だ。

 相手の攻撃を確実にかわしつつ、わずかでもダメージを入れていくことが大事だ。


 某モンスターをハントするゲームでもそうやってプレーしてきた。



 ザザッ。


 俺はもう一度剣でけん制を入れ、ニナが投石を行う。

 さっきと同じパターンだが、デスハウンドは投石ダメージを嫌い、身を翻して回避する。


「がら空きだ!!」


 半身のデスハウンドに向かって斬りつける。

 

 グサッ。


 よしっ。はいった。…が、俺の腕力では倒しきることが出来ない。

 反撃を警戒して距離を取る。



「あと少しね。」


「ああ。トドメを頼めるか。」


「まかせて。」


 どんな魔物でも、トドメの瞬間は慎重さが求められる。

 昔から窮鼠猫を噛むと言ったものだが、捨て身でダメージを与えられる可能性もある。



 ヒュン。

 ヒュン。


 俺は、執拗に投石を続ける。

 デスハウンドがカウンターに専念している気配を感じたためだ。


 俺に完全に注意が向いたこと見計らい、剣で斬撃を繰り出す。


 タタタンッ。


 俺の斬撃にタイミングを合わせ、デスハウンドが飛び掛ってくる。


 グサッ。


 が、その鋭い牙は俺に届くことは無かった。

 直前にニナの槍で貫かれていたのだから。


「最後、ちょっと危なかったわね。」


「ああ。信じてたけどな。」


「ほんとに~!?斬撃浅めだったわよ、引っかかってくれたから良かったけど。」


「あ、ばれてた?余力無さそうだったから釣れるかと思って。」


「まるで相手の体力が見えてるみたいね!」


「これも事情があってね…。今日はそろそろ帰ろう。ニナの肩の傷もしっかり治癒したいし。」


「はーい。おねがいしまーす!あと、私ジャイアントラビットのシチューが食べたい☆」


「はいはい、しょうがないな。つくってやるよ。」




 この世界に召喚されて約2ヶ月…。

 俺がこの異世界で色んな職業の役割を担える(ロールプレーができる)理由――それは、俺が『ゲーマー』だからだ!





――約2ヶ月前


「暑い。なんでこの現実世界には、移動魔術が無いんだ。」


 梅雨が明け、朝から夏の日差しがさんさんと降り注ぐ季節になった。

 中学校まで続く長い上り坂を、俺はだるさの残る体を嘆きつつ不満を口にする。


 何故、朝から元気が無いのかというと、深夜までネットゲームをやっていたからだ。

 一年ほど前からネットゲームにはまり、今ではある程度名の知れたプレーヤーになっている。

毎日のように深夜までプレーしている、所謂ネトゲ廃人というやつだ。


 昔はバスケ部に入っており、一時期は打ち込んでいたといってもよいほどだったのだが、人間関係に疲れて辞めた。部活を辞めると、周りの知り合いは一気に離れていった。

 たかが部活を辞めただけなのに、他の交友関係にも影響するなんて、実にくだらないとつくづく思う。


 しかし、何か一つ優れた人は、全てのことが優秀に見えてしまうように、何か一つ挫折した人は、全てがダメだと周りからは見えるのだろう。


 その点ネットゲームは楽だ。何かに失敗しても、自分が失敗に納得すれば終わりだ。誰かからあれこれと失敗を責められることもない。

 ゲーム内のギルドへの加入は基本自由だし、嫌になれば抜けてしまえば良い。ミスが現実の人間関係に波及することもない。全て投げ出したくなったら、アカウントを消してしまえば良い。


「おはよう、涼平くん!今日も元気無さそうだね!」


 この世がゲームの世界だったら、とか異世界行けねーかな、とか考えていると、同じクラスの松藤沙織が声をかけてきた。

 クラスで孤立気味の俺に、何故か絡んでくる稀有な女子だ。教室内でもお構いなく話しかけてくるのだが、可愛い系の美人であることが非常に厄介だ。

 想像してもらいたい。彼女を狙っている男子が多数いる中で、冴えない男子が楽しそうに話しかけられる状況を。

 ただでさえ孤立しがちな俺の状況を、さらに悪化させているのを、彼女は分かっているのだろうか。


 おそらく分かっていないだろう。自分自身がどれほど男子から人気があることも、彼女から話しかけられることで俺が不良グループから嫌がらせを受けていることも。


 そして、俺が彼女のことを好きなことも。


 黒髪ショートカットで童顔、背は真ん中より少し低いくらい、一見華奢に見えるが出るとこは出ているボディライン、さらに成績優秀スポーツ万能という、俺のストライクゾーンど真ん中を打ち抜いてくるのだ。

