第73話 魔技研編 『対テロ特殊制圧型魔装法衣ですにゃ~~ん』
「皆さん、私はもしかしたら天才かもしれません」
今朝、最初の授業の冒頭はいきなりそんな暴言から始まった。
「突然何ですの? フローレア教官がいうと嫌な予感しかしないのですが」
警戒心をあらわにアリアが指摘してくる。
生徒たちも多くがアリアと同意見であり、しきりに頷いた。普段なら傷つくフレアだが今はとても機嫌が良いのか余裕は崩れる様子がない。
話を聞けば皆大喜び間違いなしとフレアは疑わない。
「前回の『キラキラ☆フラワーマギカカフェ』はテロリストのせいで水を差されました。毒をまかれただけで魔法少女も変身前に無力化され、窮地に立たされてました。これにはかつてない危機感を抱いた次第です」
フレアの言うことはもっともであり、生徒たちの表情が険しくなる。
「というわけですので私は考えました。対テロ特殊制圧型魔装法衣の導入が必須であると」
「ひどく物騒なネーミングですわね」
「しかし、拙者にとっては頼もしくもある名前でござる」
カズハの脳裏には実に軍人らしい質実剛健な勇姿を思わせる法衣が浮かび嬉しそうである。
それはアリアも同様だったのか、ほっとしたしたように頬が緩む。
どうやら今度の新装備はまともなのだろうと迂闊にも期待したのだ。
「本来ならば新型魔装法衣の開発には大変な時間が必要なのです。しかし今回ばかりは違います。学園祭の期間中変身していても魔力が枯渇しない省力化と対テロに役立つ数々の能力を付与したおそるべき魔装法衣がピコーン、と閃いたのです。神が降りるとは正にこのこと。これほど開発がはかどったのは自分でも驚きでしたね」
「えっ、もしかしてその魔装法衣は学園祭中ずっと変身するものですの?」
「ええ、私の”自信作”ですよ」
自信作。
フレアの言う自信作という言葉は生徒たちにとって1つの恐怖ワードだ。
それがでたとあっては生徒たちに嫌な想像がよぎる。アリアは委員長としての責任感から率先して問いただす。恐怖の余りアリアの挙手する手は小刻みに震えていた。
「フローレア教官。おたずねしますがその魔装法衣とはどういうものですの?」
アリアの葛藤にも気がつかず、フレアは満面の笑みを浮かべて両手を柔らかく握りポーズを取った。
「わかりやすく1例を挙げると……」
「あげますと?」
生徒たちはゴクリと喉を鳴らし次のせりふをおびえながらに待った。
「ネコ耳ですにゃあ~~ん」
可愛らしいフレアの猫なで声に生徒たちの多くは戦慄した。雷に打たれたかのような衝撃が素早く教室中をかけ巡る。聞いただけで生徒たちは過酷すぎる学園祭を想像して自身の立場を呪った。。
ある者は学園祭を恨み、ある者は神に救いを求め、ある者は教室の隅に行って丸くなり現実逃避に入った。
そして、ある者は変わった反応を示す。
「ぶはあ~~っ」
メイド魔法少女のカレンが突然鼻から出血し、ハンカチで押さえるという事態に陥った。出血は止まらず机に突っ伏して倒れ込む。ついには失神してしまったカレンを見てルージュは失笑した。
「なにやってるのよ、変態腹黒メイド」
手を出し述べることもなくルージュの対応は辛辣だった。それでもカレンの表情は恍惚とした笑顔が張り付いたままだった。
G組が授業を始めた頃。
フロレリアはそのドアの前で心配そうに娘のフレアの様子をうかがっていた。
「フレア、今朝は元気がなかったわ。何か言いたそうにしていたわね。もしかして甘えたかったのかしら。だとしたら遠慮しなくても良いのに。というよりももっともっと甘えさせてあげたのになあ」
そこではっとする。
「いいえよく考えなさい、フロレリア。フレアのあの浮かない顔はもっと深刻な悩みに違いないわ。もしかして昨日のお夕飯に嫌いな物が入っていたとか。それが原因で不満がたまってフレアが不良になったらどうしましょう。大変だわ。急いで家族会議を……」
「ちょっと、待ちなさい。フロレリア教官」
