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第71話 魔技研編 『シャルの初恋』

「……はあ~~」


 学園の食堂でシャルは深い溜め息を吐いた。なぜだか食欲がわかないので小さな口でかけうどんをチュルチュルとすすって食べている。

 目はどこもとらえてはおらず、心の中に現れる男の子の姿にとらわれシャルを悩ませる。

 隣にいたニャムがシャルの頬に容器が冷えたクレームブリュレを押し当てた。


「ひゃわっ」

「目が覚めた?」

「……ニャムちゃん? 言っとくけど起きてるわよ」

「その割には何度呼んでも反応なかったよ」

「うっそ、気がつかなかったわ。ごめんなさい」


 気にしていないと首を振ったニャムは改めてシャルにクレームブリュレを差し出した。


「これは?」

「フレアちゃんがシャルちゃんにあげて欲しいって」

「――っ、フローレアさんから!?」


 思わず席を立って驚くシャルは大きな声で注目を集めたことを知ると恥ずかしそうに座り直す。


「なんでわたしに?」

「シャルちゃん今日は朝から元気がなかったでしょ? フレアちゃんが心配してたの。これで元気を出して欲しいってことじゃないかな?」

「フローレアさんから……」


 大事にシャルは容器を両手で包み込む。火照った体に冷たい容器が心地良い。

 おもわず頬が緩むシャルの顔をニャムはしっかりと確認して話しかける。


「嬉しそうなの」

「ち、違うわよ。フローレアさんの美味しいスィーツを食べられるのよ。女子なら誰でも嬉しいわよ。ただそれだけ、勘違いしないでよね」

「素直じゃないの」


 ニコニコしながらニャムはいきなりシャルに核心へと話を切り出す。


「そんなに気になるの? ホウジョウ・マコトくんのこと」


 その名を聞いてシャルは周囲を見回し、誰も聞いていないことを確認してから慌てた様子でニャムに顔を寄せ声を落とす。


「ちょ、どうしてその名を知ってるの?」

「わたちも聞いてたから。大丈夫。知ってるのはわたちたちだけだと思うの」

「そ、そう」


 ほっと安心した息を吐くシャルにニャムはにまにまと意味ありげな笑顔を向けた。


「クラスでもマギカカフェに現れた男の子のことすごい話題になってるの」

「――っ、そう、ね」


 魔法の毒をまかれて動けなくなった魔法少女たちの危機に現れたマコト。邪道騎士を相手に戦い守ってくれた男の子が誰なのか。クラスでは様々な(おく)(そく)が飛び交い盛り上がっている。

 それには複雑そうな表情でシャルが応じた。マコトの正体が分からず(しん)(ちょう)な意見もあるが大半は好意的な意見が目立つ。それがシャルには面白くない。

 

「それでシャルちゃんはどうして授業中フレアちゃんのことじっと(にら)んでたの?」

「えっ、(にら)んでないわよ?」


 シャルはただフレアがマコトではないのかとずっと怪しんでいただけだ。本人は否定しているがそれがとぼけてのことなのか、記憶にないのか、そもそも本当に関係がないのか判断が付かない。正体を突き止めようとしているうちにシャルは目に力が入りすぎていたかもしれない。

 ニャムが『絶対に睨んでた』と断言する。

 それを聞いてシャルは顔が青ざめる。


「うそ、ほんとに? どうしよう。嫌われたりしないかな」


 シャルの反応を見てニャムはおおよその事情を察してしまった。


「ふーーん、やっぱりそうなんだ」

「どういうことよ」

「シャルちゃん、マコトくんのこと気になってるんでしょ。しかもあの子の正体がフレアちゃんじゃないのか疑ってるの」

「しょ、しょしょしょ、しょんなことないし?」


 舌を()んで動揺する姿を見ればニャムにすぐばれてしまう。


「ああ、それでかあ~~」

「な、何のことよ」

「マコトくんのことみんなに話さない理由だよ」

「は、はあ? 意味がわからないわ」


 にゅふふ、とニャムは本当に楽しそうにもったいぶった後、シャルに現実を突きつける。


「確かにフレアちゃんの正体がマコトくんでホントは男の子だったのだとしたら大変だよね」

「ど、どういう意味よ」

「だってフレアちゃん、クラスのみんなにすごく好かれてるよね。もちろん女の子だから友達としてだけど。それがもし男の子だとしたら好きが恋に変わっちゃうかもしれないよね。今のシャルちゃんのように」


