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鍵開けのベアトリス  作者: 瑞野
15/16

~金の腕~Case:15




目覚めると、何もない白い空間にいた。

上も横も、部屋の終わりは見えない。

誰も居ないのかと少し恐ろしく思った時、足元に小学生くらいの兄妹が居た。


「サクラ、アカツキ。どうしてここに…?」


サクラは、初め見るような天真爛漫な笑みを浮かべる。


「やっと貴女を見つけられたの!助けてあげたかったから!」


彼女には決して悪意はない。

この空間も、薄ら寒いものではなく、無性に温かい。

母の愛とか、父の愛とか、兄弟の愛とか。

家みたいだと思う。

ロスさんたちは元気かな。


賛同するように、兄も答える。

「ここは家族の本の中。世界は金の男に滅ぼされるかもしれないけれど、ここは安全だ。唯一神が金の男を止めるまで、ここにいたらいい。」


ただあの時出会った。

それだけでこんなに良くしてくれるなんて…。


「ね、ベアトリスさん。私たちと一緒に待ちましょう?そしたら神様はちゃんと助けてくれるわ!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「桜、平気か?」

男は、らしくない声を出す。

それに答えようと喉を動かすけれど、音はうまく出せなかった。

けれど彼の魔法なら、聞き取れるだろう。

"らしくないですよ、そんな声"

聞き流すように、不服そうな問が投げかけられる。

「大体…何でそんなにやる気なんだ。去年の学校対抗戦の呪いだって…万全じゃないんだ」

ついつい、笑みが溢れる。

これではますます怒らせてしまうだろうか。


「僕が言うのもなんだけど…キミばっかり戦う必要ないだろ」


確かに、この戦いでここまで体を張る必要はない。

足止めしなくたって、死者を出さないような戦い方は見つかるかもしれない。

そもそも足止めも、抑えきれなくなるのは見えていたことだ。


けれど。


天を見上げる。

金の空と、歪な化物。


"金の男は、愛を知らない男…なのでしょう"