ドアを開けそうになったフロレリアを止めに入った生徒がいる。隣のS組の委員長クリス・フォレスターである。立ち居振る舞いからもわかる自信と気品にあふれた侯爵家の令嬢でS組トップクラスの成績を誇る優等生である。
「止めないで、クリスちゃん。家族の危機なのよ」
「心配のしすぎね。どれだけ過保護なのよ。嫌いな物が入ってたぐらいで不良になるとかあり得ないでしょうに」
「でも、頭が良くて、可愛くて、よくできた私の娘に限ってあんなに悩んでいたのよ。力になってあげないと」
「娘自慢したいのか、親馬鹿なのか判断に困るわね」
困ったクリスの代わりにもう1人の生徒オードリーが現れる。
男装をすればイケメンにも間違われそうな麗人。甘いマスクとその涼しげな瞳に射貫かれては女子であっても恋してしまうほどである。
彼女は身長も高くスレンダーで鮮やかな体術と剣術を得意とし、S組でも接近戦では最強格である。そんな彼女がアルカイックな表情でフロレリアを諫める。
「教官、だからといって僕たちの授業をおろそかにしていてはいけないよ。それは娘さんが悲しむんじゃないかい」
「はあ、そうね」
渋々といった様子で思いとどまったフロレリアをみてクリスがオードリーに感謝の視線を向けた。
だが、そんなときだ。G組の教室からフレアの『対テロ特殊制圧型魔装法衣の導入が必須である』という話を耳にしてしまった。
それによってクリスは考えた。
(また新装備なの。G組ばかり最新の装備が支給されては不公平というものだわ)
S組は特化型魔装法衣がG組に遅れて配備されていた。しかもS組はG組と違って個人それぞれ専用の武器や魔導具を与えられていない。不満を持つのは当然といえた。
(来年には現役の魔法少女として戦場に送り出される私たちS組こそ優遇されるべきではないの。そもそもS組も学園祭に活躍の場を与えてくれてもいいのではなくて)
クリスの胸の内には嫉妬とともにある思いがあった。ドアの窓ガラス越しに見えるアリアを見てしまうとつい勢いでドアを開けてしまった。
「ちょっと待ちなさい。その話、私たちS組も混ぜてもらうわ」
クリスがG組の教室に乱入したのはカレンが血の海に倒れてしまった後のことだ。
G組の生徒たちは何事だとずかずかと教室に踏み込んだクリスに注目した。
「あなたは隣のクラスのクリスさんですね。どうしましたか」
「聞きましたわよ。G組はまた最新装備が支給されるようね」
「ええ、その通りです」
「どうしてですか?」
「ほへ?」
いきなりの質問に首をかしげるフレア。クリスは悔しさを吐き出すようにいった。
「私たちS組は来年には現役の魔法少女として戦場に出る即戦力のいわばエリート。未熟なG組ではなく、私たちにこそ最新装備が提供されるべきではありませんか」
「ほむ。一理ありますね」
クリスに未熟と言われたG組の生徒たちはわずかに反感を抱くもをぐっと堪えて聞き逃す。
「フローレア教官の新装備はどれも素晴らしい性能だと聞いています。S組の生徒にも対テロ特殊制圧型魔装法衣を支給してくださることを切望致します」
そんな中でセリーヌは良心に突き動かされクリスに忠告した。
「あの~~ちょっと待ってくださいよお。早まらない方が良いですよぉ」
「何なの。邪魔しないで」
クリスは実に不機嫌な態度を隠すことなくセリーヌにむける。彼女にはセリーヌが何を危惧して戒めようとしているのかこれぽっちも伝わっていない。
「ずるいわ。新装備をG組だけで囲うつもりなの?」
「いいえ、わたしは善意で言っているんですけどね。対テロ特殊制圧型魔装法衣を導入したら絶対に絶望しますよ。耐性のないS組。しかもエリートの誇りがあるからこそ危険なんですよ。あなたたちには荷が重すぎます」
「「「ああ~~、確かに」」」
その通りだとG組の生徒たちは心から同意する。そこに悪意はない。
だがクリスはやはり新装備を独占する気なのかと邪推し語気を強めた。
「何をばかなことをいってるの。そんなことあり得ないわよ。私たちはエリートよ。G組にできて私たちに使いこなせないなんてありえない」
