第66話 魔技研編 『反魔五惨騎の脅威』
「《ディレクトセイバー》、変身・魔装法衣」
反魔刃騎キリングの突撃をうけてリリアーヌは瞬時に魔法少女へと変身する。
魔法少女の中でも保有魔力は最高のリリアーヌ。変身によって吹き荒れる魔力の圧力は並の者なら吹き飛ばされそうなものだ。しかし、キリングは嬉々としていながらその中を突き進んでくる。
「クカカッ、この威圧感。良いぞ。貴様、強いな」
邪悪な力を放つ剣を振り上げてキリングは青き聖なる法衣を身に纏ったリリアーヌに振り下ろした。
バアァーーンッと甲高い音を立てて両者の剣は交錯する。
青く清らかな装飾剣とキリングの剣がぶつかった衝撃が周囲へと広がった。周りの木々はびっくりしたように葉がちぎれ飛んで丸裸にされてしまう。
当然近くにいたフレアたちにも被害は及んだ。
「きゃあああっ」
「サイコキネシス!」
飛ばされそうになったニャムとレアをフレアが支えながら神龍眼を発動。サイコキネシスの能力で周囲に力場を形成し戦いの余波を遮断する。
(なんて威力ですか、リリーは?)
フレアはキリングの攻撃を受けただけで足場が陥没を起こしているリリアーヌをみた。その状況に焦りを覚えずにはいられない。思わず悲鳴のような声で叫ぶ。
「リリー、大丈夫ですか」
呼びかけられたリリアーヌはギリギリッ、と剣を押し込まれながら、
「ごめん、フレアっち。ちょっと余裕ない。離れててっ」
切羽詰まった返事を聞いてフレアは3人を連れ距離を取る。
「フローレアさん、わたしも教官補佐の援護を……」
「駄目です。リリーが離れるように言ったのです。シャルさんの今の実力では危険な相手ということです。それに……」
凄まじい砲撃が上空から牙を剥いてくる。空にいる反魔砲騎カノンが金属質の腕を砲身に変形させ狙撃してきたのだ。それに気がついたフレアは新型の魔装銃を構えると応戦する。
白を基調とした美しい金属の砲身と内蔵された精霊結晶の輝きが悪意を迎え撃たんと火を噴く。
「魔装銃《MMR8》、ブラストキャノン。迎え撃て!!」
フレアの音声を認識し魔装銃が大きな砲身に変形する。すると野太い光の魔法砲撃が轟音を響かせながら上空に放射された。
上空からの撃ち下ろされる砲撃とフレアのブラストキャノンが激しくぶつかり合い相殺して爆ぜる。
爆発の閃光に目を細めながらもフレアの緊張は一段と高まる。
なぜなら、続けて4発も空から砲撃が降り注いできたのだ。
「ブラストキャノン、連射!!」
フレアも負けず回避行動を取りながらすべて相殺で対処する。空中で次々に爆ぜる閃光はさながら昼に咲いた空の大輪だ。
(ブラストキャノンは並の上級魔法5発分の威力があるはず。それでようやく相殺ですか。恐ろしい威力ですね)
カノンはヒュウゥ、と感嘆したような口笛が吹いて称賛した。
「やるじゃんよ。手加減したとはいえオレの射撃を相殺するとはいい目してるじゃん。だったらこれはどうよ」
直後、フレアたちを囲むようにバグクラスの無魔20体が降り立つ。それぞれが8メートルほどの巨体であり、その見た目にシャルが悲鳴を上げる。
「ひぃっ」
「シャルさん。もしかして虫が苦手ですか?」
「そ、そんなわけないじゃない。よゆーよ。よゆー」
そう言いつつも顔は真っ青で膝がガクガク震えている様子を見れば発言の説得力は皆無に等しい。
だが問題はもう1つある。
「ここで皆さんに1つ、悪い知らせがあります」
「な、なによぉーー」
シャルの不安そうな瞳にフレアは涙目で見つめ返した。
「実は私も虫が苦手なのです。……どうしましょう」
「そ、それ、大ピンチじゃない」
フレアの会話を聞いてかどうか、バグクラスの無魔が一匹カサカサとせわしなく無数の足を動かして襲いかかる。
もともと虫の運動能力は高い。もし人間大に成長しようものなら人間の身体能力ではそもそも太刀打ちできるレベルではない。
金属質の体もあって黒光りする生物に生物的な嫌悪感は増長されていく。
そんな生物と戦わなければならないのは悪夢だ。
おぞましさに顔が引きつるフレアとシャルだがそこに救世主が現れる。
