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第86話 魔技研編 『ルージュの怒り』

「ぬおおおっ、急ぐぞ。レイ。魔法少女に殺されるっ」


 非常に切迫したマルクスの声にレイも危機感をつのらせる。今もヒーローショーだと思い応援している子供たちはこれが真実テロとの戦いだとは思っていない。

 そして、彼らは背後からも味方から剣を突きつけられたような状況下にある。

 マコトが負傷し転移で連れ去られた事態にルージュがぶち切れ寸前なのである。

 マルクスとレイからすれば背後にいるルージュの方がよほど凶悪なテロリストに思えたことだろう。


「はははっ、これは参りましたね」

「何笑ってやがる。危機感が足りねえだろ」


 2人が後ろをふり返るとそこには今にも暴走しそうな暗黒魔法球を担ぐ魔法少女ルージュが立っている。彼女は現在、一般人を魔法障壁で保護し、消えた敵を追跡するべく魔法で痕跡をたどり演算をも行っている。

 本来であれば脳の血管が破裂するような途方もない困難な魔法制御である。それをとってみてもマルクスたちは恐怖と畏怖を覚えずにはいられない。


「転移した敵の位置を割り出したら私は跳ぶわ。それまでに勝負を決めなさい。さもないとあなたたちごと消しとばすわよ」

「せめて俺たちの退避を待て」


 マルクスの返事にルージュは聞こえない、というジェスチャーを返した。今のルージュに慈悲もなく、堪忍袋すらとうに破裂しているに違いなかった。

 主のマコトの危機であってもルージュは『観客を守る』という命令を維持する最低限の理性は残っている。ゆえにこの場の安全が確保できない限りルージュは救出に向かうことができないのである。

 だが本当に最低限である。もはやマルクスたちの安全は考慮にない。いや、ゴキブリのようにしぶとい筋肉バカなら巻き添えにしても大丈夫かと思っているのかもしれないが……。

 

「嫌よ。確実に魔法を当てるために尊い犠牲となりなさい」

「ルージュが完全にキレてやがる。何があった!?」


 マコトの正体を知らないマルクスにしてみればルージュが乱心したようにしか見えないことだろう。

 そんなとき、マルクスとレイに強力な付与魔法がかけられる。邪道騎士たちの襲撃を聞きつけ援護に到着した魔法少女シャルとアリアが身体強化と雷属性付与の魔法の支援を行ったのだ。

 2人の戦闘能力はこれにより格段に向上した。マルクスは底から沸き上がるようなみなぎる力に手応えを感じる。特に雷属性は瞬発的な力の向上が著しくなる傾向がある。マルクスのパワーにスピードが加われば鬼に金棒である。


「これならいけんじゃねえか」


 マルクスとレイが反撃を開始する。容易に契約精霊に肉薄し今までとは違う優勢な戦いを繰り広げる。


「援護するの~~」


 ニャムもほどなくして現場に到着。すぐに浄化の力を持つ魔法の植物を喚び出すと襲撃してきた契約精霊を拘束していく。浄化の力に満ちた植物にあてられると始めて苦しそうな表情をみせてもがく。

 これを好機とみたルージュがマルクスに叫ぶ。


「マルクス。今よ。派手な決め技でごまかしなさい。とどめはわたくしがするわ」

「おい、俺ごと(まっ)(さつ)とか勘弁しろよ」

「いいから黙ってやりなさい。でないともろとも消しとばすわよ」


 後ろから向けられる魔力の圧力を受けてはマルクスに選択権はない。もうどちらかといえばやけっぱちな心境であった。


「だあああ、わかったよ。やりゃあいいんだろ」


 まずはレイの雷のランスチャージを受けて動きが止まった契約精霊。この機を逃さずマルクスは(こん)(しん)の力を込めて空から急降下。魔法によって極限まで強化され光り輝く両腕を落下速度と全体重をも乗せて打ち下ろした。


「マッスルカイザーインパクト」


 渾身の打ち下ろし。契約精霊に直撃の瞬間、派手な爆発が発生すると舞台を煙が包み込む。ド派手な演出に何千という観客たちからどよめきが広がった。

 その間ルージュはとっさに闇の精霊境界を周囲に展開していく。フィニッシュアタックで勝負を決めるためだ。

 多彩な術、高度な魔法制御を可能とする天才魔法少女の真価がここに発揮される。


「フィニッシュアタック《マイクロブラックホール》」


 ルージュの手より放たれた魔法は光すら逃がさない強力な重力と歪みを発生させた。もはや逃げることすら敵わない闇に囚われ、契約精霊は封印されていく。そのおぞましい魔法の様子は爆発によって幸いにも隠され、人々の目に触れることはない。爆発の煙が去った後、残ったのは敵を倒したマルクスの勇姿のみだった。

