第85話 魔技研編 『マコトの逆襲開始』
(シルヴィア視点)
どうしてすぐに気がつかなかったのよ。
彼がずっと探していた王子様、いえ、皇子様だってやっと気がついた。
最初は名前を聞いてもピンとこなかったわ。だって私が覚えていたのはホージョーだったから。
だから彼があのときのように身を挺して守ってくれるまでわからなかった。
彼を貫いた刃はベルセルクという防御魔法で消滅している。さらさらと灰のように崩れ落ちると刃は消えていく。
彼の胸から流れ出す血を見て私は傷口を手で押さえた。
「駄目、止まって」
私たちはどこか見知らぬ場所に転移させられた。草木も一切ない。閑散として死に絶えたような土地。風も感じられない空虚な世界。これはもしかして無魔の支配域なのだろうか。
今の私は状況を確認する余裕すらない。2人の襲撃者が攻撃を仕掛けてくる。
この人を死なせない。だから私は1人でも立ち向かう。
「炎竜鱗」
鎧竜鱗の発展版とも言える炎の鎧が敵の攻撃を阻む。私は炎竜鱗の力を鞭のような武器に変えて2人を牽制する。無数の炎の鞭が360度全周囲でのたうち回って暴れ回る。これなら迂闊に転移してこれないでしょう。
「そっちが転移を使うならこっちも死角のできないほどの攻撃と防御で対抗するわ」
はやく彼の処置をしなきゃいけないのに相手は焦らすような動きだ。回避と防御に専念している。無理に踏み込もうとしない。当たったと思える攻撃も転移でかわされしまう。
本当にうっとしい。
私が焦っていることは相手もわかるのだろう。時間を稼ごうという意図が伝わってきた。だからこそ殺意も沸々と積み重なっていく。
――こいつら絶対に殺す。
「消えた!?」
そして、気がつくと契約精霊側の姿が見えない。やば、もしかして転移してくるの。
相手はわずかな攻撃の隙を縫って転移してきた。頭上に気配を感じ考えるよりもはやく彼を抱えながら前方に跳び回避する。何かかが空ぶった音がするので無事避けられたみたい。でも炎の鞭の防御は途絶えてしまう。
「どうしよう」
だんだんと彼の体温が下がっているのが抱きしめる肌から伝わってくる。助けたい。それなのにままならない。
どうしよう、どうしよう。彼が死んじゃう。誰か助けて。
弱音を吐きそうな状況でも私は諦めることをしたくない。やっと会えた皇子様なのよ。絶対に助けてみせる。
「諦めろ。お前らは2人とも助からない」
と、彫りの濃い大男が何かしゃべってくる。とても人間とは思えない体格とギャグみたいに強烈な男臭さ。
清潔感があって優しい彼とは真逆で大っ嫌いなタイプね。それだけでも殺意が沸いてくるというものよ。
大男が転移で目の前に現れると拳を私に振り下ろす。竜人の勘で私は既に大きく後方に退避済み。男の振り下ろした攻撃は大地を大きくえぐり大穴があいた。
でもただの後退は駄目。追撃がくるから。体をひねり、飛ぶ蹴りの衝撃波をカウンター気味に叩きつける。
「炎竜脚」
「ムン」
私の蹴りは炎の衝撃波を巻き起こし巨大な蛇のように大男を飲み込まんと迫った。私の炎の放射蹴りは男の拳だけでかき消される。
拳の風圧であれだけの炎をはじくなんて非常識すぎっ。
そんなとき、胸に抱く彼から弱々しい声が聞こえる。
「守りながらじゃ……駄目だ。俺に構うな。1人でなら、逃げられる」
「いやよ」
苦しそうな声を聞くと私の胸は不安で締め付けられる。彼の提案は絶対に受け入れられない。それを伝えるために強く彼に言う。
「絶対に見捨てないわよ。ホージョー様は私が絶対に助けるから」
「その名を……どうして」
名乗っていないホージョーと呼ばれて意外そうにしてる。彼はまだ私を思い出せていないみたい。ちょっと傷つくわね。
「ごぷっ、ごほっ……」
彼が口から血を吐き出す。一刻も早く処置をしないと助からない。このままでは駄目。だから私は叫ぶ。
「誰かホージョー様を、マコト様を助けて!!」
私の苦し紛れの叫びは2つの変化をもたらした。1つは男が私の叫びを聞いて大げさなほど目を見開く。どういうわけか動きが鈍った。
