第6話 学園入学編 『魔法少女候補生集結』
混乱に満ちた初登校も終わり魔法少女候補生たちは教室に待機していた。
先だって2年間の試験的な運用を終え、ようやく本年度より魔法少女科は本格的な生徒の受け入れを始めた。
試験段階では毎年10人ずつだった募集が今年は60人。30人2クラスが編成される。
その1つは14歳以上のこれまで実力はあっても選ばれなかった人材が集められた。フロレリアが1年の短期講習で戦力となる魔法少女を育成する。
もう一方のクラスは11歳前後の才能ある少女が国内から集められた。生徒兼教官となったフレア、その補佐となったリリアーヌが3年かけて育成することになっている。
ここで気になるのはなぜ年20個しか造れない魔装宝玉に対して生徒を60人集めたのか。誰もが思う疑問だった。
それはフレアの魔装宝玉年生産量20がフェイク情報だったからに他ならない。本当は100個作れることを黙っている。
隠した理由は幾つかある。内部の敵に対する情報戦。競争をあおる目的。そしてもうひとつ……。
フレアは待ちに待ったこの瞬間ににやける顔を隠しきれない。
(軍に求められるのは汎用性。しかし私の求める魔法少女は違います。軍とは別に、私のためだけの、魔法少女による教導部隊を創設する。そのために王国に提供するのとは別に魔装宝玉の予備は大量に隠し持っているのです)
……理由の大半はフレアの趣味と野望のためだった。
フレアは野望の一歩を踏み出すため、自分の受け持つ教室にリリアーヌを伴って歩を進めた。そして、ドアに手をかけ一気に開いたのだ。
教室内は入室したフレアを見てシーーン、と静まりかえった。あまりの静けさに教室のドアを閉める音とフレアのしっかりとした足取りが浸透するようにはっきり響く。
えっ、誰? というか先生は?
そんな言葉にもならない疑問が教室内を飛び交う。生徒たちにはありありと困惑が見て取れる。それを見たリリアーヌは本当に気の毒そうに視線を巡らせる。
(かわいそうに、この子たちはある意味犠牲者よね。アタシがしっかりフォローしなくっちゃ)
内心決意を固めるリリアーヌ。そんな彼女の心配など知らずフレアがそれはもう無邪気な子供のようなキラキラした目で魔法少女候補生たちを見回した。
(ああ、感動で涙が出そうです。きっと私が全員魔法少女にしてみせますとも)
教壇に立ったフレアを見て生徒たちは更に困惑を深め視線を集中させる。自分たちと同い年にしか見えないフレアには様々な視線が向けられた。
幾人かの女子生徒がキラキラふわふわした金髪がかわいらしくて思わず目で追った。身長の低さもあいまって抱きしめたくなる衝動を抑えている。
一方でフレアの真っ赤な瞳と意志の強そうな視線は年齢を超越したすごみを見せる。腕に覚えのある生徒は緊張した面持ちで見守っている。
他にも異なった反応をする生徒もいる。教室内には北方貴族の淑女も存在し、フレアと面識がある。そういう生徒は彼女に畏怖と警戒心、若しくは女性でありながら男性貴族たちを真っ向から打ち負かした強さに憧れを抱く。
北方の貴族令嬢たちは知っているのだ。
《ブリアントの悪魔》の恐ろしさを。
彼女らはゴクリと喉を鳴らし、逆鱗に触れないよう深く心に言い聞かせる。
数々の思わくを置き去りにしてフレアは満面の笑顔で挨拶する。
「皆さん、おはようございます。私はフローレア・グローランスといいます。今日から皆さんの担当教官となりますのでよろしくお願いします。それと隣のクラスはママが担当します。私のことは名前で呼んでくださいね。同じグローランス教官ではややこしいので」
その後、クラスはおそろしいほどに静まりかえってしまった。まるで凍り付くような空気にリリアーヌは額を抑える。
(ああ、やっちゃった。どう収拾しようかな……やっぱ無理よね)
リリアーヌは破れかぶれの勢いに任せて自己紹介する。
