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第79話 魔技研編 『竜人王女シルヴィアの裏の顔』

 殺されるのではないか。

 デザイヤはそんな心境で愚連隊隊長ジェノムの呼び出しに応じていた。ジェノムは本当に人間なのかと疑いたくなる大男だ。3メートルに届きそうな巨体と筋骨隆々の肉体。目に見えるほどの闘気と覇気が体から湯気のようにあふれ出る。

 ジェノムの表情は明らかに不快感にゆがみデザイヤを(にら)んだ。


「ブリアント王国内での任務は失敗が続いているな。そのことについて改めて報告しろ」

「も、申し訳ございません」


 ブリアント王国の任務はデザイヤの担当である。マコトに叩き潰されてデザイヤの部隊はボロボロだ。誇りと自信を失い、深刻なトラウマを抱えるにいたる。


「我は報告しろと言ったぞ」


 ジェノムは殺気を(にじ)ませてながらデザイヤに言い放つ。デザイヤと違いジェノムは化け物のような人間だ。自身の武勇もさることながら、大都市をいとも簡単に消しとばすような圧倒的な力を持つ契約精霊を所有する。それを知るデザイヤは生きた心地がしないままに震える声で報告する。


「王国の南方貴族連合からの依頼で邪魔な官僚、及び貴族の襲撃を5件行うもいずれも失敗。まことに遺憾ながら現在は信用を失い全く依頼が来ておりません」


 報告を受けてジェノムは生身の拳を足元に振り下ろした。


「フンヌーーッ」


 それだけで床は大きく陥没しデザイヤの足元も崩れていく。


「ひいいぃ」


 周囲に巻き上がる砂煙を凄まじい肺活量で吹き飛ばすとジェノムは威圧とともに理由を問う。


「なぜ失敗する?」

「そ、それは、我らを阻んだ男によって隊員たちに深いトラウマが刻まれまして……警備に見つかり標的には逃げられてしまうからです」

「トラウマだと?」

「はっ、奴は卑劣にも瞳術でぬいぐるみたちを操り襲いかかってきたのです。子供のおもちゃに負けたことで部下たちは自信を砕かれ、子供のぬいぐるみに恐怖を抱くように……」


 それにはジェノムは耳を疑った。


「聞き間違いか? ぬいぐるみに我ら誇り高き愚連隊が負けたというのか」

「……はい。以降、任務ではぬいぐるみを見ただけで動揺し悲鳴を上げて警備に発見される始末」


 改めて報告するとデザイヤは情けなさのあまり死にたくなってくる。子供のおもちゃに負けて逃げる日が来るなど想像したことすらなかった。今でも夢であって欲しいと毎日願う日々だ。

 

 王国ではグローランス商会が発売した防犯用のぬいぐるみが飛ぶように売れているという。それが実に高性能な魔導具であり、ますますもって任務を困難にしているのが腹立たしい。

 当然報告を受けたジェノムは怒りの怒声を響かせる。それだけで周囲の壁にヒビが入り、崩れる寸前だ。


「この失態オズマ様は大層お怒りである。デザイヤ、お前の実力は副隊長の器ではない。しかし、その極悪非道で手段を選ばない性格を見込まれ取り立てられたのだ」


 デザイヤは自覚はあったが我ながらひどい言われようだと顔が引きつった。


「このたびの失態、オズマ様は深刻な事態と認めお前にチャンスをくださった」


 そう言ってデザイヤの前に現れたのは絶大な力を持った契約精霊である。正し、オズマの使う契約精霊は帝国の者と違いおぞましい姿をしており悪魔に見間違えられるほど醜悪な風貌である。


「これは契約精霊」

「そうだ、おまえにくれてやる。それを使って汚名を返上せよ」

「はっ、機会をくださり感謝します。必ずや我らを()()にしたあの男とグローランス家を陥れてご覧にいれます」

「言葉はいらん。結果で示せ」

「ははっ」


 デザイヤは深く礼をすると足早に退出していった。

 それを見送りジェノムは笑う。


「貴様の代わりなどいくらでもいる。せめて差し違えても任務を果たすが良い」


 そう言ってジェノムはゆっくりと立ち上がる。彼もまたガランへと向かうつもりだった。デザイヤを捨て駒にして敵の情報を集める。あわよくば敵の戦力を削ろうというゲスな思わくであった。




