第78話 伯爵様の奥方様
そんな時に、応接室の扉が不意に開き、簡素ながらも綺麗なドレスを着た女性が姿を現した。
その女性は、僕たちが居ることにも気づかず、伯爵様にずんずんと近づき、
「あなた。例のものはどうなりましたの?」
と、詰めよっていった。
その女性、おそらく奥方様の詰問に、伯爵様は深くため息をつき、
「来客中だぞ」
と、僕とリガルトさんに手をむける。
僕もリガルトさんは、慌て頭をさげる。
「あら失礼。たしか商業ギルド長と…どなた?」
やっぱり、領主の奥方様ともなれば、街の重要組織の代表くらいは知っているらしい。
そして僕はもちろん初対面だ。
「お前の待ち望んだ客だよ」
伯爵様はテーブルの上の洗髪剤一式を指さす。
「まあ!」
奥方様は、テーブルの上の洗髪剤一式を見つけると、眼をキラキラさせながらボトルを手に取った。
「これ、間違いないのよね?」
「製作者本人が持ってきているのだから間違いはないだろう」
「じゃあこの娘が製作者なのね!?」
奥方様は、シャンプーを握りしめたまま僕に詰めよってきた。
「はい。薬師のヤムと申します」
「では…貴女は今日から我が家の専属薬師に決定ね!」
奥方様は満面の笑みを浮かべながら僕の手を取った。
「止めんか!彼女がそういう勧誘や強要をされないようにと、国王陛下から指示をうけているのに、我が家がそれをやってどうするんだ…。それにお前、挨拶もしていないだろう…」
伯爵様は、奥方様の一連の行動を非難すると、また深くため息をついた。
すると奥方様は、スカートの端を摘まんでからお辞儀をする、いわゆるカーテシーを優雅に披露し、
「挨拶が遅れました。私は、セラス・ローディアナ・ゼルバンド。ズィルバート・ドルゼン・フォン・ゼルバンド・オブ・メセの妻でございます。貴女を専属に出来ないのは残念です。でもこれは売ってもらえるのよね?」
直ぐ様僕に詰めよってきた。
しかし、その質問に答えたのは、僕ではなくリガルトさんだった。
「商業ギルドから販売の予定です。
生産には限界があると聞いていますので、このメセの街以外では、王都でしか販売されません。
販売は月1回の1日だけ。事前に申し込みをしてもらい、1人1セットのみ購入可能です。
王都・メセ共に販売数は50セットを予定、最終的には王都での売り手となる商人と相談の予定です。
王室・ゼルバンド伯爵家・治験協力者はこの制限にははいりませんのでご安心ください」
「あらそう。良かったわ♪」
そのリガルトさんの答えに、奥方様=セラス様は満面の笑みを浮かべていた。
そのとき僕は、メリックさんとの王都でのやり取りを思い出した。
「そういえば、メリックさんは王室に納めるのと同じ数を仕入れたいと言っていたんですが…50セットも王室に納めるんですか?」
打ち合わせの時に聞いていたはずだけれど、今になって数が多い事に気がつき、リガルトさんにたずねてみた。
しかしそれに答えてくれたのは伯爵様だった。
「王室に納めるということは、国王御一家だけでなく、公爵家や有力で友好な家への贈与品。国賓クラスの来客用。部下への褒美など様々に使われる。50セットあっても少ないくらいだろう。それに、毎月注文があるとも限らないだろうしな。逆に、至急の注文が入ることがあるから、その対策をしておいたほうがいいな」
「そうなのですね。ご教授いただきありがとうございました」
よく考えれば、お城には相当な人数が働いているだろうし、公爵様にも渡したりするだろうし、お客さんだってくるのだから、数はあっていいだろうし、数に余裕があるなら注文はしないものだ。
「しかし残念だ。うちに適齢期の息子がいればよかったのだがな」
伯爵様は残念そうに笑いながら顎を撫でる。
やっぱりこういう貴族の人というのは、取り込みを常に考えるものなのだと実感してしまった。
しかし次の発言にはびっくりしてしまった。
「いや、私の妾としてしまえば…」
本気で考えているなら、なんとしても逃げようと考えたけれど、
「あ・な・た♪」
「じょっ冗談だ!」
セラス様の一言で、発言は撤回された。
後から聞いた話だと、ゼルバンド伯爵は、貴族でも少数な、複数の妻を持たない方なのだという。
でも本当は持たせてもらえない。なんじゃないだろうか…。
今月
深沢美潮先生の「フォーチュンクエストシリーズ」が、30年の時を経て完結いたしました。
私が最初にファンになった冒険ファンタジー作品でした。
その冒険のほとんどは、レベルが低いながらも、仲間と協力し、知恵と工夫と努力と勇気で、困ってる人を助けたり、仲間のピンチをみんなで解決したりという、
今はやりの1人で何でも解決する無双系主人公とは真逆なものです。
私は間違いなくこの作品の影響をうけています。
だから、主人公が甘くなったりするのだと思っています。
深沢美潮先生、お疲れ様でした。
アニメのDVDでないかな…
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