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第77話 魔技研編 『マコトの波紋』

 フロレリアと家族の問題も無事解決。一息つけるものと思っていたが人生は甘くない。

 よこし魔の襲撃時、いきなり消えたフレアと入れ替わるように現れたマコト。それからずっとマコトを捕捉していたのはフロレリアだけではなくルージュも同様だった。

 現在ルージュとフレアは就寝前。可愛らしい寝間着に着替えた後ベッドの上で向かい合っている。

 

「さて、あなたのことじっくりと話してもらいましょうか」

 

 いつもはリリアーヌが一緒の部屋で護衛を兼ねるのだが、今日はルージュがその役目を奪った形だ。全てはフレアの秘密を問い詰めるため。

 今のフレアは風呂上がりだ。汗を流してさっぱりしたはずなのに冷や汗が止まらない。


「あなたがマコトさんからフレアさんに変わるところはバッチリ見させてもらったわ。フロレリア様との会話もね」

「ごめんなさい」

「あら、どうして謝るの。やましいことでもあったかしら。ああ、そういえば親友なのに隠し事をしていたのはどうかと思うわ」

「ごめんなさい」


 グサグサと刺さるルージュの言葉の刃がフレアを追い詰めていく。あまりにも思い詰めた表情をするのでルージュはため息とともに追求を止めた。


「まあ、わたくしも盗み聞きした形ですし、何より自覚して間もないと判断し許してあげましょう」

「ほんとうですか」


 もっとネチネチと責められ、生きていることを後悔させるくらいの恨み言を聞かされると思っただけにほっと息をつく。


「よかったのです。ルージュさんに嫌われたかと思いました」


 フレアはついうれしくてルージュを抱きしめるもルージュは慌てふためいた。


「ちょ、フレアさん、待ちなさい。あなたはマコトさんでもあるのよ。と、とと、ということはわたくしは殿方に抱きつかれているということに」


 顔を真っ赤にして慌てふためくルージュにフレアもはっとして身を離した。

 ルージュは絶世の美少女といって(そん)(しょく)ない。風呂上がりということもあり、赤く色づいた頬やぬれて艶やかな黒髪は美しい。急に照れが襲ってきて慌てて視線をそらした。それから彼女から漂う華やかな薔薇の香りに気がつくと、マコトの部分が反応してドキドキしてしまう。


「ごめんなさい。つい」

「まあ、かまわないわ。マコトさんが責任を取ってくれるのなら……」

「ほへ?」

「責任、取ってくれるわよね」


 ルージュの顔は笑っているのにフレアは有無を言わせぬ圧力を感じ取っていた。


「フレアさんは知っていると思うのだけどわたくし、これでもやんごとない出自なのよ。殿方と護衛のためとはいえ寝室を共にした……なんて復権した暁には大問題になるでしょうね」

「いや、それはおおげさでは……」

「お風呂も一緒のことがあったわね」


 それを言われるとフレアはだらだらと滝のような汗を流して縮こまった。


「あの、私リリーにも言ってますけど1人で入れますと言ってるのに無理矢理」

「あ、そうそう。ピアスコートにはまだ内緒だったものね」

「そ、それが何か?」


 猛烈に嫌な予感がするのだがフレアは聞き返す以外に選択肢が残されていない。


「絶対秘密にした方がいいわね。ピアスコートもそこの所は笑って許しそうな気がするけれど、あれの母親は黙っていないわよ」

「た、確かに……、あの人は苦手です」


 やんごとない出自と言えばリリアーヌも一緒だ。さらにはリリアーヌの母親を助けた経緯もあって随分と気に入られている。それは良いのだがリリアーヌの母親はわがままで世間知らず、権力にがめつい。下手な地位に就かせれば組織や国を傾かせてしまいかねない。フレアが男と知れば、その財力と力を狙ってあらゆる手段を用い、リリアーヌとの縁談を迫るだろう。


