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第8話 学園入学編 『無魔あらわる! 魔法少女リリアーヌ、生徒と街を救え』

 入学式から7週間が経ったときのこと。

 西、南方貴族の生徒を中心に学園で暴挙が始まる。

 学園の各施設を独占的に貴族が使うと主張し始めたのである。

 

「演習場はすべて我々貴族が永続的に使用する」

 

 特に問題となったのが魔法の演習施設。万一魔法が暴走してもいいように頑丈に作られた施設。ここが使えないとなると人命にかかわってくるのだ。

 

「平民どもはよそで練習していろ。人々を導く我々が有効に使ってやる」

 

 あまりの理屈に一般の生徒は悔しさをにじませつつも文句を言うことができない。力を持つ貴族に逆らえば後でどうなるか分からない。

 

「ちくしょう。学園長が許可を出したらしいぞ。西方公爵家の生徒会長が主導しているらしい」

 

 公爵家と学園長が相手では抗議しても覆ることはない。一般の生徒たちはそう理解し、怒りをただ堪えることしかできない。。

 そんな現状でリリアーヌは不思議に思っていた。フレアが抗議の1つもあげていないことに。

 

「フレアっち、どうするの? 魔法少女の魔法演習ができなくなるよ。それでもいいの?」

 

 職員室で授業の準備中、リリアーヌはフレアに詰め寄った。

 

「いいわけがありません。魔法少女科は陛下の勅令で新設されています。貴族のしていることは反逆行為に等しいと思いますよ」

「いや、反逆は言い過ぎじゃない?」

 

 ますます()に落ちない。烈火のごとく怒り狂いそうな現状にフレアは落ち着いている。むしろ怖いくらいにだ。

 

「でも、ふふ、ふふふふ。(こっ)(けい)ですね」

「え?」

 

 何かがおかしい。リリアーヌはフレアにうっすらと現れた邪悪な()(しょう)をみた。

 

「……フレアっち。何を企んでいるの?」

「企む? とんでもない。力に力で対抗してばかりも芸がないので趣向を変えるまでのことですよ。今度は非常にスマートな解決策だと自負しています」

 

 それはきっとろくでもないことなのだろうとリリアーヌは予想する。

 

「まあでも、そろそろ抗議しましょうか」

「あら、フレアさん、そういうことなら忘れ物よ」


 そう言ってフレアにまとめた書類を渡す生徒がいる。フレアが教えるクラスの生徒で名をルージュという。

 どこか大人のような風貌を持ち、主席入学。天才魔法少女候補生として教師陣からは期待されていた。

 当たり前のように職員室に入り浸るルージュをリリアーヌは(たしな)める。


「あのねルージュ。職員室は生徒が居座って良い場所じゃないんだけど?」

「あら、そうなの?」


 そう言って優雅にテーカップを片手に紅茶を口にするルージュ。


「言ってる(そば)からくつろがないでよ!?」

「でも周りは注意してこないわよ」

「そりゃ、来る日も来る日も授業中も、堂々と職員室でサボる図太い生徒にどうしろっていうのよ」


 既に周囲の学術教師、魔法の教官らも諦めてしまっていた。

 最初の頃は注意する教師もいたのだ。だが、

 もうフレアさんに教わることはない。

 そういって入学2日目にしてフレアの隣にいた教官の席を奪ってしまった。

 しかも、今ではルージュが学年主任に代わって教師の授業内容の相談を受ける始末。もはやどちらが教師かわからない。


 フレアはルージュから書類を受け取り、それに目を通して意地の悪い笑みを浮かべた。


「ありがとう、ルージュ。いつも助かっています」

「気にしないで、私が昔に受けた恩に比べれば大したことないわ」

「そうですか? ルージュにはいつも()()()()()()()()()()なのですが」

「今更でしょう。あなたが魔法少女を守るのなら、私はそんなあなたを守りたい。それだけのことよ」


 2人の間には確かな絆がある。


(むっ、何だろう。見ていて胸が痛くなる)