 正直内心焦ってしまい、いつもぶっきらぼうな返答になる。


「さっきまでは元気だったんだけどな。さっきまではな。」


「どうせまたゲームやってたんでしょ。さっきってことは昨日も寝てないの?」


「寝てるよ、昨日の昼間にちゃんと。」


「それって授業中のことでしょ。涼平くんは、ちゃんと勉強すればいい成績取れると思うんだけどな。」


 校門が近づくにつれ、周りの男子達の視線が刺さってくる。

 学年を代表する美女と、帰宅部でゲーマーの冴えない男子が一緒に歩いているのだ。誰がどう見ても違和感があるだろう。


 校門を通り過ぎ、靴からスリッパに履き替えたところで、周りの視点に耐え切れず俺は沙織との会話を切り上げることにする。


「トイレ行ってから教室行くわ。家を出るのぎりぎりでさ。色々ぎりぎりなんだ。」


「ゲームやってたせいでぎりぎりになったんでしょ!熱中できるものがあるのはいいけど、私たちはこの世界を生きているんだからね。」


 沙織からの優等生発言を聞き流しつつ、俺は近くのトイレに入る。もちろん大の方だ。


「危なかった。教室に沙織と一緒に入ったら不良どもにどんな嫌がらせをされるか……。」


 俺は不良グループに嫌がらせを受けている。いじめかといわれると微妙なところだが、相手もいじめになるかならないかのグレーゾーンを狙っているのだろう。

 バスケ部に入っていたときは嫌がらせを受けることなどなかったが、去年の夏に部活を辞めた途端ターゲットになったらしい。

 集団でいる獲物より、一人でいる獲物の方が狩りやすいのだろう。俺もネトゲをやっているからそこは分かる。



 予鈴が鳴り先生が出欠を取る直前に、俺は教室へと滑り込む。先生がいれば、要らぬちょっかいをかけられるリスクが少ない。

 出欠を取ってしまえば、あとは貴重な睡眠時間だ。とはいえ、授業中終始寝ているわけではない。授業によって、先生によって、周りの状況によって寝るか寝ないかは使い分ける。

 安全管理はネトゲの基本だ。放置プレー中に、プレイヤーキルにあった経験がここにも活かされている。




 昼食を告げるチャイムが鳴った。午前最後の授業――4限目の理科の授業は実験だったため、理科実験室で授業を受けており、教室に戻ってから昼食となる。


 片づけ当番だった俺が実験器具の回収と片づけをしていると、嫌な視線が背中に刺さる。不良グループがこちらを見ているのだ。なにかよからぬことを考えているのだろう。


「アサオくん、片づけおわったー?」


「いつまで時間かかってるんだよ。休み時間おわっちまうぜ。」


 不良グループのリーダー格である根田和馬がちゃかしたような声を出して俺の苗字を呼び、取り巻きの黒瀬匡が合いの手を入れる。人を不愉快にさせる才能だけはある奴らだ。

 俺は引きつる表情を抑えつつ、返答を試みようと振り返る。そのとき沙織と一瞬目が合ったが、情けなさから目を逸らす。


「涼平くん、私も手伝おうか?」


 沙織が俺の名前を声に出したとき、世界が一変した。理科実験室の中央に赤い魔法陣が出現し、複雑な文様が幾重にも浮かび上がり回転を始める。魔法陣は徐々に大きくなり、部屋の中を瞬く間に埋め尽くした。


「なんだ……これは……。」


「何が起こっているの?」


「ひ、ひぃ。」


「み、みんな逃げろー。」


 あっという間の出来事に各々が驚愕の表情を浮かべ、恐怖の色を隠さずに叫び声をあげた時、なぜだか俺は冷静だった。


 この現象を俺は知っている。体験したことはないが、これから起こることに確信があった。視線を前に向けると、戸惑いの表情を浮かべた沙織と目が合った。


 数瞬視線を合わせていると、やがて魔法陣が回転速度を上げて赤白く輝きを放ち始める。




 こうして俺たちは異世界へと召喚された――。

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