第95話 魔技研編 『熱い? 火の魔法じゃありません。これは羞恥です』
「ふう~~、ティータイムを希望致しますわ」
授業中、シルヴィアがそう切り出した。あまりにもハイレベルな授業に生徒たちもついて行くのがやっとのようである。いや、頭から煙を出す勢いで机に突っ伏している子もいる。
休憩に反対したのが真面目な委員長アリアだ。
「まちなさい、授業中にティータイムなんて聞いたことがないわ。それに時間は幾らあっても足りないのですわ。フローレア教官の授業はそれだけ突き抜けていることはわたくしにも分かりますもの」
「とはいっても周りを見てみなさいな。内容を理解できず脱落している生徒もいますわ。詰め込みすぎても意味がありません」
フレアもシルヴィアの意見に賛成し同意する。
「そうですね。脳が糖分を欲しているのでしょう。お茶を用意します」
「フローレア教官!!」
とがめるアリアにフレアは言った。
「あれ、アリアさんはそんなに授業を受けたいのですか? 今からお手製のお茶請けを出そうかと思っていたのですがアリアさんはいらないと、分かりました」
アリアははっとした。大貴族が頼み込んでも作ってもらえないと話題のフレアの手料理。絶品のフレアのスィーツを食べられるとあっては死に体の生徒も含めて息を吹き返しそろって手を挙げる。
「「「絶対いります!!」」」
クラス満場一致でティータイムに入ることになった。
「フレアっちの神龍眼ってほんとチートだよね」
神龍眼の『亜空間操作』スキルで教室に即席のアイランド型キッチンを取り出したフレアの能力にリリアーヌはあきれている。容量は無尽蔵。中は時間経過なし。とんでもないスキルだ。
取り出した設備は最新型の魔導式調理器具。フレアから漏れ出る魔力を取り込んで各機器が起動していく。それら道具もグローランス製でこの世界では飛び抜けた技術の塊である。すぐに高温へと至る魔導オーブンも興味深い。シルヴィアはその魔導具の数々に注目した。
(共和国で絶対に売れますわ。後で輸入の交渉をしませんと)
それら調理道具で用意するのはクラス全員のお茶とスィーツ。便利な魔導具があっても1人ではなかなかの作業量だ。助手にリリアーヌとカレンがついて生徒たちにお茶とお茶請けが提供されていく。
「はあ~~、教室があっという間にカフェに早変わりですわね。教官の破天荒ぶりには慣れたつもりでしたが……」
アリアは授業中にティータイムを行うことに一種の罪悪感に襲われている。それでもフレアのスィーツの誘惑に勝てないのはアリアもしっかり女の子だ。
「ううーーん、おいしいじゃないこれ」
ソルはたっぷりベリーソースがかけられたミルクレープを口に入れるとほほを持ち上げて幸せそうに微笑む。元気っ子でもあるソルが笑えば周囲にも明るさが伝わっていく。まるで太陽のような少女である。
「私、勉強苦手だけどこういう御褒美があるのなら頑張れそうよ」
「そんなに喜ばれるのならば毎日ティータイムの時間を設けても良いかもしれませんね」
「やった、サンキュー、教官」
毎日フレアのスィーツが食べられる。これには例外なく生徒たちが喜ぶ。
だがフレアはしっかりくぎを刺すことも忘れない。
「その代わり、ちゃんと授業を受けないと、めっですよ」
「「「はーーい」」」
その後、カズハが突然スプーンを取りこぼす。目の前に見える出来事が信じられず怪訝な表情だ。
「カズハさん、スプーンを落としましたよ」
セリーヌが気遣って拾いあげるとカズハが問題の場所から目を離さないままに確認する。
「セリーヌ殿。拙者、目がおかしくなったのでござろうか。あれをどう思う?」
「はあ、どうしたのです、……か?」
今度はセリーヌが持っていたスプーンを落としてしまう。たしかにそこには驚愕すべき光景が目に入ってきた。2人とも目をおもいっきり見開いてそれを凝視する。
今度はアリアが不思議そうに2人に話しかけた。
「2人とも一体どうしましたの?」
「アリア殿、あれを見て下され」
「一体何ですの?」
2人の震える指が指し示す先に見えたのはおいしそうにパンケーキを食べているピンク色のウサギのぬいぐるみ、キラリである。
「人形が動くくらいで何ですの? 別に驚くほどのことでもないでしょう?」
それにはセリーヌがアリアに正気かと顔を大げさによせると諭す。
「目を覚まして下さい!! あなた大分このクラスに毒されていますよお」
「どういうことですの?」
「そもそも人形は動きません。学園祭で動く人形があったことで感覚が麻痺しているのですね。嘆かわしい」
