第92話 魔技研編 『編入生が魔法少女科にやってきましたよ』
「ふんふん、ふーーん♪」
本日のフレアは絶好調である。ちょっと特殊ではあるが魔法少女ティアが仲間に加わったからだ。
今日はいつもよりも腕によりをかけて朝食を作っている。母のフロレリアに頼み込んで料理当番を代わってもらったほどである。
フロレリアはというと可愛い娘のために料理ができない無念さと料理を作ってもらえるうれしさの狭間でむにむにの笑顔を浮かべる。
相変わらず親子関係は円満のようでリリアーヌは微笑ましくそれを眺めていた。友達が嬉しそうなのでリリアーヌはついフレアに聞いてみたくなった。
「フレアっち、とってもご機嫌だね。何かあったの?」
「ふふ、ちょっとね」
曖昧にはぐらかしながらもフレアは豪快に火を使ってお肉を焼いていく。フランベでフライパンから立ち上がる火を見てはリリアーヌは絶対ちょっとどころじゃないよね、と突っ込みたくなる。
「そういえばダイニングテーブルの椅子が2つ増えているようだけど……」
グローランス家のいつもの食卓には用意されている椅子が増えていてリリアーヌはどういうことなのかと不思議がる。その正体の1つが思わぬ人物の登場で解消した。
「おはようございます」
「ええっ!! 何でレイくんがここにいるの?」
「それは……」
リリアーヌの疑問に答えようとしたところ、それはそれは若々しいフレアの母が遮った。
「きゃああああ、おはよう、レイスティアちゃん」
「おは……ん~~」
抱きしめられるとフロレリアの豊満な胸に顔が埋まりレイスティアが慌ててもがいた。目も当てられない光景にリリアーヌは照れつつも慌てた。
「ちょ、フレアっちのお母さん。それは駄目。はしたない」
無理矢理引き剥がされフロレリアはリリアーヌに抗議する。
「むうーー、リリアーヌちゃんのいけずぅ」
「お客様にそれは失礼ですよ。レイくんは貴族だって聞いてますし」
「あらあら、何言っているの~~。もう家族同然でしょ。なにせフレアのフィアンセなのよ。もう私の息子同然ね」
突然耳にした爆弾発言にリリアーヌは硬直した。
「はあ? フィアンセ……どええええええーーーーーー!!」
それはもうリリアーヌの驚きの程を言い表したような声が屋敷中に響きわたった。リリアーヌの頭は大混乱。急展開過ぎて意味が分からないとあたふたしてる。
(しばらく用事で留守にしていた間に何が起こってるの!?)
フレアはリリアーヌのお母さんが超苦手である。先日学園祭で遊びに来ていたのだがリリアーヌがつきっきりで相手をしていた。母のわがままにさんざん振り回されてお疲れのリリアーヌ。
なのに帰ってくるとただの数日いなかっただけでグローランス家の家庭事情は激変していた。
しかも、とどめとばかりにシルヴィアが眠そうな顔で目をこすりながらやってくる。とても共和国の王女とは思えないだらしない様子だがフロレリアを見ると背筋を伸ばして挨拶する。秘技『猫被り』はわずかコンマ一秒という早業で清楚にして可憐な王女シルヴィアに変身する。もはやユニークスキルだ。
「おはようございます、フロレリア様」
「あら~~、シルヴィアちゃん、おはよう。今日もとても綺麗よ」
「いえ、フロレリア様の方がお綺麗ですわ。おほほほほ」
呆気にとられるリリアーヌはきっと悪くない。フレアの連絡不足が原因だ。もう我慢できず静かな朝だというのにリリアーヌは叫んだ。
「フレアっち、せつめいしてーーーー」
それからリリアーヌはフレアに激しく事情を問い詰めるのだった。
学園の朝のホームルーム。
窓からはフワリと暖かい日差しが差し込み、肌に心地よい風が舞い込んだ。まだまだ朝の陽気に微睡みたい生徒も多い中、フレアは彼女らの眠気を吹き飛ばすようなサプライズ発表を始めた。
「ええ~~、突然ではありますが転入生のお知らせがあります」
何の前触れもなくフレアが切り出すと当然クラスの皆がざわめき出す。
「「「ええーーーー!!」」」
寝耳に水といった教室の混乱にアリアがまずフレアに詰め寄った。