「おいたは駄目なのっ!」
ニャムが向かってきたバグクラスを臆することなく迎え撃ち拳を構えると、
「ふにゃあ~~、《アブソリュートアタック》なの~~」
固い外殻も無力化する無極性魔法の絶対攻撃。その力が宿った拳でニャムはバグクラスの無魔の体を打ち砕く。力任せに腕を振り切ってはるか上空にぶっ飛ばしてしまった。
確かに虫の身体能力は高いが魔法を使う人間相手であれば話が違ってくる。ましてやニャムは魔法少女なのだ。
「「おおーーっ」」
フレアとシャルは目をキラキラさせニャムの勇姿に拍手をして称えた。
「ゆ、勇者です。凄いですニャムさん」
「ふ、ふん。わたしの親友なら当然よね。よくやったわ」
「おおげさなの」
まるで世界を救ったかのごとき喜びようにニャムは首をひねる。
「2人とも。たかが虫だよ」
たかが虫。
その頼もしい発言はフレアとシャルに100万の兵を得たような気持ちにさせた。諸手を挙げて万歳三唱を行う。
「聞きましたかシャルさん。ニャムさんはやはり勇者ですね」
「ええ、魔法少女の希望だわ」
大げさすぎる褒めちぎりにニャムは勘弁してと苦笑する。
「虫さんは植物の世話をすれば当たり前に接するから平気なの」
「心強いですね。それに援軍もきたようですよ」
フレアが視線を向ければ、魔導鎧に身を包んだ騎士たちが自然公園一帯に展開されていく。
駆けつけたのは交易都市ガランに常駐している赤虎騎士団である。
到着してすぐにミレイユの勇ましい声が戦場に響き渡る。
「魔法少女を援護しな。魔法使いは上空のバグクラスの無魔を魔法で牽制。この戦域から外に出すんじゃないよ」
『『『応っ!!』』』
赤虎騎士団の副団長ミレイユが先頭になって斬り込み、バグクラスの無魔の包囲を突き崩すとフレアに合流する。
そして、フレアを守るように騎士たちが隊列を組んだ。
「無事かい、グローランス嬢」
「ミレイユさん、助かりました」
素直なお礼を受けてミレイユは意外そうな顔をした。
「あんたにしては随分余裕がないね。そんなに敵が手強いのかい?」
「それもありますがあの虫の無魔は生理的に無理です」
「あんたイケメン以外にも苦手なものがあったんだねえ」
「ええ、私は今心に決めましたよ。グローランス商会兵器開発部門の総力を結集して殺虫兵器を開発してみせましょう。それで奴らを根絶やしにしてみせますとも」
ふふふふふっ、と病んだ目で薄気味悪く笑うフレアを見てはミレイユはため息交じりに止める。
「よく分からんがやめとくれ。嫌な予感しかしないよ」
『うわあああっ』
騎士たちがバグクラスの突進をまともに受け蹴散らされる。騎士が攻撃してもバグクラスの殻が固すぎてはじかれた。このまま攻撃が通じないと一方的に蹂躙される展開が予想される。
加えて援護の魔法使いの魔法砲撃も着弾すると何かの力に守られているかのように霧散する。いまのところ手も足も出ない状況だった。
「あのバグクラス、普通じゃないねえ。身体強化された騎士の攻撃をはじいて魔法も妙な力で防がれちまってるじゃないか」
「ほむ。しかたないですね」
ミレイユの指摘を受けて気は進まないがフレアは神龍眼の能力、鑑定スキル初級を使用する。このスキル、初級だけあって制約が多く乱用できない。ここが使いどころとフレアは判断した。
フレアの目が赤く魔力で輝くと網膜に敵の情報が表示された。
【《無魔デビルハイカブト》:反魔砲騎カノンによって強化された新型の無魔。デビルカブトよりも凶暴かつ防御力が2倍に強化されている。外殻の表面は弱点の魔法対策として反魔コーティング処理がなされている。(外殻のない腹などはもろい)】
虫を直視したため鳥肌が立つ。それでもフレアは有益な情報を手に入ることができた。多大な精神力を削られたが取りあえずよしとする。
「ミレイユさん。敵は新型の無魔のようです。表面には薄く対魔法処理が施されてあるので物理で表面に傷をつけてください。そこを魔法使いに狙い撃たせなくては魔法が通りません」
「なるほど、そういうことかい」