 その痛みの正体がわからず困惑しているとルージュの冷めた視線が突き刺さる。その視線に込められた感情はフレアに向けるものとは対極だ。

 その理由はリリアーヌ自身わかっている。2人は同郷の出身。きっと今もルージュはリリアーヌのことを恨み、国にもその民にも、故郷の全てに失望しているのだろうことを。


「では行きますよ。リリー。生徒会長もいけ好かないイケメンだと聞きます。ここで一度鼻をへし折っておきましょう。魔法少女の障害となるものには容赦しません」


 フレアはリリアーヌたちの険悪な空気を知ってか知らずかいつものらしさを見せる。リリアーヌは相変わらずのイケメン嫌いを耳にしてようやく気分が軽くなった。

 そしてリリアーヌは思うのだ。きっといつも通りたたきつぶすのだろうと。


 演習施設にたどり着くとちょうど入り口で貴族の生徒たちを引き連れたジルベール公爵家のホークと鉢合わせする。

 

「おや、これはグローランス嬢。どうしてあなたがここに?」

「ジルベール公爵家のホーク生徒会長ですね。交渉に参りました」

「交渉?」

 

 その言葉を聞いて周囲にいた貴族たちはにやついた。貴族に()(そん)な態度をとり続けるフレアがようやく降伏したのだと彼らは誰もが思った。

 その場にはギアンもいる。

 

「この演習場を使いたいのか? だったら俺に土下座してわびろ。まずはそれからだ」

 

 徐々に何事かと様々な生徒が周囲に集まり出す。一般の生徒はフレアが妥協を引き出すのではないかと期待して見守った。

 

「演習場は現状2つ。屋外と屋内型の施設。その2つとも貴族が占有しては一般の生徒が学べません。前戦に立つのは主に一般出身の生徒です。卒業生の質の低下は国力の低下につながります。貴族が使用しない時間帯は明け渡すべきです」

「確かにもっともな意見だ」

 

 ホークはいやらしい笑みでニヤついた。

 

「しかし、国は貴族あってこそだ。貴族の実力の底上げは国の安定につながる。平民に使わせる余裕はない」

 

 あまりのいいようにリリアーヌは言葉を失う。ひどく傲慢で人を導く者の言葉とは思えなかった。

 周囲からは怒りの声すらもれ聞こえる。

 一方でフレアはおかしいくらいに冷静だ。

 

「何の冗談ですか。とても貴族の言葉とは思えません。民あっての国でしょう?」

「貴様こそ何を勘違いしている。俺が言った言葉が貴族では常識だ。いま貴様が言ったのは表向き民を()()するための方便よ」

「いいのですか。一般の生徒が聞いてますよ」

「構わんさ。貴族と平民とは違う。これは教育なのだよ」

 

 ホークが断言すると周囲を見渡す。見られた一般の生徒は権力を恐れて不満はあれど視線をそらした。

 フレアは周囲を見回すと申し訳なさそうにうつむくアリアをみる。伯爵家では思うところがあっても公爵家に逆らえないのだろう。

 フレアの怒りのボルテージは上がる一方だ。静かに反撃の牙を研いでフレアはホークを見据えた。

 

「見ろ、誰も不満はないようだ。平民は貴族のために命を差し出せば良い。平民は雨後の竹の子のように勝手に増えるのだからな。替えは幾らでもいる」

 

 ひどい、そんな声がどこからともなくもれた。

 リリアーヌはフレアがそっとつぶやくのを耳にする。

 与しやすし、と。

 

「ではこの演習施設は貴族が独占するのですね?」

「そうだ」

「では私たちはどこで魔法の練習をすればいいのでしょう?」

「幾らでも場所はある。外にある森でも使えばいい。事故があっても被害の保障は出来んがな」

 

 周囲の貴族たちが助長するがごとくあざ笑う。

 

「……そうですか。譲るつもりはないと?」

「無論だ」

「分かりました」

「フレアっち、いいの?」

 

 あっさりと引き下がるフレアにリリアーヌは念を押す。これでは貴族に屈したようなものだった。

 

