外話(はずれたはなし)
遅くなりましたが、100話達成記念の番外編です。
主人公ヤム=矢嶌六三が死んだ後の話になります
この俺、矢嶌龍志郎は選ばれた人間だ。
生まれてから一度たりとも、怪我も病気もしたことがない。
勉強なんかする必要はなく、常に満点だった。
スポーツは、生まれて初めてのプレイでオリンピックの金メダルが取れるレベル。
喧嘩にいたっては、プロの軍人が束になったとしても、ワンパンでぶちのめせる。
音楽・芸術・美術においても、比類するものは存在しなかった。
高校を卒業後、どうしてもと頼まれて、アメリカのマサチューセッツ工科大学・スタンフォード大学・ハーバード大学に同時在籍、全部の大学を同時に1年で卒業してやった。
その後はイギリスでも同じように、ケンブリッジ大学・オックスフォード大学・ユニバーシティカレッジ・インペリアルカレッジの4つに同時在籍し、同時に1年で卒業してやった。
そのあとは日本に戻り、暇潰しに東大に入り、卒業までの2年で、IT企業・ベンチャー企業・貿易会社を設立し、全て年商100億を叩き出してやった。
卒業してからはY○uTuberとして活動し、2年間で登録者数5500万人登録、合計再生回数5兆回を軽くこえた。
番組の内容はシンプル。
俺の素晴らしさを語るだけだ。
そして25の時に衆議院選挙に出馬し、他の候補者全てに1桁しか入らないという圧倒的大差をつけて当選した。
着任後は、俺が提案した法案は全て満場一致で可決。
色んな企業が俺の顔色伺いに札束を献上してくる。
国民は俺を新しい国の顔だと誉め称えた。
公式ではないが、宮内庁から降嫁先の候補としての打診まできたほどだ。
そしておれが28歳になった今年、新しい内閣総理大臣候補に選出された。
つまり、高校を卒業してわずか10年で、俺は国の長になったのだ。
なのに。
なぜ俺の屋敷の回りに、マスコミや警察の連中がへばりついているんだ?
俺は次期内閣総理大臣だぞ?
場合によっちゃ、皇室の親戚になるんだぞ?
その俺がどうして、犯罪者扱いをされないといけないんだ!?
恐喝?
顔を付き合わせて説得しただけだぞ?
収賄?
向こうが俺に献上したいと言ってきただけだ!
窃盗?
俺に相応しいものを調達しただけだ!
暴行?
俺からの愛の鞭だ!感謝するのが当たり前だ!
誘拐・監禁?
俺の所有物になるんだぞ?名誉と感謝以外のなにがある!
婦女暴行?
俺に抱かれることは、女にとっては最高の栄誉だぞ?犯罪なわけがない!
殺人教唆?
そいつはそのままにしておけないと言っただけだ。
部下が勝手に動いたんだ!
殺人?
向こうが襲って来たんだから正当防衛だ!
つまり、これは全て犯罪ではないということだ!
「失礼します。先生、御車の準備ができました」
「遅いんだよ!1分で準備しろや!」
俺は、入ってきた秘書に、酒の入ったグラスを投げつけた。
「申し訳ございません」
こいつは秘書官。名前は忘れた。
凡百の連中の名前を覚える必要はないからな。
俺は酒、もちろん最高級品のウイスキーだ。を喉に流し込むと、ジャケットを羽織り、出口へむかった。
「よし。サツとマスコミを一喝してから議事堂だ!あとから全部ツブシて」
その途中、いきなり足がふらついた。
そしてそのまま、床に倒れてしまった。
立ち上がろうとするが、なぜか身体に力が入らない。
「くっそ…おい!さっさと俺を起こさないか!」
秘書官の野郎は黙って俺を見ているだけで、動こうとしない。
「おい!さっさと助けろ!」
俺が怒鳴りつけても、秘書官は動かない。
「酒は旨かったか?」
「はあ?」
「人生最後の毒入りの酒は旨かったかと聞いたんだ」
秘書官の言葉で、こいつが俺に毒を盛ったのがわかった。
「てめえ…この俺になにを盛りやがった?!」
「遅効性の神経毒です。司法解剖しても自然死にしか見えないね」
ゴミ風情がこの俺を笑いやがった!
この国、いや、世界を統べるこの俺を!
「よくも俺に逆らいやがったな!」
俺はゴミを睨みつけた。
俺が睨み付ければ、全ての存在が俺にひれ伏すんだ!
