~金の腕~Case:13
第7研究所を落とす、というのは、何も敵の親玉討伐を目指すわけではない。
呪術書を読み上げを担う術者達を、妨害する計画だ。
高確率でそのために戦うことになるだろうけれど。
大掛かりな術式は、合唱のように複数の呪文を唱える必要があるらしい。
ソプラノやアルト、バスのようなハモリを正確に行うことで1つの呪文となる。
そうして何層にも術式を展開していくことで、実態のあるものを生み出していく。
積み重ねることで目的の形になる故に、短期間での完全な解読は困難だという。
けれどもそれは、神使いの実現を全て成すための話だ。
人を滅ぼすだけなら、金の男である必要はない。
金の腕も、金の足も、大災害になり得る。
「ここが第7研究所だけど…研究所内は大分拡張されているね。立派な魔術工房だ。」
工場のような、奥行きの広さ。
たくさんの長机と席がある。
ここで大勢の人が作業をしていたんだろうか。
研究所とは、思えないほどだ。
「あの、第7研究所も、非人道的な実験をしていたんですよね…?」
あまり聞きたくはないけれど、これほど多くの人が入る場所が、やけに静かだ。
どうしたって、悪い風に予想してしまう。
嫌な予感がしてしまう。
「…そうだね。第11についても調べたけど、彼らが誘拐等の活動をしているのは、どうやら第7からの援助目当てらしい。」
それなら、第7の目的は…。
誘拐された人々は、ここで働かされていたのだろうか。
実験の道具にされていないことを祈るけれど、ここはやけに血の跡がある。
「第11の奴らはペテン師の集まりだけど、第7は真のサイコ集団、とでも言うべきかな。それにしても…気配がなさすぎる…。」
どこかに移動しているんだろうか。
誰にも遭遇しない上に、物音1つしない。
「もう逃げたんですか?」
翡翠くんは、首を振る。
「それは無いよ。魔術工房っていうのは、魔術師にとって最も力を発揮できる場所だからね。早く人を滅ぼしたいなら、ここでやっているさ。」
どこかに、入口があるのだろうか。
調べて回る。
魔術師でもないし、物理的に探すしかない。
翡翠くんは使い魔をいくつか放ち、探させている。
「ふむ、逃げた痕跡もない。でも居場所はわかった。」
翡翠くんは、第7を一緒に捜索していた伯場家お抱えらしい魔術師に、指示を出す。
それに答えて、彼らの中の一人が、砂時計のようなものをひっくり返す。
直後、現実がぐにゃりと歪む。
地面は突然消えて、私は浮かぶ。
正直なところ、突然のことに吐き気がする。
「なんですか!?う、浮いてる!」
しかし、私はあっさりと、地面から地面に落っこちた。
世界がひっくり返ったかのようだ。
「これは反転だね。上下が逆なんだ。現実を逆に塗り替える結界魔法の一種だ。」
一条博士の上空の書斎を思い出す。
あれはどうして、反転にしなかったのだろう。
「あの、反転と、縁で別の場所と紐付けるのはどう違うんですか?」
翡翠くんは、説明のために少し考える仕草をする。
「反転はあくまで反転だから、広さや配置だけはそれほど変えられない。その分手練でも気づくのが難しい。今回も工房でなければ気づけなかったかな。」
対する縁による結びつけは、場所も広さも何もかもが自由、ということらしい。
「あとは…縁を辿る魔法は少ないけれど、反転結界は気づきさえすれば破れる魔術師も多い、とかかな。違いは。」
反転した空間は、先程の空間のあとに見ると、あまりにも違和感がある。
天井に机がついている。
床に照明。
沢山のインテリアは、基本的に天井から生えている。
「なんだか、気持ちが悪いですね…」
翡翠くんは、僅かに苦笑いする。
「魔術工房っていうのは、大体が本人以外にとって害にしかならない。避けたがるのは、当然の本能だからね。…と、早速お出ましかな。」
突然、音がする。
何を発声しているかはわからないけれど、まさしく合唱のような音。
この先に、術者が居る。
私達は目を合わせて頷いたあと、音の先へ駆け出す。
角の先には、大きな聖堂が広がっていた。
この不自然な構造も、魔術工房にはよくあるんだろうか。
「san sum som…」
「gate get god…」
羅列に意味は無い。
何層も合わさることで意味となる。
「翡翠くん…!どうしたら…え!?」
翡翠くんは、使い魔に大きな龍を喚ぶ。
そして何を言うまでもなく、使い魔に指示を出す。
龍はやがて、大砲のような光の束を練り始める。
そして全てを焼くように、熱量を放つ。
な……!