「ええ、ではそのあたりしっかりと取り決めましょう。後で面倒にならないように」

 

 フレアはルージュに渡された契約書を取り出す。

 

「契約書か?」

「ええ、いろいろルールを定めてみました。私たちは外で施設を都合することになります。その後で約束を翻さないための契約書です」

 

 ホークは内容を熟読し取り決めに穴がないかしっかりと見定める。既にフレアの方はサイン済みだ。

 

「くくく、良かろう」

 

 これはフレアの事実上の敗北宣言になると判断し威勢良くサインする。

 周囲で聞いていた一般の生徒たちは成り行きをみて失望を隠せない。客観的に見てフレアは一方的に譲歩しただけのように見えた。


「では確かに調印しましたね」

 

 フレアは書類を大事に懐にしまうとあっさりと退いた。

 

「ではいきましょうか。次の時間は魔法演習の授業です」

「でもフレアっち、設備のない場所で魔法が暴発したら危険だよ」

「でしょうね。ですから演習施設を使いましょう」

 

 フレアの言葉にホークは慌てて制止する。

 

「待て、貴様は何を言っている。いま、この演習施設の使用権を放棄したばかりではないか?」

「ええ、ですから外の新しい施設を使います」

「お前は契約を書き間違えたのか? 屋外用の施設も貴族が今後独占すると契約したぞ」

「ええ、ですので学園の外で森に見せている演習施設を新設してあります。そこを使用します。最新の技術を集めた最高の環境ですよ」


 嫌な予感を膨らませつつホークは言った。

 

「……お前はますます何を言っている。森に見せている場所といったか?」

「あれ、誰も気づきませんでしたか? 騒音や機密対策にママが魔法結界を張っていました。森に見えるように幻術をかけて、ね」

「結界だと!?」

 

 雲行きが怪しくなりホークはだんだんと顔色が悪くなる。自分はとんでもないミスを犯したのではないか? とようやく思い至った。

 

「あそこで新校舎を建設していたのですよ。それも先日完成したところです。この旧校舎と比較にならない蔵書の図書館に一流の料理人を雇った食堂、演習施設等々」

「なん、だと……」

「新校舎の使用権も生徒会長が貴族を代表して()()してくださいました。新しい立派な校舎はあなたたちのいう平民が大切に使わせてもらいますね」

 

 フレアはわなわなと震えるホークに近づいてたっぷりと間をとり、すがすがしい笑顔でお礼を言った。

 

「ありがとうございます」

「――――っきっさまあああっ」

 

 血が一気に頭に上り詰める。ありありと見て取れる怒りはみているものを(しん)(かん)させるのだがフレアは実に涼しげに眺めている。

 脈々と血管を浮き上がらせつつホークはうなりをあげる。

 

「そんな話聞いていないぞっ!」

「私が、学園長に口止めさせました。本来は無魔を警戒して秘密裏に進めた建設計画だったのですけどねえ。皮肉な話です」

「ばかな、なぜ学園長が公爵家より貴様を優先する?」

「簡単な話です。私ティアナクラン王女と交友があるので」

「――なっ」

 

 平民より貴族、貴族より王族の命令が優先する。それは至極わかりやすい話だ。後ろ盾に王女がいることに気がつきようやくフレアの力を思い知る。

 その中でフレアはとぼけたことをいいだした。

 

「さすがは生徒会長です。先ほどは非常にクズなせりふの連続でしたが結果的にわざと道化を演じて平民に譲ってくれたのですよね。――そうですよね。いやあ、さすが貴族の鏡です」

 

 ぱちぱちと拍手するフレアにホークは馬鹿にされているのだと自覚する。公爵家に産まれて初めての屈辱だった。

 

「む、無効だっ!」

「見苦しいです。契約書を忘れたのですか?」

 

 フレアは懐の書類をちらつかせる。よりにもよってホーク自身がサインした契約書はフレアの手元にある。そして隣には魔法少女が控えている。強引に奪うことも叶わない。

 

「くううーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

 