「ああ、みんなの戸惑いも分かるけどアタシの紹介もするね。リリアーヌ・ピアスコートよ。フレア教官の補佐になります。年上の13歳で現役魔法少女よ。今日からはアタシがこのクラスの演習教官となるからそのつもりで」
そこで挙手があった。今朝にフレアが目をつけた縦髪ロールの少女だ。彼女は西側の国境を守る伯爵家の令嬢アリア・カーマインである。
「あの、仮にもピアスコート教官は魔法少女なので分かります。ですがフローレア教官はなぜいらっしゃいますの?」
フレアが楽しそうに応じる。
「なるほど、もっともな質問です。魔法少女でもない人間に教わることはないと。確かに確かに」
腕組みをして、しきりにうなずいてみせるフレアにリリアーヌは嫌な予感がした。
「――しかし! 私こそがあなたたちに魔装宝玉をもたらす魔装技師なのです」
教室は驚きと懐疑的な空気が支配する。
確かに魔装宝玉の大量生産に成功した魔装技師が現れた。そのためここに魔法少女科が設立された。その経緯は生徒たちも知っている。だがそれがこれほどまでに若い――それも自分と同年代の少女とは思いもしなかった。
「ちょっとフレアっち、それは国の最重要機密でしょ。ばらしちゃっていいの?」
「かまわないでしょう。彼女らは魔法少女になるのです。言いふらすことはしませんよ」
「君はどれだけ魔法少女を信頼しているのよ」
「ふんっ、魔法少女のために死ぬのなら私は後悔しませんが?」
ああ~~っ、と頭を抱えるリリアーヌを見て、フレアを見て、生徒たちは納得した。
フレアはイノシシのように暴走し、リリアーヌはそれに振り回される苦労人なのだと。
同時に生徒たちは気がついた。
魔法少女に誰が選ばれるのかはこのフローレアの胸三寸なのではないか、と。
その思わくを制するようにフレアは言った。
「最初に言っておきますが私は魔法少女を実力主義で選定しません。魔法少女とははじめは弱くても、臆病でも、戦闘が苦手でも、きっかけ1つですばらしい魔法少女になれるからです。魔法少女に最も大事なのは――」
フレアはとてもゆったりとした動作で、それでもしっかりと左胸に手を当てて断言する。
「――『心』です」
それにはある生徒は首を傾け、魔法少女に深い憧れを抱く生徒は希望を胸にフレアの言葉を聞いていた。
「魔法少女は世界の、人類の希望です。あなたたちの活躍に世界の命運が託されているといっても過言ではありません」
それは当たり前のことであり、しかし大きな重圧が彼女たちを襲う。それを見てフレアはにこりと笑う。
「でも、気負い過ぎないでください。あなたたちには魔法少女の仲間がこれから大勢できることでしょう。仲間と友情を育み、助けあって戦えば恐れることはありません」
聞いていた生徒たちは緊張していた肩が下がる。
そこでまじめに語っていたフレアの興奮は最高潮に駆け上がり、
「何より私があなたたちを全力で助けます。ピンチになったら何があっても駆けつけますので御安心ください。あなたたちを泣かせる存在は私が全て容赦なく徹底的に排除しますから」
らんらんとした瞳がどこか狂気を含み恐ろしい。せっかくの高説も台無しだった。
「やっぱり最後にはフレアっちの本音が漏れ出たね」
しょうがない人、とあきれるがリリアーヌは知っている。
フレアは100パーセント本気で言っているし、その行動によって救われる魔法少女が大勢いるだろうと。リリアーヌ自身がそうだったのだから。
フレアはかつて10万人の難民を受け入れる無茶を押し通した。だからこそフレアにただならぬ感謝の念を抱いていた。リリアーヌにとってはフレアこそが最高のヒーローなのである。
同日早速、フレアは授業を始めた。
リリアーヌが魔法により無魔の姿を光の立体映像で描き出す。それだけで感嘆の声が上がる。上位属性である光を授業に応用し披露したためだ。
「まず、無魔の基礎情報について講義します」
フレアは教べんを持って最初に表示された無魔をさす。