 見ていた観客たちが熱狂の声を上げる。ド派手な演出とアクション。例を見ない迫真の戦いに興奮し酔いしれた。それも仕方ない。これは本当にショーに見せかけた襲撃者との戦いだったのだから臨場感があって当然なのである。


『うおおおおーーーー、ドラグーンナイト。やるじゃねえか』

『まるくすしゃま、しゅてきーー』


 危機は去りマルクスは殺されなかったことに胸をなで下ろしていたのだが、どっと沸いた声援にふり返る。

 会場を満たす熱狂の渦は確かな熱をもって盛り上がる。マルクスは手応えを感じ魔装甲冑の仮面の下ではにへらっ、といやらしい笑みを浮かべた。とても衆目にお見せできないような顔だったのだが幸い仮面が覆い隠している。


(むひょおーー、これだけの人気なら年上の美女に言い寄られて選り取り見取りじゃね。ぐへ)


 だがマルクスは気がついていなかった。マルクスに熱狂していたのは幅広い年齢層の男たちや幼女ばかりだったということを。その中に美女の声援はなかったという。

 会場にいた美女たちは皆イケメンのレイにばかり目がいく。つまりマルクスなど眼中にないのである。

 ――まあ、いつものことであった。

 

 そして、会場の安全が確保されるとルージュはすぐにマコトを追って空間跳躍の魔法を行使し消えていた。




 その頃、マコトとジェノムの戦いは激しさを増していた。ジェノムの一振りで10連撃へと変わる魔剣と、マコトの神龍眼による前人未踏の10刀流による剣の応酬は瞬く間に何百という攻撃回数に達し一進一退を繰り返す。

 ジェノムはこの状況を打破するべく更なる力を解放した。


「こおおおおおーーーー」


 ジェノムが更に魔力を練り上げ、手にした大剣がその魔力を受け取るとますます巨大化しその存在感を増していく。

 これに違和感を覚えたマコトは神龍眼の鑑定スキルを大剣に使用した。


【《ソード・ハイ・スピリット》:大剣に閉じこめられた炎の上級精霊を邪悪な力で堕とした契約精霊の一種。魔力をつぎ込むことで攻撃力と攻撃回数を押し上げることが可能。堕とされたオズマの契約精霊は常に想像を絶する苦痛に苦しめられる。邪道騎士ジェノムに従わされている】


(あれも精霊か。ひどいことをする)

 

【対処法:浄化攻撃が有効。魔法少女による強力なフィニッシュアタックを推奨。『ミラクルマギカブレス』の場合は通常浄化魔法で弱らせる必要あり。

 備考 :こちらの精霊も保護すること(by知の女神ミル)】


 マコトは転移を使う強力な上級精霊と戦っているユーナとシルヴィアの方を(いち)(べつ)する。一度、味方の戦況を把握し作戦を再度検討するためだ。戦況は刻一刻と変わるものであり状況によっては臨機応変に動かねばならないことをマコトは心得ていた。


(ユーナさんは神剣と精霊魔装法衣《アンダイン》を得て1人でも上級精霊と渡り合える強さになった。魔法少女クラスでも間違いなく指折りの実力者。だが、フィニッシュアタックを使えるのはこの場で彼女だけだ)


 マコトでも上級精霊を倒すだけであれば難しくはない。しかし、できるなら捕らわれた精霊を助けたいと思う。そうなるとユーナにそれぞれ精霊を浄化して救ってもらう必要がある。手加減して時間を稼ぐ必要があった。とはいえ血を失い消耗が激しい今のマコトにはリスクを伴う選択である。


「俺がすることはより困難を伴うのだろう。でも魔法少女とともにあるのなら、俺は助けることを諦めない」


 そう、マコトの大好きな優しい魔法少女たちならば困難だろうと助ける道を選ぶ。彼女らと歩むならマコトのここでとる選択肢は1つしかないのだ。

 向かってくるジェノムにマコトは10刀流の剣で迎え撃つ。黒い16発の炎の牙がマコトに襲いかかる。それを器用に10本の魔剣を使い受け流し、そらして対処する。これにはジェノムが目をむいた。