 かつてない怒りに精神力が限界を迎えたホークはその場で卒倒してしまった。

 

「あーーあ、お気の毒に。この程度で倒れるなんてよほど甘やかされてきたのですね」

 

 くすくすと笑うフレア。その瞳は正に冷酷な悪魔のそれを連想させ貴族たちはフレアの恐怖を魂にきざみ込む。一度不気味な静けさが訪れた。

 

 もはやフレアとホークの立場は逆転していた。

 ようやく状況を理解した一般の生徒たちははっとして時間を思い出す。

 

「すげえ、公爵家を言い負かしたぞ。何なんだあの少女は?」

 

 胸がすっとするフレアの手腕に賞賛と歓喜の声で場は沸き立った。

 フレアは話は終わりだとホークを無視してアリアに近づくと手をさしのべた。ずっと申し訳なさそうに貴族側に立つしかなかった少女。合わせる顔がないと言いたげにアリアはフレアから視線をそらした。

 

「何をしているのですか? 次は演習の授業ですよ」

「……ですが私は伯爵家。新校舎を使う権利はありませんわ」

「ですがその前に魔法少女候補です」

「魔法少女……」

「あなたが生徒会長に逆らえないのも、だけど納得していなかったのも気づいていました。助けるのが遅くなって申し訳ありません」


 そう言われてアリアの目尻には涙が浮かぶ。

 

「……そんなことありませんわ。それよりよろしいの? 貴族を敵に回してしまって」

「魔法少女を泣かせる存在はすべからく私の敵です。腐った貴族は何度でも蹴散らして見せましょう。……あとイケメンも」

 

 最後の言葉にはアリアは少しだけ、――少しだけ頬が緩む。


「今後は心置きなく魔法少女を、優しい人類の守護者を目指していいのですよ」

 

 更にぐいっと差し出されるフレアの手をアリアは困ったように握り返す。アリアは複雑だった。フレアほど強くて自由で自分を押し通してしまう人物を見たことがない。うらやましくもありそう振る舞えなかったことが悔しかった。

 

「私はあなたが理解出来ませんわ」

「簡単ですよ。私は魔法少女の味方です。ただそれだけの人間です」

 

 確かにそれは明確に伝わった。公爵家すら(いっ)(しゅう)してしまうフレアの底知れなさと誰にも折ることができない信念がアリアにはまぶしかった。

 いまここで貴族の暴挙を止めなかった自分に魔法少女になる資格があるのか。どうしてもそう考えてしまう自分がいたのだった。

 

