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第68話 魔技研編 『メイドの魔法少女カレン』

 宣伝のため出張オープンに向けて準備中のフレアは悩ましげにつぶやいた。

 

「何かが足りない」


 参加する生徒たちは教室で意見を出し合い、装飾の準備やメニューの考案でにぎわっていたがフレアの言葉に視線が集中する。


「何がたりないの?」


 カフェの責任者であるニャムがくりっとした大きな目を見開きフレアに尋ねた。

 悩んでいたフレアはしかし、愛くるしい魔法少女のニャムをじっと見るとはっとした。


「そうです。何でこんな簡単なことに気がつかなかったのでしょう。今のままでは”普通”すぎます」

「「「えっ!?」」」


 生徒たちの間では、

『一体どこが?』

 という疑問で頭がいっぱいだ。

 花に囲まれる華やかなカフェ。そこまではいい。

 加えてフレアの趣味がふんだんに入ったフリフリの衣装。

 テーブルや椅子も星やハートの形をしたカラフルな装飾がこれでもかと施されている。とどめとばかりにティアナクランの提案で可愛いぬいぐるみたちも大量に追加された。

 もはやメルヘンさとキラキラがあふれて目が痛くなるカフェになっている。

 常識を持ち合わせているシャルが至極まっとうな意見で牽制する。


「ちょっと待ちなさいよ、フローレアさん。既にお客様を選びそうなすっごい少女趣味満載のお店よ。これ以上お店を装飾(デコ)ったらもはやカオスだわ」

 

 シャルの言い分にまともな感性の生徒たちが大いに賛成する。


「確かにもっとデコりたい気持ちはありますが……」


 フレアは黒板の前にたつとでかでかと『キラキラ☆マギカフラワーカフェ』と書き殴る。それが店名なのかと衝撃を受け、絶句する生徒たち。

 そんな様子など目に入らずフレアは『マギカ』の部分を強調して二重丸をつけた。そして、力強く語る。


「あなたたちは魔法少女です。他ではまねできないお店ができるはずです。そう、足りないのは『魔法』です」


 そこでフレアの意図を察したユーナが例を挙げながら検討の余地がありそうだと判断する。


「つまりこういうことね。魔法で給仕をしたり、視覚に訴えるイリュージョンを演出することで人の目を引けないかということよ。特にニャムさんは魔法の植物を呼び出す特殊能力に目覚めたわ。魔力で光り輝く花などがあったら注目を集めるわね」


 ユーナの説明を経て、生徒たちはようやく理解する。

 飲食店に魔法を取り入れるなど聞いたことがない。だからこそ新しい試みに心躍らせた。生徒たちは自分たのお店をどうしたいのか夢想し、更なる意見を活発に交わし始める。

 意欲的になっていく活動を見てニャムとシャルがフレアを手放しで褒める。


「ほえええ、フレアちゃんすごいよ。これは大成功の予感がするの」

「魔法をうまく取り入れれば行き過ぎたお店の雰囲気もエンターテインメントの一環にできるわね。そうすれば敷居も低くできる。名案だわ、フローレアさん」


 だが次なるフレアの言葉が台無しにした。


「というわけで可愛い給仕専用の魔装法衣を作りましょう。戦闘用ではないので思う存分手加減無しのデコデザインが可能ではありませんか。これで魔法少女に変身してお出迎えすれば大繁盛、話題爆発間違いなし!!」

「私たちの羞恥も爆発するわよ!?」


 シャルが慌てて反論し、多くの生徒が泡を食ってフレアに思いとどまるよう詰め寄った。いままでデザインで手加減していたという末恐ろしいワードが飛びだしたことも生徒たちの危機感を大いにあおる結果となる。

 だというのにティアナクランは空気を読まずに立ち上がって喜んだ。


「それよ。フローレア!! あなたとても冴えているわ」

「「「王女殿下は黙ってください!!」」」

「はい……」


 大半の生徒たちが一丸となり怒声を浴びせかけた。思わぬひんしゅくに王女はしょぼんと落ち込んでしまった。




 準備期間は1週間と短い。だがグローランス商会の全面的な協力もあって場所や資金面、道具の手配などは滞りない。

 問題は生徒たちにどう接客を教え込むかということである。

 それには経験に勝るものはない。基礎研修もそこそこに学園の食堂という格好の練習場がある。そこで場所の一角を借り受けてお昼時間を利用しカフェを始めた。だが始めてみるとなかなかに先行きが不安になる散々な結果であった。


