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第82話 魔技研編 『学園祭が始まりました』

 ついに学園祭が始まる。

 ガランの人々は初めての壮大なお祭りに期待感を膨らませて眠れぬ夜を過ごす者も多い。そして、ようやく寝付いた思ったら、早朝にガラン中を震わせるような大きな音が響く。学園祭開催を知らせる花火が打ち上げられたのだ。

 花火を知らない人々は何事かと外を見るが明るい青空に花火は映えない。

 その代わりにガランの空には6色の鮮やかな雲が形を変えて大輪の花を描いた。その幻想的な光景に人々は驚きと感動を持って今日という日に期待を膨らませる。

 今日はきっと楽しいことがあるに違いないと。


 学園祭が始まると大勢の人が津波のようにわっと学園内に押し寄せる。

 屋外では学園生たちによる露店が人々を出迎える。

 ホットドッグや焼きそば、お好み焼きに綿飴、チョコバナナ、かき氷など日本では定番のものがずらりと並ぶ。しかし、この世界の人々にとっては目新しい食べ物ばかりであった。物珍しさもあってすぐに買い求めるお客で行列ができていく。


『うわあ、良い匂い』

 

 焼きそばの焼ける香ばしい匂いは若者の食欲をそそり、


『ふわああ、ふわふわだあ。口の中で溶けるよーー』

 

 綿飴の不思議な食感に男の子が目を輝かせてはしゃぎ、


『ふわああ、冷たいけどおいちいーー』

 

 冬でもないのに氷菓子が食べられる驚きに少女が両頬を抑えて笑顔が花開く。



 一方で、催しは食べ物ばかりではない。

 学園の校舎全体が色とりどりの魔法の植物によって飾り付けられている。これをなした魔法少女ニャムの魔法センスと急成長ぶりがうかがえる。これがまた訪れる人に学園祭の非日常感を刺激し、わくわくするような雰囲気を促していた。

 そして校舎内部に目を向けるとお化け屋敷に美術展示会、他に魔法学園ならではの動く彫像や魔法使いの仮装をした生徒たちが人々を楽しませるために待っている。まず校舎入り口ではまるで生きているかのように動く人形が人々を出迎えた。つぶらな瞳をしたクマやウサギなどが何気につまずいたり、お辞儀をする愛くるしい姿に人々は癒やされた。


『うわああ、賢いお人形さん。どうやって動いてるのかな』


 少女たちはキャッキャッと友達と喜びの声をあげて、


『ママーー、わたちもあの人形ほちい』


 親子連れの小さい子供はそれを見て買って欲しいとねだり出す。そこで母親が近くにいる案内役のミュリに尋ねた。ミュリは対テロ特殊制圧型魔装法衣の魔法少女に変身している。ミュリの法衣のモチーフは愛らしいリスさんの格好だ。


『あの、すみません。あのお人形は売り物なのですか』

「ごめんなさいですぅ。そのお人形さんたちは貴族が買うような防犯用の賢くてお高い子たちなのです。そして、今は皆さんの安全を守る心強い警備員さんなのですよ」

『まあ、そうなのですか?』


 そんなとき動く人形をみて悲鳴を上げる男性が尻餅をついた。その男は学園祭に潜入しようとした邪道騎士である。


『ひぃ、何でこんな所に動く人形があっ』


 男は隠し持っていた短刀を取り出すと周囲に向けて威嚇を始める。マコトによって植え付けられたトラウマ、子供用の人形にコテンパンにされた悪夢がその男を震え上がらせた。

 人形たちは善良な人々を守ろうと危険を顧みず飛びかかって立ち向かう。

 フレアからは人形に動揺するのは邪道騎士の可能性が高いのですぐに制圧するよう魔法少女たちに指示がでていた。ミュリはその言葉に従い、素早い動きで男の腕をとって外側に(ひね)りあげて足を払い、床にねじ伏せると拘束用の魔導具で手足を封じた。