 去っていくフレアを憎悪にまみれた視線でにらむ生徒がいる。子爵家のギアンだ。


「おのれ、公爵家すらコケにして。奴を許しては貴族の()(けん)にかかわる」


 そう言ってギアンはついにフレアの闇討ちを決意した。



 ある日、フレアは下校時に様子がおかしい生徒をみつける。一般人からフレアがスカウトした魔法少女候補生パティである。

 血の気は一気に引いて明らかに何かあったとしか思えない。

 まして手に持つ手紙がまたフレアの疑念を確信に傾ける。


「パティさん、どうしたのですか」

「フローレア教官!?」


 後ろ手に手紙を隠して後ずさる。そのとき、大人しめの髪飾りが音を立てて落ちる。


「落としましたよ」

「フローレア教官、ついてこないで、絶対だからね」


 髪飾りは受け取らず、パティは脇目も振らず外を飛び出した。


「どうしたの、フレアっち?」

「リリー、いや、パティさんの様子がおかしくて。これを落としていったのですかが……」


 フレアの手に持つ髪飾りを見たリリアーヌはいぶかしむ。


「パティさんって、こんな髪飾りしてたっけ?」

「していなかったと思います」

「だよね、これってどちらかというと成人した女性がつけるような意匠だもん」

「何ですって!?」


 フレアはリリアーヌの言葉にはっとする。


「どうしたの?」

「あの手紙を見て、この不釣り合いな髪飾り、……まさか!!」


 フレアは慌ててパティの後を追う。


「どうしたの、フレアっち?」

「パティさんが危ない。後を追いますよ」


 尋常ではないフレアの慌てぶりにリリアーヌは事情を察して後に続く。


「確かパティさんの実家は近くの街にあったはず……」


 フレアはすぐに馬を手配し学園を出たのだった。



 街にたどり着くとあたりは騒然としていた。

 無魔が中に入り込み暴れ回っている。

 見た目は体長3メートルはあるオオザルのようであり金属の体を持つ化け物が手当たり次第に家を破壊して回る。

 常駐の兵も対応するが敵の数が多く対処しきれていない。一般の兵士に支給される武器は質が悪く性能にばらつきが出る。

 

 魔力に弱い金属の体を持つ無魔に有効なのはやはり魔力だ。だからこそ魔力を込めた武器がつくられる。鍛冶職人は魔力を混ぜ込みながら鉄を打ち武器を鍛え上げる。だがそれは時とともに魔力が抜けていき無魔への火力も激減してしまう。

 そのため、質の悪い武器を持たされた兵士は兵卒級の無魔すら苦戦する。


「無魔が街に入り込んでいる?」


 フレアは疑問に思った。街周辺は塀によって囲まれ出入り口の門も破壊された形跡がない。にもかかわらず敵は中にいる。不可解だった。

 そんなフレアに場慣れしているリリアーヌの方がリードする。


「フレアっち、アタシが先行する。後に続いて」


 手綱を引き、馬は一度大きくいななくと力強く走り出す。一層速度を上げてリリアーヌは剣を抜き、風の魔法を剣に付与する。

 人々が悲鳴を上げて逃げ惑う中、リリアーヌは敵の中心に突撃していく。


「どけええええっ」


 オオザルの振り抜かれる腕を突然のトップスピード、そして馬共々に身を低くしかがんでかわす。すり抜けざまにリリアーヌは横薙ぎに一閃、無魔の脇を切り裂く。その後野太い悲鳴をあげて致命的な魔力を受けた無魔は消滅していった。

 

 続いておそいかかる無魔もリリアーヌの巧みな騎乗戦闘に手が出ない。緩急予測不能な動きに翻弄され次々に斬り伏せられていた。

 

「援護します。リリーは突き進んでください」


 フレアはリリアーヌの後方にぴったり馬をつけて魔装銃を手にリリアーヌの間合いの外に照準を合わせる。

  騎乗中の躍動はフレアにとって呼吸が読みづらい。兵士と入り乱れ狙いが余計につけにくい乱戦での射撃は味方に当たる可能性もある。そこでフレアは魔装銃の形態を追尾型に切り替えた。


「《ホーミング》モード」


 フレアの声に反応し魔装銃は銃身を伸ばし、内蔵された照準器が飛び出す。

 そして、引き金を引くと魔法砲撃が打ち出される。照準器に捕らえた無魔を次々に軌道を変え弧を描き確実に打ち抜いた。


「フレアっち、右から素早いのが来てる」


 馬に併走し追ってくるのはイノシシ型の無魔。音を立てて地面を蹴り破り、フレアの乗る馬に体当たりしようと猛然と向かってくる。


「甘いですよ。《インパクト》モード」

 

 今度は重厚な4連装の銃身に変形する。引き金を引くと間近に迫ったイノシシ型の無魔を猛烈な散弾型の魔弾が広範囲に炸裂した。

 それは想像を絶するほどのあり得ない衝撃。イノシシ型は空高く舞い上がり100メートル先にまで吹き飛んだ。

 その後、フレアの銃は一度大きく排熱し、銃身から蒸気が漏れ出る。同時に魔力をため込む弾倉部分から空の筒が飛び出す。フレアは新たな魔力弾倉を装填し次の獲物を狙った。

 次は前方から大挙して立ち塞がる小柄で数が多いオオカミ型の無魔だ。


「群れてる敵にはこれです。《ジェノサイド》モード」


 銃身が二つに分かれおびただしい雷撃を纏い始めた。フレアは射線上にいるリリアーヌをよけるようにずれると前方の敵に狙いをつける。

 一際エネルギーが込められた魔力球が形成されると、まるでレールガンのごとく超高速で射出された。大気を切り裂きオオカミ型の無魔の中心にそれは着弾する。直後に大きな爆炎を巻き起こして砂塵が舞い上がりオオカミの群れは一瞬で蹴散らされていた。