「これをも防ぐか」


 ジェノムはすぐに距離をとりマコトの対応能力の正確さに(いぶか)しむ。


「おかしい。まるで剣の能力を知っていたかのように冷静に対処してくる。……まさかな」


 ジェノムは鑑定スキルのことは知らない。だがマコトの得体の知れない底知れなさははっきり感じていて、警戒感を強め慎重になる。これはマコトにとっては都合の良い流れだ。


(サイコキネシスによる剣の制御をこれ以上増やすと消耗が激しい。今の俺は意識を失いかねない)


 実は余り長く持ちそうにない今の体を敵に悟られるわけにはいかない。相手に考える隙を与えてはならないとマコトはあえて仕掛けていった。




 一方、転移の契約精霊はユーナとシルヴィアのなぞの勢いに困惑していた。隙だらけなのか、そうではないのか計りかねている。


「おほほほ、ユーナ様、邪魔ですのですっこんでて頂けませんか」

「いえ、そちらこそ()(らち)な儀式のせいか魔力の衰えが(けん)(ちょ)だわ。私に出番を譲りなさい」


 こんなときだというのに2人は仲間内で対立しぶつかり合っている。隙あらば互いを牽制し合っているのである。まるで()(どもえ)でもしているような錯覚を契約精霊は感じている。

 しかしながら好機と思い不用意に飛び込んでいくと、


「邪魔しないでっ!!」

「潰すわよ!!」


 身震いしてしまうような殺気を2人から同時にぶつけられた。この2人は一体何と戦っているのかと疑問を投げかけたくなる。契約精霊は泣きそうになりながら渋々転移で逃げなければならないという理不尽な状況に追い込まれている。

 

「早く終わらせてマコトくんの援護に回らないと」

「あ、ちょっと。マコト様に良いところを見せるのは私よ。抜け駆けしないでいただけますか」


 2人は互いにもみ合いながら契約精霊に向かってくる。そして、いざ攻撃となると通じ合ったかのような連携で契約精霊は舌を巻く。シルヴィアの打撃と炎竜鱗の(むち)で転移による回避を余儀なくされた。そして、転移で(かわ)した後の隙を突かれてユーナの神剣によって痛打を受ける。

 ユーナの持つ神剣でのダメージは精霊を縛る邪法を揺さぶった。そのたびに転移の契約精霊は自我を取り戻しつつある。

 だからだろうか、ついに我慢できず転移の契約精霊は2人を叱りつける。


『あなたたち、真面目に戦いなさい』

「「しゃべった!?」」


 契約精霊は強力な邪法で縛られ自我の強い制約をうける。だからこそ人形のようであったのだ。それが急な変化を見せ、怒りをあらわにした発言に2人は驚く。

 続いて転移の契約精霊からは悲しいせりふが紡がれる。


『体がいうことをききません。私を殺して止めなさい』

「駄目ね」


 ユーナが契約精霊の言葉を受けて顔つきが変わった。

 

「全くですわ。素直に助けて欲しいと言えばいいのよ」


 シルヴィアもまた真剣な態度をみせた。

 いがみ合っていたのがウソのように2人は連携し契約精霊を押し込んでいく。

 

「竜炎乱舞」


 シルヴィアは竜族らしい瞬発力で肉薄すると打撃の猛ラッシュが始まった。炎の鎧竜鱗を纏った拳と蹴りの乱打にたまらず転移で逃げる。だが、予測していたようにユーナが転移先に先回りしている。

 周囲の空間には罠のように張り巡らされた水の魔法球が多数存在し、このときになって誘導されたのだと契約精霊は理解する。

 ユーナはわざと魔法球の手薄な空間を作って待ち構えたのだと。

 ユーナは神剣を構えて周囲に水の精霊境界を発動。周辺一帯が水の魔力で満たされていく。これはユーナによるフィニッシュアタックの準備。そのことに気がついた転移の契約精霊はまさか、と驚き息を飲む。


「フィニッシュアタック《ハイドロスラッシュ》」


 その場でユーナは神剣を一閃。超高圧の水による魔法砲撃が剣より噴射され契約精霊を飲み込んでいく。魔法少女のフィニッシュアタックは悪しき者、事象を浄化する力を持っている。それは契約精霊を縛り付ける邪法の契約も例外ではない。

 ユーナの浄化の力で呪縛から解放された精霊は綺麗な姿を取り戻していく。もう戻れないと思っていた清らかな体。困惑の表情を浮かべて自らの姿を確認してはユーナを信じられないという目でみた。