「そうでござるな。このクラスのまか不思議レベルは既に振り切れているでござる。拙者、このクラスにいることが恐ろしい」
2人の説得でようやく異常に気がついたアリアは己の不明を恥じ入るとともに常識を失いつつある自身にひどくショックを受ける。
だがそれよりも今問題は目の前の人形が物を食べていることだ。
「ふわあ、このパンケーキ、幸せの味がするふわ~~。キラキラなスィーツでみんな笑顔ふわ」
口元に生クリームを残し、普通にクラスにとけこみケーキを食べているキラリ。ようやくクラスの生徒たちはキラリに気づいて驚いた。
「「「ぬいぐるみがしゃべったーー!!」」」
「「遅いですよお(ござる)」」
そんなクラスメイトにカズハとセリーヌがツッコミをいれるのだった。
「紹介します。私のお友達のキラリです」
「よろしくふわぁ」
正体がばれた後は改めてレイスティアがキラリをクラスの皆に紹介した。これまでただのぬいぐるみの振りをしていたのだがおいしいスィーツと賑やかな空気に我慢ができず輪に加わってしまったとキラリはいう。
ちょこんと椅子に座っている姿が愛らしくてサリィあたりはメロメロだ。
ここはやはり委員長アリアが率先して挙手をした。
「ティアさん、そもそもその子は何者なのですの? 人形が生きているように動くとか普通ありませんわよね」
「ええ、この子は元々ただの人形でしたが中に聖獣が宿り、変身時にはマスターマギカジュエルとなって魔法少女へ変身の手助けをしてくれるのです」
フレアが興味深そうにして手を挙げると気になった言葉の説明を求める。
「聖獣とはどういう存在なのですか?」
「神格位をもった精霊ですね。キラリは魔法少女の女神に仕える神の遣いでもあります。伝説の魔法少女ピュアマギカの力を授けるマスターマギカジュエルになることができます」
今度はティアナクランが挙手をする。
「伝説の魔法少女ピュアマギカとは預言書にある救世主のことですか?」
それはレイスティアが人類を救うとされる救世主なのではないのか。そのことに気がつき生徒たちから注目が集まった。
レイスティアがアルカイックな微笑みで返事をする。
「残念ながら私は違います。ピュアマギカにはなれますが人類を救済する救世主は他に存在します」
「ですが預言でピュアマギカは救世主1人だけと聞いています。矛盾しているのではないですか」
「私はもともととっくに病で死んでいたはずの身。キラリが言うにはその運命をフレアちゃんが変えたことでイレギュラーなピュアマギカが生まれたということです」
レイスティアの言葉には特にティアナクランとシルヴィア。王国と共和国の姫が驚きの声をあげて顔を見合わせる。
「預言に狂いが生じている? これは由々しきことではありませんの」
「そんなことないふわ」
シルヴィアの心配にキラリがいう。
「世界は良い方向へと変わろうとしているふわ。今王国に魔法少女がこれだけそろっていること自体どの預言でもなかったことふわ。もしかしたら預言にはないキラキラな人類の未来がひらけるのかもしれないふわ」
「確かに他の預言書は知りませんが王国に伝わる預言書は人類にとっては気持ちの良い最後ではありませんわね。そうなってくれることを祈ります」
ティアナクランが重苦しい口調で話す。王国の所有する預言書が基本的に非公開となっているのも悲劇的な結末が描かれるためだ。それを察してアリアが恐る恐る訪ねる。
「ティアナクラン殿下。聞いて良いのか分かりませんが王国の預言書ではどういう結末が書かれているのですか?」
「王国の秘事ですので詳しくは明かせませんが人類は無魔に追い詰められ滅亡します。ですが救世主の犠牲によって不可侵の楽園ができあがります。そこで生き残った一握りの人々が幸せに暮らし、繁栄していけるというものです」
「なんとも重い最後ですのね」
ティアナクランは共和国の預言書の内容を知らない。一応シルヴィアに聞いてみる。
「シルヴィア様の国にはどのような預言が伝わっているのか尋ねてもよろしいですか」
「そうですね。ぼかしてお話しますがやはりすっきりしない最後ですわ。救世主が犠牲となってどうにか救われる。そこだけは同じです」
その話を聞いてたレイスティアの表情が強張る。救世主、つまりフレアが犠牲になるという結末に拳を握りしめていた。救世主がフレアのことだと知らないティアナクランがレイスティアの様子が気になってたずねる。
「レイ、どうかしましたか」
「いいえ。何でもありません」