 交易都市ガランに到着した共和国の一団は宿泊先のグローランス商会が経営する高級旅館に案内されロビーにたどり着く。

 そこで待っていたブリアント王国ティアナクラン王女に出迎えられ挨拶を終えると奥の部屋へと通された。

 そこでは共和国の一団をもてなすため、フレアが振る舞う豪華な食事の数々が待っていた。


『おおっーー』


 竜人たちは共和国では見たこともない色とりどりの料理と強烈に食欲をかき立てる香辛料の香りにどよめきが上がった。


「遠路わざわざおいで下さりありがとうございます。長旅でお疲れでしょう。心ばかりの料理の数々をご用意させて戴きました。どうぞご堪能ください」


 その後、グローランス家のメイドたちによって一団は案内にされていく。ティアナクランとシルヴィア、ルドルフは上座の席で対面するようにテーブルに着いた。

 まずは互いに当たり障りのない会話をしつつ、ティアナクランは2人について観察する。


(男の方が共和国通商産業省大臣のルドルフですね。高位の竜人は長命だといいますしさすがの貫禄ね。その分(ろう)(かい)で交渉において足元を見られないように気をつけないといけませんね)


 そして、ファーブル翼竜共和国第五王女のシルヴィアは出された前菜を()()れるような動きで音もなく粛々と口にする。


(絵に描いたような姫ね。お(しと)やかで可憐な印象もあって所作も完璧だわ。でも……)


 ティアナクランは彼女を見ていて妙な違和感を覚える。


(完璧過ぎますわね。というよりも教科書通りというべきでしょうか、人となりが見えないわね。わざとなのかしら)


 何より彼女は一見(はかな)げな見た目だが言葉で形容できない何かを隠し持っている印象がある。


(見た目に騙されてはいけないわね)


 前菜を綺麗に食べ終えるとシルヴィアはティアナクランに話しかける。


「王国のお野菜、とても美味しいのね。感動致しましたわ」

「ええ、近年新しい栽培法を取り入れ生産量は格段に向上しています。また量よりも質に特化した作物も生産されています。まだ収穫量は少なくお高いのですがこういった席には重宝するでしょう」

「ですが戦時では食糧は不足するものですわ。そのような(ぜい)(たく)を王国は容認するのですか?」

「グローランス家が土地の開拓と難民受け入れを行った結果、食糧生産能力は王国の兵糧を十分にまかなう水準を超えました。むしろ備蓄してなお余剰すらあるのです。そのため食糧の交易も今回の交渉に含まれています」

 

 それにはルドロフが興味を持ち話に加わった。


「なるほど、この会食が始まってから既に交渉は始まっているというわけですな」

「その通りです。滞在期間中、自らの舌で王国の質の良い食材を吟味していただけたらと思います」

「なるほど。これは今後の食事が期待できそうですな」


 ルドルフの目は鋭くなる。共和国では食糧不足が深刻だ。王国の食糧が余っているというのなら安く大量に仕入れることも可能なのではと期待が膨らむ。

 思案を巡らせていると会場が突然ざわめいた。会場にメインの料理が次々に運ばれてくるとその香ばしい香りに一団は驚いた。

 そして配膳された皿に載っている肉をみてルドルフは眉をひそめる。


「これは一体?」

「フロ……、シェフがいうにはハンバーグという料理だそうですよ。肉をミンチにするのは馴染みがないものかもしれませんが美味しいですよ」


 ティアナクランがナイフで切り分けると口に運び笑顔を作る。粗悪な肉をミンチにして食するのは下々が食べるものというイメージがある。先入観はあるのだがティアナクランの美味しそうに召し上がる様子を見てルドルフは思わず喉が鳴る。

 鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いには抗いがたいものがあった。恐る恐るといった風に口にするとルドルフは体に雷が走った。

 ――いや本当に走った。


「うーーーーまーーーーいぞーーーーっ!!」


 微弱な雷の魔法がエフェクトのようにルドルフの周囲に走ると彼は思わず立ち上がる。


「噛むと口の中に広がる肉汁が何ともジューシーである。しかも噛めば噛むほど味が、旨みがあふれてくる。油が、肉が舌の上でとろけるぞーー。これはなんとしたことかっ。手が止まらぬ」


 2口はソースをしっかりと絡めて口に入れ、3口目とナイフを入れ込むと更にルドルフの表情に衝撃がかけぬける。


「はっ!?」


 ハンバーグの中からとろっとしたチーズがあふれてきたのだ。そして、口に含むと今度は雷に加えて嵐まで巻き起こる。

 ――ルドルフの周囲限定だが。

 大げさとも思えるルドルフの感想にシルヴィアは迷惑そうにしていた。一緒にされたくないと他人の振りを決めこみ無視を決めこんでいる。


「中にチーズが入っておるわ。これでは飽きが生まれぬ。それだけではない。チーズの塩気とまろやかさが加わり更に旨さが増している!? ぬおおおおっ、これはまさに料理の高等魔術ではないかっ!!」


