~金の腕~Case:6
12区はオフィスや学園が立ち並ぶ、高層ビルの多い街だ。
都会的な街並みの中、とある一際大きな建物は、どこにいても見える。
弓咲大学12区中央病院。
桜ちゃんたち住んでいる人々からは、弓咲病院といわれている。
「理事長に話を通していますから、ワープで向かいましょう。」
学園の第2校舎――Sクラスの学び舎からも、窓から見える。
理事長が用意したらしいアイテムに触れると、そこはもう病室だった。
「おう、珍しいお客じゃ。」
しわくちゃのおじいさんが、ゆるりと手を振る。
「シン・グラメス様ですね…」
頷くと、グラメスさんは病室の天井に目を向ける。
やがて、目をつぶって語りだす。
「理事長がの、昨日来よった。あの男…変わらぬのぉ。」
黒江さんの話と同じ人物とは思えないほど、元気そうな人だ。
「いい加減口を割れと。もう元気になっただろう、と。ハッハッハ。鋭い男じゃ。」
そうこぼしたと思えば、グラメスさんはいきなり状態を起こす。
「起こさないままでも構いませんわ!」
桜ちゃんは慌てたように支えようとするも、老人は頑なに首を振る。
いや、まるで…。
「仮病じゃ。儂はそう弱くなどない。」
魔力の解放とでもいうのか、大きな風を起こす。
桜ちゃんは魔法で難なく耐えたものの、私は桜ちゃんに手を引かれなければ吹き飛んでいたかもしれない。
グラメスさんは深々と頭を下げる。
意図したものではないらしい。
「かなりの魔力ですわ…!それも…大魔導士クラスの。」
大魔導士について知らないものの、一般人でも肌で分かる。
このプレッシャーは、存在しているだけで魔法の存在を証明しているようなものだ。
開放していないのは、一般に溶け込むためなのだろうか。
「長らく隠しておった。じゃが、いまやあの驚異の男もおらん。」
脅威の男…?
「して、…おぬしらは何用に来たのじゃ。老いぼれにわかることなら、いくらでも聞くがよい。」
私達は、魔導書についての情報が欲しいことを、伝えた。
「ふぅむ………正直なところ…それほど詳しいわけではない。あくまで装飾を頼まれただけのこと。中まで目を通したわけではないが…」
だとしても、グラメスさん以上に詳しい人はいない。
病室の窓を一瞥するグラメスさんは、眉間の皺を深くする。
老齢ということもあり、元より皺が多く迫力がある。
「一条ははた迷惑な男じゃが…儂にひどい扱いをしたわけでもなくてな。少しくらいは説明もあった。」
本の名前は金の男。
巨大な体躯を持つ金の男は、一条が神の使いをイメージしたものだという。
より正確には、この星を滅ぼすための神から遣われた存在だと。
「神秘の前に一度滅びることで、神にもう一度人を造らせ、人は新たな存在にシフトする。そんなことを言っていたか…まあ、奴はまともではない。いつもながら、目すら笑わずに言っていたわい。儂にしても、冗談の類かと思っておった。」
一条という男は、人に悪意があるというよりは、マッドサイエンティストなんだろうか。
いや、人の為と思って人を滅ぼす科学者。
最近聞いていて、そう思う。
「…その、つまり金の男はこの星を滅ぼしかねないのでしょうか?」
恐る恐る、桜ちゃんが尋ねる。
そうだ。それだけの出力を持つなんて、事態は悪化したばかりだ。
「威力はそうかもしれんが。とはいえこの星には唯一神がいる。全て、とはいかんだろう。それにそんな技術の解読、一条でもなければ何十年もかかる。」
けれどそれはつまり、いくらかの人々の死を意味する。
「はやく、止めないと…」
グラメスさんは最後に、条グループの中でグラメスさんと逃げてくれた元科学者・ロートルさんを紹介した。
彼も詳しいわけではないらしいが、一条の技術の解読には一役担ってくれるだろう、と。
そして、更に助言までくださった。
『一条は第7研究所の地下を気に入っていた。そこで研究時の資料を集めて、ロートルに知らせれば良い。まあ、ロートルも解読目的で狙われる身だ。弓咲学園の理事長室にでも幽閉させておくが良い。あこそは世界で一番安全だからの。』
第7研究所は、桜ちゃん曰く今も不当に研究している危険なところだったはず。
「ベアトちゃん。無事に理事長の秘書がロートルさんを保護したそうです。あとは…第7ですわね。」
第7研究所の地下に行くには、第7研究所を占拠しなければならない。
そんなこと、可能なんだろうか。
4区の大抵の研究所自体、条グループの所有物だと、この間の本にもあった。
「第7研究所を奪うことってできるのかな?」
そもそもの話。
いくら魔法があっても、監視カメラや警備や通報の手段。
どれをとってもしっかりしているであろう最新施設は、秘匿という制限のある魔術師には不向きだと思う。
「……厳しいでしょうね。下手すると一般の警察の方を呼ばれて、一般の方を気絶させている間に、研究所ごと燃やされかねません。彼らは地下を知らないでしょうから、研究所内の資料を運べば燃やしてよいと考えるはずです。」
え…?
「地下を、知らない…?」
そんなこと、あるのだろうか。
荒らされていないというのは理想ではある。
しかし第11研究所が邪教徒の占拠した場所なら、条グループの残党は第7研究所に集結しているんじゃないのだろうか。
「ええ。グラメスさんは地下とおっしゃいましたが、そもそも第7研究所に地下はありません。それでもあるとおっしゃったのは…一条が見えないように加工した地下があるのかと。行き方も、素直な行き方でもなさそうですわ。」
魔術博士の研究所の本尊…それは即ち魔術工房。
物語の中の魔術工房は、他の人を受け入れない、術者のみの結界であることが多い。
「魔術師によっては、その人の死後は入れない結界という可能性も…」
桜ちゃんは、神妙な面持ちで頷く。
「もちろん、そういうこともありえますわ。」
桜ちゃんはこのあと用事があるとのことで、先にまた黒江さんの元へ私を連れてきた。
「黒様、ベアトちゃんの記憶に、Sクラスの生徒とその第一魔法を伝えてあげてほしいですの。」
他の人の協力も仰ぐと良いとのことだ。
桜ちゃん自体は、また明日も協力してくれるそうで、頭が上がらない。
「役には立つだろうね。外部からの魔法や薬品で情報を漏らすことが無いように呪いもかけておくよ。」
黒江さんは、まるで嘲笑でもしてるかのようなあくどい顔で、手を閉じたり開いたりしている。
非常に怖い。
記憶を植え付けられる際、とても脳が痛かった。
黒江さんなら、その間だけ痛みを和らげることもできたのでは、と思ったけれど、記憶の参照で、何となく答えがわかった。
Sクラスの生徒の説明の中、黒江暁の説明は人間嫌い、だった。
その割にはお世話になっているような気もするけれど。
明らかに桜ちゃんが用意した詳細な説明が並ぶ中、黒江さんだけは1言。
桜ちゃんの恋愛感情を思えば、本来は一番長い説明だったのではないかと思う。