「学園に凶器の持ち込みは禁止されていますです。あなたには奥で控えています赤虎騎士団が取り調べをさせてもらうのです。人形さん連行してください」


 ミュリの命令を受けて人形たちは敬礼した後、男を数体掛かりで担ぎ上げ連れて行く。ミュリは改めて母親の方に笑顔を向けると案内版を指し場所を示した。


「2階のこの場所で一般の子供向け用に販売されている人形さんたちが大勢でお待ちしていますよ。よろしければお立ち寄りください」

『まあ、そうですか。ありがとうございます』

『ママ、あのお人形さんたちすごく勇敢だったねーー』

『そうねーー、これなら安心して楽しめるわ』


 ミュリはにこやかに親子連れを見送るとほっと息をつく。


「ふう、大事になる前にテロリストを止められてよかったのーー。この分だと他にもいそうだね。この入り口でしっかり悪い人たちはせき止めないとね」


 ミュリは可愛らしくガッツポーズを取ってやる気を見せていた。それがまた見ている人たちをほっこり暖かい気持ちにさせるのだった。



 風紀委員のカズハはフラワーマギカカフェの警備に張り付いていた。ミュリからの魔法通信でテロリストと思われる男を何名か捕らえたと報告を受けている。ならば彼らが以前失敗したこの場所は優先目標であろうと警戒してのことだった。

 カズハの対テロ特殊制圧型魔装法衣はイヌ型だ。立派なイヌ耳と太くて力強い尻尾が特徴的である。そして可愛らしいデザインに若い子たちから注目を集めていた。


(くう、恥ずかしい。何たる屈辱。父上にはとても見せられぬ格好でござる)

 

 彼女たちから笑われているような気がしてカズハは羞恥で顔が真っ赤だ。

 でも実際は、


『あの人スタイル良くてかっこいいよね。ああいう人は何を着ても似合うなあ』


 などと羨望のまなざしで見られているなどと夢にも思っていない。しかし、どんなに恥ずかしくても責務を忘れないのが生真面目なカズハである。イヌ型であるカズハの法衣は嗅覚が驚くほどに研ぎ澄まされている。

 それは毒の匂いから、犯罪者がまとう後ろ暗い独特の緊張の匂いまで嗅ぎ分ける。


(あの男か)


 カズハはスッと気配を消して素早く男の背後に回ると喉に刃を突きつける。


「止まれ。貴様テロリストでござろう。大人しくお縄につくでござる」

『ちっ』


 その男は手だれの邪道騎士であった。取り出した武器は小さいナイフだったが魔法を付与して炎の刀身を作り出し、振り向きざまカズハに突きを放つ。

 カズハは瞬発力が数段強化されていて残像が残るほどの速度で一度後退し、刀を(さや)に収める。そして、一歩踏み込むと高速の抜刀で男を切り裂いた。

 男にはカズハの抜刀が全く見えていない。ただ気がつくとカズハの持つ愛刀の紫に怪しく輝く刀身が目に入った。


「安心せよ。拙者、つまらぬものは切らぬゆえ」


 刀を鞘にしまい(こい)(ぐち)がカチンと鳴ると男の服が吹き飛び散り散りになった。ほぼ裸ではあるのだが下着だけは残されている。そして、地面に落ちる前に男が隠し持っていた毒の入った瓶をカズハは手中に収める。


「教官より授かったこの妖刀《選別剣》は拙者の切りたいもののみを切る。つまらぬものをきっては拙者の刀が汚れるのでな」


 切られたのが服だけだと思った男は再び斬りかかろうと思うが意志に反して体は膝を突く。


『なんだ? 体が動かん』

「お主の神経、この刀で選別させてもらった。しばらくは動けぬよ」


 カズハのいっている意味を理解した男が妖刀をみて恐怖に震える。


『なんとその剣の力か?』


 カズハがそれには答えず男の意識を魔法で刈り取り失神させる。


「拙者がいる限りテロリストの好きにはさせぬ」


 見ていた周囲の人々はまるで見世物のように(はく)(しゅ)(かっ)(さい)した。恐らく大部分の人がイベントか何かだと思ったことだろう。だがそれでいい。人々には笑顔で楽しんで帰ってもらいたい。それがカズハの一番の願いだ。