 それからからは一心不乱に食べるルドルフを見て部下の官僚たちから話し声が聞こえてくる。


『ルドルフ卿の食レポが出たぞ。しかもあれだけのエフェクト魔法が出たのは初めて見た。これは本物だ。期待できるぞ』


 共和国の竜人たちはうなずきあい料理に手が伸びた。そして口にすると衝撃的なおいしさに表情がほころぶ。共和国は質より量の食生産に重きを置き味の質は悪い。そんな彼らがフレアの現代料理を口にすると一種のカルチャーショックを引き起こしたのだ。彼らはフレアの料理に夢中になってかぶりつく。もはや体裁も忘れて美味しい料理の数々を味わい尽くしていった。

 そんな中で、1人冷静に優雅に食べる竜人がいる。それがシルヴィアだ。食事を終えて口元をナプキンで拭うと(たん)(ぱく)な評価が告げられる。


「……まあまあね。正直にいいまして王国が出す料理はそれほど期待していなかったのですがこれならば及第点でしょう。ですが我が王室の料理に比べればまだまだですわ」


 思わぬ辛口評価にティアナクランはこめかみに青筋が出そうになるがぐっと抑える。フレアの出す料理に自信があっただけにティアナクランの心情は面白くない。


(フローレアの料理がまあまあですって~~? 共和国の王室の料理はどれほどのものだといいますのよ)


 文句の言いたい気持ちをぐっと抑えてティアナクランは声を絞り出す。


「そ、それは、それは……。共和国の料理がどれほど素晴らしいものか今度教えていただきたいものですわね」

「ええ。機会があれば、――ですが」

「へえ……、機会があれば、ですか」


 シルヴィアがそんな機会は来ないと突き放した、そうティアナクランは判断した。こうして2人に広がる険悪な空気を察したルドルフは慌てて話題をそらした。


「いやあ、大変素晴らしいもてなしを受けさせて頂きました。技術の展示会はまだ時間がありますので是非ともそれ以外の品目について交渉させていただきたい」


 ルドルフの仲裁を察してティアナクランが気を持ち直すとにこやかに返す。


「それもよろしいですが長旅でお疲れでしょう。本日はゆっくりお休みいだたき明日から交渉と参りましょう。食事以外にも数々の持てなしをご用意しております。心安らかにおくつろぎください」


 張り付いたような笑顔のままティアナクランはお辞儀をするとその場を後にする。

 ルドルフは手で顔を押さえて天を仰ぎたくなる。だが不敬だと分かっているのでそれはしない。ルドルフはシルヴィアに対しては苦言を呈した。


「シルヴィア様、先ほどの発言は()(かつ)でしたぞ。王国の食事がそれほどお気に召しませんでしたか?」

「ごめんなさい。少し気が立ってしまったようですわ。明日改めて謝罪させて頂きますわね」


 気が立つ理由はルドロフにも察しが付く。竜人は地上の人間を見下す傾向がある。がそれだけではない。シルヴィアは姉のエクリスをとても慕っている。だからこそ認めたくないだろうと。


「……何度も言いますが王国は既に同盟国です。失礼のないようにお願いしますぞ。それは王国の王族や貴族だけではありませぬ。これから交渉する交易品のほとんどをグローランス家が取り仕切っているのです。グローランス家に対しては心証を害すことのないように」

「それくらい分かっていますわ。ご心配には及びません」

「だとよいのですが」


 先が思いやられるとルドルフは不敬にも溜め息をこぼしたくなるのだった。




 交易都市ガランの視察を終えて夜の(とばり)が下りる頃。

 シルヴィアは夕食も終え露天風呂を満喫した後、誰もいない高級旅館の個室にたどり着いた。すると乱暴にドレスを脱ぎ捨てて動きやすいラフな格好に着替える。そして既に用意されている布団の上にダイブして愚痴をこぼした。


「ああーー、悔しい」


 ジタバタと手足を動かしシルヴィアは暴れた。それというのも王国側の失点という失点が見られないからだ。しかも、お昼に出された食事は難癖をつけたものの文句なしに美味しかった。いや、最上級の美味だった。