「マコト・ホージョー……だと!?」
もう一つは私と迫りくる男の間で不気味な音とともに亀裂が入った。そこから神々しい剣が突き出してきて男に向かって伸びていく。
「マコトくんは私が守る」
水属性の神剣を手に亀裂を突き破って現れたのは魔法少女だ。青の強力な魔装法衣のような精霊法衣? とにかくものすごい力を持った魔法少女がそこにはいた。
でも可愛らしすぎて笑える法衣ね。これを開発した人は相当悪趣味だわ。
「ぬうううっ」
突然の突きを腕の手甲を用いてそらすが神剣の攻撃力は固い防具を破壊してしまう。あれでは右腕の手甲は使い物にならないわね。
男はつまらなさそうに手甲を脱ぎ捨て魔法少女を一瞥した。
「ふんっ、転移にネズミが紛れ込んだか」
男は後方に転移すると契約精霊も距離をとる。そして、不可解な提案をしてきた。
「その男の応急処置をしろ。その間は手を出さぬ」
「信用できないわね」
魔法少女の言うことには私も同感ね。さっきまで殺すことに躊躇してこなかったくせに。
目の前の魔法少女がその間もマコト様に治癒魔法をかける。驚いたわね。かなり強力な治癒魔法だわ。
こちらの疑念に答えるように大男が口を開く。
「事情が変わった。デザイヤのバカが。これほど重要な情報をあげていなかったとはな。使えない奴だ」
「どういうこと?」
魔法少女の方は理解出来ていないようだけど私は心当たりがある。
「その男を殺したとあってはホロウと帝国の両方を敵に回す。死なせてはまずいのだ。だから応急処置はさせてやる。だがその男の身柄は渡してもらうぞ」
「そんなことをさせないわ」
「なら力ずくで奪うのみよ。だがまず手当を急げ。本当に何もせぬ」
それを証明するかのように大男はその場で座る。あぐらをかいて隙だらけな姿勢をさらしたのだ。
一方で今も相手の真意を測りかねている魔法少女。
「……どういうことなの。なぜマコトくんを」
困惑する魔法少女に私は言った。
「手当を待つというのは恐らく本当よ。少なくとも彼を死なせれば帝国は確実に敵に回すことになるわ」
「納得はいかないけれど問答の時間が惜しいわね。私はユーナ。魔法少女よ」
ユーナはマコトに対して両手で更に強力な治癒の魔法を始めた。これなら助かるかも知れない。けれど可能性は高くない。処置をするまでにも時間が経っているから助からないかも。
「私は……共和国第5王女シルヴィアですわ」
今更ながら私は態度を改める。猫をかぶるの忘れてたわ。本当に今更な気がするけれど。
っていうかよく考えれば彼にもプリンセスの仮面が剥がれた状態で接してしまったような……。いえ、少し話しただけだしまだ修正可能よ。それよりも今は彼を救う方が先決ね。
「彼は危険な状態ですわ。確実に救うには儀式を行う必要がありますの。儀式の間も治癒魔法をお願いしてもよろしくて?」
「わかったわ」
これから行うことは誰にでもしていい儀式ではないわ。でも構わない。彼なら喜んでさせてもらおうじゃない。っていうか役得だし。
特別な資格のある王族のみが使用を許される竜人の秘技。彼を中心にその術式を発動させ光の軌跡が複雑に絡み合い神秘的な輝きをみせる。
私は舌を噛んで口の中に血をため込んだ。この痛みも苦になろうはずもない。大切な皇子様にささげる喜びで全く気にならないわね。
「あら、この儀式はどこかで見たことがあるような」
ユーナという魔法少女がなにやら呟いているけどそんなわけないじゃない。これは竜人王族の秘事なのよ。本来なら人間が見れるものではないのだから。
私は彼に顔を寄せると目の前にずっと恋い焦がれた人の顔がある。そう思うと頬が熱い。胸がドキドキして今にも逃げ出しそうになる弱気な自分がいる。でも今は彼を救うためにやるしかない。ええ、そうよ。これは救命活動でもあるのだから。決してやましい気持ちではないの。
「はむっ」
意を決して彼の唇に重ねると私の血を流し込む。竜人の血は人間に耐えられるはずもない。だけどそのためのこの術式魔法と儀式。失敗することもあるが私には分かる。絶対に彼とは上手くいく。