しかしゴミは、怯む様子もなくぶつぶつと呟いていた。
「そもそもなぜ私は、恋人だった女性を、誘拐して乱暴をふるって殺した貴様に、『私の恋人がしでかした不始末を一生償いたい』などといったのか。彼女が必死の抵抗をしてお前の顔を引っ掻いた。その傷を貴様への無礼だなどと、どうしておもったのか。不思議でたまらない」
ゴミがこちらを見ていない。
その隙に、動きづらい身体を引き摺り、デスクに隠してあった銃を取り出すと、ゴミに銃口を向けた。
「俺に逆らった事を地獄で後悔しな!」
俺の銃の腕は、アメリカでストリートギャングを100人は簡単に撃ち殺したほどだ。
外すわけがねえ!
カチッ!
なに?!
カチッ!カチッ!
「そこに銃があるのは分かっていましたからね。弾丸は抜いておきましたよ」
「くそっ…」
段々身体が動かなくなって来やがった…
くそっ!なんでこの俺が…。
「本来なら、銃でもナイフでもバットでも素手でも、貴様を滅多打ちにして殺してやりたいが、貴様のような汚物をあからさまに殺害して犯罪者などになりたくないからな。不本意ではあるがこれが一番だと判断した」
このゴミが!
俺に対してどれだけ偉そうな口を利きやがる!
絶対に殺して…や…る…
『本日午前9時32分、日本の歴史上、いえ、世界の歴史上まれにみる凶悪犯、矢嶌龍志郎容疑者が死亡しました。矢嶌容疑者は幼少期からとんでもない種類と回数の犯罪を実行し、なぜかいままで発覚することがなかったという、凶悪犯です。死因はショックによる心臓マヒ。しかも、不法に所持していた拳銃を、秘書官である添島孝雄さんに向けて発砲するも空砲、その空砲の音に驚いてのショック死だったようです…』
俺が目をあけると、どこかの御殿のような所にいた。
ここはどこだ?
中華風のものだが、この俺を迎えるにはまあまあだ。
そして目の前には巨大なデスクがあり、その向こうには誰かが座っていた。
「おい。そこは俺が使うからさっさとどけ」
そういう場所は俺が座るところだ。
だがそいつは退くこともなく、俺に話しかけてきた。
「矢嶌龍志郎だな。父の失脚の原因に、就任直後にでくわすとはな」
なんだこいつ?
この俺の名前を呼び捨てだと?
「おいてめえ!俺の名前を呼んだらちゃんと様をつけねぇか!」
俺は本気で脅しつけてやった。
こうすれば誰だろうとビビって、俺の命令に従うようになる。
「なるほど資料どおりだ」
そいつはビビることもなく、軽く手を動かした。
すると、俺の身体が急に動かなくなった。
みると、馬と牛の頭をした人間が、俺の腕をがっちりと固めていた。
「さて、矢嶌龍志郎。お前の判決は既に終了し、再審すら許可されていない」
デスクに座っている奴は、偉そうに上からものをいってくる。
「てめえなにもんだ?!この俺に偉そうな口を利きやがって!」
「私は閻魔大王だ。継承したばかりだがな」
閻魔大王だあ?
あ…俺は結局死んだのか?
くそっ!あの野郎絶対にぶっ殺してやる!
「おい!俺に毒を盛った奴を今すぐ殺して地獄に落とせ!」
「それは無理だな。よほどがなければ我々が人間に直接手を出すことはない」
「この俺を殺したんだぞ?よほどどころか大事件だろうが!」
「それよりは自分の心配をしたらどうだ?」
この野郎!俺の命令をことごとく無視しやがって!
まあいい。
ここがあの世なら俺の行き先は決まっている。
「おい。この拘束をさっさとはずせ。天国行きの道に案内しろ。この俺をこんな扱いしていいのか?」
俺は、閻魔の奴に自分がどれだけ愚かなことをしているか教えてやった。
「矢嶌龍志郎。お前は既に阿鼻地獄、無間地獄とも言うが、そこに落ちることは決定している」
しかし、閻魔は表情も変えずに信じられないことをぬかしやがった。
「なんだと?この俺がどうして地獄に落ちないといけないんだ?!俺は神に選ばれた特別な存在だぞ!」
「お前のしてきた事を考えれば、裁判をする必要もなく阿鼻地獄行きは決定だ。なにより、お前の裁判は既に10年前に判決がでている」
10年前?
俺が高校を卒業したころか。なんかあったか?
「では矢嶌龍志郎。お前は阿鼻地獄行きだ。連れていけ」
野郎!俺が10年前の事を考えているすきに、馬と牛に命令しやがったな!
「てめえも絶対にぶっ殺してやる!」
俺は、馬と牛に穴に引きずられながら復讐を誓った。
そうしてつれてこられたところは、妙なでかい穴のあいたところだった。
「おい…なんだよあれ?まさかあそこに落とすんじゃないよな?」
「あそこが阿鼻地獄への入り口だ。高さは200万光年はあるな」
「ふざけんな!なんだその小学生が考えたような数値は!」
冗談じゃねえ!あんなところに落とされてたまるか!
