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第67話 魔技研編 『魔技研の陰謀』

 どうにか反魔五惨騎の襲撃をしのぎきったフレアたち。キリングたちは本当に撤退したようではある。それでもティアナクランは気を緩めることなく赤虎騎士団のミレイユに指示を出している。


「ガラン全域で準警戒態勢を維持しなさい。負傷者の搬送を急いでください。加えてまだ無魔が都市内に潜伏していないかクロノスナイツにも協力を仰ぎ、至急確認を」

「はっ」


 フレアはざっと千里眼で都市内を精査したが怪しい所は見られない。

 とはいえしばらく警戒はした方が良いので戦後の処理は騎士団に任せることとした。それよりもフレアはルージュと2人でヒソヒソと密談を始める。


「ルージュさん、来てくれて助かりました」

「かまわないわ」


 ルージュの視線はキリングに不覚を取ったリリアーヌの方に向く。


「護衛のことだけれどもピアスコートだけでいいのかしら。裏の長であるレンはさすがに難しいけれどマヘリアかユーフェリアなら手配するわよ」


 ルージュから出た名前はいずれも渡り商人に在籍する精鋭魔法少女である。だがティアナクランには教えていない魔法少女たちだ。王女に説明しなくてはならい事態を思えばフレアはごまかす。

 

「いえ、大丈夫です。彼女たちにはまだまだやってもらうことがあります」

「そう」

「今後学園が騒がしくなりそうです。影で私の護衛として動いてください」

「了解したわ」

 

 その後フレアはシャルたちの輪に戻るとカロンがいた。ちょうど良いのでフレアは先ほどの発言に対して抗議した。


「カロン、私はあなたの侮辱に怒っています。まずそれを理解してください」


 カロンは実に不可解だと納得のいかない様子であった。


「そんな、私は最大級の賛辞を述べただけですよ」

「あれを賛辞だと受け取る女性はまずいないと思いますよ」


 カロンに体つきを非難されたシンリーには同情を禁じ得ない。カロンの”病気”には心底困惑しただろうから。


「誤解です、聖女様」

「コホン。その呼び方は禁止です」

「失礼しました。フローレア様は自覚するべきなのです。その体型は誇るべき奇蹟であるのだと」


 そしてカロンはフレアの隣にいるシャルにも視線を移す。そして実に満足げに笑顔をうかべる。


「さすがフローレア様、良き友人をお持ちです。そちらの方も素晴らしい逸材です。とても慎ましい胸をお持ちですね」

「あっ!?」


 話を振られたシャルはカロンに思わず殺気をぶつけてしまう。その気持ちはよく分かると視線を向けるとフレアとシャルの心は1つになった。


「フローレアさん、今わたし宣戦布告を受けたのよね。殺していい?」

「奇遇ですね。私もいま悩んでいたところです」


 2人が不穏な気配を漂わせている中、カロンは更に地雷を踏んだ。ニャムに向かってカロンはおびえも含んだ顔をすると、小さな体に不釣り合いな大きい胸を指さしとんでもないことを言う。


「それに比べあなたは見るのもおぞましいその胸の贅肉をそぎ落とすべきです。体の一部が太りすぎですよ」


 太っている。

 それは多感な少女にはとても気を遣うべきワードのはずだった。

 それをカロンは無神経にも口にしてしまった。


「ふええーー、あたち太ってるの?」


 ニャムは驚きショックを隠せない様子で落ち込んだ。そして、涙目のニャムを見たシャルとフレアは頭でブチンと何かがキレる音がする。もはや堪忍袋の緒が切れた2人がカロンを強く糾弾する。


