第76話 魔技研編 『魂の絆』
マルクスに誘導されガランの人々が魔法障壁に守られたウラノス魔導騎士学園附属校に避難してくる。
それを阻止せんと悪意に支配されたおそるべき魔物《よこし魔》が校門に迫っていた。避難する人々は見上げるような巨大な魔物の威圧感に恐れおののき怯えるしかない。
しかし、そんなよこし魔は一定の距離から先には進めないでいる。
なぜなら、近づこうものなら魔装銃による魔法砲撃が雨のように降ってくるからだ。このフレアの射撃は正確でよこし魔は手をこまねいていた。
現在は敵の侵攻を防いでいるがフレアは楽観などしていない。一体でも厄介なよこし魔が30体もいるのだ。更にはよこし魔を喚びだした純粋種の無魔がどこかしらに潜んでいる可能性も捨てきれない。
「ルージュさん、よこし魔の牽制を手伝ってくれませんか」
「嫌よ」
「そうですか。それでは右……って、ええーーっ、なぜですか?」
てっきり手伝ってくれると思い込んでいたフレアは素っ頓狂な声をあげてしまう。フレアがお願いすれば大抵聞いてくれるのでこれは予想外だ。
「わたくし、魔法障壁の展開で手一杯なの」
「いやいやいや、ルージュさんならその程度片手間ですよね」
ルージュは規格外の魔法少女だ。うそだとフレアにはすぐに分かってしまう。どうして意地悪を言うのか理解出来ない。
だが次の言葉でルージュの意図が判明した。
「ピンチだというのならマコトさんを呼べば良いでしょう。彼、魔法少女がピンチになれば必ず助けるって言っていたそうだものね」
「あっ……」
ルージュはフレアに疑いの目を向け不機嫌そうにぷいっと顔を背ける。ルージュは以前からフレアとマコトの関係を疑っていて同一人物と確信しているようだった。
かつては知らず否定したがフレアもその可能性が極めて高いと先日知ったばかり。ルージュとはいろいろ秘密を共有する無二の友人としての付き合いがある。うち明けてくれないことで拗ねてしまっていた。
それでも緊急時にそれはないだろうとフレアは腹が立った。だから言ってしまう。
「ほーーう、そんなこというんだ。だったら私、これからルージュさんのこと《自称》天才のルージュさんと呼ぶことにします」
「なっ、そ、それは……」
フレアからの思わぬ逆襲を受けてルージュはショックでよろめいた。
「ああ、なんて美しくない響きなのかしら」
天才という言葉に特別な自負があるルージュにとって、あまりにも受け入れ難い呼び名だ。このことからルージュはフレアが怒っていることに気がつく。
「あの、怒っているのかしら」
「ええ、ぷんおこです。今はそれどころではないでしょう?」
市街地からはよこし魔に襲われる女性の悲鳴が上がる。するとフレアは言い争いをしながらも精密射撃で狙い撃つ。そしてよこし魔は哀れ、ヘットショットをうけて悶絶し地面を転がった。
「ああ~~、分かったわ。今のは反省する。だから嫌いにならないで」
普段は冷静で動じないルージュが珍しく焦っている。それでも魔法障壁を展開しながら片手間に闇属性の上級魔法砲撃の魔法球を無数に作り上げた。それで民を守るように砲撃が飛びだしていく。ルージュの砲撃がよこし魔の急所を次々に炸裂。よこし魔は一様に怖じ気づき退いていった。
そして避難する人の最後の列で若い姉妹を連れてきたマルクスは、一度校門に戻ってくるとそんな2人に向かってまず言った。
「おまえら端から見てると痴話げんかにみえんぞ、真面目にやれ」
「「違います」」
フレアとルージュは揃ってマルクスに振り向き否定する。綺麗なハモりはマルクスの疑惑を深める。
「はあ、まあいいや。それより付近の住民はあらかた誘導したぞ」
最後に連れてきた姉妹を指してマルクスは話す。するとフレアが背後から迫るよこし魔に気がつき叫ぶ。
「危ない、後ろ!!」
姉妹の背後からはよこし魔が砲弾のように飛び込んで向かってくる。予想外の特攻にフレアも不意を突かれて対応が間に合わない。
『い、いやあああ』
