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第62話 魔技研編 『そうだ、学園祭をやろう』

 学園長室はウラノス魔導騎士学園の最高権力者のための部屋だ。フレアはその日の放課後になってすぐ全く遠慮することなく押し入るとその主に提案した。

 

「学園長、学園祭をやりましょう」


 執務机に阻まれてもなおも前のめりに話すフレアを見ればその情熱をうかがい知れる。

 初老の学園長は柔和な笑顔のまま『ふぉふぉふぉ』と長く伸ばしたあごひげをさすった。

 一方で隣に控えていた熟女の教頭は眉をひそめて三角眼鏡を押し上げると迷惑そうに口を開きかけた。しかしフレアの隣で積極的に賛同するティアナクラン王女を見ては自制する。

 救いなのは教官補佐のリリアーヌが申し訳なさそうに何度も頭下げていることだ。その様子を見ては教頭は同情の視線をリリアーヌに向け、リリアーヌもまた困ったように苦笑を浮かべた。

 教頭は気が進まないものの重苦しい口調でフレアに説明を求める。


「フローレア先生、そも、学園祭とはどういうものか説明なさい。まずはそれからですよ」

「ふむ、失礼。あふれる情熱が抑えきれませんでした」


 せき払いのあと、もっともらしく真面目な調子でフレアは説明する。

 

「学園祭とはこの学園の活動と意義を広く知らしめるための発表の場であり、そのために学園を開放し広く人々を招き入れるのです」


 それを聞いた学園長はますます嬉しそうに『ふぉふぉふぉふぉ』と笑顔を深くしている。これは好感触の表れだ。

 教頭ももっともらしく素晴らしいものに聞こえるのだが何かが引っかかる。

 そう、あのフレアがこれほど情熱を傾けて話すことにあやしさと不信感を拭えないのである。


「私はこの学園には行事らしい行事がないことを知り(がく)(ぜん)としました。魔法少女とは心と技術の両方を育まねば健全な成長を促すことが出来ません。にもかかわらず学園で教えることとは1に勉強、2に訓練です。花の乙女がそれで健全といえるでしょうか。いえ、言えるわけがありません」


 鼻息荒くフレアは執務机を叩きつけて無念そうに語る。

 さらにはティアナクランもずいぶんと乗り気でフレアを援護する。


「人とは多様性に富んだ生き物です。戦闘能力ばかりに価値を求める教育方針にわたくしは疑問をなけかざるをえません。強さには様々な可能性があるのだと知って欲しいのです。学園祭の行事を通すことで生徒たちにそのことを教える機会となることを願ってやみません。どうか賛同いただけませんか」


 フレアとティアナクランの説得は教育者として(うな)らざるを得ない動機だった。だが教頭はきれい事ばかりが並ぶので逆に警戒心がふつふつと沸き上がる。だが、今のところ反論する余地は見いだせない。

 ましてや相手は王族である。言葉には気をつけなければならない。


「ふぉふぉふぉ、かまわんよ。儂は生徒の自主性を尊重しよう。思うようにやってみなさい。それを見守り育てるのは儂らの仕事じゃ」


 学園長はしばらくフレアの眼をじっと見ていたがほどなくして了承した。

 教頭は軽率な学園長を諫める。

 

「学園長、まだ詳細が見えませんわ。許可を出すには早計かと」

「教頭先生。儂は生徒を信じておる。新しいことを始めることは勇気がいることじゃ。じゃが新しいことを始めるのはいつも若者の活力じゃ。それが国にも活力を与えるのじゃよ。儂ら教育者はその力を育むことこそ仕事じゃとは考えられんかの」


 そう言われては教頭も渋々納得して頷くしかなかった。

 フレアは嬉しさのあまり学園長に抱きつき感謝した。


「ありがとうございます、学園長。長生きしてくださいよ。そのためにもこのメタボ腹を絞った方が良くないですか」


 ぽよんぽよんと腹を叩いて波立たせながら甘えるフレアに学園長は『ふぉふぉふぉ』と困ったような声で笑う。

 教頭は額を抑えてフレアを注意し、フレアに代わってリリアーヌが人一倍頭を下げて謝罪するのだった。



 学園長室を出てしばらくするとフレアとティアナクランはハイタッチを交わした。


「説得成功。まずは第一段階クリア」

「そうですね。この学園祭には果てなき乙女の夢と王国の未来がかかっています。必ず成功させましょう」

「2人とも凄いやる気だね。王国の未来ってどういうこと。これってニャムちゃんのような生徒を救うために企画したんじゃなかったの?」


 首をひねったリリアーヌにフレアは周囲の目がないことを確認してそっと耳打ちする。


「それは表向きの理由ですよ。学園祭にはもう1つの狙いがあるのです」

「もう1つ?」

「それは、魔技研に対するわなとしての意味合いです」

「どういうこと」


 人差し指を口に当ててフレアはウインクする。


「それはまだ内緒、ですよ」


 リリアーヌが教えてよと不満げにため息をつく。

 それをおしのけティアナクランがフレアに待ちきれないと詰め寄った。


「それよりもフローレア。学園祭には店員が可愛く着飾ったカフェと可愛らしい装飾を至る所に飾り付けて人々を迎えましょう。準備はいくらあっても足りません。早速、会議をしましょう。わたくしは目玉の展示に可愛らしいお菓子の家を出すべきだと……」