納得のいかないクリスはますます意固地になったようで発言を撤回する流れにはなりそうにない。
「ああ、どういえば分かってもらえるんですか?」
「私が諦めることなんてありえませんわ。諦めさせることをあきらめなさい」
「もうしりませんよぉ」
一方で、熱意あるクリスの要請をうけてフレアが嫌な顔をするなどあり得ない。むしろ感動しクリスの手を両手でがっしり掴んで確約する。
「ほわあーーーー。感動しました。まさか私の自信作をそこまで評価してくださるとは。分かりました。今日の午後は2クラスの合同演習とします。午前中に皆さんの魔装宝玉を回収し一気にやってしまいますよ」
「よろしいの?」
クリスはそれはもう嬉しそうにフレアの手を握り返す。
「かまいません。ガランのグローランス商会には大きな工房と優秀な技術者がたくさんいます。”多少”忙しくなるでしょうが大丈夫でしょう」
多少。
それは余りにも控えめな表現ではなかろうか、とアリアたちは思う。むしろ死地に送られた兵士のように泣き叫び、作業に追われる工房の人たちを想像してしまう。彼女たちは心の中で彼らの健闘を祈り合掌した。
そして、午後。屋内演習場にて。
2つの魔法少女のクラスが集結し新型の魔装法衣のおひろめ会が始まった。
「ガランの技術者たちの貴い犠牲……じゃなかった。献身によって魔装宝玉の更新がめでたく完了しました。皆さん拍手~~」
フレアの言葉に反応は真っ二つに割れている。
1つはS組の生徒たち。新装備の期待に胸を膨らませ好意的な拍手が続いた。
一方でG組の生徒たちはこの先で待ち受けるであろう地獄を想像し反応は鈍かった。
むしろ、新装備はS組に譲っていいと考える生徒もいるほどだ。
「犠牲も献身もいい換えたところでひどい言いようですわね」
アリアの皮肉がぼそっとこぼれるが興奮しているフレアに届くことはない。
「今回の対テロ特殊制圧型魔装法衣は学園祭仕様に調整しています。新装備の最大の目玉はなんと言っても……」
フレアはここで言葉を切って間を取ったことでG組とS組の生徒たちは息を飲む。もっとも、心の内は対極の感情にあることだろう。
フレアは目配せすると、それをうけてルージュが変身した。
「変身・魔装法衣。《キャットフォーム》」
詠唱とともにルージュは魔力光の輝きに包まれる。砲撃型魔装法衣を思わせる形状のドレスに身を包み、黒の可愛らしい装飾細工のリボンが腰、胸、頭と次々に現れる。更にここからが特徴的で頭にはネコ耳、腰からは長いネコの尻尾が生える。
ぷにぷにの肉球になんともうずいてしまいそうなグローブ。そんな猫の手を思わせるグローブと靴が装着されるとルージュは堂々と猫のようにしなを作りポーズを決めた。
――フレアがまたしてもやっちゃったのである。
ルージュの変身を見届けたフレアが満を持して発表した。
「――けもの耳と尻尾があることですにゃーーん」
「「「はあ~~!?」」」
聞き間違いだろうか。
特にS組の生徒たちには困惑が広がった。さすがに冗談であってほしいと彼女らは願わずにはいられない。余りの衝撃的なデザインにS組の面々は目を見張った。
一方、アリアは慣れたもの。すかさずフレアにツッコミを入れる。
「どこが最大の目玉ですの。他に有用な機能はありませんの?」
心外な、と言いたげなフレアだが次いでのように説明する。
「ネコ耳ほどではありませんが、毒や幻術などといった状態異常系対策に特化した法衣であるということでしょうか」
「むしろそっちが重要でしょう。なぜけもの耳と尻尾を1番にあげましたの」
アリアのツッコミに多くの生徒がしきりに頷く。
「えっ、ネコ耳とかイヌ耳とか滅茶苦茶重要ですよね」
心底驚き納得のいかないフレアに生徒たちは誰かなんとかしてくれと視線を交わし合う。
そこに王女ティアナクランが真剣な表情で立ち上がる。
「フローレア」
厳かに歩くとフレアの前に近づくティアナクラン。S組の生徒たちはフレアの暴走を止めてくれるものと期待した。
