閑話 15
お待たせいたしました?
第三者視点
リーフェン王国王都クルストンにある王の居城カルダス城。
その地下にある牢獄に続く階段に、カツカツと足音が響く。
そしてその足音は、ひとつの牢の前で止まる。
「気分はどうだ?ザザーコ男爵」
牢に収容されている男に話しかけたのは、美形といっていい、痩せた細い目の男で、その服装は豪奢でありながら落ち着いた印象をあたえるものだった。
「公爵閣下!」
話しかけられた男は入り口の扉に近寄る。
話しかけられた男・ザザーコ男爵は固太りでにやついたような顔をした中年男であった。
「聞いてください!あの娘は本物なのです!メセの街で活躍した薬師に間違いはありません!」
ザザーコ男爵は、必死の形相で自分がつれてきた娘の真実を訴える。
その訴えを聞いても、公爵クロード・ヴォルガルド・ロード・グランダットは驚くことも、男爵を嘲笑うこともなかった。
「ああ。間違いはない。あのヤムというサキュバスの娘が、メセの街で活躍した薬師だ。しかも、伝説とか幻とかまで言われた、エクストラポーションの極上品・別名フルポーションすら制作できる程の腕前であることもね」
公爵の言葉を聞き、男爵の表情は見る見ると明るくなっていった。
「素晴らしい!やはり私の慧眼は正しかった!公爵閣下!私の爵位はどれ程までにあげていただけるのですかな?いえ、まずはここから出していただかねば」
男爵は満面の笑みを浮かべながら、公爵に自分の処遇を尋ねた。
フルポーションを制作できる人材を発掘した自分を、地下牢に置いては置かないと判断したからだ。
しかし、公爵から出たのは、男爵にとっては意外な言葉だった。
「上がるわけがないし、出すわけもないだろう?せっかく彼女と友好的な関係を築けると思った矢先に、欲に眼が眩んだどっかのバカが、彼女に注目を集めさせ、フルポーションが作れる人材を、他国に対して誘拐してくださいとアピールしようとしたのだからな」
そう言い放った公爵の表情は、冷酷かつ憤怒を含んだものだった。
「もしあの場にどこかの国の王太子でもいて、彼女の実力を測られでもしたら、彼女はこの国からつれだされていたかもしれない。つまり、貴様のやったことは国家反逆罪に等しいと言うことだ」
そう言いすてると、公爵はその場を後にした。
残された男爵は、ぶつぶつと呟きながら、絶望に飲み込まれていった。
「そんな…私は成功者の筈だ…有用な人材を見つけた功労者のはずだ…私は…」
男爵の牢を後にした公爵は、その足で別の牢に向かう。
地下は広く、目当ての牢は男爵の牢からはかなり離れていた。
その牢には、若い女がいた。
「気分はどうだ?」
公爵が声をかけると、女は顔をあげ、公爵だとわかると、膝をつき、深々と頭をさげる。
「自分の家よりも良い食事ができ、自分の家より風がはいらず快適です」
女=リノは嫌みではなく、本気でそう返事をした。
それだけ彼女は貧困な生活をしていたことがうかがえる。
公爵は、そのリノを見つめ、彼女が一番知りたいであろう事を聞かせてやった。
「お前の証言のおかげで、ヤムは無罪放免となった。男爵は今、この地下牢にいる」
「良かった…」
それを聞いたリノは、心から安堵の表情を浮かべた。
その彼女の表情を見て、公爵は微笑を浮かべる。
「ついてはお前の処分だが、姉妹揃って私の部下にならぬか?」
それを聞いたリノは、驚きに眼を見開いた。
それに構わず公爵は話を続ける。
「仕事は諜報。ある場所で仕事をしてもらい、得た情報や気がついたことを報告するものだ」
「私はともかく妹達もですか?」
リノは不思議そうに訪ねる。
元々男爵の命令で、メイドの仕事も諜報のような仕事もやっていたからできなくはなかったが、何故妹達までなのか気になったからだ。
「ある場所の長が女の人手を欲しがっているのでな」
「その場所をお伺いしても?」
「王城の後宮だ。人手を欲しがっているのは我が姉。ウェルナ・エクレス・セルプセスだ」
「王妃様…」
公爵の意外な答えに、リノは驚きを隠せなかった。
そんな驚くリノに、公爵はたんたんと話をつづける。
「お前達には後宮の噂や、来客。起こった事件・事故・メイド同士のトラブル・持ち込まれた品などの報告をたのみたい。引き受けてもらえるかな?」
公爵はにっこりと微笑む。
国内外で美形として有名な公爵の微笑みとくれば、女なら蕩けずにはいられない。
しかし、彼の本性を知るものから見れば、彼の微笑みほど恐ろしいものはなかった。
「もし断ったら?」
「そうだな。新しく人手を探さないといけなくなるな。なんとも手間のかかることだ」
公爵はやれやれという表情を浮かべる。
リノはその表情で全てを悟った。
そうして、公爵に対して再度、深々と頭をさげる。
「お話は謹んでお受けいたします。妹達も説得いたしますので…」
「それはよかった。色々と準備があるので、牢から出してやれるのは明日になる。今夜は妹達の説得の文言でも考えているといい」
それをいうと、公爵は地下牢を後にした。
地上にでると、公爵の後ろに人影が現れた。
「始末する気はないのに、お人の悪いことで」
「私は手間がかかると言っただけだ。あの娘と妹達になにをするともいってないぞ?」
その人影は、『耳目』と呼ばれる王国の影を支える者だった。
『耳目』は個人名ではなく、影を支える者達の総称で、個人の名は決して名乗らない。
そのなかでも、この耳目は公爵とは馴染みの『耳目』であった。
「では、あの姉妹の監視は侍女に」
「保護といってやれ」
「私が『保護』といったら『監視』とおっしゃったでしょう?」
そのやり取りは、実に気心が知れているようだった。
「まあ、後はまかせる」
「承知いたしました」
地下牢の入り口に近づくと、『耳目』はどこかに消え、公爵は何事もなかったように牢番に声をかけて、その場を後にした。
腹黒い人の暗躍です。
次回からはメセへ帰還帰還。
どうしてくれよう…
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