 そのせりふにリリアーヌは納得がいった。どうしてティアナクランがこうもフレアの悪巧みに積極的に乗っかったのかを。


「王女様、フレアっちにどう説得されたのかよく分かったよ」


 フレアのストッパー役が積極的に加担している以上学園祭は暴走必至だ。リリアーヌは来客が思いっきり引くようなメルヘンな学園祭にならないことを切に願った。





 フレアが学園祭開催を決意したのはとある生徒の問題がきっかけだった。それは今朝のホームルームが始まる前に始まった。

 

 1年G組に飾られる花はいつも華やかだ。教室も清潔感があふれている。

 それは生徒の中で熱心に花の世話と掃除をする生徒がいるからである。

 その生徒の名はニャム。

 身長がクラスでも三指に入る小柄な少女だ。シャルと並んでかわいがられるニャムは(おく)(びょう)な性格をよく自身で卑下する。見かたを変えれば穏やかな性格の少女である。

 花の世話を欠かさないのは彼女の優しさの表れだ。

 近頃のニャムは憂いがふっと表情ににじみ出る。


「クラスのお荷物なの」


 懸念しているのは戦闘能力がクラスでも最低レベルだということ。

 ニャムが教室で視線を巡らせるとシャルをとらえた。


「同じ年少なのにシャルちゃんは凄いの。年上の子と張り合って負けてない。すごいなあ。あたちここにいていいのかな」

 

 ベルカでは圧倒的な強さを見せた上級精霊。その戦いに混じって渡り合い活躍していた。ニャムにはとてもできそうもない。


(あたちは怖くて逃げてしまうかもなの)


 そう考えるとますます気持ちが沈んでいった。

 そんな様子をシャルが気がつくと元気いっぱいの声で近づき声をかける。


「あーーははは、どうしたのよニャム。元気ないわね」

「シャルちゃんはいつも自信があっていいよね。あたちはダメダメなの」


 (めっ)()に聞かないようなニャムの重苦しい発言にシャルは勢いがなくなってしまう。


「えっと、わたし気に障ることいった?」

「ううん、気にしないで。いまのは忘れてくれて良いから」


 それにはシャルは踏み込んで問いただす。


「そんなことないでしょ。何か思い悩んでいた顔してた。わたしたち友達でしょ。いいなさいよ」

「……本当に何でもないから」


 そう言うとニャムは逃げるように教室から出て行った。


「何でもないはずないじゃん……」


 友達に逃げられシャルは肩を落とした。親友が相談してくれなかったことよりも力になれないことが悔しかった。そして胸にモヤモヤした思いを抱えた。



 午後の演習の授業では魔法の実習が行われた。

 ニャムは一生懸命に魔法を行使しようとするも今日は特に調子が悪かった。

 同じ攻撃魔法でもニャムの魔法は圧倒的に威力が足りていない。

 脳裏には心配してくれたシャルへの罪悪感がある。


「ニャムさんは基本5属性全て試してても得意属性が見当たりませんね」


 フレアは未知の特殊属性持ちではないのかと可能性を検討していたのだがニャムはそうとらえなかった。


(あたちは魔法の才能なんてないんだ)


「教官、あたちは魔法少女失格ですか?」


 泣きそうな顔で言われてはフレアは驚きのあと、とんでもないとニャムを諭す。


「そんなこと絶対にありませんよ。私ははじめの授業で教えましたよね。魔法少女にとって大切なのは心だと。弱くても、(おく)(びょう)でも、戦闘が苦手でもすばらしい魔法少女になれるのだと」

「わからないの。弱ければ友達も誰も守れないの。それがどうして素晴らしい魔法少女といえるのかも分からないの」


 ニャムの悲痛な訴えにフレアは考えさせられた。戦闘ばかりを教えてきたが肝心の心を教えきれていないことを今更のように思い知らされる。

 戦闘に必要な技術ばかり教える普段の授業内容だけでは足りなかったのだと悟る。


(私としたことが失態です。戦闘能力の優劣ばかりに目が行く今の学園のあり方を考え直す必要がありますね)