「あと可能なら下の腹などは防御が弱いと考えられます。そこを狙うと良いでしょう」
更に戦っている騎士たちにフレアが叫ぶ。
「足の関節部分は弱いはずです。そこに剣を突き入れれば簡単に落とせるかもしれませんよ」
フレアの助言はすぐに実行された。騎士たちは次々に戦果を挙げるとバグクラスが徐々に数を減らしていった。
それを上空から眺めていたカノンが顎を手でさすりながら感心する。
「へえ、戦ってすぐに弱点を看破して対処するとはすげえじゃん。確かにグラハム様の言うように戦闘力よりもあの頭のキレの方が厄介かもじゃん」
一方、リリアーヌはキリングを相手に防戦に徹する戦いを強いられていた。力不足は豊富な魔力に物を言わせて強化を施し、しのぎながら突破口を探る。
既に自然公園のあちこちにクレーターができ、緑豊かなかつての姿が見る影もない。それほどに2人の繰り広げる戦いの余波は凄まじかった。
(まだ相手の底が知れない。今は切り札の《リンフォース》は発動できないわ。その前にこの手を使ってみよっか)
一撃一撃が恐ろしく重いのでまともに打ち合わず受け流す剣の技術で対応する。
リリアーヌの戦法が変化しキリングは手応えが変わったことに気がつく。
「むっ、これは……」
(フレアっちが前に言ってたっけ。柔よく剛を制すって)
剣を傾け受けて流し、最小の動きで躱していく。そうするとリリアーヌが反撃を開始する。
ここで初めてキリングが受けに回る。
「おおう。驚いたぞ。長時間魔力を全開に放出しつつも未だに衰えを見せない。ばかりか珍しい剣技で反撃してみせるとはな。これほどの敵は久しぶりぞ」
「あなたをさっさと倒してフレアっちの援護に行かせてもらうよ」
それにはキリングが豹変する。
「俺を、倒す……?」
「――ふざけるなっ!!」
突然キリングから一層反魔の力が体から吹き荒れるとリリアーヌは予想もしていなかった異常を感じ取った。
「――っ、しまった!?」
キリングの不可解な攻撃を前にリリアーヌは理解が追いつかない。不意の攻撃でまともに斬られると体が弾丸のようにまっすぐ遠くに吹き飛んでいった。
「きゃああああああーーーーーー……」
リリアーヌの悲鳴を聞いてフレアははっとする。凄まじい勢いで飛ばされていく親友の姿を目にした。
「リリー!?」
それはシャルたちの目にもとまる。
「うそっ、あの強い教官補佐が負けたの?」
「フレアちゃん、教官補佐は無事なの?」
フレアは慌てて千里眼でリリアーヌの安否を確認した。幾つかの家屋を突き破り、ようやく止まったのはここから一キロ以上先だ。
傷の状態を見るが魔装法衣に破損はなくリリアーヌの意識はあるようだった。
(良かった。魔装法衣がちゃんとリリーを守ったようですね。近接防御に長けた後期型魔装宝玉の性能はさすがです)
それでも受けたダメージは大きい。リリアーヌは立ち上がろうにもすぐに膝をついてしまっている。切断力は遮断しても衝撃までは防ぐことは出来なかった。
「まだリリーは健在です。ですが戻るまでに時間がかかりそうですね」
これは危機的状況である。上空のカノン。地上からはリリアーヌを退けたキリング。そして、今は動かず様子を見ているシンリー。
これだけの危険な敵を現状の戦力で凌がなければならないのだ。
(まずいですね。状況を打破するにはどうすれば……)
千里眼を使ったままだったフレアはすぐそこまで駆けつけている味方に気がついた。
「ちょ、フローレアさん。あのキリングって無魔がこっちくるわよ」
立ちはだかる赤虎騎士団の騎士を軽々と蹴散らし迫り来る圧倒的な武力。シャルが切迫した声を上げるのも仕方ない。だがフレアは落ち着いて応じる。
「心配ありません」
フレアは臆することなく、シャルとニャム、そしてレアをかばうように前に出る。ミレイユたちにも手を出すなと身振りする。
「なぜなら――」
迫りくる嵐のような暴力に揺るがぬ意志を宿す漆黒の騎士が立ち塞がったからだ。
「おおっ!?」
キリングをもってしてもその騎士の登場は予想外であり、直前まで接近に気がつかなかった事実に焦りと期待が入り交じる。
