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第83話 魔技研編 『学園祭に襲撃者!! 魔装騎士マルクス、ヒーローになれ』

「どうしてこうなったのっでしょうね……」


 フレアはげんなりした顔で隣を見る。そこには竜人王女シルヴィアが平民に変装した姿があった。彼女はフレアを強引に連れ回し学園祭を大いに楽しんでいた。

 どれくらい楽しんでいたかといえば、片手に大きな紙袋一杯のハンバーガー。もう一方の手には特大サイズのソフトドリンクを手に持ち食べ歩きしてることからも察して欲しい。


「あの~~、シルヴィア様。交易交渉の会議に出なくて良いのですか?」

「ああ、いいのいいの。ルドルフ大臣に任せとけば良いのよ」

「そんな適当な」


 フレアの情報網にはルドルフが共和国内においてエクリス王女の対立勢力に属しているとある。だからこその心配なのだがシルヴィアは笑って手を振る。


「少なくとも今回に限っては大丈夫よ。ルドルフ大臣はあんたとグローランス商会に惚れ込んだみたいだから不利益になるようなことはないわよ」


 シルヴィアの見立ては実は間違っていない。彼女は適当なようでいて人を見る目はあるようだった。

 フレアが共和国内の対立を把握していることも、ルドルフの共和国同行目的も分かっていてあえて(ほん)(ぽう)に振る舞い、周囲を(あざむ)いているようにも感じられる。


(シルヴィア王女は早いうちから王位継承戦争でエクリス王女の支持を表明し傘下に入ったということですが……。案外この人も王の器なのかもしれませんね)


 なぜそう思ったのかといえば、前世の日本史において若い頃に同じような振る舞いをしていた戦国の覇者がいたからだ。


「それよりも今は王国の技術や生活をこうして直に見て回った方が共和国のためになるわ」


 言っていることは立派なのに今も気に入った食べ物を見つけては買いあさり、持ちきれない荷物をフレアに押しつけてくる。

 