「なんなの、なんなの、あの料理。美味しすぎてさすがに不味いとは言えなかったわよ。というか、王室でもあれほどの料理食べたことないわよ」


 王女にあるまじき(しゅう)(たい)をさらしているが奥で控えている従者は平然としている。これがシルヴィアの本性で従者にとっては珍しい光景ではないからだ。

 今はもう可憐な王女の面影もない。


『シルヴィア様、西側の別館はシルヴィア様の貸し切りだそうです。われら従者部隊とグローランスの従業員がいるのみです』


 報告を受けてシルヴィアは布団の上であぐらをかくと頷く。


「そう。ここだったら羽目を外しても良さそうね。グローランスの従業員は幾ら詰んでも良いから買収して。私の醜態を世間に知られるわけにはいかないのだから」


 従者たちは頭を下げると主の命令を実行するため散っていく。そして、シルヴィアは立ち上がるとワインのボトルを用意しコルクを抜いた。なみなみとジョッキに注ぎ、それから豪快に飲み干す。


「ぷは~~。仕事の後の一杯は格別ね」


 龍神の血も引くシルヴィアは酒に強い。王族は子供の頃から酒を水代わりに飲む風習がある。

 一杯やらかした後は持ち込んだ本を手に取った。挿絵の割合が多い小説を手に取ると読み進めながらげらげらと笑って時を過ごす。そしてふとシルヴィアは足りないものに気がつく。


「つまみがないわね」


 ちょうど従者たちは買収のために出払っていてシルヴィアは仕方なしにラフな格好のままに部屋を出る。どうせ貸し切りだからという油断もあった。

 しかし、シルヴィアはこの頃には忘れてしまっていた。貸し切りなのは西の別館だけなのだということを。

 だから別館を抜けてすぐの所にある(ちゅう)(ぼう)にそのまま足を運んだ。そこではせっせと1人フレアが明日のための仕込みを行っていた。

 フレアは明日のメニューについて悩んでいた。


(シルヴィア王女は私の料理を食べても酷評だったと聞いています。口に合わなかったのでしょうか? だったら明日から彼女の口に合うように変えるべきでしょう)


 彼女の()(こう)を調べさせようと考えていると当の本人から声をかけられる。


「ちょっと、そこのあなた、さっきから呼んでるんだけどっ!!」


 はっとしてフレアが視線を向けるといかにも家の中で着るような薄着の私服姿。シルヴィアは不機嫌そうに腰に手を当ててフレアに詰め寄ってきた。フレアはすぐに謝罪する。


「はい。申し訳ありませんでした。考え事をしていたものですから」

「言い訳しないの。あんた見習い? 鈍くさそうね」


(口が悪い人ですね)


 そうは思うがフレアはにこやかに用件を伺う。


「失礼致しました。それでどのようなご用件でしょうか」

「夜食よ、夜食。つまみになるようなもの作って頂戴」

「畏まりました。どのようなものが食べたいかなどご希望はありますか?」

「王国の料理なんて知らないわよ。うまけりゃなんでもいいわ」


 お辞儀をして早速調理に取りかかるフレアにシルヴィアから怒声が上がる。


「ちょっと、あんたじゃないわよ。シェフに作らせなさいよ」

「いえ、私がここのシェフです」


 まさか11歳の少女が厨房を仕切っているなど想像もできなかったシルヴィア。笑い飛ばしたあとフレアを馬鹿にする。


「あはは。あんたみたいなちんちくりんなガキがシェフとかありえないでしょ」


(ちんちくりん?)


 またもイラッとしたがフレアはお客様に努めてスマイルを忘れず応じる。

 

「ですがお昼も夕食も私が作ったのですよ。私の作ったハンバーグ、お気に召さなかったとか」

「はっ?」


 そうこう話している間にフレアは早速一品完成させた。シルヴィアに小皿を差し出すと彼女は驚いていた。

 話をしていたわずかな時間。その間の手際の良さに目を見張る。シルヴィアからみても明らかに手慣れている。


「これは?」

「彩り豊かに刻んだ葉野菜の上にしっかり湯通した薄切りお肉を乗せ特製のタレをかけたものです。美味しいですよ」


 渡された小皿を口にするとシルヴィアは黙々と食べる。

 その間もフレアは次々とおつまみになりそうな物を作っていった。

 小皿を食べ終えたシルヴィアはトレーに並べられていくおつまみ各種に興味を引かれている。どれも見たこともない料理なので興味が尽きない。

 そんな彼女にフレアは言った。

 

「従業員に運ばせますのでお部屋でお召し上がりください」

「何言っているのよ。あなたも来なさい」

「ほへっ?」


 それからフレアはシルヴィアに連れ込まれこき使われた。なぜか知らないがシルヴィアは自分の従者を使わずフレアにばかり命令する。


「ぎゃはははっ」

「……」


 失礼だとは分かっていても白い目をとめられそうにない。フレアは最初から目の前の人物が共和国の第五王女シルヴィアだと気がついていた。しかし、シルヴィアがフレアの正体に気がついているのかは疑問だ。フレアをみて見習いと言っていた辺り気がついていない可能性が高いように思えた。