 学園祭は大盛況だった。

 だが何よりも人の目を引く目玉がティアナクランの夢《お菓子の家》だ。周りにはオレンジジュースの川と焼き菓子に飴細工の植物が生い茂り、中心に様々なお菓子を組み合わせて作られた大きな家が見える。

 一目見た子供たちはうれしさのあまり絶叫し、大喜びでその中に入ろうとする。その中に若干1人大きな子供が混じっていた。

 ティアナクラン王女だ。


「はあ~~、すばらしいですわ。フローレア、共和国の来賓はお任せしますからここに残って良いですか?」

「いや、何言っているんですか。どうしても寄りたいからとわざわざ回り道してもらったのに案内そっちのけでお菓子の家を堪能しては失礼ですよ」


 (いさ)められるティアナクランに擬人化したような大きなシュークリームがやってくる。シュー生地は人の目と鼻と口のようなものがある、魔法によって、さも生きているかのように語りかけてきた。


『キラキラ☆スウィーツデコハウスにようこそ』

「……そのネーミングセンスはフローレアね」

『ボクを食べるなら一口だけだよ』

「そんなこと致しませんわ。こんな可愛い子を食べるなんて残酷すぎます」


 そうこういっていると小さな子供たちがそのしゃべるシュークリームに群がりパクパク食べてしまう。残るは無残な食べかすがわずかに残るのみであり王女は真っ青な顔で絶叫する。


「アアアアーーーーッ」


 今にも失神しそうな衝撃をうけながらも『シュークリームくん』の命を奪った子供たちを(にら)むのでフレアは泡を食って止めに入る。


「王女がそんなことで取り乱さないでください」

「でも、でも、私のお菓子の家が食べられていく……」


 ティアナクランの夢にまで見たお菓子の家が子供たちによって虫食いだらけにされていく。これはもう王女にとっては悲劇でしかない。学園祭の後は1日その家に住んでみたいと思っていただけにショックはいかほどのことか。

 取り乱す王国の王女の姿にシルヴィアがぼつりと呟いた。


「即物的な夢というのは叶えるものではありませんわね。人を狂わせますわ」

「確かにそのようです」


 一国の王女が愛すべき自国の子供たちを憎しみの目で見ることになるのだから食べ物の恨みは恐ろしい。


「それにしてもシルヴィア様は興味なさそうですね」

「これがワインの川だったり、フライドポテトやナゲットだったらむさぼったかもね(ぼそっ)」

「良いんですか? 人の目がありますよ」

「そのときは目撃者を消すわ(ぼそっ)」

「物騒なこといわないでくださいよ!?」


 腹ぺこで燃費の悪い竜人は食べ物のことになるとちょっと沸点が低い傾向にある。シルヴィアも例に漏れず竜人だったようだ。


『うーーまーーいーーぞーー』


 そこに大げさな演出のルドルフが人々の賑わいと喧騒すらうち破り絶叫した。

 手にはハンバーグにレタスとソースが乗っかってパンで上下を挟まれた食べかけのハンバーガーがあった。

 ルドルフはそれを食べたことで半径5メートル限定で津波のエフェクト魔法が冴え渡り、土の魔法で隆起した地面の上に立つ食レポモードに入ってしまっている。

 見ていた来客たちはこれも学園祭のイベントの一つだと勘違いし、ルドルフにおひねりのお金を投げ入れる始末だ。


「目立ってますね。あれ一応共和国の大臣なのですが……」

「それよりも詐欺メイド、もとい、フローレア様。あれは何ですか。非常に興味をそそられる匂いが致しますわ」


 シルヴィアが興味を持ったのはルドルフ大臣の手にある食べ物だ。お手軽な食べ物でシルヴィアの琴線に触れそうなファストフード――ハンバーガーである。

 

