~金の腕~Case:2
「魔法…そんなもの、存在するんでしょうか?」
アタッシュケースのお客さんも、自身を魔法使いと名乗っていた。
けれど、あまり信じられない。
もし、魔法が存在するというのなら、何故知れ渡っていないのだろうか。
「魔術師は本来、魔法を隠すんだ。」
良く張った糸のような声で、青年は語る。
まるで夢でも見ているような話だが、彼の姿はどことなく人でないように思う。
その妖精のような姿は、魔法の存在に説得力を与える。
「理由はね、無関係の人間を巻き込んだ時、
その人間の記憶を消さなければならない。」
客間に声が響く。
流れてくる風が寒くて、私はゆっくりと窓を閉める。
「…それは、私の話ですか?」
恐る恐る発した声が少し掠れた。
私はやっぱり、厄介ごとに巻き込まれたのだろうか。
「本来ならね。別に危害を加えに来たわけじゃないよ、怖がらせてごめんね。君の血縁者に、外国の人間は居ない?」
青年は不思議なことを聞く。
振り返って見た表情は、打って変わって穏やかな様子だった。
「えっと。」
思わずポカンとする。
魔導書の話と、関係あるのだろうか。
「…怪しい組織の指示で私を始末しにきたんじゃないんですか…?」
青年も私と同じ顔をした後、小首をかしげた。
「君は、不思議なことを言うね。」
私こそそう思うけれど。
「…血縁者ですか。それがよく、わからないんです…。」
父親にも母親にも会ったことは無い。
唯一知るお爺様は、私と同じ金糸の髪と水の目を持つ。
といっても晩年はもちろん、白髪だったから、金の髪は写真で見た程度だけど。
そうか、写真。
「あの、写真が、もしかしたら。」
お爺様の部屋は、勝手に入っていいものかと、いまだに踏み込めずにいた。
執事のロスさんが片付けをしてくれていたけれど、当主様の宝物のお写真は動かせない、と笑っていた。
ロスさんを呼ぶと、快諾してくれた。
「ご覧になるのですね。嬉しく思います。」
感慨深そうに、私と客人をお爺様の部屋に導く。
お爺様の部屋は、何度か覗いたことならある。
けれど少し開いた隙間からは、中の様子ははっきりとはわからなかった。
扉の手前にある机で、お爺様はいつも作業していた。
机の棚の内側にあるらしい写真たちは、今日初めて見ることになる。
いつもは、ちょうど見えなかったから。
並べられた写真は、5枚。
2枚は、祖母に関する写真。
若い頃の祖母と祖父の写真、そして晩年の祖母の写真。
2人とも金の髪に碧眼だ。
1枚は、家族写真。
祖父と祖母、そして父の小さい頃の写真だ。
そして残りの2枚は、父と母の夫婦写真と、私の生まれた時の写真だ。
「お嬢様の写真はアルバムがあるんです。でもご当主様は、その赤子の頃の写真をよく気に入っていらして。」
何だか、嬉しいやら複雑やら。
でも、お爺様の意外な一面を知れたことは、素直に嬉しい。
「君のお母さんは…」
そう。
私の母は、この国ではありえない、黒髪をしていた。
「ロスさん、母は…もしかして倭国の方なのですか。」
ロスさんはにこやかに頷く。
「ええ。倭国の…一際大きな家の、お嬢様だった方です。」
続けて白髪の青年も質問を投げかける。
「あの、執事さん。ベアトのお母様は、四上院家の1つ・伯場家のご長女ではないですか。」
四上院、とは聞いたこともない単語だ。
母は、倭国では有名なのだろうか。
「よくご存じで。いかにも、晶子様は、伯場から嫁がれたご令嬢で御座います。」
ロスさんは驚いているものの、やはり懐かしそうに語る。
「あの?」
青年を覗くと、彼は手をひらひらと揺らし、疑問を解消してくれる。
「倭国にはね、古くから続く最もお金持ちの一族が4つある。君のお母さんは、そのうちの1つ・伯場という家の娘さんなんだ。」
お爺様からは、そういった話を聞いたことがない。
「どうしてそれを?」
彼はロスさんの方を一瞥してから、私に客間に戻るように促す。
どうやら、あまり言いたくない話らしい。
しかし、彼は懐から鍵付きの手帳を取り出す。
どうやら、先に仕事のようです。
*****
「自己紹介が遅れたね。僕の名前は、伯場翡翠」
それはつまり、彼は私の親戚…?
