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鍵開けのベアトリス  作者: 瑞野
5/16

~金の腕~Case:5


怪しい儀式はようやく終わった。

今日の集会は、双神会にとっての、Osclipe(オスターヴェの月)の誕生祭だという。

ちなみにAselipe(アスターヴェの月)の誕生祭は、1月だとか。

これから会食だというが、魔導書の話は出てくるだろうか。


教会の下階には、既に晩餐会の支度が整えられていた。

長机にはナイフとフォークが並べられており、料理は後ほど運ばれてくるのだと言う。

「それでは皆様、席についてください。」

それぞれ、渡されたカードに記号が書かれ、その記号が書いたカードのある席に座る。

季節の挨拶を代表者が述べる。

その後、陰惨な活動報告。

そして耳を疑うような今後の抱負。

まるで現実とは思えず、目眩がする。

代表者に合わせて、皆にこやかに笑う。

我々もそれに合わせるが、何とも異様な空間だ。

「それでは、皆様お食事をお楽しみください。」

私達の経歴は、倭国の主区である12区から抜け出して、今は神社や自然の都たる11区で、巫女をやっていることになっている。

何故ならこの集会の彼らは魔術師ではない。

我々が弓咲学園だとバレれば、魔術師であると疑われかねない。

魔法の秘匿がなされているのかは、この団体に限ってはわからない。

魔術師とわかれば、実験行きになってもおかしくない。

活動報告からして、人体実験の疑いも大いにある。



「アスター様、咲様、そろそろお開きの時間になりますが…」

ピエロのような姿の御仁が、そばに寄ってきた。

魔導書の話も一切でないし、そろそろ帰ろうか、そんなことを考えていた。

それに目立つわけにはいかず、あまり長居はしたくない。

けれど男は、我々が先程話したふくよかな神父を見る。

桜ちゃんは、こちらに目配せをする。

「…ふふ。まだ、帰りませんわ。」

振り返ると、ふくよかな神父が、まるで値踏みをするようにこちらを見つめていた。

いや、神父だけではない。

周りのすべてが、我々を――いや、扉の近くを見つめている。

まるで、帰る者を見張るように。

「まだ食べ終えてもいませんね。」

桜ちゃんに合わせて、答える。

なるべく落ち着いて話さねば。

それが当たり前かのように。

「ええ。ええ。それは良きことです。」

先程話したふくよかな新父風の男も寄る。

二人とも、やたらとにこにこしている。

驚くことに、周りの人々も、各々自分の会話や食事に戻っていた。

気のせい…とは思えない。

間違えていたら、悪いことになったに違いない。

もしもの時を想定しておかないと。

「美味しいですわね。」

しかし、桜ちゃんはゆったりとデザートを食べている。

恐らく、最後まで居るつもりだろう。

桜ちゃんの隣の席らしいピエロが、にこやかに笑う。

おかしな化粧だが、元の顔がわからないという点では、便利なのかもしれない。

彼はもしかすると、私達を助けてくれたのだろうか。

「ええ。よかった。ほんとうによかった。」

先ほどと変わらず、神父風の男は、涙でも流しそうなほど嬉しそうに言う。

何だと言うのか。含みしかない。


神父は繰り返し良かったと呟き、ピエロが微笑み、その奥の男はガタガタと歯ぎしりしながら、危なったらしいフォーク使いで肉を食べている。

男の奥は、ほとんどの人が不自然なほど料理の皿ばかり夢中だ。


やがて、先程の食事会にて最も偉い位置に座っていた男が、全体に声を響かせる。

「皆様、今一度席についてくだされ。」

いくらか席を立っていた者が居たらしいが、その男の声に即座に席につく。

最も奥にいる私達には男の表情は見えない。

しかし、彼らは楽しそうだ。

嫌な笑みで、今にも大声で笑いだしそうだ。

全員が座ったあと、男の目配せでふくよかな男が立ち上がる。

「出て行かれたのは2人です。」

男もまた、これから起こる催し物か何かを心底楽しみにしているらしい。

「おお。そうか。嘆かわしい。」

男の反応は、いやに早かった。

常のことなのか。


「離せ!何のつもりだ!」

2人の男が、後手を縛られて連行されてくる。

「ひぃい。どうしてですか。教主様。」

席に座る者は皆、捕らえられた彼らを見つめる。

私も思わず、そちらを見てしまう。

まさか…。

「穢らわしい鼠!」

「邪教徒めが!」

突然、捕まった者たちは罵声を浴びせられる。

彼らは呆然と信者達を見る。

「許可なく帰るものなど、信徒の風上にも置けん!」

どうやら、この最後の集まりの前に帰る者は、鼠と判断されるらしい。

パン、と上座に座る最も偉い男が、手を叩く。

すると皆が、彼を見て静まる。

「真実なる信徒ならば、言わずとも神の声で知らされるはず。」

男は、それを信じて疑わないと言うように。

「しかし、邪神とは違い、私は貴方を受け入れますぞ。」

男は、自らが神と言っているのか。

つまり、彼が教祖。


蜘蛛の糸を垂らすのかな…?