 シャルはニャムの言うことを想像した。

 クラスの生徒たちがフレアを例の男の子だと知って恋愛感情を抱き、猛アタックをかけているところを。


(あ、なんか無性にイライラするわね。すっごく不愉快だわ)


「シャルちゃん、嫉妬してるの?」

「嫉妬? わたしが?」

 

 (こわ)()っている表情を見られニャムに指摘されると、シャルはようやく自分の感情の正体を自覚する。

 戸惑いながらも視線を落とすとシャルは手の中にあるクレームブリュレを見つめる。フレアが気にかけてくれた思いが形となったものだ。それがシャルにはとても嬉しく感じられた。じっと眺めた後スプーンで一口ほお張る。


「……甘い」


 口の中は甘く、胸はくるおしく落ち着かない感覚。シャルは頷くと自分で言葉にしてその感情に形を与えた。


「そっか、これが初恋か」


 それはニャムにも聞こえないような小さなつぶやき。それでも確かにシャルの心に春が芽吹いた。





 あの日、フラワーマギカカフェの出張オープンは邪道騎士たちの妨害により失敗したかのように思われた。

 しかし、意識を取り戻したフレアが現状を把握するとすぐにグローランス商会の総力を挙げてお客様と並んでいた人々に対応した。

 ロザリーの清浄化の魔法で中央広場の人々の解毒は終わっていたものの、体調に異変を感じる人には無償で医療保障を決める。

 また、体験できなかった人にはお土産のスィーツを持たせてフレアが1人1人謝罪して回った。


 丁寧なアフターフォローが逆に人々に好感を呼んだ。何よりお店を体験できなかった人々がうわさを聞いて学園祭当日の営業を心待ちにする事態となっていた。

 それだけではない。出張カフェはガランの人々だけでなく学園全体にも大きな波紋を広げていた。

 


「ああーー、どうしてこうなりましたの」


 ウラノス魔導騎士学園新校舎の学園祭実行委員会室にて。

 アリアは学園祭実行委員長として生徒たちの中心となって指揮をとっていたのだがあまりの忙しさに(わめ)いた。

 原因はカフェの評判を知り興味をもった学園生徒全員が行事に参加したいと申し出たためだ。これは想定外。

 急きょ各クラスで出し物をすることになり、申請受理と管理に仕事が一気に増えた。しかも学園祭まで4週間を切っている。余りにも時間が足りないことも原因だった。


「では私は研究があるので帰ります」

 

 フレアが早々に帰ろうとするのをアリアとサリィががっちり腕を掴んで引き留める。


「ふふふ~~、にがしませんよ~~」


 普段はフレアにめっぽう甘いサリィがこのときばかりは違った。笑顔の裏にフレアちゃんも働いてね~~、じゃないと帰れないから、と危機感を(にじ)ませながら書類の山が積み重なる机の前に座らせる。

 

「サリィさん、私これでも教官と顧問と研究者と商会経営に忙しいのですが……」

 

 アリアはそんなこと言っている場合かと詰め寄った。


「このままではわたくしたち(てつ)()作業ですわ。フレアさんが言い出したことですのよ。何とかしなさいな」

「は、はい」


 もはや涙目で訴えられてはフレアも顔が引きつり、黙々と作業に入る。実際フレアがいないと学園祭の実行委員会は回らない。

 200ページの分厚い書類をトランプのカードを切るようにバラララッとめくったあと、訂正箇所を瞬時に判断し必要なページを開くと印と注釈を入れて各所に仕分けていく。

 普通なら読んで考え判断して2時間以上かかりそうな作業をフレアは1分で終わらせてしまう。作業の起点はフレアであり、抜けられるとアリアたちは本当に困る状況だった。


「すごい処理速度ね。同じ人間とは思えないわ」


 風紀委員長のユーナは主に現場を見て回るため作業に取りかかってもいない序盤では仕事が少ない。そのためゆったりとフレアの仕事ぶりをながめていた。


「グローランス商会は優秀な人材が揃っているとはいえずいぶん規模が大きくなりましたからね。これぐらいできないと研究する時間がなくなってしまいます。それはもう必死で練習して速読と速記を鍛えましたよ」