「無魔の最も大勢を占める兵卒級です。主に野生動物、魚に寄生して巨大化。体長は一メートルから三メートル。寄生される依り代の身体能力に依存し、注意して当たれば通常の兵でも対処可能です。問題は数でしょうね。一度の襲撃で彼らは群れとなし、中隊規模以上で攻めてきます。地形と兵や騎士をうまく利用して足止めし、高出力遠距離魔法で一気になぎ払うのが有効です」
そして、次に表示された無魔には生徒たちから悲鳴が上がる。巨大な虫、それも二メートルから五メートルはある多様な虫が現れたのだ。女生徒たちの中で虫が大丈夫な子はそうそういない。なかなかに直視できない恐怖絵図だった。
「次に虫級。これは先に述べた敵とは別物です。虫はそもそも高い基礎能力と堅い殻に覆われています。人間大の大きさになると戦闘能力が兵卒級と比べ段違いです。魔法で強化した魔導騎士でもないと太刀打ちできません。素早い動きでこちらを惑わし、魔法が当てにくい場合は広範囲魔法でなぎ払うか、命中性能の高い追尾型魔法が有効でしょう」
そして。次の映像は縮尺表示され、わかりやすいように人の尺度と比較し並べられる。
表示された無魔の姿は強大なトカゲのようだ。人がまるで豆粒のようになっている。そこから生徒たちは敵を想像し青くなっていく。
表示されるトカゲの無魔は推定体長一キロにも及びそうな巨大なものだったのだからだ。
「巨人級。データが少なくブリアント王国ではいまだ見ないタイプです。南の神聖オラクル帝国ではトカゲ型と虫型の二種と交戦。数個師団と帝国最強たらしめる独占技術――《契約精霊》が事に当たり多大な被害を出しつつも撃退したようです」
契約精霊とは人と契約し、魔力を代償に一種の神のごとき力を発揮する恐るべき魔法生命体である。そして、契約精霊ほどの存在があってようやく撃退できる巨人級の恐ろしさに生徒たちは言葉を失っている。いずれあれと戦うのかと恐怖を感じずにはいられないのだ。
それを見てとったフレアは付け加えることを忘れない。
「もし我が王国に現れた場合は速やかに軍に報告。特別な訓練を積んだ魔法使いが信号魔法を用いて危急を王城のティアナクラン王女に知らせる手順となります。その後、周辺の民の避難を優先しつつ、各地の部隊とティアナクラン王女率いる精鋭近衛軍の到着を待ってください。決して無理に戦わないこと。各個撃破されるだけですからね」
無理に戦わなくてもいい、そう言われて安どの溜め息をつく生徒もちらほら見られる。ようやく生徒の表情も和らいだ。
そして、フレアは最後の説明に入る。
「これは新種の指揮官級です」
表示される映像には今までの無魔に比べると脅威レベルが低いと錯覚してしまいそうな人間によく似た外見。金属質に輝く肌でなければ見間違いそうである。
「人とよく似た無魔ですが、人の言葉を話し、知能が高く、高い戦闘力、戦術を用います。反魔と呼ばれる魔法と対極の力を纏うため他の無魔に比べて魔法に高い耐性を持ちます。有効な魔法攻撃は一点突破型や同箇所への正確な連続攻撃。もしくは上位魔法少女が体得する必殺魔法が有効です」
そこで縦巻きロールの生徒、伯爵令嬢アリア・カーマインが挙手をした。
「教官。新種、指揮官級はなぜ人の形をしているのでしょうか。無魔は魔力を宿す人には寄生できないはずではありませんの?」
「はい、その通りです。しかし、魔力は人の清らかな善の精神から生じるとされています。これはまだ個人の見解ですが人型の無魔は汚れきった精神で魔力を失った人間に寄生した無魔ではないかと考えています」
フレアの答えに生徒たちはざわついた。
「人が無魔になったのですか? そんなの、あり得ませんわ」
「そうでしょうか。私の知る限りコマンダータイプは皆イケメンばかり。大方ゲス野郎が人類の劣勢を見て保身から敵に寝返ったのでしょう。ああ、イケメン憎い……」
そこにリリアーヌが訂正する。
「あはは、今のはフローレア教官の極めて私怨のこもった偏見なので真に受けないでね」
フレアはリリアーヌの訂正に不満げだがちょうど午前の終わりを告げる予鈴が鳴り響く。フレアの最後の説明は生徒たちの記憶から鐘の音とともにかすんでは消えた。