第53話 実食!
長めになってしまいました
「さて。積もる話もあるからね、早速頼むよ」
「かしこまりました。ヤム様よろしいでしょうか?」
「はい」
サヘラさんに促され、ヨハンさんの問い掛けに答えると、僕は厨房に向かった。
この御屋敷には、食堂が2つあり、1つ目は僕とサヘラさんが朝食をとった、6~8人が食事をとれる家族用。
そして2つ目は、一度に42人が食事を出来るようになっている来客用の食堂だ。
使用人の人達は、使用人用の休憩スペースで食事をとるらしい。
僕はてっきり来客用の食堂で食べるのだと思っていたのだが、なんと家族用の食堂で食べるらしい。
なんでも、子供で弟子だった頃はこちらで食事をしていたからだそうだ。
料理の仕上げと最終チェックが終わると、貴族の方への配膳のルールがわからないので、ヨハンさんに配膳をお願いした。
デザートも全て完成し、盛り付けすれば良いだけにしてあるので、シチューとサラダをを盛り付ければ、あとはデザートの時間になるまでゆっくりできると思っていたのだが、なぜかヨハンさんに食堂に来るように言われてしまった。
「来たね。さ、そこに座りな」
食堂に言ってみると、何故か僕の分の席が用意されていた。
「あの…これは…?」
「料理はしてもらったが、あんただって私の客人だ。客人が食事のテーブルにつかないのはおかしいだろう」
たしかに僕もお客ではあるが、貴族の人と同じテーブルにつくのは不味いと思う。
さすがにお客様の3人も気を悪くするかもしれない。
「でも…その…私は貴族ではありませんし…」
「屋敷の主の私が許可しているんだ、遠慮は無用だよ。それに料理の説明もしてほしいし、感想も聞きたいだろう?」
お客様の3人は、やれやれと溜め息をついていた。
どうやらサヘラさんはこういったことをよくやるのだろう。
つまり、何をいってもサヘラさんは引き下がらないだろうから、仕方なく座ることにした。
僕としては、料理人でもない平民の料理を食べさせたなといって、処刑だとか言ってこないようにお願いしただけのつもりだったのに…。
僕がテーブルにつくと、サヘラさんが今日のディナーについて、自慢気に話し出した。
「今日はデザートが多めだから料理はシンプルにしてもらった。」
「私が弟子だった時は、他に何人もいたから奪いあいだったのよね」
「あんたは貴族令嬢のくせしてマナーが悪かったね。ブートは鷲掴みで食べるわ、厨房に忍び込んで、貴重な砂糖を全部食べちまったり…」
「やめてください先生!」
ウェルナさんは、子供の頃の事を暴露され、真っ赤になりながらあわてふためいている。
「私は姉上には毎回なにかは盗まれてましたがね。今日はやらないでくださいよ?」
「するわけないでしょう!」
クロードさんも、子供の頃の被害を持ち出して、ウェルナさんを攻撃した。
そんな話が弾んでいるところに、料理が運ばれてきた。
バターロールは大きなカゴにまとめて、中央にどんと置かれ、ビーフシチューとコールスローサラダ、バターロールを置くためのお皿はそれぞれの手前に置かれてた。
製作者であり、これがどういうものか理解している僕はともかく、サヘラさんを含めた4人にとっては、未知の食べ物だ。
シチューの具をスプーンですくって観察をしているフォルスさんが、不安そうに訪ねてくる。
「この煮込みはなんなんだ?」
「グレートブルの肉と色々な野菜を、香味野菜とエイヴェ(ワイン)で煮込んだ物です」
「良い匂いじゃのう♪」
フォルスさんとは逆に、サヘラさんは躊躇なくスプーンを口に運ぶ。
それにならい、フォルスさん、ウェルナさん、クロードさんも、スプーンを口に運ぶ。
すると、サヘラさん以外の全員が、黙ったまま動かなくなってしまった。
ノリクさんやヨハンさんにチェックしてもらい、味は大丈夫なはずなのだが、一口食べたまま動かない喋らないでは、物凄く不安になる。
「あの…お口に合いませんでしたか?」
僕が恐る恐る声をかけると、クロードさんが反応してくれた。
「あっ…ああ。すまない。あまりにも美味しいので意識が飛びかけた」
そのクロードさんの声がきっかけで、後の2人も動き出した。
「クロードは大袈裟ね相変わらず。このグレートブルの煮込みが美味しいのは間違いないけれど」
「王城の晩餐に出すべき料理だぞこれは…」
「たしかに義兄上のおっしゃる通りですね…」
「儂は予想しておったがな」
ウェルナさんはにこやかな表情で、フォルスさんとクロードさんは真剣な表情で、サヘラさんは当然といった表情で、ビーフシチューを口にはこんでいた。
それからは、色々言いながらも食べる手を止めることなく、質問や感想をなげかけてきた。
「このブートは何なの?柔らかいし仄かに甘い!これはもしかしてレトウビを混ぜて焼いたの!?」
「となると、北方の国々はこんなに旨いブートを日々食べている訳か」
「このエガビア(キャベツ)とロルカット(にんじん)の細切りにかかってる白いものはなかなか旨いね」
「他の野菜にも合いそうですね。色々あわせてみたいな…」
4人ともが美味しいといってくれたのは、素直に嬉しかった。
もし貴族の人の舌に合わなかったら大変なことになっていたかもしれなかった。