「あれはハンバーガーといいます。食べてみますか」

「食べる!!」

「即答!?」


 フレアにかぶせるように前のめりになって返事をしたシルヴィア。フレアは学園祭顧問の権限でお店を開く学生に頼み、すぐに1つ出来たてを用意してもらう。シルヴィアはフレアからひったくるように取り上げると(ごう)(かい)にかぶりついた。


「うっま、なにこれ。マジおいしいんですけど」

「気に入りましたか」

「ええ、私の領内でこのハンバーガーの専門店を作っていただけませんか。グローランス商会を国賓待遇でごり押ししますから是非ともおねがいしますわ」

「そこまで!?」


 そこでルドルフがフレアを見つけると驚く程の速さで駆け寄ってきた。


「グローランス嬢、ここで見かける露店では料理に魔導具を用いて学生が簡単に作れるようになっているのではありませんか」

「ええ、その通りです。これらは共和国に販売する予定の商品でもあります」

「やはりそうであったか。共和国ではあまり調理技術が発達しているとは言い難い。今までは自国の調理技術に疑問をもたなかったのである。しかしここに来て自国のレベルの低さを痛感したのであるぞ」

「共和国は香辛料、調味料がシンプルで調理も大雑把なものが多いですからね」

「だがこれがあれば簡単に家庭で美味しいものが作れるのだな。共和国に輸出すれば飛ぶように売れますぞ」


 フレアはルドルフに続き、血走った目で集まる商人たちを見て乾いた笑いを浮かべた。もう売ってくれとばかりの熱意が凄まじく、一周回って恐ろしいことになっている。交渉の進め方次第では(いさか)いになるかもしれないと危惧するほどだ。

 一度、食べ物から離れた方が良いかもしれない。


「技術は戦争の道具だけに用いているだけではもったいないと思いませんか。技術は人の生活を豊かにするためにあります。他にも見せたいものがありますのでついてきてください」


 フレアの案内で共和国の一行は期待を膨らませ後をついて行く。

 それを聞いていたゴーマンらは面白くない。


「おのれ、グローランスのガキが。今の発言は武器類しか作ろうとしない魔技研に対する挑戦でゲスか」


 ジョージはフレアのせりふに鼻で笑ってあざ笑う。


「馬鹿らしい。戦争こそもっとも金になる商売だ。民のため、人の幸せのために道具を作ったところでどうなる。それでは大きな組織は維持できない」

「全くでゲス。お金を持っているのは民ではない。貴族でゲス。彼らを相手にいかに商売するかが重要。金がなければ技術も生まれないでゲスよ」


 怒りで2人は大股で歩き、少し遅れてついて行く。だが下っ端の職員たちは冷静にそれぞれ顔を見合わせた。


『そういやさ、俺。魔技研を目指したのって国の役に立ちたい。人々を守りたい。そのために技術者目指したんだよ』

『私もよ。いつからこんな大事なことを忘れていたのかしらね』

『副所長たちはグローランス嬢を青臭いというけどさ。実際それでも上手くやってるように思えるよな』


 グローランス商会は人々の目線に立っていても経営が成り立っている。それは理想を実現できる強かさも併せ持っている証拠ではないだろうか。

 彼らは思う。グローランス商会ならば初心をもう一度取り戻せるのではないだろうか。

 かつての熱い情熱を思い出しながら彼らの目の色が変わっていく。

 それを遠くから眺めていたダグラスはフッと嬉しそうな顔で見守るのだった。



 フレアの案内で校舎の中に入ると共和国の一同は奇妙な光景を目にして足を止める。可愛らしい子供のぬいぐるみと思しき存在が大の男を相手に立ち向かっているのだ。多くのものが自分の目を疑い目をこするなどしている。代表してルドルフが尋ねる。