「ちょおっとお待ちなさい。初耳ですわよ」
「そりゃあ今言いましたから」
これには話を聞いてたティアナクランもフレアにつかみかからん勢いで詰め寄った。というか肩を両手でおもいっきり掴んでしまっていた。
「あなたはどうしていつもいきなり大事なことを言うのですかっ。その悪癖を何時になったらなおしてくれるのですかっ」
訴えるティアナクランの言葉の端にはいつもフレアの被害に遭う王族被害者の1人として恨みも多分に含まれる。
『男用の変身魔導具が完成した』
先日奇襲のように知らされた魔装甲冑の件があるのでなおさらだろう。学園祭中はテロもあったがティアナクランからすればこの報告こそ最悪のテロそのものだ。
魔装甲冑のうわさが広まれば王国で大騒動を巻き起こすことは必至である。危険な発明の火消しにティアナクランはもとより王都ではビスラード国王陛下も慌てて対処しているという。
「いきなり魔装甲冑《マギウスアーマー》の報告を聞いたお父様は衝撃のあまりその場で失神し呼吸困難になりましたのよ。あなたお父様を殺す気なのですか?」
「ティアナ、それいま、関係ない、うぷっ」
揺すられすぎてフレアはちょっと具合が悪くなっている。しかし、フレアは知らない。おかげで国王は今胃薬が手放せない状態だという。今評判の新薬がまたグローランス製だと聞かされたビスラードの表情はなんとも苦悶に満ちていたという。
――皮肉な話である。
どうにかリリアーヌにレスキューされたフレアは気を取り直して紹介する。
「コホン、改めまして紹介します。ファーブル翼竜共和国第五王女シルヴィア様です」
え、マジ?
そんな言葉にならない想いが教室中で飛び交った。教室の入り口からは正にプリンセスといった風格の美少女が理想的な所作で歩いてくる。その姿勢は理想的かつ美しく凜々しい。あまりのかっこよさに多くの生徒が言葉を失い目が離せなくなる。
これを見たティアナクランは対抗意識から思わず気を引き締めるほどだ。
シルヴィアが猫をかぶれば途端に誰もが羨む品格を作り出す。フレアは大したものだと深く感心する。
(まあ、そのうち化けの皮がはがれるような気もしますが……)
「シルヴィア様は今回魔法少女科に大変興味を示されまして、急ではありますが本学園に留学することが決まりました。皆さん仲良くしてくださいね」
これを聞いてティアナクランはフレアに聞いてませんわよ、と抗議の視線を向けた。フレアはすいっと目をそらしてその視線をかわす。そして、しれっとシルヴィアに話を振る。
「シルヴィア様、僭越ですが自己紹介をして頂けませんか」
「構いませんわ。これが学園生活の様式美というものですわよね。本で読みましたわ」
さすがシルヴィア様。きっと多くの書に精通して博識であられるのね。
そんな声も聞こえるがシルヴィアの本当の顔を知るフレアは違うと言いたい。
(きっと漫画の知識でしょうね)
本は本でもほとんどが挿絵の本である。娯楽本の知識なのだろうとフレアは予想する。そして、それは間違っていない。
華やかな笑みもフレアにはごまかしの笑顔にしか見えないのだ。
「フローレア様にもご紹介頂きましたシルヴィアですわ。ここでは同じ生徒であり身分に関係なく接して頂けると助かりますわ」
これには生徒たちが寛大で謙虚な女性なのですね、との好意的な意見が広がるが実際はそうではない。
(こんな息苦しい態度いつまでも続けるなんて肩が凝るわよ。少しでも肩の力を抜ける空気を作っていかないと面倒だわ。あーー今もかったるい)
などとシルヴィアが内心ぼやいているなどフレア以外は気づいていない。
「趣味は読書に武芸の研鑽でしょうか。共和国では力がものをいう国なので鍛錬はかかせませんわね。それと、王女として欠かせない作法や嗜みも一通りマスターしております。特技はこれといって目立ったものは思い当たりませんわね」
特技がない。これにはフレアが反論したい。
(いや、あなたの特技は間違いなくツッコミでしょう。趣味も漫才、漫画に変えたらどうですか?)