食事が終わると、次はデザートになる。
こちらは一気に全部が運ばれてきた。
レジルスのゼリー(オレンジのゼリー)
「これは…レジルスの味がする水だと?!それにレジルスの果汁をどうやって固めたんだ?」
エリプのパイ(アップルパイ)
「この中に挟んでいるのはエリプか?随分柔らかいな。いったいどうやって…?」
シフォンケーキ。ホイップクリーム付
「こいつは随分柔らかいね!さっきのブート以上だよ!この白くてふわふわしたのも、なかなかいけるじゃないか♪」
どうやら全部好評だった。
前日に僕の料理の腕を知っていたサヘラさんはもちろん。
クロードさんは甘いものが好物らしく、嬉しそうに頬張っていたし、フォルスさんはそこまでではないようだけど、全部完食した。
そして最後に手にとったのはチョコレートだった。
「これはなんだ?」
「黒い…なんでしょう?」
「こいつはカッカル豆で作ったんだとさ」
サヘラさんは昨晩口にしているため、嬉しそうに口に運んでいく。
その様子をみて、フォルスさんとクロードさんは、チョコレートをゆっくりと口に運ぶ。
「甘い…その奥にカッカル豆の風味と苦味が仄かに広がる…」
「戦の時にもっていきたくなるな。栄養の補給に良さそうだ」
それぞれの感想はなかなか個性的だった。
フォルスさんとクロードさんが、なにがしら感想を言いながらチョコレートを食べている横で、ウェルナさんだけはさっきから一言もしゃべらずに、もくもくとデザートやチョコレートを口に運んでいた。
その様子にクロードさんが心配そうに声をかけた。
「姉上、どうかなさいましたか?」
クロードさんが呼び掛けると、ウェルナさんはフォークを置くと、僕の方に歩いてきた。
「ヤム…といったかしら?」
「はい」
「貴女…」
その雰囲気に気圧されていると、いきなり手をガシッと掴まれ、
「うちの専属料理人になって一緒に暮らしなさい!あ、養女にしておくのもアリよね!」
大興奮しながら顔を近づけてきた。
「おいウェルナ!何を言ってるんだお前は!」
ウェルナさんのいきなりの発言に、フォルスさんは慌てて間に入ってくれた。
「だってあなた!こんな素晴らしい甘味が作れる人材をほおっておくのは大いなる損失よ!うちの娘にすれば悪い虫も防げるし!他所になんて渡すものですか!」
「いっておいたはずだけど、強引に勧誘したり連れ去ったりしたらどうなるかわかってるだろうね?」
興奮するウェルナさんに、サヘラさんが冷たくいい放つ。
「わかってます!でも…」
「『自分のものにしようとして嫌われるよりも、自分のものにしようとしないで仲良くなれ』。お前も教わっただろうが」
諦め切れない表情で僕を見つめているウェルナさんに、フォルスさんがその肩をつかんで言い聞かせる。
「…そうね…。ごめんなさいヤムちゃん。取り乱してしまって。でも貴女も悪いのよ。こんなに美味しいお料理やデザートを作っちゃうから!」
「まったく姉上は…。子供のころから変わってませんね。まあ私も同じ意見ではありますが」
それでも諦めきれていないウェルナさんを、クロードさんがため息をつきながらたしなめる。
ウェルナさんは改めて僕の手を握ると、
「ねえ、このお料理やデザートのレシピを教えてもらえないかしら?」
真剣な表情でお願いをしてきた。
「教えなくていいよ。聞く事自体マナー違反じゃからな」
が、サヘラさんによってそれは差し止められる。
僕としては教えてもいいのだけれど、こういった料理のレシピは一種の財産なので、教えないのが当たり前、聞き出そうとするのはマナー違反なのだそうだ。
色々あったディナーが終了すると、お客様はすぐにお帰りになることになった。
貴族の方が乗るのに相応しい、二頭立ての豪奢な馬車が、屋敷の前にいつの間にか停車していて、思わず「うわあ~」と、声をだしてしまった。
「新年の準備も大変だろうに、わざわざ訪ねてくれてありがとうよ」
3人の見送りにきたサヘラさんは、本当に嬉しそうだった。
「お招きいただいて本当にありがとうございました。先生の家でこんなに美味しいものが食べられるなんて思っても見なかったわ」
「どうせなら一晩泊まって、朝食もいただきたいところですね」
「そういうわけにはいかんだろう…」
未練がある姉弟に対して、フォルスさんは頭を抱えていた。
馬車に乗る寸前にも関わらず、なにやらと話し込んでいるので、
そのあいだに、お土産のエッグタルトを用意し、乗り込む寸前に手渡すことができた。
遠ざかっていく馬車を眺めながら、サヘラさんが声をかけてきた。
「ありがとうよ、無理を聞いてもらって。あんたの料理が美味しかったから食べさせてやりたいと思ってね」
その時のサヘラさんの表情は、少しだけ寂しそうに見えた。
「いえ、料理は好きですから」
「ところで、さっき渡していた土産は、まだ残ってるのかい?」
そう聞いてきたサヘラさんの顔は、悪巧みをしている魔女そのものだった。
表現に毎回苦労をしております…
次回からは閑話が続きます
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