だがS組は知らないのだ。ティアナクラン王女は可愛いものに限っては暴走してしまうことを。
「めっちゃイケてますわね」
「さすがティアナ。あなたなら分かってくれると信じていました」
そう言って2人はハイタッチをかわすと声を揃えて言い切る。
「「可愛いは最強!!」」
「はっ倒しますわよ、2人とも」
怒り心頭のアリアは王女であろうがもはや容赦ない。
もうS組の生徒たちは置いてけぼりだった。ショックなことの連続ですっかり固まっている。
それでもアリアの追求は止まらない。
「何ですかっ、このネコ耳は!! 完全にフローレア教官の趣味ではなくって?」
「失礼な。これにはちゃんと意味があるのです」
「それはなんですの?」
「敵がこのネコ耳を見ればその可愛さに戦意を失い悶え死ぬこと間違いなし。ゆえに可愛いは最強なのです」
その後、アリアはノートを丸めるとスパーンとフレアの頭を強かに打ち付けて沈黙させた。
アリアの容赦ないツッコミにティアナクランは戦意を喪失し頬が引きつりつつさがっていく。見ていた生徒たちもドン引きだ。
「……で? まさか本当にそれだけってことはありませんわよね」
「…………あい」
すっかり大人しくなったフレアはホワイトボードに貼りだした図を元に教鞭をさして説明する。
「対テロ特殊制圧型魔装法衣は様々な動物をもととした多様な形態があり、それぞれの動物がもつ特殊能力を扱うことが可能となります。イヌ型であれば優れた嗅覚ですね。これによりテロリストが毒を持ち込んでいたとしても嗅ぎ分け見つけ出すことが可能です」
フレアが真面目に説明すると生徒たちはようやく納得のいく理由をうけることができた。それでも恥ずかしいまでに少女趣味のデザインは変わることがないが。
「特殊能力だけではありませんよ。ネコ型であればしなやかな体。ヒョウ型であれば瞬発力の強化など様々です」
「当然可愛い見た目もお祭りで来客する人々に物騒な印象を与えないための配慮という意味もあります」
フレアは他にも特定の敵に対してとある効果も期待しているのだがそれはこの場では伏せている。
「最初に挙げた状態異常系の耐性の他に毒などの自己浄化回復機能も備えています。魔力の消費も少なく長期戦での運用にも大変有用な形態となります」
ようやく落ち着いてきたクリスがそこでフレアに挙手をして質問する。
「聞いていると良いことずくめですがデメリットはないのかしら?」
「当然あります。放出系魔法の出力増幅並びに魔法制御の補助が半分以下になります。魔法戦闘を行う際には向かないでしょう。これは近接戦や哨戒任務などに適した形態といえます」
「どの動物の形態なのかは生徒それぞれのこれまでの戦闘データから適性をみて振り分けました」
そこでそれまで黙って話を聞いていたフロレリアが試しに変身してみた。
「なるほどね~~。私はウサギさんなのね」
のんびりした声に生徒たちがフロレリアを注目すると一堂重苦しい雰囲気に包まれた。
変身したフロレリアはまずなにより可愛かった。とてもフレアの母親とは思えない若々しい容姿は羨望の的だ。
長い真っ白な耳がぴょこぴょこ動く様子にも目を奪われる。だが1番の問題は生徒たちの心をへし折るプロポーションだ。
パニースーツとドレスを足して2で割ったような魔装法衣。開放的で大きな胸元とほどよい肉好きの足腰を際立たせる露出は色っぽさを、ピンクが基調の生地たっぷりのスカート部分は純粋な愛らしさを引き出す。
ぴょんぴょん身軽な体を楽しむフロレリアの様子を見て生徒たちは盛大に溜め息をついて思った。
そのウサギの格好は絶対に男たちには見せないようにしようと。でないと犯罪者を量産してしまう、と。
そんな中でフレアはフロレリアに悲しげな視線を向けていた。授業ではわざと空元気を見せていたフレアだが、母親に隠している重大な秘密を思うと気分が重くなる。
(やっぱり本当のことは言えそうにありません。でも……胸が痛いよ)
罪悪感は徐々に膨らみ続けていく。それは時とともにフレアの胸を押しつぶそうとしていたのである。