あまりの眩しさに、目がチカチカする。
魔法によるものだから、眩しさ自体には害はないらしい。
目が眩みながらも、放たれた先を見る。
多くの術者が伸びている。
敵ながら命までは取られていないようで、良かった。
コントロールしているのだろう。
喰らわなかった術者は狂ったように読みつづけているけれど、手に持っていた紙は全員分焼かれたことで、先ほどと同じフレーズだけを繰り返している。
この人達、何か変だ。
まるで壊れたCDだ。
とにかく、作戦は成功した。
翡翠くんも強い。
これほどあっさり術者を無効化するなんて。
煙の中から、パチパチと音がする。
誰かの拍手だ。
音の先には、一人の男が立っていた。
「いやあ、素晴らしい。ドラゴンなんて初めて見ましたよ!」
大人しそうな男だ。
不思議なローブを着ている。
「誰…?」
他の同じフレーズを続けている人々とは、明らかに違う。
「なに、私はただのピアニストですよ。」
男はにこにこ、と笑いかけている。
その笑顔に歪みはない。
だというのに、非常に違和感がある。
「…もう一度聞くわ。あなたは何者、なの……?」
本能が言う。
こいつは只者ではない。
1拍を置いて、男は微笑む。
先ほどとは違う、下卑た笑みを。
「そんなことはいい。楽しもうじゃないか。僕の名はアモン!君の能力は、僕と似ているらしい。」
アモンと名乗る男は、翡翠くんを指差す。
翡翠くんと似た魔法…?
男はくつくつと笑う。
手に持っていたスマートフォンで、何かを映し出す。
それを指で弾くと、ピアノの音が鳴る。
それに合わせて、倒れていた術者達が、全員起き上がる。
「同じ奴隷を作る魔法だ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
街を闊歩するのは、異形の生命だ。
金色の両腕と、片足と。
戦い始めてから、3時間以上が経過している。
「あら、限界だわ。足止めはここらが限界。むしろ小娘、よく3時間も持ったわね。」
長いツインテールと丸いカールの女は、あっさりと元の髪に戻る。
かつてディアリアと呼ばれた女王は、必要な魔力量が桁違いだ。
「俺様ちゃんはまだ行けるけど…こいつ、何も効かないからなあ」
炎帝もまた、困ったように頭を掻く。
3時間で手足と腕を生やした魔法陣は、先ほど掻き消えた。
何者かの協力によるものだとは思うが、生まれてしまったこれを消す方法は、見えてこない。
ただでさえ左腕だけでも厄介だというのに、足が生えるごとに強くなっていた。
ディアリアの絶対王声が無ければ、とっくにここは焦土となっていただろう。
けれども、それももう期待はできない。
間近で見て理解したが、この金の男は体の部位それぞれが破壊兵器となっている。
足は地下を焼き、腕は地上を焼き、頭は天を焼く。
そういう機構のものだ。
これほどの規模は珍しいが、それでも創世神話の兵器に、そういう機構のものを見たことがある。
通常は、あえて知能をもたせる。
何故なら敵味方も対象問わず襲うことになっては、兵器としては使えないからだ。
「ま、ここらが限界かな」
炎帝は、地上を眺める。
この星の寿命が来た、と。
『ふざけるな、諦める気か』
宿主がそう呼びかける。
「そうは言ってもな、若造。知能が無いアレは、これから地下と地上を焼き尽くすぜ。ああいう滅法強いもんは、使う側のが弱いって弱点はあるが……そもそもな。普通は知能を持たせるんだよ」
黒江暁の魔法では、この地上にある万物への干渉ができる。
炎帝の真意も、直にわかる。
"彼らも脳を持たせる予定だったが、脳役が死んで失敗したのではないか"
そう言っているのだ。
そしてそれは、おそらく当たっている。
明らかに、糸を引いている敵の姿が見えてこない。
けれど、地上を焼くとわかっている以上、桜の自己強化魔法による防御等、何か無いのか。
「忠告するぜ、小僧。お嬢ちゃんに盾をやらせるのはやめな。…お嬢ちゃんの命を失いたくないならな。」
この宇宙にない物質に作用できる魔法は、そう多くないらしい。
一体、どうしたらいいのか。
知能のない生命は、待ってくれはしない。
ひっくり返っていたそれは、徐に起き上がる。
もう女王の拘束はない。
桜も自分も、魔力はほとんど底をつきていた。