「まあ、ピアスコートとの縁談を持ちかけたときは渡り商人の総力を挙げて叩き潰すけれどもね」


 そういうルージュの目には明確な憎しみが宿り、フレアは心穏やかではない。リリアーヌの母親はルージュの家族の死や没落に関わっている。今は滅びたビッテンブルグ騎士国の国政もリリアーヌの母親の甘言で相当乱れたという話だ。ルージュは彼女を国賊と見ているだろう。大義名分があればルージュは叩き潰すことに躊躇しないように思えた。


「あの、私がこんなことを言うのは心苦しいのですが、(ふく)(しゅう)にとりつかれないでくださいね。そんなルージュさんは見たくありません」


 それはもうフレアの本当に悲しそうな表情を見たからだろう。ルージュははっとしたあと今度はルージュの方からフレアに抱きつき押し倒す。


「不安にさせてごめんなさい。大丈夫。フレアさんがいてくれるのならわたくしはもう引きずられることはないわ。でももうしばらくこのままで」

「……はい、分かりました」

 

 ルージュは今、自分の中にある憎しみに気がつき恐怖してるのか、それとも押さえ込もうとしてかは分からない、だが震えている。(きゃ)(しゃ)な肩を抱くとルージュもまた守るべき魔法少女なのだということを思い出す。あまりにも強く、頼りになるので忘れがちだが彼女もまだか弱い少女であるとフレアは改めて思い知らされた。

 

 


 附属校を襲ったよこし魔の襲撃を鎮圧して数日のときが過ぎた。

 アリアとクリスの間にあった確執も改善の兆しを見せて現在の学園祭実行委員会はうまく回り始めている。

 それというのもアリアの復調に加えて、S組も積極的に運営の手伝いをするようになったからだ。

 そのおかげもあってアリアの態度も硬さが取れ、余裕が生まれつつある。アリアが時々緩んだような表情を見せるので周囲の生徒たちはもう大丈夫だと安心したことだろう。だがその表情の緩みは別の要因であり、そのことに気がついている生徒は少ない。


「ねえねえ聞いて欲しいのよ。また例の男の子が現れたって聞いたっしゅ」

「その少年相当な()()れと聞くのう。どれほどのものか興味があるだの」

 

 今朝、ホームルーム前の教室でG組の生徒たちのうわさが耳に入るとアリアは思わず意識が向いてしまう。魔法少女のピンチに現れる謎の男の子の話はクラスでも学園祭に並ぶホットな話題だ。その話に乗って集まる生徒たちの多いこと。


「むう」


 眉間に力が入り思わずしわを寄せているとユーナが話しかける。


「うわさの男の子のこと気になるの?」

「え、そ、そそそ、そんなことありませんわよ」

「うそね」

「即答!?」

「だってうわさで浮つく生徒の様子に不機嫌になっていたでしょ。分からないとでも思った?」


 ユーナは賢く鋭い。アリアはごまかせる気はしないがそれでも否定する。


「何のことかしら。なぜわたくしが不機嫌にならないといけませんの」

「実は私その男の子の正体に心当たりがあるのよ。でも興味がないのなら……」

「――っ、誰ですの!!」


 思わず席から立ち上がりアリアはユーナに詰め寄った。突然声を荒らげるものだからクラスの注目を集めてしまった。

 羞恥に赤くなるとアリアは取り繕ってせき払いした。


「おほほほほ、何でもありませんことよ。皆さん、そろそろ予鈴も鳴りますし席についてくださいね」


 お小言を言われてはたまらないと生徒たちはアリアから視線を外す。とは言ってもおしゃべりをやめるわけではなかった。それだけマコトについての臆測は彼女らの興味をそそることであった。それはアリアも例外ではなく、注目が()れたことを見計らってユーナに寄るとささやくように聞いた。