『そんな、フィニッシュアタックを使える魔法少女がまだいるなんて』


 戸惑う契約精霊にユーナは微笑しその認識は間違いであることを指摘する。


「それは昔の話よ。ここ数年で魔法少女は劇的に増えているし、浄化のフィニッシュアタックを使える魔法少女はたくさんいるわ」

『ああ……、こんなことって』


 それは同じく捕らわれた精霊を救えるかもしれない。そんな希望が差し込んだことを意味している。これに涙する。同時に契約精霊時に自分がしてきたことを思うと罪悪感に崩れ落ちる。

 見て取った同じ上級精霊のアンダインはユーナの魔装宝玉から顕現すると寄り添い抱きしめてあげた。


『あなたは時空の上級精霊《アナスタシア》ですね。よく、よくぞ。無事で』

『ああ、私はなんていうことを』

『分かっています。私も一緒ですから』


 これを見てユーナとシルヴィアは良かったね、と視線を交わし合う。つらいことがあったのかも知れない。それでもわかちあえる友人がいるのであれば立ち直れるのではと思えたのだ。だが、顔を見合わせると2人はお互いに恋敵であることを思い出す。すぐにはっとして顔を背けるのだった。




「ガンマギウスナックル!!」


 空高く飛び上がったマコトは頭上からジェノムに向けて拳を打ち出すと幾つもの魔法の軌跡が(きら)めき降り注いだ。高速の魔法砲撃が深々と大地に突き刺さっていく。


「ぬおおおおおっ」


 剣を掲げてマコトの魔法砲撃を無力化させるも外れた砲撃は大地を大きくえぐり爆音を響かせる。肌を打つ衝撃は鼓膜ばかりかジェノムの恐怖をも刺激する。当たればただでは済みそうにない砲撃にジェノムは肝を冷やした。

 何よりマコトのガンマギウスナックルはその気になれば速射が可能であり、予備動作無しにも発動する。それがまたジェノムを固くさせる。

 これではじり貧だと気がついたのだろう。ジェノムが多少のダメージ覚悟でマコトに踏み込んだ。


「くらああええぇい」

 

 大剣から上級精霊の魔法無効化範囲に引き込みマコトの魔剣を脅かし消耗を促す。実際、マコトの顔色は悪く呼吸も乱れていく。

 にもかかわらず力尽きる様子は感じられない。気力で持たせているとしか思えなかった。これにはジェノムもじれったさと同時に敵ながらに敬意すらおぼえていた。


「あと少しというところを、いい加減倒れろ」


 ジェノムの脳裏に手加減の文字はなくなっている。これほど弱っていてなおジェノムと渡り合うマコトの実力は計り知れない。

 勝負はこう着する。そう思える中マコトから不意に戦意がうせる。


「ここまでだな」


 マコトは力を抜き隙を見せるとジェノムはにやりと笑った。ようやく追い詰めたのだと考えた。しかし、すぐにジェノムの顔は(きょう)(がく)に染まる。

 空間をこじ開けて黒の魔法少女が突然目の前に現れたのだ。

 マコトは自身が信頼する最強の護衛が駆けつけたことを感じ取り剣を収めたにすぎなかった。

 代わりに怒り心頭のルージュがジェノムと対峙する。ルージュの怒りは凄まじい。ジェノムがあまりの形相におののき、大剣を取り落としそうなほどである。


「やってくれたわね、とりあえず死になさい」


 圧倒的な殺意がのった漆黒の剣がジェノムに襲いかかる。それは研ぎ澄まされた無駄のない一撃。来ると分かっているのに反応が困難な突きであった。気がつけばジェノムの肩を貫いている。無意識に動いた体でそらさなければ心臓を一撃だった。


「速すぎる。何という強さだ。これがうわさの黒の魔法少女の力か」


 ジェノムは片手で大剣に魔力をそそぎ込み12の連続攻撃を発動する。

 それに対してルージュの体は魔力の輝きに包まれ、見たこともない魔法を発現する。


「重力魔法《アクセルアタック》」


 瞬間、ルージュの動きは超加速。目にもとまらぬ剣さばきで12の攻撃をはじき飛ばす。それだけで周囲に突風が吹き荒れ、ルージュの動きは残像が無数に残る。

 ルージュが行った魔法は時間加速。分類するならば神話級の魔法。その効果は計り知れずもはや目で追うことは困難である。

 ジェノムはたった一本の剣で全ての攻撃を(さば)かれた現実が理解できない。いや、したくなかった。これが人間業なのかと自身の正気を疑う。それほどにルージュの実力は規格外だった。これでジェノムの動きが止まる。そんなジェノムにルージュはデコピン一発。それだけで面白いほど遠くに吹き飛ばされていく。