なにせ神龍眼持ちだ。上手くいかない方がおかしい。
そこで額をぐいっとユーナに押されて彼と引きはがされる。良いところを邪魔されて私は思わず彼女を睨む。
「何をなさるのかしら」
大抵の戦士も竦んでしまう私の睨みを目の前の少女は平然と受け流す。しかもおっそろしい形相でにらみ返してくる。
えっ、何? 大人しそうに見えてすごい気迫なんだけど。
「今のは竜人の花嫁の儀式ではなかったかしら。何してくれるの?」
「なぜその名を知ってるのよ」
正確には私のは竜人の花婿の儀式。まあどちらにしても知っているなんてびっくりね。
「竜人の貞操観念はどうなっているかしら。出会ったばかりの動けない彼に無理矢理求婚儀式を迫るとかどういう神経してるのかしら。――潰すわよ」
どうにも彼女は怒ってるみたいね。多分このユーナもマコト様に惚れてるのよね。どういう関係なのか問い詰めたいところだわ。
でも私だって誰でも彼でもというわけでは決してないの。だって、ずっと昔から彼のことを想ってきたのだから。
――――――
――――
――
マコト様と出会ったのは私が7才だったときのこと。
竜人の王からとある命令が下りた。私の家はマコト様を一時的にかくまうよう指示されたのである。少し年下に見える彼はいつも笑顔を絶やさず、怒るところを見たところがない。優しすぎる態度が私には弱々しく映ったの。
竜人とは強い者を好むもの。私もその傾向が強くそんな彼を蔑視していた。
でも彼が弱いというのは誤解だったと後に知ったの。
『悪いが死んでもらうぜ』
ある日、私は大人の竜人たちに襲われた。危険だと言われていたのに私は母の言いつけをやぶっては護衛もつけずに外出して遊んでいた。そんな隙を狙われた。
あとで聞いた話だと相手は保守派の王族が放った刺客だ。本来はある程度成長するまで幼い王族には王位継承戦であっても攻撃してはならないという決まりがある。だから大丈夫だと高をくくっていた。
「あぐっ」
まだ幼い私は殺しの訓練をされた刺客の竜人たちに敵うはずもなかった。一方的に殴り殺しにされると理解し怖かった。
たった一撃の打撃で私の心は折れて泣き出した。
誰か助けて。
「やめろっ」
そう言って私の前に立ったのは私より年下の男の子、マコト様だった。弱々しいと感じていたはずの彼が今は毅然とした態度で私をかばい、突き出されたナイフを腕で受けても相手を睨み返す。大人が相手でも気迫で負けていない。
強いと思った。一緒にいた同年代の竜人の男の子たちは私を見捨てて逃げてしまったのに彼は逃げない。私でさえ諦めたのに彼は大人に立ち向かった。
「どうして私を助けるのよ」
圧倒的というほどではないものの4人の竜人を相手に人間の子供が互角に渡り合えている。しかも天使のように真っ白に輝く魔力の翼を羽ばたかせて空を泳ぐように軽快に飛び回り翻弄している。まるで空を泳ぐ鯉のような雄大な飛翔は私の心を掴んで離さなかった。彼は腕を怪我しなければ勝てたのかもしれない。
残念ながら力尽きたのは彼の方。それでも私を背にかばい守ろうという意志を両手を広げて立つことで示す。
かっこいいと思った。正直惚れたのよ。彼こそ白馬の王子様だと思った。
でも彼の凄さはそれだけではないの。私の危機を知り、助けを呼ぶ使いを出してくれていた。機転も利く。だから、救援が間に合った。
次々に制圧される刺客を確認して彼は倒れる。私は彼を抱き留めて尋ねた。
「私はずっと冷たい態度をとっていたのにどうして助けてくれたの?」
「んっ、だって友達でしょ?」
「えっ」
私は友達だったという感覚はない。だけど彼は友達だと思ってくれていた。それが衝撃だったの。
「俺が一番好きな物語のヒロインがよく言ってるんだよね。
『友達が困っているなら助けるのは当たり前でしょ』
ってね。俺もそうありたいと思っているよ」
「そ、そう……」
正直、理解できかねる理由だった。
いや、そんなことのために死ぬところだったの?