「やっぱり買いかぶりでしょうか」

「あぁん、パシリメイド、何か言った?」

「いえ、何でもありません」


 そして、一歩後ろでシルヴィアに対し時間が経つ度に殺気を膨らませる護衛のルージュがいる。いつか手が出るのではとフレアは戦々恐々としている。


「ルージュさん、お願いですから我慢してくださいね」

「分かっているわ。私情で同盟を壊す愚かなことはしないわよ。ただ……」

「ただ?」

「頭の中であの王女をちょうど1万回殺した所よ」

「こわいこわいこわい。殺したら駄目ですよ」


 物騒なことを言うのでフレアは改めて釘を刺すことにする。


「こらーー、(うす)(のろ)メイド。さっさと来なさい。ほんと鈍くさいわね」


 シルヴィアはルージュの気も知らず遠慮遠慮のない言葉をかけてくる。フレアは恐る恐るリージュの表情を上目遣いにみた。


「ひっ――!!」


 見れば石化でもしてしまいそうな冷たい笑顔にフレアは短い悲鳴をあげる。


「2万……」


 わずかに漏れ聞こえるルージュのつぶやきにフレアは口が開かない。何が2万なのか聞けるわけがない。

 もしルージュの思考を覗けたらきっと想像を絶する光景が広がっているのだろう。




 フレアの中で学園祭初日の最大の目玉は附属校側にあった。

 そこでは大掛かりな舞台セットが用意されており、既に大勢の家族連れが開演を待っている。特に子供たちがマルクスの登場を心待ちにしていた。

 ここでマルクスのヒーローショーが始まるのだ。

 マルクスは子供たちにとても人気がある。今ではマルクスを題材とした舞台が王国の各所で上演され認知度も右肩上がりだ。


 フレアは結局シルヴィアから解放されることはなかったので仕方なく事情を説明して関係者のみの舞台裏に来てもらった。


「ふーん、面白そうなことするじゃない」


 シルヴィアは話を聞き、興味深そうに小道具などを見て回る。


「あの、壊さないでくださいよ」

「分かっているわよ。で、主演はどこにいるの?」


 ちょうどシルヴィアが話題に出たところでようやくマルクスやスタッフが続々と舞台裏に集まってくる。

 シルヴィアはさっと周囲を見回すとすぐに当たりをつけた。それはもう得意げな顔でビシッとレイを指差した。


「わかった。あなたがマルクスね。一目で分かったわ。オーラが違うもの」


 シルヴィアの言葉に一同、重苦しい空気が支配する。レイは困ったように笑う。そして本物のマルクスはいじけてしまった。


「えっ、何この空気。私間違ったの?」

「ええ、そのイケメンはレイと言いまして敵の幹部役です」

「ウソでしょ。配役間違ってない?」

「よく言われます」

「おい、そこはフォローしろよ」

「いま、ツッコミを入れたこの人物がマルクスです」

「えっ……」


 シルヴィアが紹介されてもなお懐疑的な表情を崩さずフレアを見た。


「分かった。この詐欺メイド、私を騙す気ね」

「いえ、ほんとにこの人がマルクスです」


 よほど衝撃的だったのかシルヴィアは大仰にたじろぐと言いたい放題続ける。


「この三枚目が主演?」

「ええ」

「この汚れ役担当か、お笑い担当みたいな男が主演?」

「その通りです」


 ここまで言われてもなおシルヴィアは信じようとはしなかった。むしろ、笑い飛ばしてしまう始末だ。

 

「あははは、あり得ないでしょ。見た目だけで面白いこの男が主演ですって。芸人って方がよっぽどしっくりくるじゃない」

「俺は芸人じゃねえ」

「あら、騎士芸人ってことかしら」

「フローレアと同じボケかましてるんじゃねえよ」

「フローレアも同じことを? やっぱり気が合うわね」

「ええ、それには同意します」

 

 そこですっかり消沈してしまっているマルクスにシルヴィアを紹介する。


「この人は――」

「私は共和国から観光に来た船問屋の娘レビアよ。フローレアとは友達になったからよろしくね」

「――だそうです」


 シルヴィアはさらっとウソを並び立てて偽名を語った。この神経の太さにはフレアも呆れてしまう。即興的な対応能力は普段からの猫被りで培われたのかもしれない。

 一方で紹介されたマルクスは顔を上げると重大なことに気がついた。彼の長年フラれ続けて培った経験からシルヴィアが年上だと直感したのだ。


「お、ふおおおーーーー」


 マルクスはフレアの手を取ると一度シルヴィアから距離を取る。


「ありがとう、フローレア。まさかお前から女を紹介されるとは」

「えっ、そんなつもりは」

「分かってる。日頃から散々俺をいじってきた鬼畜で外道なお前もようやくなけなしの良心を痛めてお詫びしてくれるってわけだ」

「……普段マルクスが私をどう思っているのかよく分かりました」

「場は整えられた。後はあの女を落とせるか俺の腕にかかっているわけだ。ここまで来れば楽勝だな」

「いや、マルクスの場合ここからが大いに問題あるんですよ。どこからそんな自信がわいてくるのですか」


 せっかくのフレアの忠告にもマルクスは耳を貸さずシルヴィアにアプローチをかけ始める。

 向かい合いとマルクスはまずシルヴィアの全身を(くま)()く、それも舐めるようにガン見した。

 シルヴィアは()(かん)がして両手を抱くと半目になった。

 これだけでも本来はアウトだというのにマルクスは女性的な体つきを穴があくくらいに(ぎょう)()した。

 

(むほおーー、顔も綺麗だけど何より胸がでけえな。ラフで露出の多い薄着だから張りと形の良さがすげえわかる。体も引き締まって護身術でも極めてんのかな。だがそれが良い。健康的な生足。肌がムチムチだぜ。むひょひょ)