姉は妹をかばう姿勢を見せて妹の方は身を固くしてしゃがみ込む。マルクスはすぐさま間に割って入った。
「『刮目してみよ。この磨き上げられた肉体を。日夜欠かさず鍛えあげた筋肉美。それははち切れんばかりに隆起する男の勲章。ぬおおおっ、《筋肉無双》』」
身体強化の魔法の詠唱を一気に読み上げ、マルクスの体は鋼のような筋肉が隆起すると超人のごとき肉体を武器によこし魔を迎えうつ。
巨大な魔物であるよこし魔を小さな巨人マルクスが受けきった。
「へっ、ぬるいぜ。ガリュードって無魔にくらべてテメーは敵じゃねえ」
地面に投げ倒すと起き上がったよこし魔にマルクスが肉弾戦を挑んだ。体長5メートルを超えるよこし魔の大きな拳をマルクスの拳が迎えうちぶつかり合う。そんな両者のぶつかり合いはマルクスに軍配が上がった。
よこし魔の腕が衝撃に負けてはじき飛ばされる。すかさずマルクスは踏み込むと一気に畳み掛け、拳打の嵐をたたき込んでいく。
「おらおらおらおらーーーーっ」
魔導騎士ですら手こずるよこし魔をマルクスは生身で圧倒する。その活躍は後方で見ていた附属生たちに勇気を与え熱狂させた。
『筋肉無双ーー、やっちゃええーー』
『きゃあああーー、マルクスしゃまーー。かっこいいーー』
よこし魔はボコボコにされると最後はマルクスのアッパーカットで遠い後方に吹き飛ばされ視界から消えていく。
よこし魔の脅威もひとまず去ってマルクスは助けた姉妹に声をかける。
「お嬢さん、無事ですか」
白い歯を見せながら爽やかに笑いかける。
そう思っていたのはマルクスだけだ。年上の姉の方にモテたいという邪念が強すぎて鼻息荒く、鼻の下が伸び、がたいのいい男に詰め寄られた姉の方はわずかな悲鳴をあげてマルクスを突き放す。
「ご、ごめんなさい。無理です」
「あ、がっ……」
アプローチをかける暇もなくマルクスは撃沈した。これは秒殺以前の問題だ。ショックの余り凍り付いたように動かないマルクスに幼い妹の方が近寄る。妹の目は姉とは正反対。恋する乙女のそれだった。
「助けてくれてありがとう、お兄ちゃん。私大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになりたい」
これがまたマルクスの自尊心を傷つけることになる。彼は年上が好みであって年下は全く興味がないのだ。彼は涙ながらに悔しがりつつ返事をかえす。
「おう、ありがとよ」
その涙は幼い少女に誤解されてしまう。泣いて喜んだことになってしまったのだ。こうしてまたもマルクスは不本意な形でモテていく。年下ばかりにモテるのだ。
そんなマルクスを哀れみフレアは彼の肩をポンポンたたいて励ました。
「良かったですね。彼女将来きっと美女になりますよ」
「うれしくねえ、俺は年上しか興味ねえんだよ」
そんな時だった。フレアたちに強力な遠距離砲撃が向けられてきたのは。
不意を突く砲撃にもルージュはとっさに反応し、同等の威力の魔法砲撃で相殺する。2つの強大な力がぶつかり合った爆発は凄まじく周囲に砂が巻き上がり視界が悪化した。
「これはよこし魔からの砲撃ではないわね。もっと強力な無魔がどこかに隠れているわ。フレアさん、傍を離れては駄目よ」
ルージュはフレアのいたはずの場所に目を向けるも姿がない。ルージュにも察知されることなくフレアは忽然と姿を消していたのだ。
「……いないわ。一体どこへいったの」
ルージュは焦りをにじませ探すがすぐにはっとする。アリアたちの方にとてつもない魔力を持った存在が急に現れたからだ。
クリスはよこし魔を周囲からなぎ払ったのを確認するとアリアに駆け寄った。
「アリア、無事なの?」
心配して駆け寄るクリスにわずかだがアリアは姉に手が伸びかける。思わずすがりたくなる気持ちをぐっと堪えると冷たく突き放した。
「あなたに心配される理由がありません。ただの他人なのですから」
「アリア……」
伸ばした手をはねられクリスはショックを受けて表情が強張った。他人という言葉が思いのほか胸に突き刺さり言葉が続かない。