「フローレア嬢。私の目がおかしいのだろうか。人形がなにやら人を襲っているようだが」

「人? イケメンに人権はありませんが?」

「いや、その理屈はおかしいであるぞ」


 そこでようやくお菓子の家でのショックから立ち直ったティアナクランが説明する。


「あれは防犯用の魔導具ですわ。取り押さえられているのは恐らくテロリストです。一体一体が高い戦闘力を誇り、並の警備兵数人分の働きをします」

「な、なんと。王国はこのようなものまで」


 これは量産し兵士として運用すれば王国の戦力は計り知れないものとなる。そう思うとルドルフは警戒心と共にむうっと呻る。

 そんな中でティアナクランはなんともうっとりした様子で人形たちを見る。

 

「可愛いですよね」

「う、うむ? (恐ろしいの間違いでは……)」

「こんな可愛い子たちを軍事転用なんてさせません。ええ、させませんとも。だって可愛いんですもの」


 ティアナクランの言葉は共和国側の危惧を真っ向から否定するものだ。しかも据わった目で話すとても怖い。ティアナクランを見ていた共和国の面々は背筋が凍えるようであり、同時に肩の力が少し抜けていく。

 どうやらティアナクランがいる限り軍事転用される心配はなさそうだとなぜだか納得してしまった。

 そして、改めて人形に連行されていくテロリストの姿を見るとルドルフは顔をしかめた。


「しかし、襲撃する側にとっては悪夢ですな。このような小さく可愛らしい人形に負けたとあっては戦士としての誇りはズタズタになろう。これを考えた人物は敵を陥れることに関して天才的と言えよう」


 実際、テロリストは泣きながら、

『せめて普通の人間に連行させてくれーー』

 と恥も外聞も捨てて(こん)(がん)している。これを見ていた一般の人々は、子供が笑って指さし、親が悪いことをするとああなるのよと諭している。

 それが一層に哀れであった。


「そういえばフローレア嬢。この校舎内に入ってよりずっと高尚な素晴らしい演奏が鳴り響いておる。だがどこに音楽家たちがおるのか?」

「いませんよ」

「何、そんなはずはないであろう」


 ルドルフの疑問にフレアは懐から取り出した魔導具とともに説明する。


「まずこれは《メモリークリスタル》といいます。これは音や映像を忠実に記録する機能があるのです。館内に響く演奏はこの魔導具にあらかじめ記憶したプロの演奏を繰り返し再生しているのです」

「いや、しかし、演奏は館内の至る所から聞こえるが?」

「それは学内の各所に設置した魔導具の拡声器機能による放送です」

「グローランス商会は戦時にもかかわらずこのような高度な娯楽道具まで開発する余裕があるのか?」


 どこか避難めいた言い方にも聞こえるルドルフの質問にフレアは妙な返しをする。

 

「音楽があるって良いですよね。それだけで気分が明るくなりませんか?」

「まあ、確かにそうであるな」

「音楽は人の心を豊かにします。これって今も無魔と戦っている人々にとって本当に無駄になるでしょうか」

「それは……」


 音楽によって戦意高揚、他にも考えると幾つか使い道が考えつく。そこに思考が行き着くとルドルフは自分の浅慮を恥じ入った。


「なるほど。これは失礼致しました。フローレア嬢のいうこと道理である」

 

 そして、フレアは校舎の奥。とある部屋にたどり着くと中に招き入れる。そこで見た光景に、共和国の人々も魔技研の技術者たちすら言葉を失った。

 壁一面に様々な映像が映し出され、その映像から監視している警備員が魔導具で現地の警備員と連携し怪しい人物やトラブルへの対処を指示しているのだ。

 いち早く立ち直ったシルヴィアがフレアに質問する。


「これはこの学園祭各所の現在の映像を集めて集約しているのね。それも魔導具と思わしき通信用の道具でやりとりができているわ」

「ええ、その通りです」


 シルヴィアはこの意味に気がつき(せん)(りつ)した。一見すると学園の警備に関する優れた技術でしかない。だがこれをもし軍事転用できたのならば。


「――これは戦争の在り方が根本から変わるわ。これはどんな強力な武器よりも恐ろしい技術ですわね」

 