「ぬおおおおおおっ」

 

 大地に何度も叩きつけられ転げ回った後、立ち上がろうにもあまりのダメージに力が入らない。膝から屈してしまう。


「ばかな、デコピン一発でこの我が立てなくなるなど……」

「あなたはわたくしを怒らせたわ。マコトに傷を負わせてただで済むと思わないことね」


 灰色の世界が黒に侵蝕されていく。ルージュを中心に暗黒の世界へと塗り替えられていく。まるで世界を喰らい尽くすかのように荒々しい世界の変貌はルージュの怒りに闇が共鳴しているかのようである。

 そして、ルージュから容赦のないフィニッシュアタックの追撃が執行される。


「フィニッシュアタック《デストラクション・アンド・リリーフ》」


 急速に忍び寄る破壊の闇。原始的な恐怖を呼び起こすような魔法が降りかかる。ジェノムは手に持つ大剣投げ捨て盾にして逃げる。自身は最後の力を振り絞り命からがら転移の力を発動した。

 ルージュの魔法は大剣を破壊し、中に封じられた炎の上級精霊を救済する。ルージュは逃げたジェノムに最後、警告する。

 

「御機嫌よう。次に仕掛けたときはオズマの拠点を3つ潰すわ。3倍返しよ。覚悟しておくことね」


 ルージュの言葉はただの脅しではない。そう感じたジェノムは歯ぎしりして撤退するしかなかった。

 周囲の安全が確保された後、ルージュはマコトに抱きしめる。


「ごめんなさい」


 気がつけば珍しくルージュが泣いている。


「なぜ泣く?」

「わたくしが護衛に付いていながらあなたを危険にさらしたわ」


 ルージュは責任感が強すぎる。他人にも厳しいが自分にも厳しい。マコトを死なせかけたことがよほど辛かったらしい。

 ここまでされてマコトはルージュを心配させた自分の軽率さを理解した。マコトは今回ばかりは本気で反省するしかない。


「俺こそ悪かった。今度からは自重する」

「本当に?」


 潤んだ瞳で上目遣いをされてはマコトはわずかに目をそらす。フレアであれば問題ないのだが今は純粋に男のマコトの意識のみが表に出ている状態だ。

 ルージュは見た目は絶世といっても(そん)(しょく)ない美少女。その上で器量よく、これほどにマコトに尽くしてくれているのだから意識しない方がどうかしていた。


「ああ、今後は俺専用の魔装甲冑の開発を急ぐつもりだ。転移する敵の対策もたてておく。同じ不覚はとらない」


 マコトのずれた返答に分かってないじゃない、とルージュがあきれ顔をする。そして、マコトの両のほほをぎゅっと(つね)った。


「にゃにほ、ふる?」

「ふふ、(とん)(ちん)(かん)な人ね。それは自重するとはいわないのよ」

「え、そうかあ?」


 なにやらいい空気を醸し出す2人。それを見ていて面白くないのがアナスタシアの浄化に成功して駆けつけたユーナとシルヴィアである。


「ああーーーーっ、あなたマコト様に何してるのよ」

「マコト様?」


 共和国の王女がマコトを様付けして呼んでいることに違和感を持ったルージュが眉をひそめる。

 さらにはユーナもルージュとの関係を問い詰める。


「そうね。マコトくん。ルージュさんととても良い雰囲気になっていなかったかしら。どういうご関係?」

「んっ、ルージュとの関係?」

「「……呼び捨て」」


 マコトがルージュを呼び捨てしていることに2人はなおさらに不機嫌な顔を作る。ユーナに至っては私のことはさん付けなのね、と拗ねてしまっている。

 そして、ルージュが勝ち誇った顔で後ろ髪を掻き上げるので2人はなおさらに神経が逆立つ。

 だが、ここで朴念仁マコトの一言が場をかき乱す。


「ルージュとは親友だよ」


 その一言は非常にまずかった。嬉しそうにしていたルージュが一変してぎこちない様子でマコトを振り返り裏切り者を見るかのように冷めた視線で射貫いた。


「ええ、ええ、そうね。わたくしはただのお友達でしたわね」


 今度はぎゅーーっとうっ血するほどマコトはほほを抓られる。


「いだだだ、えっ、何で怒るの?」


 意味が分からずユーナとシルヴィアに助けを求めると逆に突き上げを食らった。


「今のはマコトくん(様)が悪い」

「ええーーっ!?」


 マコト自身はひどい目に遭ったが、この後3人は謎の意気投合を見せて少し仲良くなったようである。


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