先ほどはアリアの口からクリス姉様と耳にした。もしかしたら昔のように仲良くなれるのではとわずかなりとも期待してしまったのだ。
それでも現実は甘くないと憎悪に染まった瞳で返されては思い知らされる。
「そんな、他人って本気で言ってますの」
「カーマイン家を見捨てたくせに、今更姉様ぶらないでっ」
「でもそれは……」
「知っていますわよ。あなたがいなくなってから翌年、伯爵家には潤沢な資金が援助されるようになりましたもの」
クリスは困惑した。アリアはクリスが養子に行った理由に気がつき、それでもクリスを拒絶したのだ。ならばなぜとクリスは感情的に声を高くしてアリアに問う。
「だったら分かるでしょ。私は」
言いかけてクリスは言葉を飲み込んだ。見ればアリアからは憎しみよりも悲しみを含んだ大粒の涙がこぼれたのだから。
「アリア、あなた……」
「だったらなぜあのとき何も言ってくれませんでしたの?」
クリスがいなくなった日。
アリアは姉ともう会えないと両親に突然言い渡される。そのときのことを思うと胸が引き裂かされそうになった。別れの言葉もなく、ただ姉妹を失った事実だけを飲み込むしかなかった。
カーマイン家はフォレスター家に気を遣いクリスに会うことを律し、アリアもまた会うことは許されなかった。
昔を思い出すだけでアリアの顔は悲しみに歪んでいく。
「不思議ですわよね。同じ学園に通うことになったら話したいことがあるはずなのに。もうわたくしにはそんな気持ちが沸いてきませんのよ」
逆にクリスはアリアにようやく会えると期待した学園入学の日。
あの日、声をかけようとしたがアリアのあまりにも冷たい目で射貫かれると言葉を失った。恐怖が先にたち、声をかけることができなかった。そして、クリスは取り返しの付かないことをしたとようやく気づく。
(私は伯爵家を出るとき、アリアに会う勇気がでなかったのですわ。大好きな妹の悲しむ姿に挫けてしまいそうだったから。アリアに声をかける勇気がなかった)
それが姉妹の絆を引き裂いたと気がつき、クリスは愕然とする。
「私は……」
クリスは今が戦闘中であることを失念してしまっていた。伯爵家にいた頃には考えられないミス。
クリスの心胆を寒からしめる反魔の砲撃がせまっていたときには回避できない距離にあった。
「しまっ――」
「クリス」
やられる。
そう覚悟し衝撃に備えるもクリスに砲撃が届くことはなかった。アリアが身をていしてクリスをかばったからだ。
上級魔装法衣とマギカアイアスの防御があっても既にボロボロだったアリアを倒すには十分な威力がカノンの砲撃にはある。
凄まじい衝撃に鼓膜は痛いほど震え、肌が焦げ付きそうな爆炎がアリアを包み倒れていく。倒れる妹の姿にクリスは悲鳴のような声を上げた。
「アリアーーッ!!」
クリスがアリアを抱き留める。慌てて駆けつけたリリアーヌが2人の前に立ち、カノンの追撃を剣で斬り払った。
クリスはアリアがこのまま死ぬのではないかと不安になり震えが止まらない。
「アリア、しっかりなさい。あなたに何かあったら私は何のために」
うつろな目たっだアリアはゆっくりと目を閉じる。それを見届けた後、クリスはくるおしいほどの感情に翻弄されていく。
そして、喉が壊れんばかりの叫びを挙げようとしていたところでクリスの肩をぽん、と優しく叩かれた。同時に見たこともない強力な治癒魔法の光がアリアを覆った。それをなしたのはクリスよりも少し年下に見える男の子だ。
「泣かないで。アリアさんは必ず助ける」
「えっ?」
状況を理解するまでの数瞬。その短い間に驚くべき速さで傷が癒えていくアリアをクリスは夢でも見ているかのような心地でいた。
男の子の魔法は暖かくもあり、力強さもあってクリスは不思議ともう大丈夫だと安心感を覚える。クリスが男の子に目を向ければふわりと柔らかな笑みが返ってきて思わず息を飲む。目を奪われていると彼から励まされた。
「魔法少女の悲しみも嘆きも俺が全てなぎ払う。もう心配しなくていい」