しかし。

「もちろん罪を償ってから、ですが!あはははは。さあ、躾の時間です。連れていきなさい!」

2人の男達は上の階に連れて行かれる。

信者達は惜しみなく拍手を送る。

耳を劈くほどの音。

笑い声と喝采。口笛を鳴らす者。そして連行される者の悲鳴。

2人の男が一体どうなるかは、もはや聞きたくもない。

あの時出ていたら、私達もそうなっていた。

「では、お開きとしましょう。神はいつでも、貴方達を見守っていますよ。」

拳と拳を突き合わせて、皆唱える。

「我が神よ。」

「我が神よ。」



****


おぞましい時間だった。

あまりの疲労感に今すぐ眠りたい。

けれど洗脳や呪詛がないか確かめるためにも、その足で弓咲病院の検査に向かった。


そして、翌日。

「盗聴器や怪しい食材は入っていなかったようだね。お疲れ様。…まさか本拠地に向かうなんて。」

桜ちゃんのご友人?の黒江さんの元に訪れた。

若干呆れているような声だ。

「ありがとうございます」

黒江さんはお礼には無反応だったが、聞こえていないわけではないと思う。

「黒様、どう思いますの?」

少しの間。

彼はコーヒーを飲み終えると、携帯を取り出した。

「まずは、Osclipe(オスターヴェの月)とAselipe(アスターヴェの月)。これはデタラメだ。どこの国の言葉でもない。」

確かに聞いたことはないと感じた。

とはいえ、私も倭国や故郷のような有名な言語程度しかわからない。

だから、どこかの国のことなのか、詳しい人に尋ねることにしたのだ。

でも、桜ちゃんも詳しいと思うのだけれど…。

「儀式で用いられる言葉以外は、常に公用語でしたわ。」

黒江さんは頷く。

「で、記憶を見た所感だが…信者達も言葉は理解してないね。」

記憶を見るということは、黒江さんの第一魔法はそういったものだったりするのだろうか。

詳しくはわからないけれど、それならば言語に詳しいであろう桜ちゃんがこの人に頼るのも頷ける。

知識とは別の観点で紐解くことができる。

「彼らの用意した合言葉のようなものだろう。あえて存在しない言葉で話しているのかもね。」

そういえば、自らが正しく、唯一神ではなく自分たちが神だと考えているのならば、唯一神の生み出した文明を毛嫌いしてもおかしくはない。

言ってしまえばほぼ全てだが、言語はわかりやすい例だ。

「それでね、これを見てほしいんだけど。」

黒江さんは携帯に、本の表紙を映す。

電子書籍だろうか。

タイトルは古語で書かれていて、よくわからない。

「これは、唯一神の書いた本だ。写しの写しの…何度書き写されたものかはわからないし、かつての物とは違うかもしれない。」

それが、どうしたのだろう。

でも少し、見たことあるような。

「桜の記憶にあった、恐らく彼らが神と崇める男の席の後ろに、これと似たような本があった。似たような、であって偽物だけど。」

偽物の、神書?

何故?

「…彼らがオマージュしたものですの?」

「そうだ。」

なるほど。

中身はパクリか内容を逆に書いたのか…、とにかく内容は薄そうだなあ。

「そしてこれらの本のデザインは、悪魔装飾なんだよ。」

聞いたことがない単語だ。

でもそういえば、表紙のデザインは何故だか目を引く。

「この世界で悪魔といえば、かつての弓咲の女王ディアリアですわね」

アリアの神書の、3篇のうち、中編に当たる創世神話に出てくる、女王ディアリア。

かつて女王の庭と呼ばれた城は、だいたい今の弓咲の辺りだと、この間の座学にあった。

彼女は国のために悪魔と契約し、知恵と老いない悪魔の体を得る。

しかし最後には、民に愛想を尽かし、国を滅ぼしてしまう。

「彼女が好んだことで悪魔装飾と呼ばれていますが、神書の写しにも扱われるように、最高級の装飾ですの。」

「そう。そしてそれを、アンタも見たことがあるだろ」

悪魔装飾…?

「魔導書!」

魔導書の装飾も、これだ。

間違いない。

「だろうね。それで、今もこれを作れる職人はそう多くない。それどころか。」

黒江さんは携帯で、1つのニュース記事を開く。

【悪魔装飾の職人、4区で行方不明に】という見出しだ。

それも数年前だ。

まさか、あの偽神書を作らせるために攫われた…?

「彼は今、弓咲大学病院の別棟にいる。2週間ほど前、自爆テロの未遂を図って、運良く生き延びた。望まぬ自爆だったようで、かなり精神を病んでいる。」

それはそうだ。

相当な洗脳を受けたか、爆弾の発動が他の人なのか。

その場に偶然魔術師がいなければ、彼も周りも助からなかっただろう。

「シン・グラメスという方ですわね。元々とても心優しい方という噂ですし…。そういえば、彼から証言も、かなり取れていたと聞いたことがありますわね。」

どんな証言だろう。

「信者達に捕まって無理やり偽神書を作った、とか?」

黒江さんは首を振る。

「元々一条博士に捕まって、彼の死後奴らに囚われたんだと。」

一条博士に捕まった…?

「偽神書だけじゃなく、魔導書も彼の装飾…と言っただろう。」

魔導書の装飾を手掛けたのも彼なら、最もあの書物に詳しいのは…!

とはいえ、だからあの信者たちも攫ったのだろうか。

「次の行き先は決まりましたわね。」

また弓咲病院に行かなくちゃ。


話はお開きになり、会計も終わる頃。

「ところで黒様、今日もかっこいいですわね!」

桜ちゃんが、突然そんなことを言った。

黒江さんは、冷たい目で桜ちゃんを見たあと、電話を掛けに外に出ていった。

無視、こんな美少女に言い寄られてるのに!?


「冷たいですね…黒江さん…」

思わず桜ちゃんに声をかけてみる。


けれど…。

「ありがとう。でも、あれは照れてるんですわよ。」

彼女の笑顔は、まるでひまわりのよう。

彼女が彼を訪ねた理由は、もしかすると、そういう事なのかもしれない?

































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