~金の腕~Case:12
空が黒く染められたことで、地上もまた、日の当たらない地となった。
「今すぐ学園に移動したまえ!!」
黒江さんと連絡を取ったらしい学園長が、ワープゲートで姿を表した。
いつの間にか合流していた十六夜くんが、光魔法で明かりを作っている。
12区はどうなっているのだろうか。
もうここと、変わらないのだろうか。
弓咲学園では、ざわざわとした声が辺りを埋め尽くしていた。
12区の人々の動揺、特に新校舎からの不安の声が、旧校舎にまで届いている。
終末を前にした、漠然とした不安。
対して旧校舎の別教室では、静かに生徒が集まっていた。
円形の机を囲ういくつかの席。
机の上には、資料が並べられていた。
呆然と空を見上げる人々の写真。
あるいは、黒く塗りつぶされた空の写真。
会長と副会長が座ると、席は埋まる。
私は理事長と席を増やして、そこに混ざる。
「時間が無い。オペレーターと実働部隊に分ける。」
テキパキと会長が支持を出す。
静かに見守っていた理事長も、頷く。
会長と副会長と篝くんと白銀くんが、現地に向かうという。
そして残りは、オペレーターなりサポート。
特に理事長と十六夜くんは、現地に固定で行かないものの、ワープを使って行ったり来たりするらしい。
こうなってしまった今、私は特に何もできない。
見守るだけの立ち位置となってしまう。
そんな私を気にしてか、解散後に桜ちゃんがそばに来てくれた。
「ベアトちゃん、あとは私達にお任せくださいな。弓咲には女神様もいらっしゃいますし、私達は時間を稼ぐだけ。決してやけになってはいけませんわ。」
桜ちゃんには珍しく、少し厳しく言いつけていく。
ーー怖く、無いんだろうか。…いや、きっと怖いだろう。
それなのに私を気遣っている。
「私にも、何かできないのかな…」
情けない声が出た。
桜ちゃんは笑ったあと、思いついたように言う。
「でしたら伯場家に向かっていただけませんか。あちらも調査を進めていたはずですが、今は情報を合わせる時間がありませんの。」
理事長のワープゲートで、久々の武家屋敷に踏み込む。
いきなり部屋に入るのはどうかと思うのだけれど、外は多くの人が空を見ていて、誰かに見られてはまずい。
何せ、11区とは違い、他の区は電灯が多くあり、完全な暗闇ではない。
「あの、ベアトリスです…」
翡翠と名乗った少年は、驚きながらすぐに奥へ招く。
「丁度いい。些細でいいから情報が欲しい!何が、起こった!?」
私は知っている情報を、なるべく多く話した。
金の男や、一条博士の目的。
消えた11区の人々。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうか…Sクラス生が……」
いつもは穏やかな雰囲気を纏っている翡翠くんも、深刻に考え込んでいる。
「その、皆はどうなるんでしょうか…」
彼は少し俯いたあと、静かに答える。
「このままでは、彼らはもちろん…他の人々もただでは済まないね。悪い予想が現実になるさ。」
あれだけの魔術師達であっても、太刀打ちできないなんて…。
「とにかく、落ち込んでいる時間はない。魔術師としての仕事は彼らに任せるしかない。いくら金の男が恐ろしかろうが、少なくとも彼らのほうが対処に向いている。」
襖が開かれる。
奥の部屋には、既に多くの人々が忙しなく対策を練っていた。
長机には沢山の資料。
ホワイトボードには顔写真とそれを繋げた組織図。
浮かび上がっているのは、第7研究所だ。
「今は時間が惜しい。混乱に乗じて、敵陣を落とすよ。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただの暗闇なら、祓えねえのか?」
白銀龍は、茶化しながら時を待つ。
それぞれ遠隔地にいるものの、黒江の魔法で実働部隊チームは会話できる。
空自体なら、万物干渉を持つ黒江や、陰陽師であるキーノなら、どうにかできそうだ。
もちろん、明るくするならば十六夜の魔法も有効だろう。
「貴乃下なら祓える。けど、意味が無い。」
それが何を指しているのかは、誰も聞かない。
何故なら既に情報共有は済んでいるからだ。
空は、やがて変質する。
黒い空は、帳に過ぎない。
終わりではなく、始まりなのだ。
黒い空は、壊れて弾けるが如く、金に変わる。
『一条博士は、金を神秘を喚ぶ土壌と考えている』
まるでガラスが吹き飛ぶように。
黒は消え、金が差す。
全てが金に変わるとき、大きな魔法陣が、地を焼くように現れる。
「一般人の意識は飛ばした見てえだな。」
呆然と立っていた人々は、時が止まったように虚ろな目で停止している。