 その威力にリリアーヌは愕然とする。


「うっそ、フレアっち、今の何? 魔法使えないんじゃなかったの?」

「ええ、これはただの兵器の性能にすぎません。なかなか上々の戦果ですね。量産化が楽しみです」

「ありえないっしょ」

「まあ、これの制御システムに魔装宝玉1個まるまる使ってますので量産化にはほど遠いですが」


 魔法宝玉を1個使った魔導兵器。不穏なせりふにリリアーヌは聞かなければ良かったと後悔した。


「ああ、王女様がこれを知ったらまた頭抱えそうだよ~~」


 リリアーヌとフレアが駆け抜けただけで街を襲った無魔が次々と駆逐されていく。その様子を見て街の人々から歓声が上がった。

 だがフレアたちの緊張は高まる一方だ。タイミングが良すぎる無魔の襲撃、これを偶然とみるのは楽観が過ぎた。パティに何かあったのは確実だろう。

 

「もうすぐパティさんの実家です」


 パティの実家は街の人々の食生活に欠かせないパン屋である。主食のパンの需要は高く、その職業は商売の中でも非常に重要な位置づけにある。

 その人々に愛される場所で悲鳴が聞こえる。


「お母さんを放して」


 パティの悲痛な声がフレアの耳に響く。

 敵と戦いボロボロのパティは片膝をついて泣き叫ぶ。その相手とは全身反魔の力で形成された鎧を纏っている人型の無魔だった。


「指揮官級? 何あれ、まるで騎士みたいに武装してる」


 見慣れない敵にリリアーヌは驚いた。全身禍々しい鎧で身を包み、剣を所持している指揮官級など聞いたことがなかった。

 指揮官級の無魔は向かってくるフレアを一瞥した。

 

「何だ、ちゃんとフローレアを連れてきたようだな」


 馬を下りてフレアはパティを気遣う。


「大丈夫ですか?」

「どうして来たの? こないでって言ったのに」


 そばに落ちていたクシャクシャの手紙に目を落とす。内容は家族を人質にフレアをおびき出すようにとの脅迫文だった。


「なるほど、そういうことですか。随分とふざけた真似をしてくれましたね」

「どういうこと、フレアっち」


 剣を構え、敵を見据えながらリリアーヌは尋ねる。


「こういうことです。パティさんが落とした髪飾りはお母さんのものだった。それを脅迫文とともに送りつけて人質を返して欲しければ私を連れてこいと迫ったのですよ」

「卑劣」


 リリアーヌは余りにも騎士道に反するやり方に敵意を強くする。


「しかし、不可解です。無魔だけで一連の犯行が可能なのでしょうか?」

「どういうこと?」

「人知れず人質を確保する手際といい、脅迫文を学園に送り届けることといい、人間の介在なしにはどうやっても考えにくい。協力者がいるはずですよ」

「そんな、人間が無魔とつながっているというの?」


 疑惑を受けて指揮官級の無魔は笑った。


「ふははは、そんなことはどうでも良い。こっちには人質がいる。貴様は見捨てられないはずだ。魔法少女の家族なんだからなあ」


 気を失っているパティの母親に刃を突きつけフレアに迫る。

 