「てめえ、姫に手をだすたあ、良い度胸だ。ぶった切られる覚悟はあるんだろうな」
相手を射殺しそうな鋭い眼光にキリングは思わず武者震いで体を震わせた。
「私の騎士ランスローがいる限り敵は近づけません」
主の絶大な信頼を受けてランスローは刀を握る手に力がみなぎる。
「北神一刀流、『烈風斬り』」
敵を穿つような螺旋状の風がランスローの刀から爆発的な勢いで飛び出すとキリングははじかれたように大きく後退させられる。
「ぬううぅっ」
「にがさねえ、てめえはここでぶった切る」
鋭くも激しい踏み込みでキリングに飛び込むと2人の剣士の激しい剣の応酬を繰り広げる。あまりの応酬に近くにいた樹木が次々と切断されズタズタになって崩れ落ちていく。
それを見ていたシャルが理解できないと額を抑える。
「ちょっとフレアさん。あれどうなってるの。あんなの人間の戦いじゃないわよ。というか、あのランスローって騎士、防御障壁張ってるようには見えなかったわよ。しかも男なのに放出系魔法砲撃使ってなかった?」
「でもシャルちゃん、魔法の気配全く感じなかったよ」
それにはますますシャルが混乱しフレアに詰め寄った。
「フローレアさん、あれは一体なんのよーー。説明しなさい」
「私も実はよく分かりません。1つ言えることは」
「ことは?」
「”気合い”だということです」
「んあわけあるかっ」
そこにカノンの声が空から降ってくる。
「おいおい、相手はキリングだけじゃないんだぜ」
「それはこちらのせりふですよ」
「何!?」
フレアの返答の意味ははるか空から降り注ぐ無数の光の砲撃によって明かされた。
直系20メートルの円柱状の光がざっと見ただけで30以上。それが次々にバグクラスの無魔を飲み込んでいく。
当初は余裕だったカノンの表情がすぐに驚愕のそれへと変じる。魔法対策済みのデビルハイカブト。にもかかわらず光が過ぎると跡形もなく消し飛んだ。
「おいおい、冗談だろ。反魔のコーティングごと消し去る魔法砲撃とか、どんなバケモンだよ。それもこれだけの数をバンバン同時に撃ちやがってよお」
それが何者によるものなのかはシャルたちにはすぐに分かった。希少性が高い光属性。それもこれだけの魔法砲撃を行使できる存在はブリアント王国には1人しかいない。
ブリアント王国第2王女にして、王国最強の魔法少女ティアナクランだ。
「あれがうわさの王国最強にして光の魔法少女かよ。すげえ魔力してやがるじゃん」
しかもティアナクランの周囲にはS組の魔法少女が1小隊(4人)護衛についている。
更には竜人のカロンも駆けつけフレアの傍についた。
だがシンリーは最後にフレアの前に立った魔法少女に気がつくと大声で叫ぶ。
「キリング、カノン。潮時だし。撤退。今すぐ撤退だし」
「おいおい、せっかく楽しくなってきた所じゃん。王国最強の魔法少女がどれほどの者か見てみたいじゃん」
興ざめだとシンリーに両手を挙げるカノンにキリングも同意する。
「フヒッ、その通り。この騎士は斬りごたえがありそう。もっともっと戦いたい」
ランスローとギリギリの剣をぶつけ合ううちにキリングのテンションはおかしくなってしまっている。
言うことを聞かない2人にシンリーは切迫した形相で激怒する。
「グラハム様の命令を忘れたの。従わないなら報告するよ」
「おいおいシンリー、お前何マジになってんの。必死過ぎじゃん」
「必死にもなるし。いま救世主の前にいる黒の魔法少女があたしが言ってた奴だし」
シンリーが指差したのはフレアの切り札、天才魔法少女ルージュである。彼女が麗しい漆黒の髪を掻き上げると周囲には黒い薔薇の花びらが無数に舞った。
「つっても所詮人間だろ。純粋種のオレらにかなうわけ……」
カノンのせりふは途中で中断させられる。
突然カノンが乗っていたバグクラスの無魔の体が傾いたのだ。何が起こったと視線を巡らせると地上にいたはずのルージュが目の前にいた。しかも既に漆黒の装飾剣を振るいデビルハイカブトの首を切り落としていた。
「はっ? はあーーーー?」
いつの間に、どうやって?
