~金の腕~Case:9
資料をすべて一か所に集めるのに、3時間をかからなかった。
もちろん2人の魔法によるところも大きいけれど。
散らかっているとはいえ、ここは研究所。
メモ書きよりも研究材料や実験器具、実験の名残のようなものが多い。
他の部屋はほとんどそれで、この研究室だけが生活圏という感じだ。
「資料は見たところ…普通の研究ですね…。」
医療の進歩のため、移植可能な疑似臓器の研究をしている場所だったらしい。非人道的な内容でもない。
一条博士も魔術師として、4区でも魔法の秘匿は徹底していたのだろうと思う。
「強いて言うなら、神書っぽいのが、気になるね。」
クロキアとしての嗅覚が、反応しているのだろうか。
言われてみれば、医療本の中には少し宗教的なタイトルが混じっている。
どれも研究に関係ない本ではないが…。
「そういえば、金の男っていうのは、神話には出てこないんですか?読んだことがなくて…。」
本を読むのは好きだけれど、それほど宗教には明るくない。
森の奥で育ったことが、仇となっている。
「うーん…男、ねえ…。金という色は結構出てくるよ。金の林檎、金の星…」
金色というのは神秘の象徴というイメージがある。
太陽に照らされた光のような。
「金の空は、神の使いの登場時に出てくるね。3作の中編で、それぞれ神使いとの出会いが描かれるんだ。そのそれぞれの登場シーンの絵は、金色の空だね。」
関係があるのかもしれないけれど、今のところはわからないようだ。
「めぼしいものは、無かったね。まあ、ここからが本題だ。」
そうだ。目的は地下を探すこと。
敵に先を越されないためにも、急ぐ必要がある。
「まず、篝。生物はいそうかい?」
篝くんは首を振る。
「ラットがいないこともないけど…不規則な動きで、見てはいなかったっぽいね。他は虫だけど…クロキアは神使い。そういうのはやらないんだ。役に立てなくてごめんね。」
首を振る。
むしろ神使いの眷属をこき使うなんて、罰が当たりそうだ。
「じゃあ僕だけど…グラメスさんの縁を辿ることはできそうだ。ただ…」
グラメスさんにも感謝だ。
けれど、何か問題発生だろうか。
「位置が、とても遠い。流石は一条博士だ、いったいどんな手を使ったのかはわからないけれど、全然視えない…どこだろう…上空、かな。」
「「上空!?」」
貴乃下さんは、相当力をフルに使っているらしく、目を瞑りながら、眉間に深い皺を作っている。
心なしか、置換された景色が揺らぐ。
やがて限界とばかりに、声を荒げる。
「…ごめん、置換を維持しながらでは追い切れない!切るね。」
強い風の中、幻のように一瞬で、景色はSクラス用の寮のロビーに戻る。
飛ばされるかというほどの風の中、篝君に倣ってどうにか固定された椅子に隠れる。
このびくともいない椅子も、もしかすると魔法による防護がなされているのかもしれない。
「…よし、場所が分かった。」
風が一瞬でやむ。
相当の魔力消費量だろう。
彼は長く走ったの後のように肩で息をしながら、辛うじて椅子に座った。
「第7研究所のはるか上空に、浮いている。座標もわかったし、理事長ならワープできると思う。研究所というよりは、個人的な書斎一部屋だけだけ。ただ、散らかり方はさっきの比じゃなかった。」
それだけ散らかっているのなら、情報がある可能性はある。
「盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ食べて寝た方がいい。」
時計はすでに、9時半を指していた…。
「うん、そうだね。急がば回れ。今日は解散して、また明日にしよう。理事長にも話を通さないとだし。」
貴乃下さんには、頭が上がらない。
「お2人とも、本当にありがとうございます。しかも明日まで。ゆっくり休んでください。」
篝くんも貴乃下さんも、柔らかく微笑む。
「ボク達は心が読めるからさ。事の重大さも、そのためにキミが必死で頑張ろうとしてるのもわかるよ。」
そう言って、手を振って食堂に去っていく。
温かい子だ。
魔法の食堂は、24時間稼働していると書かれている。
「僕も同じかな。それにね、僕は魔法を使うのが好きなんだ。使いすぎれば疲れるとしてもね。機会に恵まれるのは、喜ばしいことだよ。」
おまけ、と数時間前の人型の紙に、息を吹きかける。
すると、紙は桜の花びらになる。
やがて白虎にも龍にも変わり、思わず瞬きしたときには居なかった。
「では、おやすみ」
振り返るころには、粋な陰陽師もまた、どこかへと姿をくらましていた。
「そんなことがあったのですわね!み、見たかったですわ…。とはいえ、昨日は凝ったご飯を作らねばならず…」
家ではご飯を作っているのだろうか。
そういえば、桜ちゃんは一人暮らしなのかな。
いや、お嬢様だし、危ないかな。
…聞いてもいいのかな?