「……あなたは一体誰なのです」
「俺はホウジョウ・マコトだ」
クリスの心にその名が深く刻まれていく気がした。
「クリスさん、手を握って呼びかけて。治癒魔法も万能ではない。あなたの思いがアリアの力になるはずだ」
それが何になる、などとクリスは反論しない。アリアを失うと思った恐怖に比べればどんなことでもできる気がした。
今ならあのとき言えなかったことも言える。
「はい、わかりましたわ。それでアリアが元気になるのなら何だってしますわ」
ぎゅっと手を握りクリスは目を閉じたままのアリアに呼びかけていく。
「アリア、だまって伯爵家を出て行ってごめんなさい。泣いているあなたに引き留められたらきっと私は耐えられなかった。私が弱かったのよ。でもそのせいであなたを傷つけてしまいましたわ。でも今なら言えます。私はただあなたを守りたかった。それが全てなの。なのにあなたを失ったら意味ないじゃないのよ」
ぎゅっと両手でアリアの手を握りしめて祈るようにクリスはアリアに呼びかけた。
「お願い。アリア。戻ってきてっ」
クリスの思いとマコトの癒やしの魔法が重なると一際大きな魔法に変化する。周囲をまばゆい魔法の光で埋め尽くしアリアのダメージを瞬く間に修復していった。
光が収まるとアリアはゆっくりと目を開きクリスを瞳に映す。
「クリス……姉様」
「アリア、ああぁ、よかった。目を覚ましたのね」
「……ええ」
それからアリアは顔を赤くして視線をそらした。
その様子は今までと違っており、クリスはどうしたことかと不思議がる。
そこに割って入ってマコトが容体を確認する。
「アリアさん、痛いところはない?」
「大丈夫ですわ」
「そっか、なら……」
立ち上がるとマコトは戦意を膨らませ遠くを見据える。
「どうする気ですか?」
「決まっている。魔法少女の敵は俺がなぎ払う」
マコトは超遠距離からの砲撃のため防戦するしかなかったリリアーヌに声をかけた。
「リリアーヌさん、そのまま敵の砲撃を防いでくれ。俺が敵を狙い撃つ」
「ええっ。というか君、誰なの?」
「俺は魔法少女の味方だ。信じてくれ」
今も砲撃を防ぎながらリリアーヌはチラリとマコトを見る。
視線を移せばアリアがこのわずかな間にほぼ万全まで回復している姿をみてリリアーヌは信じることに決めた。
「オッケー、だったら君に任せた。でもどうする気? 君は男だよね。放出系魔法が使えないでしょ」
それにはマコトがちょっとだけ意地悪な顔をして言った。
「問題ない。むしろ遠距離砲撃戦はもっとも得意とするところだ」
「えっ?」
リリアーヌとの会話を切り上げてマコトは右拳を引いて構える。それはパティのガンマギカナックルと同じ構えだったのでリリアーヌは思わず『ほへっ』と間抜けな声を上げてしまった。
マコトの拳には風の魔法砲撃の力が集約し唸りを上げていく。
「ガン・マギウス・ナックル……」
右手は巨大な弓を引き絞るかのように限界まで引くと突如マコトの右腕が猛るような炎を纏い出す。
そして、はるか先にいる敵に向かってマコトは拳を突き出した。
「……ヒーートレーザァーーーー!!」
まるで大口径から放たれた砲弾のような圧倒的な威力。音すらなぎ払うような猛烈な熱線砲撃が大気を煮えたぎらせながらまっすぐ敵に伸びていく。
遠くからそれを見たカノンなどは表情から余裕が一切消え失せ全力で回避行動を取る。
「ドワアアーーーー、なんじゃそりゃあーーーー」
カノンは辛うじて上体をそらし下半身は一瞬で蒸発し失った。
「うそだろ。フィニッシュアタックじゃないから死ぬことはないだろうが。ばかみてーな砲撃じゃん」
「ちょ、何なのよ。なんで男があんな馬鹿げた砲撃を撃てるわけ?」
混乱するもシンリーは舌打ちするとカノンの首を掴み上げる。
「敵に位置がばれたし。撤退するよ」
「だな。こっちも体の再生に時間がかかる」
シンリーのオーブにはまだまだ力が溜まりきっていないが欲をかいて失っては元も子もない。早々に切り上げシンリーたちはよこし魔を放置し逃走していった。
