閑話 11 バレンタイン記念
バレンタイン記念です
が、若い女性(ヤム含む)は出てきません!
~リーフェン王国貴族 ヒデヒルド・ホンジャス・ストーンダル男爵の視点~
その日。
私は『ストーンダル男爵の美食探訪』の原稿をもって、王都の商業ギルドを訪れていた。
私の執筆するこの『ストーンダル男爵の美食探訪』は、ギルド掲示板の掲示物の中でも一番の人気を誇り、何十部かは転写され、王室や大貴族の屋敷、場合によっては他国にまで配布される。
もちろん有料で。
その転写作業の全権を差配するのが商業ギルドであり、私は原稿を納めることで原稿料をいただくことになっているのだ。
その商業ギルドの応接室で、私はお茶を飲みながら、ギルドマスターのアルセルフ氏を待っている所だ。
私の原稿はギルドマスターがチェックをしてからと言うのが通例になっている。
だが今回は少し話が違う。
私の友人が、ある商業ギルドの支部で、見たこともないお茶請けをだされたと言うのだ。
それは、ブートのようではあるが、ブートよりはるかに柔らかく。
爽やかなレジルスの香りが漂い。
口に含むと、レジルスの香りと味わいがひろがり、ほろほろと崩れてしまったという。
もしかしたらそれは、商業ギルドの内部にだけ伝わっている秘密のものなのかも知れない。
友人がそれを食べれた理由も、他のお茶請けが全て切れていて、職員達も泣く泣く出してきたのだという。
今日、私はその真実を明らかにするべく、ここにやってきたのだ。
そこにノックの音が響き、ギルドマスターがやって来た。
「待たせちまって悪いね。ちょいとゴタゴタしちまってね」
「いえいえ。建国記念の祭の最中に来てしまったのはこちらですから」
このギルドマスター、サヘラ・フェテセイロ・アルセルフ氏は、元・宮廷魔道師であり、なかなかくせ者の婆さんだ。
「じゃあ読ませてもらおうかね」
ギルドマスターは、私の原稿を手に取ると、丁寧にチェックを始めた。
それから5分ほどすると、原稿を読み終えた。
「いつもながら見事なもんだね」
「ありがとうございます」
私は愛想よく答えると、本題を切り込んだ。
「そうそう、実は先だってメセにいってきた友人に聞いた話なのですが、最近商業ギルドに、ギルド内部でしか出回っていない、幻のお茶請けがあると聞いたのですが…御存じありませんか?」
その時のギルドマスターの顔は純粋な驚きだった。
これは核心を突かれた驚きなのか?それとも本当に驚いたのか?だめだ、判断がつかない。
するとギルドマスターはため息をつき、
「ばれちゃ仕方ないね。といっても私らも手にいれたのは偶然でね。数も少ないのさ」
デスクの鍵付きの引き出しから、小さな皿を取り出した。
「材料はカッカル豆ってことしかわかってないんだけどね、まあ、食べればわかるさ」
その小皿には、クラム硬貨ほどの黒い板が1枚乗っていた。
友人から聞いたものではない。
だが、この私の美食探訪家としての勘が、これを食べろといっている。
手に取ると、仄かに甘い香りが漂ってくる。
端をかじると、パキッという音と共に割れ、口の中に含むと、舌の上に乗った瞬間から溶け始めた。
その瞬間、口の中が甘さで支配された。
口の中で溶けたそれは、唾液と共に喉の奥へとながれていく。
その時、確かにカッカル豆の仄かな苦みのようなものが感じられた。
そして、口の中に無いにも関わらず、幸福感でみたされていた。
そしてあっという間に食べきってしまった。
「これは一体なんなんですか?」
私は思わずギルドマスターに訪ねた。
こんなものは食べたことがない。
あの苦いだけのカッカル豆が、こんなにも甘いスイーツに変わるとはとても信じられない。
「儂もカッカル豆が材料ってこと以外はわからなくてね」
「入手はどのように?」
「残念だけど偶然だから次は分からないね」
「そうですか…」
実に残念だ。
あの幸福感をまた味わいたい。
なにより、『ストーンダル男爵の美食探訪』に書くべき内容だ!
「実はねぇ…あと2枚だけ残ってるんだよ」
ギルドマスターのその言葉に、私は眼を見開いた。
「お願いします!是非ともそれを譲っていただきたい!代金はいくらでもお支払いたします!」
私は即座に頭を下げた。
あの至福の瞬間を味わう為なら、頭くらいいくらでも下げる。
金だって惜しくはない。
「そうだねえ。今回を含めたあんたの原稿料5回分でどうだい?」
「了解です!」
原稿料はバカにならないが、あれを食べられるなら安いものだ。
「じゃあこれに念書をおくれ。そうすればこれはあんたのものじゃ」
そういってギルドマスターは書類をさしだす。
私は即座に念書を書いた。
「たしかに。では約束じゃ」
そうして私は、『カッカル豆の甘い板』を手に入れたのだ!
後日発売された『ストーンダル男爵の美食探訪No170』は、増刷をもとめられ、過去最高の記録的な売上を達成したという。
バレンタイン関連?
な内容ですが、ちゃんと主筋に関わっています
時系列としては、拐われる前のヤムが図書館にいる時間帯です。
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