「桜ちゃんって…」
しかし、ちょうどいいタイミングで、たくさんの人が現れた。
「いやーおまたせ!会長を捕まえるのに手こずっちゃってねー。まったく、働き者だなあ。」
扉を開けて現れたのは、理事長と貴乃下さんと篝くんと、…扉を開けていたのは黒江さんだ。
「黒様!いらっしゃったのですね!」
桜ちゃんは手をぶんぶんと振る。
黒江さんは動じないものの、代わりに理事長が手を振り返している。
桜ちゃんも別段気にせず。理事長には会釈をする。
「本拠地に乗り込むなら、人では多い方が良いからね。それでなくても会長なら、一人でこなせちゃうだろうからね!」
理事長のお達しとなれば、さすがの黒江さんも嫌そうな態度はとらないらしい。
もしかしなくても、篝くんや貴乃下さんの入れ知恵だろうか。
旧校舎の実験部屋は、日ごろあまり使われていないのか、少し埃っぽい。
黒江さんは理事長の要望で、手を簡単に降ると、部屋は一気に良い空気になる。
まるで、森の奥の我が家のような心地よさが、部屋に広がる。
慣れてきたものの、魔法を知らなかった私にとって、違和感が凄まじい。
「準備は良いかな?今回は私も向かおう!個人的に興味もある。」
理事長は全員を順番に見て、全員が準備良し、と頷く。
「よろしい。では、3、2、1…!」
教室から一瞬で、知らない床に変わる。
ふわっと浮遊感があり、柔らかく地面に降り立つ。
見まわしてみると、あたり一面高そうな本。
本棚がたくさんある。
難しい、見たことのない文字も多い。
「素晴らしいコレクションですわ。我が家に無い本もたくさんありますの。」
宮川家でも無い本、というのは、想像したくないレベルの値段なのでは…。
「絶版の海外書籍も勢ぞろいだねぇ。相当のコレクター、といったところ。して、机の紙の山…会長クンなら解析可能かなぁ…?」
黒江さんは、問題なさそうに頷く。
魔法の力って、すごい…。
この量を手作業で調べるには、ここにいる全員で取り掛かっても今日中には終わらない。
ましてや、走り書きの多くは、どこの国の言葉かもわからない。
黒江さんの干渉魔法は、明らかなチートだ。
生徒会長なのも、魔法の実力の意味合いもあるのかもしれない。
「どうせですし、お時間いただきますよ。ここの保護の時間分、猶予はあるでしょうし。」
理事長はにこやかに笑い、頷く。
解析の黒江さんとその補佐に回っている桜ちゃん、空間を保護している理事長以外は、それぞれで書斎を見て回っていて時間をつぶした。
基本的にはコレクター的であってもおかしなものはない。
強いて言うなら、やはり唯一神関連の書籍は、多い。
それから1時間ほどたった時、理事長が私の肩をたたき、扉を手で示す。
「さぁ、扉を出てみるかい?」
本来ならば、空中にある関係で、この部屋には扉がない。
先ほど理事長が何かの道具で、扉を生み出していたのは見たけれど…。
開いてみると、見たことのある豪勢な廊下だ。
空中の書斎は、すでに旧校舎の一室となっていた。
そういえば、理事長のワープは、当然ながら衣服や物も運べる。
それなら、この書斎を別の場所に移すこともできるのか。
学園の中に移せば、他に奪われる危険も減る。
「これでいつでも調べられますね!あ、」
扉の前には、ロートルさんが、待機していた。
示し合わせたように、黒江さんも理事長のもとへ現れる。
もしかしなくても、あの量を1時間ほどで…。
「準備が整いましたな。ではミスター・ロートル。是非、知恵をお貸しいただきたい。」