 そもそもうつ伏せになって本を読み、フライドボテトをむさぼる姿をフレアだと知って見せているのだとしたら大物である。


「ちょっとそこの駄メイド。飲み物持ってきて」

「何をお持ちしますか」

「さっきからあんたの作った甘くて黒い炭酸水ばっか頼んでるんだからわかるでしょ。ほんと愚図ね」

「……失礼しました」


 フレアが何とか穏便に応じたのをシルヴィアの従者は『こちらこそ本当に失礼致しました』と申し訳なさそうに頭を下げている。

 従者たちはフレアがグローランス商会の最高責任者でエクリス王女の婚約者と気づいて顔色が真っ青になっている。従者たちは指摘するタイミングを見失いオロオロと右往左往していた。

 そんな従者の気も知らずシルヴィアは今も本を読んでは笑っている。


「あはははは」


 フレアがジョッキに飲み物を注いでいく間もシルヴィアは満喫しきっていた。そして、フレアが飲み物を持ってくる頃に本を読み終わり上体を起こす。

 そして受け取ったジョッキをまたも一気に飲み干すとご機嫌な様子でフレアに言った。


「あなた気に入ったわ。このポテトっていうのも最高だし、この黒い炭酸水も病みつきね」

「ありがとうございます」


 フレアははやく解放して欲しいという気持ちを隠し心にもないお礼を述べる。


(この人、ジャンクフードがツボなのでしょうか?)


 フレアが改めてシルヴィアを見ると目のやり場に困る。上は半袖のTシャツ1枚で下もショートパンツ。とても淑女とは思えない。

 腰まで伸びる長く艶やかな髪は抜けるような青で綺麗な色彩に輝いて見える。目はぱっちりしていて情熱的な赤色をしている。それゆえにか力強さを感じる。鼻は高く筋が通り、顔立ちは間違いなく美人だ。

 なのになぜこうなったと嘆きたくなるだらしなさ。


(この人、間違って王女に生まれたんじゃ……)

 

 そう思っているとシルヴィアから思いもよらない誘いを受ける。


「あなた私の専属従者になりなさい」

「お断りします」


 不意の誘いだったのにもかかわらずフレアは驚くべき速さで即答した。それはもう魂の底から出たような本気の拒否だった。


「なんでよ。私実は共和国の王女なのよ。専属従者なんてとても名誉なことよ」

「お気持ちは大変ありがたいのですが(笑)、私これでもそれなりの待遇を受けていますのでお断りします」

「どうして? あなたのような逸材を見習いにしておく商会に未練はないでしょ」


(いえ、グローランス商会は私のものですし)


 そこでフレアはシルヴィアの言い方が気になった。シルヴィアからは商会に対する個人的な感情が見えた気がしたのだ。


「ところで商会に何か含むところがおありでしょうか。ご不満があれば対応致しますが」

「ああ、不満というか。グローランス商会のトップってエクリスお姉様の婚約者でしょ」

「(私は婚約に了承していませんが!?)」

「んっ、何か言った?」

「いえ、お気になさらずに続きをお願いします」

「そう?」


 それから改めてシルヴィアは立ち上がって拳を握りしめると怒りを爆発させる。


「つまりは私はエクリスお姉様の婚約に反対なのよ。相手は魔法も使えないというし絶対に相応しくないわ」

「おおーーーーっ(パチパチパチ)」


 フレアは思わず拍手してしまう。フレアもエクリスと結婚する気などさらさらないのでシルヴィアには是非とも頑張ってもらいたいところである。


「あなたも私の意見に賛同してくれるのね」

「はい」

「やはり、あなたとは気が合いそうね。今の姿の私を見ても快く付き合ってくれるし」

「(いえ、快くなどありません)」

「んっ、何か言った?」

「いいえ」


 これでも結構ストレスが溜まっているフレアだが王女に言えるはずもなく相変わらず営業スマイルだ。

 だがそこでシルヴィアは一度だけ恥ずかしそうにフレアに告げる。


「そういえば昼のハンバーグってあなたが作ったのよね。改めて言っておくわ。本当はすごく美味しかったわよ。作ってくれてありがとうね」


 突然にかけられた不意打ちのお礼。これにはフレアも即答できなかった。シルビアのその言葉はいままでの不満が吹き飛ぶほどの最高の報酬だったのだ。


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