「あ、あなた一体なんなのですの?」
アリアは常識から外れた力を持つマコトに詰め寄った。そんなアリアを困った笑みを浮かべながら黙っていると、復活した《毒・絶、よこし魔》が怒りもあらわにして突っ込んできた。
『ノルマ、タッセイ、シナイト、パワハラーー』
何とも胸が切なくなる苦悩を垂れながしながら向かってくる《毒・絶、よこし魔》にマコトとリリアーヌが2人同時に踏み込んだ。
「時空魔法《刹那一文字》」
空間ごと切り裂く絶対的な切断攻撃が息つく暇もない刹那の間で繰り出され《毒・絶、よこし魔》の体が割ける。中から反魔の結晶体に閉じ込められた人が見えるとマコトがそれを救い出す。
「今だ、浄化を」
マコトの言葉を受けてアリアとクリスは頷いた。今の2人からはこれまでの険悪な雰囲気が感じられず堂々と並び立つ。
「アリア、私に合わせなさい」
「分かっていますわ」
2人はミラクルマギカリングからミラクルマギカロッドを召還する。
輝く魔法の杖を手に2人は精霊境界を展開。周囲を浄化の力で満たし覆っていく。
そしてロッドを囚われた人に向けると圧倒的な聖なる浄化の力をもつ魔法砲撃が放出された。
「「フィニッシュアタック《ミラクルマギカブレス》」」
心が洗い流されていくような2人の浄化魔法に囚われた人は天国に昇るかのような笑顔で癒やされていく。
『これからは前向きに生きよう』
そんな救われる声とともに囚われた人は救い出されたのだった。
直後、戦闘区域には複数の魔法少女の増援が駆けつけることになる。残ったよこし魔は次々彼女たちによって浄化されていく。
それを見届けた後、アリアは周囲を見回しマコトを探す。
「そういえば、あのマコトって男の子はどこに行きましたの?」
「さあ」
わからないと首を振りながらクリスはとある違和感を抱く。
「待ってアリア。どうしてあの男の子の名前を知っているのよ」
「あっ、それは……」
ばつが悪そうに目を泳がせているとクリスははっとした。脳裏にはとても認めたくないけれど限りなく可能性の高い推測が浮かんだのだ。
「もしかしてアリア、聞こえていたの。てっきり意識を失っているのだとばかり」
「あのマコトって男の子の癒やしの魔法は精神にも及んでいたのですわよ。つまり、その、クリスが言ったこともばっちり聞こえていたわけで……」
「あ、ああぁ」
羞恥でのぼせるのではと心配になるほど顔を真っ赤にするクリスにアリアはとどめをさす。
「まあ、すぐに仲直りは難しいと思いますが話くらいならしてあげますわ。あんな恥ずかしいせりふを言わせてまで拒絶するほどわたくしも鬼ではありませんわよ」
激しく動揺したクリスはこの怒りの矛先を見事に引っかき回してくれたマコトに向けることになる。
「マコトーー、恨むわよ。覚えてなさい」
空に向かって叫ぶクリスにならい、アリアも空を見上げて姿を消したマコトを思う。
(マコトさん、か)
わざわざ面倒な家庭の事情に踏み込んでまで姉妹のわだかまりを解こうとしてくれたマコト。それに出張カフェで起こったテロからクラスの皆を助けてくれたのも彼であろうことに気がついた。
アリアはそんなマコトに対して感謝と、言葉では言い表せない浮つくような、それでいて焦がれるような心持ちを抱くことになる。
人気のない路地裏にマコトは立ち止まると周囲を確認し魔力光を帯びてフレアへと戻る。
変身後、重い鈍痛が頭でするものの耐えられないほどではない。
(今度は気を失わずにすみましたか。マコトになっていた間の記憶も今回は断片的ですがあるようです。……なるほど。やはりマコトは別人だったということなのでしょうか)
いよいよ知の女神ミルに見せられた記憶が本物であることが濃厚となりフレアの顔色は優れない。
だが直後に聞こえた声に更に血の気が引いていく。
「フレア……」
魔法少女に変身していたフロレリアが空からフレアの前に降り立ったからだ。
(み、見られた!?)
