~金の腕~Case:8
Sクラスは旧校舎という校内の結界の内側にある。
ほとんど豪邸のような建物は、こっそり忍び込もうとした一般生徒もいそうだ。
けれど結界がある以上、迷子になって気が付いたら帰っていた!とかなるのか、歩いていると行きたくないと感じるようになるのか。
なにかしらは入れない仕組みになっているのだろう。
貴乃下さんの部活は、一般生徒の居る新校舎の方になっている。
新校舎といえば本の弓咲学園の紹介でも見た、いかにも新しくきれいな建物だ。
どちらにしても、この国の誰しもが憧れる学校なのだと思う。
「ごめんね、俺も行ってあげたいんだけどさ。新校舎はねー。僕や桜ちゃんや…会長に白銀とかー…そこらが行ったら、パニック起きちゃうんだよねー。」
どういうことなんだろう。
そういえば考えたこともなかったけれど、一般生徒にとってのSクラスは、どんなイメージなのだろうか。
よく考えなくても、国のトップの頭脳の中のさらに頂点として捉えられている存在。
しかも美男美女。お金持ちも多い。
一般生徒もそうだとは言え、将来を約束された存在と認識されている。
「もしかして…異常にモテるんですか?」
おかしな質問をしてしまった。
つい、抑えきれなかった。
「まあ、そんな感じかな。俺の場合はちょーっとちょっかい掛けすぎて、女の子から怒られるってのも多いけどね!」
それは自業自得です…。
十六夜くんは、いつの間にか篝さんに連絡を取っていたらしく、交代で猫のようなフード?を付けた金髪の童顔な少年が現れた。
「篝さん、ありがとうございます。」
大変かわいらしい彼も、一般生徒からはあこがれの的なのだろうと思う。
パニックにならないのかな…?
「呼び捨てでいいよ。それに敬語もいらない。ボクも使わないから」
非常に癒される子だ。
十六夜くんはコミュニケーションが上手で、こちらに合わせてくれる話しやすさがあった。
それに対して、彼はそれほど話さないのに、温かさが伝わってくる。
「じゃあ篝くん。私は今、第7研究所の地下を見つける方法を探してて…見えないけどどこかにあるはずなんだけど…」
信じてもらえないかもしれない。
第7研究所の地下に物理的にあり得ないのは、まぎれもない事実だ。
しかしあっさりと、篝くんは頷いた。
「ふぅん。それでボクと貴乃下ね。ああ、説明は良いよ。人も動物だから、生きていればわかるんだ。」
自由でふわふわしているけれど、結構大変な魔法を持っている子だ。
昔読んだ本では、人の心を読む力を持つ子は、だいたい絶望していたな。
悪い心の声が聞こえて、とても傷ついたり。
篝くんは、平気なのだろうか。
「平気だよ。ボクは人ではなく、猫だから。」
篝くんの第1魔法は猫に化けること。
正確には、アリア神の神話に出てくる使いの黒猫・クロキアの眷属になると記憶にはある。
まるで憑依魔法だ。
けれど、憑依魔法はあくまで憑依だし、常時では魔力が持たないという話。
少し翡翠くんの使い魔に似ているけれど、神話生物になる、というのはすさまじい。
「心を読めるとは思うんだけど…その、眷属だから平気なの?」
こうして普通に話している以上、本当に傷つかないなんてことは無いと思う。
いつの間にか森の結界を抜けていて、新校舎が見えてきた。
「半分正解かな。ボクはクロキアが選んだ今の世での依り代の1つ。唯一の人の依り代。眷属に選ばれた時から、ボクは人である以前に神使い・クロキアの1部だから、悪い念は弾かれるんだ。」
そろそろこの話もおしまいだ。
篝くんはあまりワープをしないタイプなのだろうか、と思ったけれど。
ワープ先で一般生に突っ込んでは大変だ。
軽音部生は多そうだし、新校舎にはどこにも逃げ場はない。
そういえば、徒歩を見越して白銀さんは急かしたのかな。
「なるほど。無理しているわけではないんですね。」
とにかくよかった。
度々出てくる神話についての話は、いつか読んでみたいな。
神使い・クロキアという黒猫は、唯一神アリアとどんな出会いを繰り広げたんだろうか。
「疲れたでしょう。十六夜くんから、君が僕に相談したいらしい、というのは連絡が来ていてね。こちらから向かうと伝えようとしたら、もう篝に案内されて向かってるよって。」
見た目通りの、丁寧な人だ。
苦笑いしつつも、冷たいお茶と軽いお菓子を用意してくれる。
「ここでは…」
篝くんは私たちにしか聞こえない声で、軽く目配せをする。
あたりの生徒も、パニックとは行かずとも、2人に興味津々という様子だ。
「皆さん、もしかして寮ですか?」
貴乃下さんと篝くんは目を合わせて、少し笑う。
どうして笑っているんだろう?