 話を聞いてユーナはおかしいと笑った。

 

「研究時間のためにそんな特技を覚えた執念には(だつ)(ぼう)だわ」


 フレアが仕分けをした書類を元にそれぞれの責任者が必死で作業を続けていく。

 そんな中、アリアがセリーヌに向かって叫ぶ。


「セリーヌさん。各クラスの出し物の申請と予算の振り分けの草案はまとまりましたか。まだ回ってきてませんことよ?」

「出しました。出しましたよーー。文句ならロザリーさんに言ってください」

「どういうことですの」


 アリアがロザリーに問うとあちこちにバッテンを入れてセリーヌに突き返す。


「こんなずさんな予算を通すわけには参りません」

「あの~~、今回はフレアさんが足りない予算を幾らか補填してくれるらしいので大丈夫ですよ。そんなに厳しくしても時間がたりないのですが」

「いいえ、無駄は(てっ)(てい)して削除します」


 (かたく)なに譲らないロザリーにセリーヌが頭を抱えた。


「ああーーもう。どうしてそんなに細かいんですかっ」


 意味が分からないと途方に暮れている中でユーナがぼそっとつぶやいた。


「売り上げの利益は教会に寄付されるからでしょ」


 ロザリーは教会のシスター見習いである。つまり、利益を出すほどに彼女が得をすることになる。それには実行委員会の面々が得心すると立ち上がり、そろってロザリーを非難する。


「「「そんなにお金が大事かっ」」」

「お金が欲しくて悪いですかっ」

「「「開き直った!?」」」

 

 思わぬ返しにアリアたちは絶句するしかない。ロザリーはさすがにこれだけでは分が悪いと思ったのかせき払いをすると両手を組んで祈りのポーズをとり事情を話す。


「皆さん、今ブリアント王国にはどれだけの孤児がいるかご存じですか?」

「5000人ぐらいでしょうか?」


 アリアの当てずっぽうにロザリーは悲しげに(まぶた)を下げると否定する。


「いいえ、最低でも10万人はいます」

「10万!?」

 

 予想もしなかった途方もない数に聞いていた生徒たちは驚いた。


「最低と言ったのは教会で引き受けられる人数がそれで限界だからです」

「つまり教会に保護されていない孤児もいるということですの?」

「その通りです。王国でも保護施設の対策は行っていますのでもっといるはずです」


 王国内にはびこる問題を突きつけられたアリアたちは重苦しい空気に包まれた。

 それほどの子供が親もなく生きなければならない。それは主に、長きに渡る無魔との戦争状態がもたらしていることは容易に想像できた。

 それだけ親が徴兵され戦争で命を落とした証でもあるのだ。


「教会は王国からも支援を頂いていますがお金が足りていないのです。正直10万人の孤児を養うのにも満足に食料が行き届いていない現状があります」

「そんなことが……」

「私はお金がなく飢えに苦しむ子供たちを救いたい。それゆえに1フォードのお金でもいいから寄付額を増やしたいのです」


 ロザリーの感動的な話を聞いてパティはボロボロに泣いて歩み寄った。


「うぅ~~、そんな悩みをロザリーは1人で抱え込んでいたんだね。分かったよ。私も協力するよ。皆で協力してお金の山を作るくらい稼ごう」

「お、お金の山~~♡」


 途中までは生徒たちの同情と共感を誘っていたのに現在ロザリーをみるアリアたちの視線は冷たい。

 パティのいうお金の山を想像したロザリーの瞳は黄金色に輝き、金銭欲に目がくらんでいた。せっかくのいい話も台無しだった。

 

「はあ、これではらちがあきませんわね。サリィ、あなたがセリーヌさんのつけた予算のチェックと出し物の場所の差配もつけてくださらないかしら。侯爵令嬢のあなたならできますわよね」

「そうね~~、わかりましたわ~~」

 