 興奮のあまり鼻が大きく広がり、呼吸が荒い。目つきも発情した野獣よりいやらしい。

 これをみてシルヴィアが一歩距離を空けた。マルクスのアプローチは既に敗色濃厚だ。

 見ていたフレアはハラハラしつつもこれは駄目だと諦めの境地にある。ルージュはマルクスの無様な姿を期待してわくわくした様子で見守っていた。

 それでもマルクスはダンディーな声を心がけながら猪突猛進とまらない。


「ご紹介にあずかりました。俺はマルクスといいます。早速ですがお嬢さんはどんな男性が好みですか」

「そうね。面白い人がいいわ。ツッコミやボケができる二刀流が理想ね」

「おおう?」


 思わぬ返しにマルクスは戸惑った。こういうときは大抵イケメンか強い男、お金持ちや地位があげられる。面白い人と返されるのは初めてのことだった。


「顔とかかっこよさとかは気にしないのかよ」

「顔は良くてお金や権力があっても性格が最悪なイケメンを腐るほど見てきたからパス。面白い三枚目が理想的ね」


 これにはフレアが食いついてシルヴィアに駆け寄り手を取った。


「素晴らしい。同志です。こんな所に同志がいましたよ」

「あら、フローレアも同じ考えなの。ますます気が合うわね」


 2人は互いに両手を合わせると見事にハモる。


「「イケメン滅ぶべし」」

「おまえら気が合いすぎじゃね!?」

 

 気を取り直してマルクスは次の質問をする。マルクスからすれば、これでもかつてない好感触(笑)だ。果敢に挑み、自身のアピールポイントをポージングで見せつける。


「俺なんてどうですか。見てください、このたくましい筋肉。惚れ惚れするでしょう」


 筋肉を誇張する会心のマッスルポーズを決めるとシルヴィアは笑った。


「あはははは」


 見惚れると思っていただけに笑われたマルクスは少し傷ついた。だがめげない。ここまで粘れたのは既に奇跡なのだ。

 

「お嬢さんの理想の男性像を教えてもらえますか? 俺たちきっと気が合うと思うんです」

「そうなの? だったら私フローレアみたいに美味しい料理を毎日作れる人がいいわね」

「いや、フローレアより料理がうまい男ってそもそも世界にいないと思うぞ」

「それといざというときは私を命がけで守ってくれる王子様みたいな人がいいわね」

「随分少女趣味だな」

「あ!? いま何つった」

「すみません。何でもありません」


 突然ドスのきいた声と(はん)(にゃ)のような顔で睨まれるとマルクスは縮み上がる。これには外聞も捨てて土下座も(いと)わない(いさぎよ)さを見せる。

 最後にシルヴィアはとどめの一撃をマルクスに投げかける。


「あと私をいやらしい目で見ない紳士な人。自慢じゃないけどスタイルには自信があるわよ。もっとも適齢期の男でそんな人、会ったことないけどね。あなたも含めて、よ」

「ぬがあーー」


 間接的にフラれたことを悟ったマルクスはついに崩れ落ちて目から漢の汗が零れ落ちていた。




 なんていう開演前の一幕があったがついに時間はやってくる。

 前座として動く人形たちによる短いミュージカルショーが開かれた。可愛らしい動物の人形たちが鮮やかな植物の生い茂る舞台セットの中を所狭しと踊っている。

 途中からは選抜された附属の生徒たちも壇上にあげられ一緒に共演している。

  何千人の観客で埋め尽くされた人々は人形たちがどうやって動いているのか。

 また、演奏家の見えない魔導具から聞こえる音楽に不思議そうにしながらも楽しんでいた。

 そして、いよいよマルクスのヒーローショーが始まる。


「ハーーッハッハ、ここは善意のパワー《キュアフォース》で溢れておるな。忌々しい力だ」


 漆黒の装束をまとい突然舞台に乱入してきたのはレイだ。ここでは敵の幹部《イケメン地獄大公》として登場している。レイが登場すると特に若い美女や奥様方から黄色い歓声が上がった。


『『『きゃあああーーーー』』』

 