と、突っ込みたくなったけどね。我慢したわよ。だって命の恩人だもの。
だけどその言葉が後に私の生きる道しるべとなる。
だって彼とは次の日からもう会えなかったのだから。あの日のことほど後悔したことはない。だって私の軽率さが陛下の耳に入り、彼を危険にさらしたことで引き離されてしまったの。
「会いたいよぅ」
私は自室でたくさん泣いた。もっと彼とお話すれば良かった。仲良くしておけば良かった。後悔ばかりが頭を巡って何度も自分の愚かさを責めたわ。
さすがに私の恋心に気がついたお母様が相談に乗ってくれた。私は思いの丈をさらしてなんとか会えないかと頼み込んだけれどそれは許してもらえなかった。お母様は気の毒そうに告げる。
「陛下は随分と怒っていらっしゃってねえ。もう会わせてはもらえないでしょうね」
「ううぅ、あんまりです。お別れの言葉も言えなかった」
頬を伝う私の大粒の涙をみたお母様は衝撃的な秘密を教えてくれた。なぜお父様がこれほど怒りを見せたのか。私が何をしてしまうところだったのか。子供ながらにも理解させられた。お母様はひょっとしたら私に諦めさせるために秘密をこっそり教えてくれたのかもしれない。でも私の恋の炎は逆に燃え上がったわ。
共和国は”2人”の帝国の跡継ぎを一時的にかくまっている。その1人を失うところだったと聞かされたのだ。私は危うく帝国との戦争の引き金となるところだった。そのことに関しては生きた心地がしなかったわね。うん。
「――わかったかしら。そもそも彼は今のあなた程度では釣り合わないのよ。ただの共和国の第5王女ではね」
第5王女の前には多くの姉、そして兄がいる。私の序列では王族というだけのお飾りに等しかった。それでも私は諦めきれない。
この恋は折れたりしない。王位継承戦に興味はないけれど彼を手に入れいるためならどんな力だって手に入れるつもり。
私はその思いをお母様にぶつけた。
「お母様、私を鍛えて下さい」
「シルヴィア、あなた……」
私のかつていない強い決意を感じ取ってか、お母様は頷いた。そもそもお母様は没落寸前の貴族の生まれだが自らを高め、陛下に見初められたことで有名だった。
「私は共和国の王位に興味はないの。それより嫁いでも恥ずかしくない、誰もが認める”帝国のプリンセス”になってみせる」
そして、私こそ物語じゃない現実の変身ヒロインとして彼の憧れになってみせる。そう誓ったの。竜人の少女だけがなることのできるあの力の修行を始めたのよ。
竜人の花婿の儀式をうけて私は彼の傷がみるみる塞がる様子を見守った。
儀式をした直後は深い傷すら癒やすと聞いていたけどこの回復力は異常ではないのかしら。
ユーナもこれをみて文句が引っ込んだようだ。儀式には彼の救命の意図があったと察してもらえたみたい。不満そうではあったけれど。
しばらくすると彼がうっすらと目を開き声をひそめて口を開く。
「このまま黙って聞いて欲しい。あの2人をまともに相手をするのは危険だ。俺に考えがある」
私はユーナと視線を交わしあう。彼女も治癒魔法を続ける演技をする。私は手で傷口を押さえ続ける動作をしつつ敵に悟られないようにした。
「最大の脅威は契約精霊の転移の力だ。転移の力は男の能力ではない。先に契約精霊を封じるのが上策だ」
でもどうやって戦えば良いのか思いつかない。正直ヒット性の攻撃も転移でかわされるのだから倒す方法など見当がつかないんだけど。
「転移は直線でしか移動していない。だから後ろをいきなりとられることはない。それと移動範囲は契約精霊の視界に映る場所のみのようだ。それも転移先との間に障害物があれば発動できない」
「えっ」
どうしてそんなことが分かるの?