次にフレアがキラリに質問する。実は先ほどから魔法少女の女神について聞きたくてそわそわしていた。魔法少女オタクとしては女神がどういう人となりなのか知りたくてあふれる情熱が抑えきれそうにない。
「それで、魔法少女の女神とはどういう方なのでしょうか。今どこに? やはり魔装法衣は大変可愛いのでしょうか」
「フレアっち、落ち着いて。キラリちゃんがドン引きしてるわよ」
「はっ、すみません。取り乱しました」
あまりの勢いに圧倒されていたキラリだが構わないと愛らしい手を振ると語り出す。
「魔法少女の女神は『ヒカリ』様というふわ。とってもキラキラで青い瞳をした優しい方ふわ」
女神の名前を聞いたフレアはドキリとした。なぜなら前世で非常に因縁のある名前と同じだからだ。
「でもずっと昔にすごく悲しいことがあってふと泣いていることもあったふわ。とってもかわいそうふわ」
キラリの耳が垂れ、しょげた様子にリリアーヌが気にした。
「悲しいこと?」
「大切な人を死なせてしまったとしか聞いてないふわ」
その間フレアは物思いにふける。話を聞いている内にどういうわけかフレアは胸が痛み、動悸が激しく息が乱れてしまった。
「フレアっち、どうしたの。顔が真っ青だよ」
「いえ、少し気分が……」
レイスティアがフレアにそばに寄って介抱している間にティアナクランが続けてキラリに質問する。
「その女神様は今どこに。ご助力は頂けないのでしょうか?」
「難しいふわ。とーーっても怖い超古代人の生まれ変わりに神々は封印されたふわ」
「超古代人の生まれ変わりですか?」
「そうふわ。本来は生まれ変わっても前世の記憶は引きつげないふわ。でも、ものすごい執念で少しだけ覚えていたふわ」
「なぜ神様を封印なんてしたのかしら」
「わからないふわ。ヒカリ様はその女性をみてとーーっても動揺してしまったふわ。その隙をつかれて封印されたふわ」
魔法少女の女神が封印されてしまっている。その事実に生徒たちが落胆で沈み込む。だがパティが努めて明るく振る舞った。
「でも封印ということは助けることも可能だよね」
「そのとおりふわ」
「だったらみんなで女神様を助けよう」
「「「おおーーっ!!」」」
パティの号令に魔法少女たちは元気づけられ賛同する。女神の助けは得られない、それは残念な知らせであったが希望もある。特に魔法少女は誰かを救うことにかけては簡単に諦めたりしない。希望がある限り立ち向かえるのが彼女たちの強さの秘けつである。その気持ちを確認し合ったところでユーナが方法を模索する。
「だとするとまずどこに封印されているかが問題だわ。そうでないと封印から解き放つ方法もわからない」
それには期待のこもった視線がキラリに集まる。もしかしたらキラリが知っているのでは思ったのだが現実は無情だ。
「わからないふわ。でも魔法少女がもっと増えて、人々の心にキラキラな希望が強まればヒカリ様もきっと応えてくれるふわ」
「となると当面私たちは魔法少女として人類を救う。いつも通りということね」
「王国としては今の話を調べるよう手配しましょう」
「共和国でも調査した方が良さそうですわね。人類の未来がかかっています。人事ではありませんわ。それに超古代人の生まれ変わりの動きも気になります」
シルヴィアの危惧にはティアナクランも同意する。
「その通りね。人類に味方する神を封印するということは人類に対する背任行為とも受け取れます。そんな人物が人類に紛れて暗躍しているというのは非常に危険です」
超古代人は今では想像もできないような超技術を持っていた考えられている。魔装宝玉もフレアが量産するまでは超古代技術の文明から発掘したものがほとんどだ。他にも保存状態の良い発掘古代兵器は人類の切り札として各国が保有し無魔との戦争でも大きな戦果を挙げている。
聞いた限り生まれ変わりという人物は人類の敵対行動を取っていると考えられる。その知識を悪用し人類にむけられたらと想像した2人の王女は危機感をつのらせる。
アリアはふとフレアはどう考えているのかと視線を向けた。そこで信じられない光景を目にした。
今現在、非常にシリアスな話が展開されていたはずだ。だというのにフレアはあろうことかレイスティアにアイスクリームをスプーンで食べさせてもらっていた。
「そこっ、今大事な話をしていたのに何をしてますの」
「何ってアイスを食べています」
「食べさせてもらっているの間違いではなくって」
「さ、些細な違いでは?」
フレアは顔を真っ赤にして視線をそらす。レイスティアはニコニコと幸せそうに微笑むだけだ。フレアに『あーーん』ができて実に満足げである。