 その音量は耳を覆いたくなるほどであり、レイのイケメンぶりがうかがえる。

 舞台裏の特等席からわくわくした面持ちで見ていたシルヴィアだがこれを見てはフレアに指摘する。


「ねえ、やっぱりあのイケメンを主演にした方が良かったんじゃない。まるであのレイって奴が正義の味方みたいじゃない。この後に登場するマルクスの方が悪者に見えちゃうわよ」

「確かに、敵役をレイにしたのがまずかったのでしょうか」

「なんで彼にしたわけ?」

「だってイケメンが敵ならスカッとするかなって」

「なるほど確かにその通りね」


 これには舞台裏にいたスタッフたちがそれは違うと声に出さなくても全力で首を振った。

 その間もショーは続く。


「さては動物たちの陽気な踊りに魅せられてここにやってきた人間どもに光のエネルギーを生み出させているのだな。()(しゃく)な。ならば余は世界を邪悪な闇で包み込み悪の力《ダーティーエネルギー》を世界に広めるのみ」


 イケメン地獄大公は両手を空に向けて掲げた。すると舞台だけでなく観客席の頭上も邪悪な魔法に見せかけた暗黒の特殊効果が広がっていく。魔導具によって暗くも赤く気味の悪い空間が辺り一帯に広がり恐怖が演出されていく。

 これには会場の子供たちが不安そうな声をあげている。


 魔法で制御された動物のぬいぐるみたちも次々に力なくその場に倒れていく。壇上にあがっていた附属生の子供たちは不安そうにしながらも動物たちを介抱していた。そこでフレアが現代ではマイクの役割をするメタデコった短いロッドを手に立ち上がる。


「フローレア、どこに行く気?」

「私はこれから壇上でナレーションと進行のお姉さん役をこなさなくてはなりません」

「面白そうじゃない。私もいくわ」

「え、台本知りませんよね」

「はあ? 私を誰だと思ってるのよ。アドリブでどうにかどうにかするわ」


 そう言って予備のロッドを手に取るとフレアの手を取り舞台裏から舞台へと2人は飛びだした。

 予定外のことではあったがフレアは気を取り直して魔導具を口の前に持って行き説明を始めた。


〈大変です。突然現れたのは悪の組織《デスティア》の大幹部《イケメン地獄大公》です。世界を悪意の力《ダーティーエネルギー》で満たそうとする平和の敵です。空は悪意の色に染まり、動物たちは絶望に次々と倒れていきます〉


 フレアの説明を受けて子供たちがレイに叫ぶ。

『やめろーー』

『あっちいけーー』

 などと声が上がり、幼い子に至っては泣き出す子までいる。


〈みんなーー、泣かないでーー。お姉さんは知っていますよ。世界は悪意だけではないということを。子供たちが困っているときは必ず助けてくれる希望が、ヒーローがいるのです〉


 フレアの話を聞いて子供たちは口々に『魔法少女だ』、『マルクスだ』と声が上がる。

 マルクスのヒーローショーであっても魔法少女の名前が出たのはフレアにとって嬉しい誤算だ。


〈魔法少女も確かに世界の希望だねーー。でもここはもう1つの希望の名を呼んで見よう。お姉さんたちと一緒にマルクスお兄さんを呼ぼう。せーーのっ〉


『『『マルクスーーーー』』』


 元気いっぱいの子供たちの声が響くが大人たちの声が今ひとつだ。今度はシルヴィアが(げき)を飛ばす。


〈声がちいさーーい。大きなお友達たちからの声援がたりないわよ。もっと腹から声を張り上げなさい〉


 色っぽい格好のシルヴィアがいうと特に男性の間で会場がざわついた。


〈さあ、もう一度〉


 フレアとシルヴィアが『せーの』と呼びかけると、


『『『マルクスーーーーーーーーーーーッ!!』』』

 

 会場全体が一体感を伴ってヒーローの名を叫んだ。

 これを聞いていたマルクスはショーだというのになぜだか心が高揚した。人々から期待や応援が胸に響いてくるのだ。演技のはずなのにかけられる声援がマルクスに力と義務と責任感を沸き上がらせる。


(最初は嫌々だったんだけどな)