生みの親に封印され、目覚めさせた人々は兵器以外に見てはいないだろう。

私達にとっても、あれは災害でしかない。


神話の獣達は、女神(アリア)の愛を受けて三神獣(アニアス)となる。

けれどこの怪物は、その席には至れないだろう。

唯一神にあっさりと消され、望まぬ生を終える。


それがほんの少しだけ、悲しいと思った。

私だって死ぬ気はない。

ただ、せめてディアリアの魅了を与えたかった。

足止めではあるけれど、あの魔法は幸せな夢を見せるものだから。


「なんだよそれ。…なんでもいいけどさ。あれが僕に似てるとかは許さないからね」

大好きな人は、天を仰ぎながら、馬鹿にしたように笑う。

けれど不快そうには見えない。

思わず、目を細める。

目の前に立つ人は、倒れ込んでいる私を隠すように立つ。

鈍い怪物がこちらに辿り着くのは、まだ先だろう。

しかし、着々と世界は更地になっていく。


これほど打ち解けられるとは、初めて会ったときは思っていなかった。

思い返して、また口元が綻ぶ。



黄金の染まる街と、神獣による審判。

畏怖すら抱く、幻想的な神話の再現。


しかし現実には、それは緩やかな終焉だ。

時の感覚すら、忘れてしまうほどに。



◇◆◇◆◇◆◇◆


今までの私なら、何と答えただろうか。

けれど今の私の答えは、決まっている。


「私は、ここに残れないわ」


素敵なお誘いだと思う。

彼女たちに聞きたいことはいくつもある。

家族の本にだって、本当は興味がある。



けれど、一番に思い浮かぶのは、この街の人たちだ。


弟だといった少年は、今もきっと耐久戦をしているのだろう。

優しい親友は、最前線で怪物を止めようとしている。

クラスメイト達も、今も手はないかと、必死で探していると思う。


元々、この騒動は私が始めたことだ。

私は鍵開けの危険性を、何もわかっていなかった。

その尻拭いのために、たくさんの人が今も苦しんでいる。

私だけ逃げるなんて、許されない。


「出ていって、何ができるんだ」


黙り込んでしまった妹に変わり、兄が手厳しく指摘する。

きっとその言葉は正しい。


「ただ、死ぬだけかもしれないね。」


できるだけ素直に答える。

彼女たちを傷つけたいわけではないから。


「それなら…!」

サクラちゃんは、尚も心配だと追い縋る。

それほど良くしてくれるのに、申し訳ない気持ちになる。


「それでも行かなくちゃ。死ぬかもしれない人たちの、一人分くらいの盾にはなれるかもしれないから…」


素直に答えたことで、彼女は大きな瞳を潤ませる。

まるで博愛だ。

家族の本と言うくらいだから、彼女たちは相当愛が深いのだと思う。

「うう……どうしても、いくのね」

ついには泣きだしてしまう。

なんと声をかけていいのかわからないまま、宙に浮いた手を持て余す。


ひとしきり泣ききったあと、ぐしぐしと乱雑に目を擦る。

「アカツキ」

妹は、兄を呼ぶ。

その目は、未だ潤んではいるけれど、覚悟の目だ。


「わかったよ。ベアトリスさん、戻るなら、もう止めない。」

私は、まっすぐ頷く。

せめて戦って死ななければ、父さんにも母さんにも、お爺様にだって顔向けできない。


「ベアトリスさん、オリジナルに…桜と暁によろしくね。それからその人形…忘れないで」


そう言って、2人は消える。

白い空間は、いつの間にか一本道に変わる。

道の先には、人影があった。


黒い髪を後ろで結った、大きな丸メガネの男。

白衣からして、偉い研究者なのだとわかる。


「一条、博士…?」


男はびっくりしたような素振りをしたあと、照れ笑いを浮かべながら振り返る。


「どうやら、過去の私のせいで大変なようですね」


写真で見たままだ。

そうか、この本の父は、一条博士なんだ。

母は彼の想い人。


たくさん聞いてみたいことがある。

だけど、時間がない。

私は単刀直入に聞く。


「金の男を倒す方法、無いんですか!」


製作者だからとか、頭がいい人だからとか、もう何でも良かった。

この道の先には、あの怪物が居る。

その前に、知恵を借りたかった。


「それはもう、知っているはずです。」


手元にあるそれを、男は指差した。




光の方へ駆ける。

きっと人生でも、これほど大きな仕事はない。

だってたくさんの命を背負っている。

失敗は絶対にできない。


金の空と、壊滅寸前の街。

遠目で見つけたデカブツに、私は力いっぱい叫ぶ。




「でてこーーい!!あなたのほしいものは、ここだーー!!」


人生で初めて、こんなに大きな声を出した。

遠すぎるのか、怪物は気づきもしない。

けれど、返事があった。


『アンタ、なんでここに』

黒江さんの、テレパスだ。

良かった、2人は無事なんだ。

後は、やり遂げるだけだ。


「あの、金の男を倒す方法がわかりました!金の男をこちらに引き寄せてもらえませんか?」


黒江さんはしばらく考えるように無言になる。


『まあいいや。どうせ他に何も手段はないし。こっちは魔力の限界だ。あまり期待しないでよ』


それだけ言うと、テレパスは途切れる。

金の男を目視で確認すると、とんでもないことが起きていた。


黒江暁の魔法は、この世界の外の法則である金の男には通用しない。

しかし、金の男は、空を舞っていた。

放物線を描くように。


黒江は金の男が居た地面を、こちらに飛ばしたらしい。

金の男によって書き換えられた地面よりも、さらに深い地中深くごと。

書き換えられたテスクチャも、流石に乗るように飛んでくる。


怪物は私を飛び越し、後ろの建物に突き刺さった。


「うわわわ!近い!雑すぎません!??」

これほどの声では、恐らく黒江さんには届いてはいない。

そもそもとんでもない芸当だ。

残りの魔力を使い果たしてくれたのかもしれない。


飛んできて倒れている怪物は、何が起きたかわからないのか、まだ起き上がらない。


これは、またとないチャンスだった。


私は、握りしめていた人形を見つめる。

不思議と心配はなかった。

彼女たちは、この時のためにくれたのだと、気づいてしまったから。


「ありがとう、家族の本。力を貸してください。」


人形を持って、怪物の側に寄る。

怪物には目も口も耳もない。

一体どのように知覚しているのはわからない。


それでも、あの真っ白い空間を思う。

あそこはいるだけで、温かかった。


怪物の手に、人形を渡す。

指先を曲げて、掴ませる。


人形を手放して怪物に触れると、心臓を掴まれるように苦しさに苛まれる。

けれども、私は人形を握りしめるように促す。

怪物は、ようやく握りしめる。

実際は握りしめているのか、静観しているのかはわからない。


「金の男、これが君の探していることだ。」


怪物は静かに人形を見つめる。

その所作はまるで、赤子のようだ。


しばらく時は止まる。

それはとても長く感じられた。

これが見当違いの行動であるならば、きっとここが私の終焉。

私は祈るように、目を閉じる。


消えてくれ、ではなく。

怪物があの温かさに、触れられるように。


長い沈黙の中、やがて怪物は歩みを止める。

力を抜いたように、人形を掴んだ手を地面に下ろした。


私の頬に、涙が流れる。


怪物のそばに、彼の家族が見えたから。

父と母、兄と姉。

そんなどこにでもいるような…。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



幕引きは、あっという間だった。

人形を持ったまま動かなくなった怪物は、何時間もそのままだった。

やがて、迎えが来る。

それこそ、神話の再現だった。


あれが、唯一神アリア…。


天使のような輪と、大きな翼を持っている。

黒い髪はどこか、クラスメイトの杭都さんに似ている。

けれど纏う空気は、神そのものだ。


赤子のような怪物は、手を引かれるまま消えていく。

それは実際のものなのか、神が見せたものなのかはわからない。

ただ、夢や幻のような光景だった。


金の男は、最後まで人形を大事そうに抱えていた。



親や想い人への愛は、それぞれ格別だ。

創造物は創造主を愛するもの。

金の男もまた、生みの親である、一条の愛を欲していたのだろう。




































































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