様々な疑問が脳裏を過ぎるも10メートルの距離を隔て、対峙してようやくルージュの恐ろしさを感じ取る。
(こいつあーーやべええ。マジでやべえじゃんよ。多分、まともにやったらオレが負けんじゃん)
人間を相手に冷や汗をかくなどカノンは人生をふり返ってもなかったことだ。だからこそすぐに逃げの一手を選んだ。
気がつくとルージュの体が黒の稲妻に包まれ剣を構えている。
「おいおい、これってやべえじゃんよ」
カノンが飛びずさったのとルージュが踏み込んだのは同時だ。
「複合闇雷魔法《ダークレールスラッシュ》」
カッ、とルージュから黒の稲妻が爆ぜた。
と同時に瞬間移動したかのような速度でカノンの横をすり抜け、左腕を切り落とす。そのあまりの速さにカノンは舌を巻く。
(はええっーー。しかも一撃でオレの反魔障壁を突き破って腕を持っていきやがった。ありえねえーー。こいつだけは格が違う。相手にしちゃいけねえ奴じゃん)
カノンはキリングとシンリーに叫ぶ。
「わりぃが先に撤退するじゃん。それとキリング。あの黒の魔法少女はほんとにやべえ。マジで逃げろ。五惨騎でも単独じゃ無理じゃん」
そう言い残しカノンは反魔の力を解放すると姿が徐々に薄くなり消えていった。
その様子を見ていたルージュは興味深そうに分析する。
「面白い逃げ方をするのね。まあ良いわ。フレアさんを守るのが最優先だから今は見逃してあげる」
ルージュが地上におりてくるのを察したシンリーはキリングにせかす。
「あんたも撤退だし。殿はあたしがやる。こうなったらこの”体”は諦めるし」
「……わかった。退こう」
キリングは後ろ髪を引かれる思いだったが、襲い来るランスローにも不可解な反撃をあびせる。
キリングの持っている剣は一本。その剣がランスローの剣を受け止めた。一方であり得ないタイミングで同時に斬撃を放ってきたのだ。
「なにっ!?」
とっさにランスローは後ろに飛んで剣閃から体をそらすも肩口から刃が走って胸まで切り裂いた。
血が噴き出すもキリングは手応えが浅いと感じ取る。骨までに達していないことはすぐに分かった。
「ふん、上手く逃げたな。さすがだ。勝負は預けるぞ」
キリングはすぐにきびすを返して空を飛ぶと高速で戦域を離脱していく。
ランスローは自分の受けた傷を見て致命傷ではないものの出血は多いとみる。悔しそうに舌打ちして地面に片膝をついた。
「やろー、面妖な技を使う。次は不覚はとらねえ」
ランスローは不満そうに刀を鞘にしまった。
シンリーは向かってくる騎士たちを見て怪しく笑みを浮かべていた。
いつの間にやら妖艶な人間の美女になると魅惑的な姿勢でしなを作った。
シンリーから怪しい紫の反魔の輝きが広がり周囲に広がっていく。それは抗いがたい誘惑の香りに満ちた空間であり、騎士たちは飲まれていく。
「男って単純じゃん。私の色香に惑えば良いし」
メリハリがきいた豊満なダイナマイトバディに整った顔立ちのシンリー。取り囲んだ男の騎士たちは全てがシンリーに魅了され虜となっていく。
それを見てフレアはミレイユに忠告する。
「いけません。これは幻惑です。全員あの怪しい空間から下げてください。あの無魔は幻術使いです」
「何だって。お前ら、下がれ!!」
ミレイユの制止はもう遅い。騎士たちはシンリーを巡って同士討ちを始めた。騎士たちの目は濁り、同時に獣欲にギラつき凶暴性を増して暴れ回る。一部はフレアたちまで襲いかかってくる。
味方の騎士相手に戸惑っているシャルたちの前にミレイユが迎え撃つ。
「おまえら、正気に戻りな」
体術でたたき伏せつつ呼びかけるミレイユだが騎士たちの反応は芳しいとは言えなかった。
『シンリー様の敵はすべて殺す』
『あの美女は誰にもわたさない』
「くっ、フローレア嬢。何か策はないのかい」
「ほむ。騎士たちはシンリーの美しさに魅了されているようです。ミレイユさんも色仕掛けで対抗してみては?」
「はあっ? 本気で言ってるのかい」
フレアの声を聞いていた騎士たちはミレイユを頭からつま先まで観察する。鍛え抜かれた屈強の体を見て、つり上がった目の女戦士を見て、男性騎士たちの首は揃って左右に振った。
『『『……ないわ~~』』』
「あんたら後でおぼえてなっ!!」