 照れくさそうに頭をかいた後マルクスは顔つきが変わり足を一歩踏み出した。


「悪くないな」



 マルクスが登場すると特に子供たちの間でレイの登場よりもはるかに熱狂的な歓声が会場を満たした。あまりの迫力に聞いていたフレアは手に持つ魔導具を落としかける。

 会場が落ち着くのを待ってマルクスがレイに指さした。


「やめろ。イケメン地獄大公。俺が来たからには世界を悪意に染めさせたりはしないぞ」

「来たな、マルクス。余の宿敵よ。だが貴様に余は倒せん」

 

 マルクスの登場にレイが前髪を掻き上げて会心のイケメン顔を決める。とたんに会場の美女たちからまたも熱烈な声援が送られる。

 マルクスは敵にもかかわらず大人気のレイに嫉妬のこもった目で睨んだ。これにはレイも内心苦笑いだ。


「お前を倒し再び人々の笑顔を取り戻してみせる」


 マルクスも頑張ってかっこいいせりふをこめる。しかしどうにもレイを応援する美女たちが根強い。これではマルクスの憎しみだけがつのっていく。

 これは良くないと思ったフレアが私情も含めてマルクスを援護する。


〈さあ、皆のヒーローマルクスがやってきてくれましたよ。世界に笑顔を取り戻すため皆で応援しましょう〉


 続いてシルヴィアが応援を送る。


〈負けんじゃないわよ。マルクス〉

〈その通りです。あのいけ好かないイケメンを完膚なきまでに討ち倒してください。私たちが応援してますよーー〉


 ここに来て温和な顔を見せていたレイが(とつ)(ぜん)(ひょう)(へん)し怒りの表情を覗かせる。あまりの変わりように観客もザワつくほどだ。


「おのれええええいい。マルクス。貴様、またしてもフローレア様にあんなうらやましい応援されて。憎らしいぃーー」

「お前、おもいっきり私情持ち込んでんじゃんかよ」

「マルクス、あなたはいい友人でしたが今日から敵です」

「お前、フローレアが絡むと沸点低いよな」

「やかましい。もう許さん。余を怒らせたな。《デスティア》が誇る戦闘部隊《チャラ(いん)》出でよっ!!」

 

 舞台前から勢いよく煙が吹きだし漆黒の戦闘用スーツに身を包んだ兵が次々と現れる。彼らは配置につくとレイに向かって独特の敬礼をする。


『『『チャラ、イーー』』』


 いかにもチャラそうな人差し指と中指の2本の指を顔の前でピッと振る仕草。その後会場の観客や最前列にいる附属の生徒たちに威嚇する。

 チャラ員の脅かしに子供たちから悲鳴が上がり会場は混迷を深めた。


「やめろ。子供たちに手を出すな。俺が相手だ《チャラ員》。かかってこい」

 

 するとマルクスに殺到していく悪の戦闘員たち。マルクスはすぐに詠唱を始める。


「『刮目してみよ。この磨き上げられた肉体を。日夜欠かさず鍛えあげた筋肉美。それははち切れんばかりに隆起する男の勲章。ぬおおおっ、《筋肉無双》』」

 