「はわーー」


 予想通りと言うべきか、ミュリは盛大に何もないところでずっこける。するとお冷やの容器と水を床にぶちまけてしまう。更には注文を間違えるわで散々だ。

 しかし、ミュリばかりではない。

 料理どころか給仕もしない貴族出身の生徒も悪戦苦闘している。慣れない言葉使いはもとより恥じらいもあってぎこちない。

 見ていたリリアーヌはフレアに向けて懸念を隠せない。


「フレアっち、これで大丈夫なの? あと4日しかないんだよ」


 一方のフレアはほくほく顔で生徒たちの失敗を眺めている。


「ほむ。これはこれで需要がありそうですが」

「どこが?」

「魔法少女のドジっ子な部分や失敗に(もだ)える姿を見られるなんてもはやご(ほう)()では?」

「それはフレアっちだけだと思う」


 そんな中、食堂で大きなどよめきが起こった。そのほぼ全てが男子生徒の声だ。

 目を向けてみればニャムが困ったような声をあげて失敗している場面が目に入る。

 ニャムの小柄な割には凶悪なまでに大きな胸が自身の視界を遮り、配膳の際にテーブルの上にあった飲み物に気がつかず胸で弾き飛ばしてしまったからだ。

 それを見て興奮する男子にはリリアーヌが冷ややかだ。


(男って……)

 

「ほええーー、ごめんなさい」


 ニャムの失敗をみたフレアはちっと舌打ちして悔しがる。


「どんな拷問ですか」

「ご褒美じゃなかったの?」


 リリアーヌの理解のない一言にフレアは憤慨しにじり寄る。リリアーヌもまた持たざる者には分からない大きな胸の持ち主だ。フレアはかたきを見るような目で睨み付ける。


「それをリリーがいいますか」

「フレアっち、たかが胸の大きさに目くじら立てすぎだよ」

「気をつけてください。その発言は私のような女の子にとっては宣戦布告とおなじですよ」

「ええっ?」


 意味が分からないと驚くリリアーヌ。

 そばで聞いていたシャルもまたフレアの(がわ)に立ってリリアーヌを非難する。


「その通りよ。ちょっと胸が大きいからっていい気にならないでよね」

「シャルさん、あなたとは良い友人になれそうです」


 意気投合したフレアとシャルは友情を深め固く手を結ぶ。

 多くの生徒が給仕でもたつく中でシャルは一通りの業務をそつなくこなす。手に持つトレーに載ったメニューは他の生徒が持つと危なっかしい。ところがシャルは食事が載せられたトレー二枚を両手で持ち、すいすい食堂内を歩いていく。

 体幹が安定しておりさすが騎士の名門と思わせる綺麗な歩き方だ。

 それでいて失敗している子のフォローに回る余裕もある。


「ほむ、シャルさんは現場指揮の才能があるとは思っていましたがこういう所でも()(かん)なく発揮されていますね」

「アタシはシャルちゃんのこと(ちょ)(とつ)(もう)(しん)の武人タイプだと思ってたよ。こうしてみると確かに皆を引っ張れるような子かもね」

「シャルさんはツンデレですが人一倍仲間思いですからね。周りに気を配ったり、助けてあげられる所を見ていると空戦型魔装法衣を持たせたのは正解でしたね」

「そうだね。空戦型は指揮官向けの装備が充実してるもんね」

 