王女とは思えない特技なので隠したことは確実。フレアはなんとも歯痒い思いでウソだらけの紹介をにこやかに聞き流す。
なぜならシルヴィアがフレアに対して余計なことを口走るんじゃないわよ、と目で脅してきたからだ。これはもう押し黙るしかない。
フレアも言いませんよ、とシルヴィアに笑みを返し微妙な緊張が2人の間に走る。
「ありがとうございました。質問などは後で時間を作りますのでシルヴィア王女はティアナクラン王女の隣の席にお願いします」
「あら、今すぐ質問して頂いてかまいませんのに」
口元に手を当てて懐の深さをアピールするシルヴィア。
しかし、質問を後にしたのは理由がある。
フレアが大好きなサプライズ。実はもう一つあるのだ。
「すみません。今日魔法少女科に編入される生徒はもう1人いますので」
「「「はあっ!?」」」
フレアの信じ難い言葉にG組の生徒どころかシルヴィアすらも驚きの声を上げた。
フレアはにこにこと笑顔のまま教室の入り口に呼びかける。
「入ってきてください」
「はい」
耳を心地良くなでる鈴のような声が響くとドアが開かれた。入り口からフレアに促されて入ってきたのはレイスティアだ。レイスティアが教室に入ると空気ががらりと変わる。まるで時間の流れが変わったかのように優雅な動きで正面にたった。
男がなぜ?
という疑問が生徒たちの間で飛び交った。ここは魔法少女科である。清らかな乙女にしか変身できない『魔法少女』のクラスにレイスティアが編入されるなど到底あり得ないことである。
その中でティアナクランが立ち上がりレイスティアに問い詰める。
「レイ!? あなたどうしてここにいるのですか」
「あ、あははは……、フローレア様、いいえ。フレアちゃんにどうしてもとお願いされまして……」
「フレアちゃん?」
レイが他人をこうもなれなれしく呼ぶことはティアクランの記憶を辿っても珍しい。そして、何よりフレアは男、それもイケメンが大嫌いなはずだった。このあり得ない状況にティアナクランが大いに戸惑った。
レイは小さな可愛らしい魔法のスティッキを取り出すと詠唱する。
「ミルミルミラクル、キラキラルン。マジカルチェーンジ」
「なんですの。その恥ずかしい詠唱は!?」
レイスティアの魔法詠唱に思わずアリアが突っ込んだ。
詠唱した本人も恥ずかしいのか顔が真っ赤である。
しかし、その後、色彩豊かな魔力に包まれると魔法によってレイスティアが目を剥いて見てしまうような仰天の美少女へと姿を変える。
――そう、美少女である。服装も魔法少女科の制服に替わって体つきも柔らかくなった。特に自己主張が激しい胸の大きさの程には恵まれない少女たちから嫉妬に満ちた視線があつまった。
「あの、恥ずかしいのであまり見ないで頂けると……」
すっかり縮こまっているレイスティアに変わってフレアが事情を説明する。
「ティアちゃんは訳あって呪いで美少女になってしまっています。そして、強力な魔法少女でもあります。これも全て私を助けるためにしたことなのです」
――――――
――――
――
フレアは生徒たちにレイスティアが魔法少女になった経緯を説明した。
予言によってフレアがいずれ死んでしまうこと。その悲劇から守るために魔法少女になって影で守ってくれていたことなど。
女神ミルの存在や、フレアが救世主であるらしいことなどはぼかして伝えたのだが生徒たちは納得してくれた。
特にパティはすっかり感動して号泣してしまっている。
「ううぅ、感動だよ。友情のためにそこまでするなんて。普通出来る事じゃないよ」
レイスティアの手を取ってパティが1番理解を示していた。
一方でティアナクランがおもいっきり頭を抱えている。
「こ、公爵家の跡取りが、美少女に……。家が潰れますわよ」
「ええ、誇りやメンツを大事にする貴族社会においては大問題ですね。ですので皆さん!! くれぐれも秘密でお願いしますね。ここにいるのはレイスティアではありません。ティアちゃんです」
「とはいってもフローレア、これはいずれ知られることになりますわよ」
「でしょうね。もっともティアちゃんは私の婚約者です。ティアちゃんを馬鹿にするということは私と戦争をするということです。北方貴族社会でまだそんな者がいたら敵としては逆に好ましいですね。――えっ、当然たたき潰しますが」