シャルがフレアの肩を揺すって策を急かした。
「私たちも近づいたら操られるかもしれないわよ。どう戦うのよ」
「ほむ。恐らく女性には効かないと術だと思いますが……確かに魔法少女が万一操られたらことですね」
どうしたものかと手をこまねいていると突然シンリーに肉薄し攻撃する人物が現れた。
そのままシンリーの体に攻撃が当たり、一時的に反魔の障壁が消え去った。
「なっ、どうして? あんた男なのにどうして魅了されてないのよ。あり得ないし」
シンリーの幻術をはねのける猛者がフレアの陣営にはいたのだ。それは共和国から派遣された竜人カロンである。
鎧竜鱗で形成した刃を手にカロンはその場で優雅に舞った。
「あり得ない? この私があなたごときに魅了されることこそありえませんよ」
カロンの言いように激しくプライドが傷つけられたシンリーは癇癪を起こしたようにわめいた。
「ふざけんなし。私容姿にはかなり自信あるし。見なさいよ。この大きな胸。引き締まった腰と男の視線を引きつけるお尻。男は皆私に見とれるはずよ」
シンリーの理論にカロンは鼻で笑うとあきれ返った仕草をする。
「笑止。私はあなたよりもはるかに完成された美を知っています」
「一体誰よ」
「あの御方です」
するとカロンはびしっと後方にいるフレアを指さした。展開が読めたフレアは既に顔が怒りで引きつっている状態だ。
「はっ? あんなちんちくりんのガキに私が負けてるはずないし」
「ふん、その認識こそ美に対する冒涜ですよ」
カロンはシンリーの体を指差すと醜いものをみる視線で射貫く。
「大きな胸ですって? なんったること。そのような脂肪の塊が美しいなどと。ああ~~、あなたの美的感覚はいちじるしく狂っています。醜く肥え太っただらしない胸を誇るなど恥を知りなさい」
「あんた何言ってるかさっぱりわかんないし」
「だまらっしゃい。その大きくだらしないお尻ももっと引き絞りなさい。そして、あの無駄な脂肪が一切存在しないフローレア様の美しいお体とご尊顔を崇めなさい。あちらにある至高なる存在こそまさに美の女神の化身なのです」
言い切ったカロンの表情には誇らしげな様子がありありと見て取れる。だからこそフレアは怒りと呆れで体がぷるぷると震えていた。それも仕方ない。フレアは貧乳だと虚仮にされたに等しいのだから。
「カロン、……あとで殺しますよ!?」
うつろな瞳でフレアはつぶやくのだがその後、騎士たちに変化が起きる。
『うおおおっ、俺が間違っていたぁーーっ』
騎士の中でも特に屈強な男たちばかりが正気を取り戻す。形勢は逆転し操られた騎士が次々に押さえ込まれていった。
それには戸惑いを隠せないシンリー。
「はあああっ、何で騎士の大半が正気に戻ってるのよ」
「答えは簡単です。彼らは真の美に目覚めたのです」
「ふざけんなし。あんなまな板娘に負けるなんて間違ってるし」
聞いていたルージュがクスクスと笑いながらフレアに尋ねる。
「だそうだけど? やっちゃっていいのかしら」
「……お願いします」
フレアの許可を得てルージュが闇の精霊境界を展開すべく詠唱を開始する。
「静寂にして懐深き宙の世界よ。わたくしの呼びかけに応じ支配せよ、深遠の闇」
広がるは漆黒の闇。大精霊の助力を得て闇の魔法を10倍に高める暗黒の世界。
そこは闇の大精霊の支配する世界だ。
シンリーは周囲の景色が一変したことに気がつくと既視感を覚える。
「ま、まずい。これって精霊境界?」
それが意味するところは魔法少女のフィニッシュアタックである。
「まっず、逃げないとだし。また殺されるし」
逃げようと空を飛ぶももはやどこに逃げて良いのか、闇が広がるばかり。
「どうなってるのよ。逃げ場ないし」
途方に暮れていても巨大な隕石は光を纏いながら凄まじい速さでシンリーに迫っている。
ルージュは手を振り下ろすと詠唱を終えた。
「フィニッシュアタック《メテオダイレクト》」
圧倒的な威力と浄化の力がシンリーを魂ごと完全に打ち砕く。今回もまたシンリーが魂を分けた分身に過ぎない。それでもまたひとつシンリーの命のストックがなくなったのである。
「御機嫌よう。そして何度でも葬ってあげるわ」
ルージュはその場で優雅にお辞儀をすると世界を闇から解放するのだった。