「コラーー、わたしの親友泣かせるんじゃないわよ!!」

「その通りです。乙女に太っているとは何事ですか!!」

「おう、理不尽です」


 カロンは結局理解することなく責め立てられ、戻ってきたリリアーヌがニャムを慰めていた。


「フレアさんの周りはいつも見ていてあきないわね」


 ルージュだけがクスクスとおかしそうにそれを眺めているのだった。

 しばらくして、申し訳なさそうな態度でランスローがフレアの前にやってくる。


「姫、すまねえ。敵を逃がした」

「怪我は大丈夫ですか?」


 肩から胸にかけての裂傷と出血を見てフレアが心配する。ランスローは平然と応じた。


「これくらいかすり傷だ。気合いでどうにでもなる」

「あなたの場合、致命傷でも気合いで済ませそうですね。ちゃんと治療を受けてください。次の戦いまでに万全な体調を整えておくことも騎士の仕事です」

「その通りだな。言うとおりにしよう」


 ランスローの顔には主に心配をかけた申し訳なさが伝わってくる。

 気にしないよう声をかけようとしたがフレアはふと悪寒が走ると嫌な予感に振り向いた。


「ぬおおおおーーーー、ひめぇぇーーーー」

「げっ、ジーク!?」


 クロノスナイツの団長ジーク。人間の中では身長が高いランスローすらはるかに凌ぐ2メートル30センチ超え。そんな大男が形容し(かた)い形相でまっすぐフレアに向かってきた。

 それを見たフレアはかつての悪夢を思いだす。


(私は同じ手を何度も受けるほど愚かではありません)


「秘技、ランスローバリア!!」

 

 とっさにランスローを引き寄せるとフレアは立ち位置を素早く入れ替える。

 するとジークはそれに気がつかずランスローを抱きしめると頬擦りを開始したのだ。


「ぎゃあああああ(ジョリジョリジョリジョリ……)」


 目と耳を塞ぎたくなるおぞましい音と光景が目の前に広がる。おっさんがイケメンを(ほお)ずりする光景は、シャルたちが目をそらすほどの恐怖を植え付けていく。

 ジークの濃いひげにさらされたランスローのほほは赤く腫れ上がり惨い有様だ。それにはフレアがゴクリと息を飲む。

 

「もはや頬擦りではなく、『(ほお)()り』ですね。惨い」

「いや、忠実な騎士を盾にしたフローレアさんの方が酷いわよ!?」


 シャルは思わずフレアに突っ込む。

 一方でリリアーヌがランスローを心から同情しつつ、ジークを止める。


「ジークさん、その方はランスローさんです。フレアっちじゃないですよ」

「ぬおっ、なぜお前に頬擦りせにゃならんのだ」


 白目を剥いたランスローは解放された後、無残にも大地に倒れ失神した。

 それからジークはランスローの肩の傷をみて罵声を浴びせる。


「おい、ランスロー、何気絶してやがる。敵にやられて気絶とはそれでも専属騎士かっ!!」


 それにはフレアが違うのだとジークにうったえる。


「いや、気絶は主にジークの頬剃り(精神攻撃)のせいですよ!?」

「まあいい。ともかくテメーは一から鍛え直しだ」


 フレアの言葉はジークには届かず。

 ランスローはその後、団長直々の特訓を課されることになる。フレアはランスローに手を合わせると、後で絶対にお見舞いに行こうと心に決めるのだった。




 ガラン襲撃から一週間後。

 王国の巨大組織《魔技研》にて。

 国の最先端をいく技術者集団を束ねるのが所長のジャッカスである。

 魔技研の本部は王都の総構えから南東に少し離れた森の奥深くに存在する。

 魔技研は最先端の技術を扱い、兵器開発も進める理由もあって王都内には安全を考慮し施設を建造できなかった事情がある。

 そのかわり、何棟もの巨大な建物と(けん)(ろう)な城壁に囲まれ、要塞のごとき威容が魔技研の巨大さと権力を象徴している。

 齢60にさしかかろうというジャッカスは本部の所長室にある豪華なソファーに身を預け、目を閉じる。脳裏には王都に竜人が攻めてきた場面が浮かんでいた。


 ジャッカスは当時空から現れた移動魔工房に目を奪われた。魔法少女を引き連れ、魔装砲の強大な魔導兵器で(さっ)(そう)と王都を救ったおそるべき技術。

 空飛ぶ巨大な竜すら消しとばし、戦場を貫く魔装砲には嫉妬すら抱いた。

 ジャッカスはそれまでグローランス商会をなめていた。うわさは以前から耳にしていたが眉唾物と気にしていなかった。


(近年の成り上がりは全てあの魔王のような男、クラウディオの力によるものだと思っていたがのう。まさか、わずか11歳のクラウディオの孫が開発、経営しているなど誰が信じるものか)