 おっとりした返事ながらもサリィの仕事は速い。セリーヌ案の再チェックを行い次々と処理を終えていく。

 そんなとき、大きな荷物を持ってマルクスとレイが実行委員会室に入ってくる。


「おい、発注してた資材が次々納入されてきてんぞ。誰か発注内容の確認とどこに運べば良いのか指示してくれ」

「でしたら私が行きましょう」


 仕事をサリィに取られたロザリーが揚々と立ち上がる。


「身に覚えのない発注や数が間違っていないか、猫の額のごとき心で確認させて戴きます」

「お、おう。なんかすげえ気迫だな」


 実際、ロザリーは本当に細かくも厳しく確認し、商人を涙目にさせたのだった。




 その日の夜、フレアの屋敷の執務部屋にて。

 フレアは渡り商人から邪道騎士による出張カフェの襲撃について報告書に目を通した。その後、オズマへの対処などを含めた指示書を秘書に渡すと1人になった部屋で思案していた。

 悩んでいたのは魔法少女を救ったという謎の男の子の件だった。


(読めば読むほどに私が1番怪しいですね。戦い方は神龍眼の能力であれば納得がいきます)


 報告で使われたという《サイキックガンナックル》という技。それはパティの《ガンマギカナックル》にそっくりだったという。

 そもそもパティにその技を教えたのが他ならぬフレアなのだ。使える可能性があるのはパティと考案したフレアだ。

 強化鎧装ベルセルクも複合魔法もフレアが考案し、ルージュなど1部の渡り商人に所属する魔法少女にテストしてもらっている段階の魔法だった。


(ですが全く記憶がありません。ということはやはり別人ということでしょうか)


 だがフレアはその可能性は低いと考える。その男の子は魔法少女たちの名前と能力についてもニャムに話したという。


(ロザリーさんの神聖属性、清浄化の魔法は公にはしていない機密のはずです。私以外に知っている人物は限られています)


 何よりフレアは気絶する前に見た神龍眼からの情報を覚えている。


「たしか、神龍眼緊急コード発動。フローレア・グローランスの魂を凍結、でしたっけ」


 だとすれば謎の男の子の正体を探る鍵は、神龍眼ということになる。


「知の女神ミル、どういうことなのか説明してもらえませんかね」


 神龍眼を発動しつつフレアはミルに呼びかけると反応はあった。しかし、その対応に眉をひそめる。


【お客様のおつなぎになった回線は現在使われておりません】


「電話番号のかけ違いじゃないですからっ!!」


 思わずツッコミを入れた後、頭にきたフレアが反撃に移った。


「ああそうですか。そういう態度に出るのならこちらにも考えがあります」


 神龍眼を通してわずかにミルの動揺が伝わってくる。フレアは聞こえているのだろうと確信すると言った。


「神龍眼の力の返品と契約を解除します」


【まさかのクーリングオフ!?】


 知の女神だけありフレアの前世の世界に合わせてツッコミが返ってくる。やはりミルは聞こえていてとぼけていたのだ。


【ないわーー、あれだけ神龍眼使っておいてそれはないわーー】


 確かにミルの言い分も分かる。だが、フレアにも相応の理由がある。


「神龍眼緊急コードって何ですか? 私はそんな能力と機能を聞いていませんが?」


【それは……】


「聞いていない機能について詳しく説明を求めます。ここに契約書もあり、ちゃんと条項にも書かれてありますよ。これにあなたも同意したはずです」


 それはフレアが女神ミルと契約の際に取り交わし書類にして残したものだ。フレアの言う条項は最後に小さく書かれており、たくさんある文章の内の1つ。意図的に隠し説明になかった不利益な条件があった場合、即座に契約をなかったことにできる、とある。


【そんな細かい文章まで普通読まないわよ】


「知の女神が何をふざけたことを言っているのですか。とにかく私には契約を破棄する権利があります。さあ、どうしますか?」


フレアの追求にしばらくミルが黙っていたがやがて応じた。


【……いつもの世界で待つ】


 それはフレアが眠った後、ミルに招かれる不思議な世界《知の図書館》のことだ。

 フレアは頷くと話を聞くため寝室に向かい急ぎ眠りにつくのだった。


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