 魔法の詠唱が終わるとマルクスは筋肉が隆起し膨れ上がると鋼のような肉体に生まれ変わる。直後チャラ員たちの総攻撃を受けた。

 見ていた子供たちからは悲鳴が上がるも次の瞬間群がっていたチャラ員たちは一斉に吹き飛ばされた。

 中心には無傷で立つマルクスの勇姿があり、子供たちは興奮高まり絶叫した。そこからはマルクスの一方的な殺陣(たて)が展開されていく。


『いけーー、筋肉無双ーー』

『がんばれーー』


 マルクスは熱い声援に応えるようにパンチを放っては面白いようにチャラ員たちがなぎ払われる。マルクスの攻勢はあっという間にレイから配下を奪う。


「おのれえええ、マルクス。こうなったら奥の手だ。出でよ。イケメン怪獣《ヨコドリン》」


 だがそこで不可解なことが起こる。予定にはない突風が会場に吹き荒れる。気がつくと舞台中心には明らかに人間ではない禍々しい姿をした異形が存在した。


「《ヨコドリン》? いや違う。何者だ」


 レイは一瞬戸惑ったがすぐに異変に気がつき身構える。その異形は着ぐるみではない。まとう圧倒的な威圧感が死の匂いを振りまこうと牙を向けてくるのが分かった。


「マルクス!!」

「分かってる!!」


 レイとマルクスはその異形と観客との間に割って入ると向けられてくる無詠唱の上級魔法を2人がかりで攻撃し相殺する。

 レイは雷の槍を作りなぎ払い、マルクスは風の魔法を付与した正拳である。


「無詠唱で……しかも魔法だ。反魔砲撃じゃない!?」

「まじかよ。これってまさか、契約精霊って奴か」


 一方でフレアも異変に気がつき叫ぶ。


「ルージュさん。一般人は全て魔法障壁で保護してください!!」

「了解よ」


 直後、襲撃者は同時に力を溜めていた頭上の巨大な直径1キロはありそうな風の塊を準備していた。間髪入れず観客席に落とし込んでいく。


「あれはまるで上級の更に上をいく特級魔法!? ……しまった。あれは防げない」


 頭上を越えて、空を飛べないレイたちでは盾になることすらできない。観客席をふり返るとルージュの魔法障壁が展開されていくが範囲が大きいため間に合うか分からない。このままでは大勢の犠牲者が出る可能性がある。せい惨な想像がマルクスの脳裏をよぎった。


(くそったれ、何もできないのかよ)


 もはやショーでは無くなった。現実は無情だ。マルクスではどうにもできない現実に悔しさがつのる。


(本当に何もできないのかよ)


 舞台に上がるとき、ヒーローだと信じて必死に声援を送ってくれた子供たち。そのときに感じた感動を裏切りたくない。

 そう思ったとき無意識に手に持っていたのはフレアからもらった秘密兵器である。


(そうだ。これがあったじゃねえか。俺は今モテるためじゃねえ。俺を信じてくれる奴らのために戦うんだ)

 

 今このときも子供たちはマルクスを信じて願っている。そんな思いを受け止めてマルクスは手に持つエンブレムを天へと掲げた。


変身(トランス)(マギ)(ウス)甲冑(アーマー)

 

 マルクスはまばゆい魔力の光に包まれると全身をまず黒のぴっちりしたスーツに包まれていく。伸縮性に富んだ素材であり、防御力も高く、何より筋力を格段に引き上げてくれる優れものだ。

 そして、全身を精霊結晶でできた鎧が包み込む。深紅の竜を思わせた装飾であり胸部は勇ましく牙を剥く竜の顔のようにも見えた。

 空を自在に飛ぶことを可能にする特別なマントが肩から背中にかけておりると、マルクスの顔を覆うフルフェイスの兜をかぶり変身を終える。


 マルクスは結局今の今まで変身に成功していなかったのでこれが初めての変身となる。

 全身にみなぎる魔力と力。それを感じるとマルクスは迷うことなく飛び上がる。

 観客席めがけて降りてくる脅威にマルクスは立ちはだかった。


「ぬおおおおおっ、《マッスルブラスト》」


 魔装甲冑の胸部、竜の口部分から強力な砲撃が放射されていく。無極性魔法の純粋なエネルギーをぶつける魔装機構は騎士に遠距離砲撃を可能とさせる。男に遠距離砲撃用装備など前代未聞のことだった。いやそれどころか男が魔装の力で変身できるという常識を覆す事態に敵も、味方さえもマルクスの姿を見て固まった。

 マルクスは異形の襲撃者を指さし、怒りを滲ませて叫ぶ。


「俺がいる限り子供たちには指一本触れさせねえ。この魔装騎士マルクスがテメーをたたき潰す」

 

 子供たちは声の限り叫びマルクスを応援する。変身したヒーローの頼もしい後ろ姿に今日一番の熱狂をみせた。


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