「の、使い魔だ。」
つ、使い魔…?
彼はご丁寧に、自身の姿を変える。
人ほどのサイズの巨大猫になった。
「騙してごめんね。主の命令で、この手帳の鍵開けと、」
毛並みはやはり、紫がかった白髪をしていた。
これが本当の姿なのだろうか。
正直なこところ、頭がパンクしそうだ。
これが幻覚でないなんて、常識が変わってしまう。
「主の姉を迎えに行くように頼まれてきたんだ。」
彼は猫から、蛇に姿を変える。
「姉…?」
姉?つまり…私に弟?
「主から、明日には倭国に連れてくるように、命令されてる。滞在は長くなるから、そのつもりでね。」
こちらの抵抗は、はなから考えていないらしい。
「あの…今でないといけないんですか…?」
使い魔を名乗る蛇は、少し恐ろしいほど、目を赤く光らせる。
「拒否権はないよ。知らなかったとはいえ…
君は大事件の実行犯なんだ。もちろん、うまく解決するために来てもらうんだけどね。」
準備を終え、執事たちにしばらく家を空ける説明をする。
2人は何か察したのか、深くは聞かず、口々に心配をしてくれた。
「どうかご無事で。留守番はお任せください!いつまでもお帰りをお待ちしております。」
「お帰りの際は、ご一報ください。美味しい料理でお出迎え致しますゆえ。」
えっと、断れない雰囲気?
使い魔を名乗る蛇は、しっかりと本物の伯場家のみが持つという証?をロスさんに認められ、私を馬車に乗せる。
*****
魔法とは便利なもので、いつの間にか馬車が消え、現地についていた。
馬車はあくまで人がいない場所までのカモフラージュだという。
何だか非現実的だが、ついわくわくしてしまう。
伯場の家は、渡された倭国の本では、武家屋敷と書かれていた。
道場に和風庭園。
どうやら観光用の本らしいのだが、11区の神社とか、すごい。
倭国を舞台にした物語でも、神社なら出てくる。
NINJAとたこ焼き…気になる。
NINJAはピザのデリバリーとかしてくれるんでしょうか。
本曰く、ここ伯場家は、第9区・伯場区という場所にあるらしい。
伯場区は、名前の通り伯場家が管理する地で、スポーツなどの施設が揃う観光地だという。
昨日話に出た四上院家は、それぞれ管理してる区があり、どこも観光地らしい。
「ベアトリス様、遠方からはるばるお疲れ様です。馬車でお疲れでしょう。」
メイドのような人が、優しく言う。
でも、馬車…ワープで一瞬だったんだよね…。
そういえば。
白蛇が少し前に言っていたことを思い出す。
『魔術師は魔法を秘匿する。』
何故なら、その事実を知った無関係の一般人の記憶を、消さなければならないから。
身内であっても、隠さなければならないのだろう。
*****
案内された広い場所には、男の子がいた。
「はじめまして。姉さん。僕は伯場翡翠。伯場本家の次男だ。」
とても落ち着いているが、物腰が柔らかく威圧的ではない。
その動きは見入るほど自然で、独特の美しさがある。
しかし、古風であっても古い人間ではないらしく。
手に持っていたタブレット端末を私に差し出す。
正直に言うと、使い方もわからない…。
こういった端末は、客人の多くが持っていたし、知ってはいる。
けれど、山奥の劣悪な通信環境では、とても持つ気にはなれなかったのだ。
「左が兄さん。文武両道の極みみたいな人だよ。ちょっと…いやかなり無口だけど。」
弟の彼とそっくりだ。
黒髪を横も前髪もバッサリと切った髪。
かむろ、とかおかっぱ?と言うんだっけ。
先ほどの本の、武家屋敷の説明で見たような気がする。
「君には、少し厳しいお話をしなくちゃならない。まず…すでにロスさんたちには話を通してあるんだけど。」
彼はタブレットを回収し、先ほどと同じく畳に正座になる。
「君には僕らと同じ、弓咲学園に通ってもらいたいんだ。」
ゆみさき、学園?
先ほどのガイドブックで、最初に大きく書かれていた。
12区の中心ともいえる、大きな高校。
この国の頂点に位置する最高峰の頭脳がそろう場所。
この学園に通うものは皆、将来国の中枢を担うという。
そんな文章で、一際目を引いた。
…どうして、そんな場所に?