俺は、馬と牛の腕を必死で振りほどくと、全速力でその場から逃げた。
オリンピック100m金メダル確実の俊足でぐちゃ
『やれやれ。逃げれるとおもったのか?』
『やはり愚かなこと極まりないな。兄弟で同じく神に愛されたと言っても、愛弟子と情夫では天地の差だな』
『まあ、愛された神の格が違うがな。よし。さっさと落として仕事に戻るか』
ボコッ!
俺は誰と比較された?
しかも俺の方が下にされたのか?
ふざけるな!俺は常に最上位者だ!
何故なら俺の近くには常に俺より下の存在が…
ああ。10年前にあのゴミはくたばったんだったな。
些末なことだからな、忘れてた。
そうか!あいつがこの俺に冤罪を、濡れ衣を着せやがったのか!
どうせあのゴミは地獄にいるから、あのゴミに真実を話させればいい。
これで俺は本来の正しい扱いをされるはずだ。
穴に落とされてからどれぐらい経っただろう。
既に時間の感覚も、今自分が落ちているのか浮きあがっているのかもわからない。
もしかするとこのままえいえぐちゃっ!
いきなり衝撃がきた。暫くは動けなかったが、身体がすぐに再生されはじめた、
が、その瞬間髪の毛を掴まれた。
「よく来たな最低のカス野郎!最高の地獄にようこそ!」
その声の主は、赤い肌に筋骨隆々の身体。強面を通り越した恐ろしい顔。口から覗く牙。虎縞の腰巻きに巨大な金棒を携えた、いわゆる赤鬼だった。
「おいまて!俺がここに落ちてきたのは、弟に濡れ衣を着せられたからだ!そいつを連れてこい!真実を話させる!」
俺は目の前の赤鬼にそう訴えた。
あのゴミに全て押し付ければ俺は晴れて天国行きだ!
「誰を連れてこいと?」
「この俺、矢嶌龍志郎の弟だ!あいつがこの俺に冤罪・濡れ衣をきせやがったんだ!」
「ああ、あいつか」
どうやらこの赤鬼は、あのゴミをしっているらしい。
なら話が早いな。さっさとつれてこい!
「無理だな。お前の弟・矢嶌六三は、お前に着せられた濡れ衣をはらし、天国にいき、既に転生をした。だからここにはいない」
「なっ…」
冗談じゃない!
あいつは常に俺の身代わりになるんじゃなかったのか?
夢枕にでてきたイケメンの神が言っていたことは嘘っぱちだったのか?
俺はそいつの眷族の神になれるんじゃなかったのかよ!
最初は信じなかったが、俺がなにをやっても怒られず、あのゴミばかり怒られているのを見て、あの夢枕が真実だと確信してからは実に楽しかった。
それなのにどうしてうまく行かないんだ?
「そうそう。お前を見初めた神は、最高神様によって消滅させられたから、お前に与えられていた神の加護は全て消え去ったぞ?」
赤鬼は信じられない事をいった。
だが同時に合点が行った。
神の加護がなくなり、あのゴミが俺の身代わりにならなくなったから、俺は殺されたんだと。
そしてこれから、全ての報いが反ってくるのだと。
「早速だが、弟同様に歓迎の印に風呂にでも入れてやろう。生皮が剥がれ落ちるほどの熱湯の風呂にな!」
それは所謂、釜茹でというやつだ。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
赤鬼の言葉に逃げ出そうとするが、髪を掴まれているために逃げることができず、巨大な大釜のある方に引き摺られていく。
あちこちから悲鳴やうめき声が上がり、ぐちゃぐちゃになった亡者が転がっていたり、鬼が亡者を殴りつけていたりと、正気ではいられない光景がひろがっていた。
「止めろっ!止めてくれっ!助けてっ!母さんっ!母さんっ!」
その光景に、俺は必死で暴れるが、なぜか髪は抜けず、逃げ出す事ができない。
「五月蝿いなあ。弟はもうちっと静かだったぞ。まあいい着いたぞ。今日から永遠とも思えるような時間をかけて、生前の罪を悔い改めるんだな!」
赤鬼は、牙を見せながらニヤリと笑うと、俺の髪の毛を掴んで大釜に投げ入れる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
とてつもない熱さの湯気に身体をさらされた瞬間、うまれて初めて、本物の恐怖と絶望を実感した。
「あっぢいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
この兄についてですが、
神様からチートを貰ったことは、彼の責任ではありません。
問題は、それを良いことに調子にのり、様々な犯罪を犯し続けたのは、紛れもない本人の意思であるということです。
こうならなかったなら、彼は聖人になっていたかもしれません。
まあ、まっとうに死んだとしても、イケメンの神様の若いつばめにさせられていたでしょうが…
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