「確かに『ブリアントの悪魔』に表立って喧嘩を売るのは今となっては南の貴族連合くらいでしょうね」
なるほどと納得するティアナクランだが多くの生徒が驚きの事実に固まっている。セリーヌがそこで代表し挙手をして質問する。
「ちょっと待ってくださいよお。レイスティア様の婚約者ってフレアさんだったんですか?」
「ええ、それが何か?」
当然のごとく肯定するフレア。
貴族の生徒たちは知っていたようで反応は控えめだが、一般の生徒は本当に衝撃だった。視線を2人の間を言ったり来たりさせ、今度こそ教室を震わせるほどの大絶叫を挙げるのだった。
「「「えええええええええええええーーーーーーーーー……」」」
「(ぼそっ)私より目立つなんて良い度胸じゃない」
その中ですっかり影が薄くなったシルヴィアが対抗意識を燃やしていたのだった。
王都にあるグローランス商会支店にて。
物々しい様子の憲兵たちが大挙して押しかける。捜索令状を手に土足で中に踏み入っていくと店内を乱暴に荒らし強制的に物品を押収していく。
王都の人々は何事かと大勢で遠くから見守りうわさする。
『グローランス商会が憲兵の捜査を受けるなんてねえ。どうせ貴族の圧力だろ』
庶民派のグローランス商会が積みあげてきた民の信頼はあつい。何よりも真っ先に憲兵の腐敗を疑う辺りはどこの国でもあるような話だ。
「横暴だ。一体どういった容疑でこんなことをするのですか」
支店を任された支配人が憲兵に抗議する。令状を持った憲兵が雑に説明する。
「魔技研の技術を盗んだ罪だ。魔技研は国家機関であり流出した技術によっては国家反逆罪に当たる」
「証拠はあるのですか?」
「証拠はこれから挙げるんだ。邪魔するなよ」
乱暴に押しやられ支配人は理解する。これは魔技研の陰謀だと。
支配人に従業員の1人が耳打ちする。
「(亜空間ボックスで対処済みです)」
「(例の物は?)」
「(本物と差し替えてあります)」
「(よろしい)」
支配人はまさかここまで乱暴な捜査で強権を行使してくるとは予想していなかった。証拠は全くないはずなのに捜索令状を行使したのだ。
(しかしフローレア様の言ったとおりになったな。いや、あの方はもっとエグい手段も予想していたが)
とはいえ強引な捜索令状が通ったということは貴族の関与は確実。そして、大半の司法官が敵に回っていることを意味する。公平な裁判になるとはおもえない。
冤罪でグローランス商会も潰せるということだ。
(フローレア様、司法は南の貴族連合の支配下にあります。どうやって立ち向かう気なのですか)
支配人はフレアの恐ろしさを十分に理解してるが今度ばかりはと不安を押し殺していた。
乱暴な捜査で店を荒らされていくグローランス商会王都の支店。
これによってますます憲兵は民の信頼を失い、民は国の未来をうれいて不安そうに見守っている。
その様子を遠くの馬車から見つめている人物がいた。魔技研所長ジャッカスと南の公爵ドズルークである。
『目的の設計図を見つけました』
密偵が近づき空いた馬車の窓から通行人を装いつつ報告する。
「わかった。急いで魔技研本部に送り解析と製造を急がせろ。本物よりも本物らしく、より高品質に作るようにな」
『はっ』
魔技研所長の指示を受けて密偵は去っていく。上手くいったとドズルークはいやらしい笑みを作った。
「これで準備は整ったな」
「はい、グローランス商会の技術力。口惜しいですが認めねばなりますまい」
「魔技研は国の権威そのものよ。ただの商会に技術で劣るなどあってはならぬわ」
「はっ、であるからこそ、その技術力こちらの物にしてしまうべきでしょう」
「くくくくっ、グローランスのガキは貴族を怒らせすぎたな。もう終わりだよ」
「はっ、そのとおりです」
「庶民は選ばれし民である我々貴族に従っていればいいのだよ。刃向かおうとするから叩かれるのだ」
「グローランス商会の富と技術。そして、いずれは国すらもドズルーク様のものとなりましょう」
「国王か。悪くない。むふふふ……」
ドズルークは妄想を膨らませて気持ちの悪い笑いが止まらない。
悪巧みを乗せた馬車はゆっくりと動き出し王都の中に消えていった。