 シルヴィアの言葉にフレアはにっこりと笑うだけである。ルドルフはシルヴィアが何を言っているのか理解できず真意を問う。


「シルヴィア様、それは一体どういうことですか。これはただの革新的な防犯設備というだけではないのですかな」

「ルドルフ大臣。畑違いとはいえ勉強しなさいな。例えばですけれど今見える画面の映像。戦場に置き換えて見てくださいな」

「え、……あ、まさか……これは……。信じられん。タイムラグ無しで映像も声のやりとりもできるというのなら早馬、飛竜便、伝令もいらなくなるのでは?」


 ルドルフの言葉に周囲はザワついた。


「ここが本陣とすると映像によって各戦場の戦況を正確かつ瞬時に把握し、タイムラグはほぼ無しに指示が行き来する。これが戦場で発揮されれば従来の戦術では渡り合うことは困難になりましてよ」

 

 想像するだけでも恐ろしいことになる。共和国の面々はこの技術を用いた王国軍がどれほど恐ろしく変貌することかを想像し思わず喉を鳴らす。

 魔技研の面々も趨勢(すうせい)は明らかに思えた。これはあまりにも分が悪い。賄賂で勝利を約束されていると思っているゴーマンすら焦るほどこの流れは危機感を(あお)った。


「ふざけるなでゲス」


 ゴーマンがフレアに詰め寄りながら(きゅう)(だん)する。


「こんな技術がたかが一商会に作れるはずがないでゲス。――そうだ。きっと魔技研の技術を盗んだに違いないでゲス。そうに違いないでゲス」


 ゴーマンは視界の端に見えたダグラスを見ると指差した。


「その男。元は魔技研の所属でゲス。さては魔技研の技術を盗んだでゲスね」


 ゴーマンの暴論に周囲からは『何をいっているんだこいつ』と冷ややかな視線が集中した。それでもゴーマンの怒りは収まらない。

 

「これはグローランス商会に賠償請求させてもらうでゲスよ。いや、グローランス商会の技術は全て魔技研のものでゲス」


 あまりにもひどい理屈にダグラスは(けい)(べつ)しきった目でゴーマンを見た。

 

「バカか。魔技研にこんなすげえ技術作れる奴はいねえ。発想そのものがそもそも違う。グローランスの技術は人の生活を豊かにすることから始まっている。だが魔技研は戦争の道具以外の開発を禁じてきた。その方針を推し進めてきたのは他でもない。ゴーマン副所長、あんただ。寝言言ってんじゃねえよ」

「うるさい。魔技研は国家機関でゲス。王国に訴えればどっちの言い分が認められると思っているでゲスか」


 それにはティアナクランが前に出てゴーマンに反論する。


「しかし、グローランス商会はその技術力の高さから王族が直接管理下においています。まさか王族の証言にたかが一国家機関が勝てるとでも?」

「なっ、あ、それは……」


 王女に指摘されようやくゴーマンはグローランス商会の後ろ盾がどこだったのかを思い出す。

 

「そもそも目の前にある技術が盗まれたものだってんなら半分でもいい。どうやって作られているのか説明してみやがれ。副所長なら魔技研で生まれた技術は全て掌握してなきゃならねえ。まさか少しも分からねえとはいわせねえぞ」

「あ、それは…………ゲス」


 ゴーマンは目の前に広がる魔導具がどういう造りなのか皆目見当が付かなかった。説明できないゴーマンを見て誰もが言いがかりだったのだと分かってしまう。

 更にここでティアナクランがゴーマンに向かって逆に問い詰めにかかる。


「魔技研副所長ゴーマン。実は先日共和国側から国家予算に匹敵する王国貨幣が譲渡されました。何でも共和国の官僚たちに賄賂を”無理矢理”押しつけられたので返却したいと申し出があったのです」