そう思って首をかしげるがユーナの方は小さく頷く。彼の言うことをすぐに理解している。なんだかわかり合っているようで悔しい。
私もいろいろ勉強はしてきたんだけどこの2人の頭脳はもっと上の次元にあるみたい。
「対処法は空間一帯をユーナさんの水の魔法球で取り囲むこと。そうすれば対処も可能だ。男の方も転移はできるが契約精霊の力と視界を借りて行使するため精度は劣る」
さすがね。
と、ユーナが小さく呟く。
正直、何で敵の能力と弱点をこうもすらすらと語れるのか私には理解できない。
「それと転移と転移の間にはタイムラグがある。契約精霊は5秒。男の方は8秒だ。連続使用はできないと見た。牽制と当てに行く攻撃の使い分けはそのタイムラグによって切り替えるんだ。こちらが弱点を看破したことを気付かれる前に決めてくれ」
私はもう口に出さずにはいられない。
「どうしてそこまでわかるのですか」
「あなたが戦っている間俺にできることは敵の観察だけだった。十分分析させてもらえたよ。ありがとう」
「まさか、たったあれだけの戦いでそれだけの情報を読み取ったというのですか」
マコト様はただ強いだけではないのかもしれないわね。いえ、本当に怖いのはその頭脳なのかもしれないわ。
同時に私の好きになった人がこれほどの人だと知れてときめいてしまう。
ここで敵に動きがあった。男がゆっくりと立ちあがる。応急処置がすんだと判断したのだろう。
それと同時にユーナがまずは私たちの周囲に何十という水の魔法球を作り出す。
「むっ、これは」
男が転移で一気に間合いを詰めてきたけど魔法球の手前という中途半端な位置で立ち止まる。これでは奇襲にならない。どうやらマコト様の読みは当たっていたみたい。
「小賢しいわっ」
私の頭よりも大きい大男の拳が全力で振りぬかれ、大半の魔法球が消しとんだ。
ほんと筋肉バカね。
すぐに契約精霊が消しとんだ魔法球の中の間合いに跳んできたけれどそれは想定済み。私とユーナが同時に攻撃をたたき込む。
「竜王剛炎陣!!」
「神剣《アクアカリバー》。浄化の力を解き放て」
私の炎の闘気と魔力が地上から天に向けて荒れ狂い上級精霊を襲う。上級精霊特有の魔法の力をうち消す能力も限界がある。彼女の防御が一時的に消失した所を逃さずユーナが魔力よりも強力な神力の力をぶつける。強力な浄化の力に契約精霊は苦しみ出す。今までの鉄面皮がウソのような苦しみ方だわ。
これは間違いなく効いているわね。
これには脅威を抱いた大男が背に担いでいた奥の手の大剣を抜き放ち、私に迫り来る。
「我を怒らせたな。この剣はそこらの魔剣とは物が違うぞ。受けよ」
男の大木のような豪腕から大剣が唸りを上げて振り上げられる。
まずい。何かとんでもない攻撃がくる。
大気から悲鳴のような高い音があがり、大男の周囲から無数に漆黒の剣閃が私に伸びてくる。その数は9つと振り下ろされる一太刀の10撃。
これはかわせない。
「我の剣は一たび振るえば無数の黒い牙が敵をほふる。これを防ぐ剣士など存在しない。何せ人は両手で2本しか武器を持てぬからな」
黒い剣閃は恐ろしく速く同時に襲い来る。炎竜鱗を全力で張って耐えきるしかない。それでも多少のダメージを私は覚悟する。先にも男の攻撃は空間をゆがめて鎧竜鱗の防御力の大半を無力化し通り抜けたからだ。
だからこそ炎と闘気で半物質化した炎竜鱗で対策してみたのだがどこまで防げるのかは未知数だ。
「くらええい。暗黒幻想剣10連」
「させない」
「えっ」
大男の攻撃は私に届くことはなかった。大量に出血した後で、立っているのもやっとなはずのマコト様がなんと10の攻撃を防ぎきったのよ。
驚くべきことに彼はどこからともなく10もの魔導兵器の剣を喚びだして攻撃を受けきったの。両手には2本の剣。右手は炎を宿し、左手は氷を宿す。彼の周囲には意志を持って付き従うように8属性の力を宿す魔剣が漂っている。
まるで彼には見えない腕が8本あるかのように自在に操り反撃する。
「お前こそ10連撃を受けたことはあるか?」
「なにっ、ぐおおおおーーーーっ」
すぐさま彼の反撃の斬撃が大男を襲う。強固な特別製の魔導鎧がマコト様の攻撃でズタボロになっていく。最後の一撃で大男は面白いほどの放物線を描いて100メートル先の大地に叩きつけられる。
いや、私も見ていてびっくりよ。これってもしかして神龍眼の瞳術なの。竜人に伝わる神話でも似たような能力を使っていたというしやっぱりすごいわ。
マコト様は大男に剣を向けると挑発した。
「防いで見せたぞ、愚連隊隊長ジェノム。これで終わりか?」
「おのれ、その体でやる気か。舐めおって」
ジェノムは鎧を犠牲に致命的なダメージは負わなかったようだ。すぐに立ち上がった。
マコト様は不敵に笑って剣を構えるとジェノムに啖呵を切る。
「俺は10刀流だ。舐めているのはどっちだよ」
「むうっ……」
ジェノムって男が弱っているはずのマコト様に気迫で押されている。これは勝負あったかもね。
それにしても本当にかっこいい。すぐにでも共和国に連れ帰って結婚式を挙げたいわ。うん、そうしよう。後でお母様に飛竜便を使って連絡しなきゃ。
(シルヴィア視点終わり)