「……私の性格も把握されているようですね。どこかで会いましたでしょうか?」

「ごちゃごちゃうるせえ、さっさと前に出ろ。散々いたぶって殺してやる」


 無魔の様子は(ひど)く感情的で(ゆう)()はないように思えた。リリアーヌは判断に迷った。


「どうするの、フレアっち」

「人質を助けます」


 迷いなく歩き出すフレアにパティが叫ぶ。


「だめ、教官に迷惑はかけられない。お願い。教官は、みんなの希望なの。だから、だから……うぅ」


 それでも母親を見捨てて良いとは口から出てこない。それは誰にも責められない当たり前の感情だ。パティは板挟みに嗚咽するしかない。

 そんなパティにフレアは不敵に笑った。


「御安心ください。あなたを泣かせる存在は私が全て排除します。何も心配はいりませんよ」


 自信満々に告げるフレアに指揮官級の無魔はあざ笑う。


「はあ? この状況でどうやって? 強がるんじゃねえぞ、フローレア」


 フレアはゆっくりと歩きながらも溜め息。


「汚い言葉。あなたから私の嫌いなイケメン臭がします。きっとどこかで会ったのでしょうね」

「フレアっち、駄目」


 前に出ようとするリリアーヌをフレアは手で制する。指揮官級の無魔は間合いに近づいたフレアに剣を振り上げる。

 そんな中でもフレアの余裕は崩れない。それには理由がある。

 護衛には2種類ある。目に見える形で守るものと、影から密かに守るもの。

 

 敵は影でずっとフレアを守ってきた《渡り商人》の長の存在を知らない。


「そういうゲス野郎は叩き潰すと前世から決めています。やってしまいなさい」


 フレアの声に鈴のような綺麗な声が応えた。


「了解よ。フレアさん」


 声の主は諜報組織《渡り商人》の長を任せられている魔法少女ルージュである。

 彼女が突然指揮官級の無魔の影に闇の魔法で飛び出し、無魔の腕を漆黒の装飾剣で切り落とした。

 それにはフレアも目を見開く。


(すごいですね。強力な魔法付与を5重の層にして刃に纏わせることで反魔と鎧の防御も一撃で突破するとは。変身なしでこの強さ。さすがルージュさん)

 

 そして、素早くパティの母親とフレアを抱えてまた影の中に消えるとその場を離脱する。


「ルージュ!?」


 漆黒の長い髪がよく似合う学生服姿の美少女を見てリリアーヌが叫ぶ。

 ルージュと呼ばれた少女は次の瞬間には影を転移してパティの影へ、そして2人を抱えて飛び出した。


「あなた、クラスメイトのルージュさん? どうしてここに?」


 困惑するパティにルージュは内緒と言いたげに口元に人差し指を近づける。


「ピアスコート。人質は確保したわ。さっさと片付けなさい」

「わかってる。アタシも今回は怒ったんだからね」


 リリアーヌは前面に立つ。

 すると自身の魔装宝玉を手に取り叫ぶ。


魔装宝玉ディレクトセイバー変身(トランス)()魔装法衣(マギカコート)


 変身の呪文に魔装宝玉は応え、リリアーヌの周囲には(あふ)れんばかりの青く美しい魔力光があふれ出す。

 魔力は徐々に形を成し、リリアーヌの法衣へと変わる。魔法少女を魔法少女たらしめる華やかなドレスに身を包むと騎士を思わせる防具が装着されていく。


 慎ましさを好むリリアーヌは他の魔法少女に比べて装飾が少ない。だが頭には数少ない細工である煌びやかなティアラが現れ、リリアーヌの美しい銀髪を彩る。

 そして、純粋で清らかなリリアーヌ性格によく合う透き通った美しい刀身の魔法剣を手に変身を終えた。実際の変身時間は、瞬きのうちに完了している。


「魔法少女リリアーヌ、この清い剣に誓い、悪を斬る」

 

 リリアーヌの雄姿に指揮官級の無魔はわずかにひるんだ。


「ぬおおお、ふざけるなああ、こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかった」


 自棄(やけ)になったように叫び、無魔は配下を呼び寄せる()(たけ)びを上げる。すると街に散った兵卒級の無魔が周囲から殺到してくる。それはリリアーヌを無視してフレアの方に向かっていく。


「フレアっち!」


 振り返るがフレアを守るようにルージュが次々と漆黒の装飾剣で敵をなぎ払う。それも実に何気ない動作で簡単にほふっていく。いまだ変身せずにこの強さ。ルージュの底は計り知れない。