これほど異常な光景は、何度見てもなれない。
「さあ、派手にかましてやろうぜ!」
魔法陣のそばには、沢山のローブの人々がいる。
黒江や桜の話では、今回の騒動は第7辺りの研究者崩れが起こしたという。
彼らもまた、その仲間だろう。
仲間に裏切られたのか、喜んで命を差し出したのかはわからない。
魔法陣は、およそこの世にはない物質でできている。
黒江の万物干渉すら寄せ付けない、この世界に存在しない概念。
それを操れるのは、この星の外にでも行かなければ、見つからないかもしれない。
神様でもなければ、どうにもならない外敵。
俺死ぬかも、なんて弱音を吐くには、時間が足りなかった。
早速魔法陣から、それが目覚めたのだから。
「黒様、アレはどれくらい発現しますの?」
弓咲を一望できる高台から、いまこの世に生まれ落ちる化物を監視する。
金の男全ての読み取りは、誰にもできない。
第7がどの程度まで至ったのかが、鍵となる。
「両腕両足を解読したみたいだね。…発現にはそれぞれ1時間ってところかな。」
魔法陣が一際輝く。
生み出されたのは、金の左腕だ。
「4時間ですか、それは厄介ですわね。」
首のチョーカーを乱雑に外す。
短いツインテールが、途端に長く変わる。
これは私の髪の長さではない。
憑依する彼女の長さだ。
「あら?早速私達の出番かしらぁ。ご機嫌よう、炎帝サマ」
宮川桜が出したこともないような表情と声。
服も何もかもが変わる。
その姿を一目見れば、多くの人は畏れる。
鏡合わせに立っていた黒江暁もまた、大きく姿を変える。
燃えるような赤髪に。
あるいは話し方を。
「ディアリアじゃねえか!いつ見てもいい女だなあ。手を出したら何もかも毟りとられちまうけどな!」
憑依魔法は、本来の肉体の持ち主を意識を、下に追いやる。
けれどそれは、消すわけではない。
「全く現代っ子ってやつは、皇帝使いが荒いねえ」
体全てを覆い尽くす火に、辺りも燃える。
簡単に投げたそれらの業炎に、金の腕はピクリともしない。
「あらやだ、貴方は下がってた方がよくてよ?」
女は扇を振るうだけの魅了のような魔法で、金の腕を少しばかり押しとどめる。
女王ディアリアには、この土地自体にアドバンテージがある。
「けど駄目ね…この地への絶対命令権も、わけのわからないテスクチャを塗られては半減もいいところだわ。」
弓咲の女王ディアリアと業炎の皇帝ウィル。
生きる時代は違えど、どちらも遜色ない神話の王だ。
「雑魚処理担当とは…全く情けなくて俺様ちゃん泣いちゃうぜ」
ウィルは炎が効かない以上、この世にはない物質を燃やすことで、サポートに回る。
それによりディアリアの拘束時間が、少しは伸びていく。
しかし、4時間。
あるいはそれ以上。
神話級であっても、所詮は憑依しているに過ぎない以上、術者の魔力枯渇という問題もある。
単純な話だ。
これは命懸けの時間稼ぎ。
打開策は、振り下ろされる腕を止めることではない。
神に祈るか、糸を引いている人間を討つか。
何にせよ彼らの役割ではない次元の話だ。
憑依体の2人は、宿主たちに静かに同情を浮かべる。
自ら肉壁を買って出るとは、難儀な生き物だ、と。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はっ!はっはっはっ!あはははは。やった、ついにやったんだ!」
用意していた監視カメラから街を一望しながら、太った男が叫ぶ。
用心棒の2人は、不思議そうにその姿を見ている。
「オンメェ、何かあったんだずかァ?」
片方は、やたらとなまった声で尋ねる。
けれども、気性の荒い主は、それを殴ってとめる。
殴られた大柄な男は、体を1つも揺らさず、声すら上げず、ただ主を覗き込む。
「キヒッキヒッ」
細い男は、何が面白いのかその様を嗤っている。
「くそっ…!木偶の癖に図体だけでかい!クソ!クソ!クソ!」
太った男がぶつぶつと呟く。
神経質でプライドが高く、いつも怒っている。
「とにかくお前らは用済みだ!さっさと帰れ!」
けれど。そのわずか一瞬で自体は急変する。
用心棒の2人組は、人が変わったかのように男の方を向く。
大柄な男は、地面においた自分の鉄塊のような獲物を掴む。
細い男は、自らの雇い主を羽交い締めにする。
「な、なんだ!?何のつもりだ!な、なにをする!こんなことをしていいと思っているのか!おい、お」
断末魔は、大きすぎるピアノの音でかき消される。
いつから鳴っていたのか。
それは誰にもわからない。
けれど鍵盤を弾く男だけは、恍惚としている。
「ついにやりました、我が主よ。また1つ世界が綺麗になりました、あゝ、わたしの唯一神よ…」