 

 だとしたらあの移動魔工房なる兵器は何だというのだ、とジャッカスは疑問が残る。


(大方、超古代文明の兵器を堀おこしたのだろう。そうに違いない)

 

 ジャッカスはそう思い込もうとした。魔技研よりも優れた技術がよそで扱われるなど認めるわけにはいかなかった。

 部下にグローランス商会について調べさせてはいるが提出された報告書は、成果無し。一言で言えばそれだけのこと。それを長々と言い訳のようにあげてくる。ジャッカスは乱暴にテーブルに叩きつけて怒りをぶちまけた。

 直後、部屋のドアからノックの音がする。


「ジャッカス所長、ゴーマンです。ドズルーク公がお見えですが」

「……お通ししろ」


 ジャッカスは書類を整え立ち上がるとドズルークを丁重に迎え入れる。

 私腹を肥やしていることが見て取れるだらしない丸みをおびた体。悪趣味なほど貴金属の装飾があしらわれた貴族の服で着飾り、卑しさが顔ににじみ出る中年の男が偉そうに入室してくる。


「ようこそおいでくださいました。ドズルーク様」

「うむ」


 すすめられるままソファーにどすんと座るとドズルークはすぐさま本題に入る。


「今日、訪れたのは外でもない。魔技研から流れる資金が滞っておることについてだ」

「は?」


 何を言っているか分からないといった様子でジャッカスは変な声を上げてしまう。魔技研の経理から滞りなくドズルーク公爵に賄賂が流れているものと思っていたので内心慌てた。

 そして、報告を怠っている経理の連中を後で処分しようと考えているとゴーマンは姿勢を低くして報告する。


「所長、そのことなのですが西と北方の軍司令より突然我が魔技研との取引をやめると連絡があったでゲス。そのため、出荷するはずだった武具や魔導具などの物資が大量に在庫となり資金が回収できなくなってるでゲス」


 更に言えば競合などないのだから大量に作ってもいずれ全て売れると慢心し、注文がなくても大量に作っていることも損失を大きくしていた。

 

「なぜそんなことになっておる!!」

「それがグローランス商会と取引を開始したとか……」


 流れ出る油汗をハンカチで拭いながらゴマーンは頭を下げへこへこしていた。ジャッカスの厳しくなる形相に恐縮しきっている。

 だが、ゴーマンはつとめて笑顔を作りつつ好材料も提示する。


「ですがご安心ください。グローランス商会製は致命的な欠点を抱えております」

「どういうことだ」


 ジャッカスはゴーマンの手渡した資料に目を通すと納得する。


「性能値が魔技研製より低いのう。何より価格を安く卸しすぎだ。これでは利益はあるまい。完全に赤字であろうのう」

「ヒヒヒッ、その通りでゲス。これほどの安値で武具を提供しきれるはずがありません。すぐに採算がとれなくなり事業を撤退することになるでゲス」


 話を聞いていたドズルークはしかし不満そうだ。


「ふん、それは良いがそれまで儂の金はどうするのだ。ドズルーク公爵家の後ろ盾あってこそ好き勝手やれるのだということを忘れるな」


 ジャッカスは頷き、それから下手に提案する。


「今しばらくお待ちください。このたびの突然の契約取り消しは不当なもの。グローランス商会が撤退すればいずれ魔技研に泣きついてくることとなりましょう。そのときは賠償も含めがっぽりお金を巻き上げられます」