 そして、フレアも魔装銃を《マシンガン》モードに切り替え、弾幕を張ってパティをたちを守る。


「リリー、こっちにはルージュがいます。指揮官級は任せましたよ」

「了解」


 リリアーヌはキッと敵を定める。すると目つきがまるで別人のように変わる。普段の穏やかな様子は鳴りをひそめて全身が剣になったかのように鋭い気配を纏う。


「反魔と鎧の防御か、何合必要かな?」


 ぐっと左足に力を込めると爆発的な跳躍で無魔に迫る。


「やらせるかあっ」


 両者の気迫はぶつかり合い剣を交差させる。その後、リリアーヌは剣先の力だけで指揮官級を押し返し切り崩す。


「ぬおお、この姿は魔法少女すらしのぐはずだ。なめるなああ」


 意地で姿勢を引き戻し両者は剣をかち合わせる。それは何合もの目にもとまらない剣の応酬になる。その後、リリアーヌは距離をとった。


「は、ははは、魔法少女も大したことないな。やれる。やれるぞ」


 リリアーヌを実力でしのぎ、押し返したと勘違いした指揮官級の無魔は自信を深めていった。

 一方で、リリアーヌは変異種の指揮官級にわざと打ち合ったことで力を十分に計りきっていた。


「次で終わり。遺言はある?」

「ふはは、そんなのはいらねえ。俺がてめーもフローレアもぶち殺す」


 リリアーヌはまたも正面から無魔に突撃し剣を上段から振り下ろした。


「馬鹿が、俺様には反魔の力がある」


 無魔の言うようにリリアーヌの一撃は無魔を守る反魔の力に相殺されダメージは無効化されている。それでも……。


「終わりよ」


 リリアーヌは残心を残しつつも無魔に告げた。

 程なくリリアーヌの斬撃が突如出現し何度も襲いかかる。


「なっ、ぎゃああっ」


 それはまるで最初に打ち合ったリリアーヌの斬撃をなぞるように無魔を一息に切り刻む。鎧を砕き、何度も、何度も……。その間、リリアーヌは剣を振ってはいない。


「時空魔法《追憶の軌跡》」


 リリアーヌは上位特殊属性《時空》を操ることができる。

 といっても神のような奇跡を起こせるわけではない。できるのはせいぜいため込んだ斬撃の威力を蓄積し時間をずらし一気に解放するだけである。

 それでも、何十回分の攻撃を一度に解放されては局所的な威力は計り知れないものとなる。

 

 最初の斬り合いもただの小手調べではない。斬撃をため込んでいたのである。

 指揮官級の無魔は選択を誤ったのだ。リリアーヌと戦うときはひたすら回避するしかない。


「……あなたに聞きたいことがあります。あなたは何者ですか?」


 リリアーヌに手加減されかろうじて生きている指揮官級の無魔にフレアは近づき尋ねた。無魔はフレアの質問には答えずつぶやく。


「あのやろー、なにが魔法少女を圧倒する力だ。話が違う」

「ん? それはどういう……」


 そこで無魔に異変が起こる。無魔は苦しみだし地面でのたうち回る。


「ぎゃあああ、なんだ、からだが、からだがあああーー」

「これは……」

「フレアっち、これってどういうこと」


 フレアは内側から細胞が膨れ上がるように膨張する体にとある予測をする。


「まさか、力に飲まれての暴走でしょうか。いえ、邪悪な何かに体が乗っ取られようとしている?」


 だが突然指揮官級の無魔は体が崩壊を始めて消滅していく。


「ぬおおっ体が消えていく。馬鹿な、これじゃ、完全に無魔じゃねえかよ」

「っ? あなた、そのもの言い、元は人間なのですか」


 フレアの疑問には答える間もなく指揮官級の無魔は消滅する。


「フレアっち、これってどういうこと? 元人間って」

「わかりません。ただ……これは思ったより深刻な事態かもしれません」


 次の日、学園では一人の貴族の生徒が失踪したという。




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