 しばらく生徒たちの様子を眺めつつフレアは深く息を吐く。


「とはいえ、接客でけがをさせたりしたら困るのも事実。仕方ありません。ここはプロフェッショナルに頼るとしましょうか」


 それにはリリアーヌが眉をひそめて警戒感を強める。


「それって彼女を講師にするってこと」

「ええ、非常に気が進みませんが本番で大失敗して魔法少女が塞ぎ込むことは避けたいですしね」

「アタシは反対だよ。それより商会から本職を呼ぼうよ。それが良いよ」


 2人がうわさするその人物は1年G組の生徒の1人である。

 フレアは魔法少女に甘い。そんな魔法少女大好きなフレアであるが例外として最大級に警戒する魔法少女がいる。それがカレンである。

 カレンはグローランス家に仕えるメイドである。メイドとしての技能は全てマスター済み。魔法少女としての能力もずば抜けている。

 クラスでは平均的な強さと認識されているがそれは偽装である。彼女の任務は魔法少女の生徒たちを影から守ることにある。

 

「もしかしてこのカレンめをお呼びでしょうか」

「――っ!?」


 突然背後を取られたリリアーヌははっとすると同時にフレアをかばいつつ後ずさった。

 大げさなリリアーヌの対応にカレンは上品に口元に手を当て静かに笑う。


「ふふ、リリアーヌ様。何をそのように警戒しているのですか」

「そりゃあ、警戒するっしょ。アタシはあなたの本性を知っているんだからね」

「本性? 人聞きが悪いですよ。私、これでもクラスでは優等生ですのに」


 そう、温厚なリリアーヌが敵意を抱くほどの腹に一物抱えた危険人物なのである。

 クラスの中で一部例外のルージュを除き、カレンは真面目で親しみやすい優等生の1人として認識されていた。それが偽りの性格だとも知らずに生徒たちは過ごしている。


「フレアお嬢様、どうか私めに命じてください。あなた様の御要望であれば完璧に果たして見せましょう」


 彼女の口から発せられる言葉は綺麗で耳に易い。だからこそ、その中にあるどす黒い感情を感じ取りフレアは顔をしかめそうになる。


「そんなに怖がらないでくださいな。あなた様に嫌われては悲しくて泣いてしまいそうです(しくしく)」

「……それは、すみませんでした?」


 どうにもウソ泣きのように思えてしまうフレアは謝りつつも腰がひけている。

 カレンが即座に泣き止んでみせると少しだけフレアに柔らかい表情を見せる。


「1つ勘違いしないで欲しいのですが私はフレアお嬢様のお役に立ちたいと願っています。この気持ちはウソ偽りのない真実です。それだけは疑わないでくださいね」

「そう、ですね。でしたら生徒たちに給仕と接客を教えてあげてください。プレオープン時は私と商会からメイドを呼んで対応する予定ですので料理を教える必要はありません」

「承りました」


 そこでフレアは恐る恐るではあるがカレンに声をかける。


「あの、それとカレンさんなら完璧なこなしてくれると信じています。お願いしますね」


 遠慮がちだがフレアの言葉を受けて一瞬、とろけそうな、嬉しそうな顔を見せた後ですぐに真顔に戻るとスカートをつまんで優雅にお辞儀をする。


「お任せくださいませ。このカレンめの活躍ごらんに入れましょう」

 

 そういって生徒たちに声をかけて回るカレンの背中にリリアーヌはますます厳しい視線を向けた。

 喜色の顔の中でもカレンの瞳は一層怪しい光を宿してフレアをとらえていたのだ。


「フレアっちに信じていますって言われたとき、本性が出かかったわよね。やっぱり彼女危険だわ」

「かつてカレンさんが私と商会の力を狙って近づいていることに気がつきました。証拠を持って追い詰めたことがあります。ですが、彼女はいまだに私の従者で魔法少女です。それが答えですよ」

「でも信用できない」

「それでもふだん私に敬意を払って大人しくしてくれているのも事実です。今のところは大丈夫でしょう」

「だと良いんだけど……」

 

 心配するリリアーヌをよそにカレンはトレーの持ち方から指導して回る。


「初心者ならばまずは両手でしっかり持ち体からトレーを離さず重心を意識します。このとき歩く姿勢は背筋を伸ばして腰はひかない。欲を言えば優雅に慌てず静かに歩き……」


 カレンが説明を始め実践してみせるととまず歩く姿勢が矯正されていく。

 