「ほう、確かなのだろうな」

「お任せください。そのときには色をつけさせて戴きますとも」

「ぐふっ。いいだろう。期待しているぞ」

「はっ」


 そこでゴーマンから提案が入る。


「それと、耳寄りな情報を手に入れましたぞ」

「聞かせろ」


 ドズルークの催促にゴーマンは嫌らしいごますり顔で言う。


「1か月後、交易都市ガランではウラノス魔導騎士学園の学園祭なる行事が開かれるとか。それに合わせグローランス商会の商品展示会を行うそうでゲス」

「それが何だというのだ」

「そこにはファーブル翼竜共和国の重臣や大商人が大勢呼ばれるそうでゲス。実質的な通商取引締結の場となるようでゲス。ここに我ら魔技研が介入しない手はないでゲスよ」


 意図を察したドズルーク公が新たな金儲けの気配を感じ取り思わずにやつく。


「ぐふふ、なるほど。共和国と同盟がなった今、貿易で儲けるチャンスというわけだ。ならば儂が陛下に進言し魔技研も展示会に出展できるよう話を通しておこう」

「ゲショッショ、ありがとうございますでゲス」

「構わぬ。祖父の威を借りて成り上がるだけの商会が王国の誇る魔技研の技術力にかなうはずなどないからな。ぐふっ、これでますます懐が潤うというものよ」

「領民から重税を集めてまだ貪欲に儲ける気でゲスか。さすがドズルーク様、未来の国王陛下は違いますなあ」

「ふははっ、儂ほど国の未来を憂いておる貴族はおるまいぞ」


 既に共和国との取引を確信しているようだがジャッカスには()(ねん)があった。まぐれか、奇蹟かグローランス商会は移動魔工房なる兵器を所有するのは事実。本当に楽観視して良いのだろうかという不安がある。

 ここに魔技研が技術で負けているという考えは出てこない。これはグローランス商会の(ちょう)(ほう)()(しき)《歩き商人》の情報封鎖の力も大きく働いていた。


「しかし、同盟の件ではグローランス商会と共和国が友好関係にあると聞く。技術で勝るとしても油断は禁物かもしれぬのう」

「それならお任せくださいでゲス」


 ゴーマンが手を叩くと所長室に2人の男女が入室する。

 1人は絶世の美女とも言うべき()(わく)(てき)な肉体をもつ女性。男の欲望を強烈に刺激する体つきと仕草は3人が思わず目を奪われるほど。女性は(よう)(えん)な香りを振りまきながらゆっくりと挨拶する。


「初めまして、シーリーンといいます。私の魅力で共和国との取引を有利に進めてみせるし」


 もう1人は自信にあふれ、甘いマスクをもつイケメンの青年。細身ながら引き締まった肉体を持ち、女性が見れば即一目惚れするような柔らかな笑顔で礼をする。


「カンノだ。俺にかかれば女どもなんてイチコロじゃん。ハートを撃ち抜いてやんよ」


 ゴーマンは2人に向かって申し出る。


「展示会はこの2人の美女とイケメンだけでなく選りすぐりの接待部隊を率いて向かう予定です。奴隷商人のオズマ殿より工作部隊も借り受けます。どうかこのゴーマンにお任せください。必ずや最良の結果を持ちかえるでゲス」

「おお、オズマも動くのなら安心だな」


 ドズルーク公も大いに喜び、ジャッカスもこれならば万一ということもあるまいと納得した。

 ゴーマンは共和国との貿易締結の功績をもって更なる出世を目論む。勝利を確信し口元が勝手に緩んでしまっている。


 そんな3人眺めながらシーリーンと名乗った美女はほくそ笑む。


(せいぜい人間どもで足を引っ張り合うと良いし。ほんと、ここは良質でクズの魂が大量に手に入りそうだし。これでグラハム様の復活は確実ね)


 シーリーンの正体は無魔シンリーである。人間に化け、既に魔技研の内部に深く潜り込んでいたのだった。



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