この様子を見ていたセリーヌはチャンスだと思った。ここのところフレアにしてやられてばかり。ここは意趣返しの好機と見た。ベルカで無理やり軍師押しつけられた恨みを忘れていない。
セリーヌはフレアの方を指し示しながらわざとらしくパティに話しかける。
「いやあ、パティさん、なんだかこの教室熱くないですかあ。あの辺が特に」
「えっ、ふつうだよね」
これにはセリーヌがずっこけた。いや、これは天然ピュアっ子に話を振ったセリーヌのミスといえる。
だがこのフリを敏感に察知、拾うことができた人物がいる。シルヴィアである。彼女はツッコミだけでなくフリを拾うことも得意であった。
(っ!? なるほど。こんな美味しいフリにのらない手はありませんわね)
面白そうな状況に我慢できずシルヴィアが乗っかった。
「本当ですわね。まるで暖房でもつけたかのようですわ。誰かーー、火の魔法を唱えたのかしら?」
セリーヌはグーサインの合図するとシルヴィアも満足げに頷く。
「フレアさん、いつから火の魔法が使えるようになったのですかあ。わたし顔が火照って仕方ありません」
「くっ、あなたたち確信犯ですね」
フレアが照れつつも屈辱に歯をかみしめる。一連の流れをみて周囲の生徒たちもようやくこの流れの意味を理解した。フレアとレイスティアとのイチャイチャぶりを2人は冷やかしたのだと。
そして、空気の読めないレイスティアは生徒の注目があるにも関わらず、またもアイスをすくってフレアに持っていく。
「フレアちゃん、どうぞ」
「あのティアちゃん、空気読んで下さい。これは恥ずかしいぃ……」
消え入りそうなほど体を小さくするフレアにセリーヌが畳み掛けていく。
「どうしたんですか、フレアさん。フィアンセがせっかく食べさせてくれているのに食べないんですか。ああ~~ん」
それはもう実に小憎らしい調子でセリーヌがフレアに迫る。セリーヌは恨みを返すことができてとても生き生きしていた。周囲の生徒たちも好奇心いっぱいの猫のようにじっと見つめている。
「おのれえ、セリーヌさん。あとで覚えてなさい、この屈辱必ず……」
「そんな脅し全然怖くないですよお。それよりええんかい? フィアンセに恥かかせるんかい、ああん?」
フレアにとってもはやこの状況は拷問である。しかし、レイスティアに恥をかかせるのも事実。フレアを守るため呪いを使ってまで魔法少女になったレイスティアを泣かせるなど矜持が許さない。断腸の思いで差し出されたアイスを口に含む覚悟を決めた。一度喉を鳴らし、意を決しフレアは玉砕覚悟で立ち向かっていった。
「食べればいいんでしょ、食べればっ。あむ」
「「「きゃああーー、やけどしそーーっ」」」
フレアも照れたが見ていた純情な魔法少女たちも照れながら歓声をあげる。
これを見届けたシルヴィアが容赦なく追い打ちをかける。
「ああ~~、熱いですわね。フローレア様、私も冷たいアイスが食べたくなりましたわ。作って頂けませんこと」
「……いいですよ」
渋々といった動作で魔導式冷凍庫からアイスを取り出そうとするがシルヴィアから更にえげつない注文が付け加えられる。よくここまで人を陥れられるものだと感心するくらいの徹底したいじり方である。
「そうですわ。甘さは控えめでお願いしますわね。今、口から砂糖が出てきそうな程甘ったるくて」
「――ふん。どうぞ」
フレアは冷蔵庫の奥から取り出したるアイスをガラスの皿に盛り付けてトッピングを振りかける。乱暴な様子でシルヴィアに渡した。
勝ち誇り満足げなシルヴィアは勝利の美酒代わりにアイスを口にした。すると火を吐きそうなほどに口を開けて息を吐き、立ち上がって叫び出す。
「辛ああぁぁーーーーっ!!」
あまりのシルヴィアの苦しみようにリリアーヌが慌ててフレアに問いただす。
「フレアっち、あのアイスに何したの?」
「甘いのが嫌なら塩アイスを出すしかないでしょう」
それはもう怒りを押し殺した冷たい笑顔でフレアは断言する。リリアーヌはそのアイスの味を想像するだけでお水が欲しくなる。
「これがほんとの塩対応ね」
「なんかうまいこと言いましたわ!?」
アリアが思わずツッコミを入れる。
そんなにぎやかな教室をキラリは嬉しそうにして眺めていた。
「みんな楽しそうふわ。ピカピカの雰囲気ふわ」
暗い話も仲間たちのばかな会話で消しとんでしまう。そんな様子をある人は不謹慎だと思うかもしれない。だが絶望に塞ぎ込むよりよっぽど良い。特に心の光を育てることが何より大切な魔法少女である。それが自然とできているこのクラスはきっと良い魔法少女が育つのだろうとキラリは喜び安心したのだ。




