~金の腕~Case:14
「同じ、魔法ね…」
翡翠くんは、地面を蹴る。
「一緒にしないでくれるかな!」
急激に距離を詰めてきたことに驚いたのか、アモンの反応は僅かに遅れる。
その隙を見逃さず、龍をいつの間にか消して、自らの拳から咆哮を放つ。
真っ直ぐに突っ込んできたことに怯んだらしく、アモンもまた後方に地面を蹴る。
翡翠くんはすかさず蛇を放ち、アモンの両手足を抑える。
アモンのピアノを弾いていた指が止まる。
それに呼応して、周りの術者達は静止する。
まるで石のように。
彼らは、音に操られていたのだろうか。
「いやぁ、お見事。けど甘いね。命取りだよ。」
アモンは口笛を吹く。
それを聞いた周りの術者は、蛇を引きちぎる。
そして一人は、携帯をアモンに差し出す。
男は煽るようにゆっくりと指を伸ばす。
また工房に、ピアノの演奏が響く。
これだけ操られている人がいれば、携帯は大量にあるだろう。
予めインストールさせていたのだろうか。
翡翠くんは光線をまた放ち、術者達をアモンから遠ざける。
しかしこの工房にはどれだけ操られている人がいるのか。
倒しても動くゾンビのような術者達は、さっきより増えている気がする。
光線の風を切る大きな音がする。
直後には破壊音が。
私や翡翠くんは、どうしてピアノの影響を受けないのだろう。
周りを見回すと、一人だけ違う動きをする術者を見つけた。
その術者は、格好は他と同じだ。
しかし皆が操られて好戦的となっているのに、一人だけ逃げようとしている。
明らかに光線におびえていた。
戦いに参加することはできない。
身を守る術もない私は、せめて邪魔にならないように引いたほうがいい。
「あの」
男の背後から、肩を叩く。
「ひぃ…!」
大袈裟に驚いたかと思えば、男はこちらをじっくり見る。
「その人形…家族の本の……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「篝と俺で、一般人を避難させるのは終わった。けど…。」
ビデオ通話のような形で、Sクラス生は連絡を取り合う。
金の空を前に、気分だけが冷えていく。
「もうそろそろ、被害は止められないだろう…。」
ズズズ、と大きな音に、全員が頭を抑える。
これほど無遠慮なテレパスは、初めてのことだった。
「おい、誰かいないのか!早くしろ!」
怒号に近い、叫び声。
黒江暁の干渉魔法だ。
彼にしては珍しい声色から、深刻な何かがあったことは、誰もが理解した。
「何があったんだい?黒江くん!」
理事長が、焦りながら質問を投げかける。
「西側が半分、吹き飛びました」
喉から嫌な音がした。
思わず、考えてしまう。
西側には誰が居た?知り合いに被害があった奴は居ないか?
避難は済んでいる。
しかし、前線に出ている俺達には、いつ何が起きてもおかしくない。
そもそも、西が飛んで終わりではない。
「おい!黒江!桜は無事なのか!?」
幼馴染を、心配する。
こういうときにそんなことを言っている場合じゃない。
それはわかっていても、冷静ではいられなかった。
「…ああ、魔力は底を尽きて倒れてるけどな。」
少しだけ、安堵を覚える。
あの妹のような存在に何かがあっては、冷静でいられる自信がなかった。
「けどこっちも、いつまで持つかわからねえ。次はここが吹き飛ぶかもな」
何とかしなくては、そう考えるが、手段は思いつかない。
神様に祈るくらいしか、目の前の何を使っても難しいだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「家族の本…?」
術者の男は、自らを元一条博士の部下だと名乗る。
「おお…死ぬ前にまた見れるとは…。」
人形をなでながら、懐かしそうに呟く。
「あの、その本と人形に、何の関連があるのでしょう?」
聞いたこともない本だ。
一条の部下を名乗る男は、ゆっくりとすべてを語る。
「その人形は、本の中で夫婦が出会うきっかけになったものでね。母親の形見として、娘に与えられるんだ」
男の胸元のプレートには、シュード、と書かれている。
「一条には、想いを寄せていた女性が居てね。結ばれる前に亡くなってしまって…。その気持ちを整理する意味を込めて作ったのが、家族の本なんだ。」
シュードさんは、一条と女性の別れを、自分の事のように悲しそうに話す。
この人は、一条博士のことが人として好きなんだろうと思う。
話に聞く一条博士は、無機質で科学者然とした、普通の人とは違う認識がある。
けれど、この話を聞いてしまうと、ただ無機質だとは思えない。
「自他共に痛い妄想の産物だって認識だろうが…自分はあの本が好きでね。他のどんな実験より、あの本を作るのは楽しかった。」
書斎の資料を思い出す。
子どもという文字が、よく出てきていた。
もしも、想い人と結ばれ、家庭を築いていたら。
そういう夢が、一条博士にもあったんだ。
何とも言えない気持ちになる。
私は思わず、シュードさんの肩に手を乗せ、もっと詳しい話を聞こうとする。
肩に手を触れたとき、何かに繋がった感覚があった。
「こんばんは、鍵開けの魔術師さん」
「こんばんは」
それは、どこからやってくるのだろうか。
例えば晴れた空に降る雪のような。
寒い朝の窓辺に、懸命に咲く花を見るような。
「あなたを待っていました。」
天使のような小さな兄妹が、私の目の前に現れる。
時が止まったみたいだ。
奥底の方で、シュードさんの心配する声を聞いた気がした。
けれどその声を知っていた私は、恐れることなく意識を手放した。