「で、誰なんですの?」

「あら、やっぱり興味があるのね」

「はぐらかさないで教えなさい」

「私が知っているのはその男の子の名前が『ほうじょうまこと』というらしいことね」

「――っ、その名前、わたくしも聞きましたわ」

「やはりそうなのね」


 アリアはユーナの肩をつかむと問い詰める。


「で、彼は何者なんですのよ。教えなさい」

「ふふ、必死ね。でもおしえな~~い」

「どうしてですの?」

「ライバルは少ない方が良いもの」


 ユーナの反応からアリアはショックを受けたように後ずさる。


「ユーナさん、あなたもしや彼のことを」

「御想像にお任せするわ。ねっ、シャルさん」


 急に話を振られたシャルは驚き慌て出す。実はユーナの会話を盗み聞きしていただけにばつが悪そうである。


「な、なんで私にふるのよ。意味が分からないわ」

「あなたも彼の名前に反応していたわね。そういえばテロのときは彼に最も近い場所にいた魔法少女だものね。何か気がついたことでもあるんじゃない?」

「べ、別に。私は彼の正体なんて知らないし。興味もないし?」


 あからさまに挙動不審な態度を見ては何かあると勘ぐられてしまう。アリアとユーナが疑惑の目を向けるもシャルはごまかすように口笛を吹こうとする。それも見事に失敗するのでますます怪しまれた。


「そういえばシャルさんはテロがあった日から急激に魔力量が上がっているわよ。恋でもしたのかしら?」

「なんでそこで恋の話になるのよ」

「だって、魔法少女は恋をすると急に強くなるという仮説が昔からあるでしょ」

「め、迷信よ」

 

 そこで思い出したようにユーナは話をかえた。


「そうそう、シャルさんこの前のよこし魔の襲撃ではすごかったわね。増援としてはG組で一番乗り。真っ先にフレアさんを探していたようね」

「い、一応フローレアさんは友達だし、当然よ」

「ニャムさんと協力して圧巻の5体撃破。素晴らしい活躍だわ」


 ユーナに持ち上げられてシャルはすぐに胸をはって調子に乗るかと思いきや様子がおかしい。


「そ、そうかしら?」


 徐々にシャルはユーナをひどく警戒するのような鋭い視線で見つめるようになる。なぜか両者の間で火花が散っているように思えるのはアリアの気のせいか。

 そこに予鈴が鳴るよりもはやく教官であるフレアが教室に入ってきた。タイミングが悪かったのかシャルが大げさにびっくりしている。


「うええーー、ふ、フローレアさん!!」

「ほむ、どうかしましたか。そんな奇声を上げて」

「な、何でもないわよ。私はあなたのことなんとも思ってないんだからね」


 フレアはいつもの素直じゃない発言だと気がつきふわりと微笑むと。


「私はシャルさんのことを大事な親友だと思っていますよ」

「ばっ、そんな(おく)(めん)もなく言わないでよ。は、恥ずかしいじゃないのよ。もう知らない」


 すっかり恥じらって自分の席に引っ込んでしまうシャルにユーナは幾分まぶたがさがり、疑惑の視線を言ったり来たりさせる。

 アリアもまた不審に思う。なぜシャルはフレアが来た途端に乙女のような顔を見せるのかと。


(それにしてもフローレア教官の先ほどの笑顔、あの男の子に少し似てましたわね。……んんっ)


 頭の中で何かがひっかかる。それも予鈴が鳴り響くと真面目な委員長は『起立』と号令をかけた。その頃には浮かんだ疑念は()(れい)に忘れていた。




 学園祭も近づき、屋外演習場では商品展示会の準備のため魔技研の職員が続々と集まり作業を始めている。

 仮設のテントがずらりと並び、簡易式のピロティも建設されると魔技研の自慢の商品と販促物が現地で組み立てられていく。作業する職員の人数は200人ばかりに膨れ上がっており魔技研の力の入りようがうかがえた。