「トレーは手のひらではなく指でしっかり支えましょう。重量のあるものは手前に配置し奥には軽いメニューを乗せるのですよ」


 カレンの指導が入った途端に生徒たちの危なっかしい動きは安定し始める。それだけで驚きとともに生徒たちからカレンに尊敬の視線が集まっていく。


「これは安全にトレーを持ち運ぶためのコツであると同時にお客様にこぼさない予防法でもあります。万一こぼすときは自分にトレーを向けてかぶりお客様にはご迷惑をおかけしないよう徹底してください」


 その後も短い時間で見違えるような動きになった生徒たちをみてリリアーヌは悔しそうに言う。


「有能なのは確かよね」

「これならプレオープンには間に合いそうですね」

「悔しいけど同意」




 生徒たちによる学園祭の宣伝を兼ねた出張オープン前日。

 魔技研の副所長ゴーマンが交易都市ガランに足を踏み入れた。これは一足先に現地に行って下見と工作準備を進めるためだった。


「ゲショショ、王都に比べればどうせガランなど大田舎でゲス。まともなお店の1つもあれば良いのですがね」


 明らかに馬鹿にしてガランの南門を馬車で抜けるとゴーマンは()(ぜん)とした。


「何でゲスか。この賑わいは?」


 王都に戻ってきたのかと錯覚するほど入ってすぐに都市は人で賑わい、ずらりと露天が連なっている。

 見ればむしろ王都よりも品揃えが豊富で多様性に富んだ品揃えが目に入る。北方の領土は穀物の生産が乏しいなんて今は昔のこと。フレアによる農地開拓と品種改良に技術革新。これらによって北は王国最大の穀倉地帯になっていたのだ。


「どういうことでゲスか。なぜ果物屋に季節外れのものばかり並んでいるゲスか」


 収穫期の秋になる前から旬ではないはずの新鮮で美味しそうな果物が並ぶことにゴーマンが目を丸くして驚いている。

 これはフレアがハウス栽培を推し進めたことと亜空間技術により腐らせることなく食糧を保存する技術を発明したことによる成果だ。

 当然魔技研には情報封鎖してあるのでゴーマンは知るすべなくただただあり得ないと驚くばかりだ。


「聞いてないでゲス。いつの間にガランはこれほどの発展を見せているのでゲスか?」


 食糧が集まり、フレアが多くの新規産業と仕事を用意することで人がどんどん増えていく。人が増えるとお金が集まる。

 そんなわけでガランは今も急速に拡大を続けていた。

 ゴーマンは思わず馬車を降りると自分の足で都市を見て回った。しばらくしてふと掲示板に貼られた張り紙を目にする。

 それは学園祭を知ってもらうため都市の中心部でカフェを出張オープンするというものだ。それを読んだゴーマンはよからぬ笑みを浮かべた。


「ゲショゲショ、これはちょうどいいでゲス。妨害して足をひっぱってやるでゲスよ」


 ゴーマンが裏路地に向かうとそこには隠れていたオズマの邪道騎士が姿を見せる。


「明日、奴らの催しを台無しにしてやるでゲスよ」

「方法は? 一般人は皆殺しで良いのか?」

「殺すのは駄目でゲス。騒ぎが大きくなりすぎて万一展示会まで中止になったら儲け話がパーでゲス」


 そう言ってゴーマンは懐から瓶を取り出す。


「この薬でちょっとだけ騒ぎを起こしてやるでゲスよ」

「これは?」


 受け取った邪道騎士はゴーマンに尋ねる。

 

「これは魔技研が開発した対魔法使い用にも通じるしびれ薬でゲス。魔法少女も変身しなきゃただのガキでゲス。まあ、1人ぐらいなら魔法少女を殺してもいいかもでゲスね。グローランス家のガキに警告してやるでゲスよ」

「了解した。どんなに魔法少女が強かろうが(しょ)(せん)は人間だ。魔法少女といえど対人対策は弱いはず。奇襲で奴らの命を狩るなど我らにとっては容易いことだ」

「ゲショゲショ、頼もしいでゲスね」


 明日の主張オープンを控えて不穏な悪巧みが画策された。魔法少女たちに危険が迫っていた。


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