すかさず、貴乃下さんが返す。
「確かに偶然だね。」
馬鹿にしているというよりは、説明されていなかったんだ、というような表情だろうか。
もしかして、Sクラス生は基本的に寮暮らしなのだろうか。
篝くんは簡単に頷く。
ここで掘り下げて聞くことはできないものの、恐らく肯定の意だろう。
理由については、寮に移動してから貴乃下さんがすぐに教えてくれた。
Sクラスは魔術師の保護を目的としているため、基本的には寮暮らしだという。
ただし黒江さんと桜ちゃんは、届け出を出して校外で暮らしているらしい。
けれど基本的には主席クラスでもなきゃ、許可は下りない、と篝くんの補足だ。
「笑ってごめんね。ほら、僕らこそ魔法を隠さないといけない立場でしょ?なのに入ったばかりの君が寮暮らしと知っていてはおかしい、って忘れててさ。」
それはつまり、元々寮で話す予定だったのだろうか。
「ボクらよりキミの方が魔術師として向いてるかも。」
篝くんは、ツボに入ってしまったらしく、まだ肩を震わせている。
確かに、保護の学校だから当たり前だし、忘れていても仕方がない。
仮に周りになぜ知ってるの、と問われても、聞いたとか既に寮で会ったことがあるとか、潰しは聞くと思う。
「一応ね、魔法がばれてないか、会長とボクとキーノで管理しているんだけど。意外なところで不審に思っちゃう一般人もいるんだよ。そうすると会長が嫌そうに対応することになるんだよねえ。」
それは怖い。
でも言われてみれば、記憶の消去なんて、Sクラス内でも黒江さんくらいな気がする。
3人がそういったことを管理するのも、魔法的には適材適所だ。
「で、キーノは僕の記憶読み終わった?」
記憶を読む、というのは、先ほどから貴乃下さんが何かのポーズをしながら人のような形の紙を持っていることなのだろうか。
「うん。第7研究所の地下か…とりあえず、この部屋を第7研究所に置換してみようと思う。投影、と呼ぶべきかな。口寄せが人魂を下すなら、土地の魂を下ろす、というか。」
第1魔法は、陰陽術をアレンジした魔法と書かれている。
これがいわゆる、アレンジした彼の魔法なのだろう。
グラメスさんの魔力の放出とは少し違う、風が吹く。
これは意図して抑えられたものなのだと思う。
強風のような波動とは違う、流れるオーラのような。
静かだけれど存在感がある。
気が付くと、一瞬で独特の衣服に代わる。
「見たことないかもね。あれは陰陽師の衣装だよ。」
篝くんは、一切動じずに立っている。
「クロキアのお社にもかつて居たらしいからね、見たことがある。」
懐かしそうに目を細めているのは、篝くんの中のクロキアの部分なんだろうか。
やがて、陰陽師は、しゃらん、しゃらん、と一定間隔で鈴を鳴らす。
何度か繰り返したのちに、あたりの雰囲気が、ぼやけていく。
段々と景色が上書きされていくのは、ちょっとこわい。
思わず目を瞑ってしまっていたらしく、声を掛けられる。
「置換が済んだよ、もしかしたら、ちょっと怖いかもね。」
目を開くと、研究施設の中だった。
ここが、倭国第4区の工場地帯に位置する、第7研究所。
魔法とは凄まじく、テーブルの紙切れは拾えるし、読むこともできる。
紙切れには、研究者のボヤキが書かれている。
「一応、ベアトリスちゃんとグラメスさんの縁を辿らせてもらった。だからここは、かつての…一条博士が生きていた頃の研究所だと思う。ここにも情報があるかもしれないね。」
本命のあの魔導書についてはここにはないかもしれない。
しかし、それらの情報を手にした時の、解読の手がかりがあってもおかしくない。
私たちは、まずこの狭く散らかった研究室を、調べることにした。