 その現場では魔技研の若手筆頭の立場にある腕利きの技術者ジョージが指揮をとっていた。

 細身だが身長が高く、フレアが見ればイケメンだと嫌悪を浮かべそうな顔立ちだ。キリッとした目つきは周囲を萎縮させる力がみなぎっている。


「よう、久しぶりだなジョージ」


 そんな彼に声をかけたのはグローランス商会ガラン支部工房長ダグラスである。ダグラスは元魔技研の技術者でありジョージとも浅からぬ縁があった。

 ジョージはダグラスのために部下に引き継ぎすると現場を離れた。


「ダグラスか。こんな形で再会することになるとはな」

「順調に偉くなってやがるようだな」

「そちらこそグローランス商会で(らつ)(わん)を振るっているそうじゃないか」


 それから2人の間には重苦しい沈黙が訪れる。知己でありながら今2人の立つ距離は離れている。それは2人の心の距離でもある。それから改めて話を切り出したのはダグラスだ。


「魔技研は相変わらずか……」

「いまはな。だが俺が必ず変えてやる。偉くなって変えなきゃならない」

「だろうな。俺を陥れてまで手にした地位だ。そうじゃなきゃ困る」


 それからダグラスは頭をかいて厳しい目をジョージに向けた。


「だがそれは何時だ?」

「……近いうちだ」

「本当にそう思っているのか?」

「そうだ。この商品展示会で共和国との取引を成功させれば俺はまたのし上がれる」

「てめえはいつもそうだったな。内から必ず変えてみせると。昔はてめえがいつかやってくれんじゃねえかと思っていたが……」


 それからダグラスが視線を魔技研の職員たちと商品たちに向けた後で失望を含んだ溜め息をこぼす。


「がっかりだぜ。てめえの方はなにも変わってねえな」

「どういうことだ?」

「技術って言うのは日進月歩だ。てめえは出世欲にとりつかれるあまり大事なものを見失ったようだな」

「お前こそしばらく会わないうちに随分青臭いことを言うようになったな。我々にとっては個々の実力が全てだ。どれだけ技量を身につけるかにかかっている」


 ダグラスは首を振りジョージに言い聞かせる。

 

「そこだよ。それがもう古いんだ。もう頑固な職人気質だけじゃやっていけないんだ。ただの性能至上主義じゃもう時代遅れなんだよ。俺はそれをグローランス商会に入って思い知った。そんなんじゃあ俺たちには勝てねえぞ」

「ふん、技術じゃ勝てないから負け惜しみか。悪いが俺はお前らを叩き潰して魔技研のトップに上り詰めなきゃならない」

「そういう所は悪い意味で変わったかもな。そんな濁りきった目でトップにあがっても魔技研は変わりそうもねえな。だったら引導を渡してやるよ」

「一度は挫折した負け犬が俺に勝てると思っているのか、ダグラス」


 ジョージの挑発にダグラスは乗ることなくニヤリと余裕を含んだ笑みを浮かべる。


「俺だけじゃ勝てねえかもな。だがてめえが最も警戒すべき相手は俺じゃねえ」

「はったりだ。大方グローランス商会は魔技研で培ったお前の技術を借りてのし上がったんだろう。しかし本場の力は違うということを教えてやる。お前もさっさと作業に移った方が良いぞ。グローランス商会はまだ誰1人として作業に取りかかっていない。それで間に合うのか?」


 ジョージが指摘するのは魔技研の隣に割り当てられたグローランス商会の空っぽの展示スペースだ。

 だがダグタスは意に介することなく手を振って去っていく。そして、ジョージには聞こえないようにダグラスは呟いた。


「うちの姫嬢ちゃんはおっかねえぞーー。作業にかかってないなんてとんでもない。お前こそせいぜい気張るんだな」


 ジョージは全く焦りが見えないダグラスの態度に言い知れない不安がよぎる。それを振り払うように強気で自分に言い聞かせる。


「俺が、魔技研が負けるなんてあり得ない。せいぜい(いき)がっていろ」


 大股で怒りを表しながらもジョージは強く拳を握りしめていた。


「俺は切り捨てたものたちのためにも偉くならなきゃならないんだ。どんな手を使ってもな」

 

 ジョージは勝利を確実なものにするため、すぐにシンリーことシーリーンを呼び寄せることとなる。


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