そこに気がつくとフレアはわたわたと挙動不審となる。そして、大粒の涙がほほを伝い落ちた。フロレリアの子供としての生活はとても幸せだった。
幼い間はピンチになるといつも傍にいて全力で守ってくれたこと。
ほんとは料理が得意ではないのに美味しいものを食べさせたいと一生懸命練習してくれたこと。
辛いことがあってもいつも笑いかけてくれたこと。
思いかえせば宝物のような思い出がフレアの中にある。大事に愛され育てられたと断言できる。だからこそフレアは彼女から大事な娘との時間を奪った事実に罪悪感を覚えてしまう。
(言わなきゃ。せめて自分の口から、言わないと……)
話そうと口は動くも悲しみで声が出てこない。辛そうにしてるフレアをみてフロレリアは何かを確信したのか駆け寄るとぎゅうーーと抱きしめる。
「大丈夫よフレア。あなたは何があろうと私の子供よ」
「あ、え、……でも私は」
「私はずっとフレアを見てきたのよ。あの日、遺跡であなたが変わったことに気づいていたわ」
「うそ……」
「だったら娘に何があったのか調べるものでしょう」
フレアは信じられないと首を振る。それではずっと知っていて、それでも自分の子供として変わらず接してくれていたことになる。
「どうして? 私は『フローレア・グローランス』じゃないかも知れないのに。どうして」
フレアの言葉にフロレリアは何か得心したように頷く。
「そう、あなたはまだ自分のことについてほとんど思い出せていないのね」
「どういうことですか?」
フロレリアはそれには答えずフレアから目をそらさずに言い聞かせる。
「魂の均衡を崩すことは危険だから教えることはできない。けれどこれだけは忘れないでね。私はフレアも、マコトちゃんだって同じくらい大事な子供なの」
どうしてフロレリアがマコトの名を知っているのかと驚く。
混乱し戸惑っているフレアにフロレリアは大事なことを教えてくれる。
「例え血がつながっていなくても家族とは心でつながるものでしょう」
「心」
「そうよ。最近元気がなかったのはずっとそのことで悩んでいたのね。ごめんなさい、気付いてあげられなくて」
「いいえ。私こそ言えなくて。臆病で。いままで言えなくてごめんなさい」
「大丈夫、大丈夫だからね」
そして、ふふ、と優しい笑顔を浮かべるとフロレリアは言った。
「フレアもちゃんとあなたの中に感じるわ。あの子は泣き虫で臆病だけど、誰かのためなら一生懸命になれる子よ。普段のあなたの行動からちゃんと娘も感じるの。だから私には娘と、それに息子ができた気分よ」
「私は、これからもあなたの子供で良いのですか?」
それには細腕で力こぶを作るような仕草をしながらおどけて請け負った。
「当然じゃない。遠慮しないでいいのよ。それと、これからもフレアを守ってあげてね」
「はい」
それからしばらくフレアが母に抱きついたまま離れようとしない。フロレリアは愛しそうに抱きしめながら心の中で思案する。
(マコトちゃんは覚えてないようだけどフレアと世界を救うため多くの犠牲をはらい未来に希望をつなげてくれたのよ。2人とも私が絶対に守ってみせる。奴らにも、無魔にだって私の大事な子供たちを渡したりするものですか)
フロレリアは強く心に誓った。それが強大なホロウに君臨するあの御方やその大幹部たち。更にはマコトの産みの母親と戦うことになろうともだ。