「ば、ばかな……」


 ゴーマンは慌てて共和国の竜人たちを見回すと()(べつ)しきった目で返され状況を飲み込んだ。ゴーマンは共和国に、いやフレアに一杯食わされたのだと理解する。


「おのれええ、グローランスのガキが。お前の仕業か。どうやったかは知らないでゲスが盗っ人猛々しい。これらは魔技研の技術でゲス。それをおお」


 聞くに堪えないせりふだがフレアは前世でも技術を盗まれと何度も騙されてきた経験がある。それを思い出しフレアの表情が陰った。それに気がついたシルヴィアはすぐに動く。続くゴーマンのせりふはシルヴィアのビンタ一発で消しとんだ。鋭く大きな高い音が鳴り響き盛大にぶっ飛ばされていく。


「へぼおおーーーーっ」


 壁に叩きつけられた後、床に這いつくばった。首を起こしてゴーマンはシルヴィアを見る。


「な、何をするでゲス」

「見苦しいですわよ」


 シルヴィアはゴーマンの頭の左側をすれすれで避けて踏み抜くと床に大穴が空いた。当たっていたら命はない。そんな竜人の踏み抜きにゴーマンは小動物のようにガタガタと震える。


「フローレア様の料理は美味しいですわ」

「はあ?」


 突然何を言っているのかと周囲は思ったのだが続く言葉がある。


「料理の技術はきっと人を幸せにするのでしょうね」

「何を言ってるでゲス」

「あなたは学園祭に咲き誇る人々の笑顔を見たでしょう。グローランスの道具がもたらしたものに何も感じませんか。あなた方魔技研の技術は拝見しましたわ。素人目にも傲慢で押しつけがましい態度が技術に透けて見えていましたよ」

「なっ――」

「あなた方が商品展示会に持ち込んだのは全て戦争技術でしたわ。それが答えでありましょう。あなた方にグローランスの技術は再現できない。私が今回のことで感じたことは技術は人を映す鏡だということ。魂とも言えましょう。あなたは今技術者として自身の魂を偽り、他者の誇りすら踏みにじろうとしたのです。恥を知りなさい!!」


 あまりのシルヴィアの気迫にゴーマンはついに心がへし折られ、その場でうなだれてしまった。

 それをみてティアナクランが外で控えていた赤虎騎士団の騎士たちに命じる。


「魔技研副所長ゴーマン。他国への贈賄容疑で逮捕します。連行してください」

『『『はっ』』』


 連れ出されていくゴーマンを見送りながらフレアはシルヴィアに顔を寄せて小声で話しかける。


「大丈夫なのですか。共和国の王女が国家機関の職員に手を挙げるなんて問題になるんじゃ」


 不安げなフレアにシルヴィアはにこっと笑って、あっさりと答えた。


「構わないわ。なるようになるでしょ」

「そんな適当な」


 呆れて困った顔をするフレアにシルヴィアは頭をなでた。


「私はあんたの技術の方が断然好きよ。だから元気だしなって。ああいうふざけたこという奴は私がぶっ飛ばしてやるから」


 そこでようやくフレアは自分ために怒ってくれたのだと気がついた。


「あの、シルヴィア様はどうして私をかばうようなことを」


 フレアの言葉に一瞬不意を突かれたようにきょとんとする。だがすぐに満面の笑顔で答えをくれる。


「何言ってるのよ。友達が困っているなら助ける。当たり前じゃない」

「あっ……」

「何よ、薄情メイド。友達じゃないっての?」

「いいえ、そうじゃありません」

「じゃあ友達ね。よろしく」


 シルヴィアはフランクな態度でフレアの手を取ると握手して手を振り回した。

 フレアが戸惑ったのはかつて魔法少女の母に言われたせりふとよく似ていたからだ。なぜだか男勝りなシルヴィアに強く魔法少女を感じてしまう。フレアは胸にこみ上げるものを飲み込みシルヴィアを見つめた。


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