 だが、いま苦しんでいるニャムにどう話せばいいのかフレアには思いつかない。

 他者と比較して何度も突きつけられてきた劣等感は簡単に拭えるものではない。だからこそ下手な言葉はかけられずにいた。

 すぐには納得できないかもしれない。反発されるかもしれない。それでもフレアは大事なことを教えようとする。


「ニャムさん、強さとは1つではありません。状況や視点によって強さとは様々に形を変えるのです。私はニャムさんの強さを誰よりも優しく、人の痛みが分かる所だと思っています」

「わからない。分からないよ。それがなんで強いことなのか理解出来ないの」


 今にも崩れ落ちそうなニャムにフレアは両肩をしっかり掴んで目線を合わせて伝えようとする。


「今はわからなくてもこれだけは覚えてください。魔法少女とは誰かをまもるために戦えること。その心の強さだけは決して見失わないでください」


 頼りなくゆれ動く瞳で、それでも最後のフレアの言葉にはニャムはなんとか頷いてみせる。


「ニャムさんには自分を見つめ直す時間が必要なのかも知れませんね。今日はもう休むべきです」

「でも」

「魔法の調子が悪いのはあなたの心の迷いを精霊が感じ取っているからですよ」


 そこにシャルが名乗り出る。


「しょ、しょうがないわね。わたしもちょっと疲れたかもだし一緒に休んであげるわよ」

「シャルちゃん」


 これにはニャムもシャルの気遣いが知れて素直に頷いた。


「か、勘違いしないでよね。たまたま都合良く疲れてるの。それだけだから」

「うん、ありがとうシャルちゃん」

「――っ、いいから付いてきなさい」


 シャルはニャムの素直なお礼に顔を真っ赤にして照れながら手を引いて演習場の隅に向かった。

 それを見たクラスの生徒たちは微笑ましい2人の様子にほっこり笑顔を隠すことができないでいた。

 隅で座り込んだ2人。ニャムは思わずつぶやく。


「シャルちゃんは凄いよね。騎士の名門でシャルちゃんもすごく強いの。あたちはシャルちゃんに何1つ勝てないの」

「当然よね、わたしはクラス最強なのよ」


 相変わらずシャルは自信たっぷりに言い張った。しかし、ニャムはそれが虚勢であることも知っている。だけどシャルは本当にそうなるために努力していることも知っている。最近はめきめきと頭角を表しつつある。

 そんなときにニャムはシャルから思いもかけない言葉をかけられる。


「でもわたしはニャムちゃんの女の子らしいところがうらやましいわ」

「えっ!?」


 ニャムは顔を上げてシェルを見る。自分に羨ましがられる点があるなど考えもしなかった。


「教室のお花で皆を和ませてくれる。掃除もしてくれて気持ちよく勉強できる。わたしがやっても同じようにはとてもできないわ」

「あたちにはそれしかできないの」

「卑下しなくて良いじゃない。小物のセンスも凄く良いし化粧もうっすらとだけど凄く上手でうらやましい。わたしが化粧したときなんて兄が化け物っていうのよ。酷いと思わない?」


 それにはニャムが拳を振り上げんばかりに熱くなりシャルに同意した。

 

「それは酷いの。女の子が綺麗になろうって必死に頑張ってるのに酷いと思うの」

「全くその通りよ。だから今度わたしに女の子らしいこといろいろ教えなさいよ。その代わりわたしがニャムちゃんの足りないところを支えるわ」

「……シャルちゃん」


 これがシャルなりの励ましだと気がつくとニャムは目元が熱くなった。


「ニャムちゃんは皆のために、誰かのために戦うとき誰よりも強くなれる気がするわ。世界最強の魔法少女を目指すわたしの親友ならそんなあなたが相応しいわ。だからあなたが自分を卑下したらゆるさないから」

「うん、今はまだ答えが出ないけど考えてみる」


 他の生徒の監督はリリアーヌに放り投げ、フレアとティアナクランはシャルとニャムの様子を見守っていた。


「フローレア、何か妙案はありませんか。ニャムが不憫でなりません。2人ともあんなに良い子なのに」

「ええ、それには同意ですね」

 

 フレアは両手を側頭部に当ててうんうんと考え込んでいるとピコン、とひらめいた。

 前世の記憶を元に一石二鳥の策を思いつく。


「そうだ、学園祭をしましょう」

「それは一体何なのですか」

「学園を可愛く、煌びやかに飾り付け一般の人たちをフリフリの衣装で学園生がおもてなしするお祭りです」

「――っ!? 素晴らしい。可愛いは正義です。全面的に協力しますよ」

「ティアナが乗り気になってくれれば千人力ですよ。生徒たちが戦闘以外で活躍の場を用意できる催し。ニャムさんも自信が持てるようになるかもしれませんね」

「なるほど。それは確かに妙案です」


 がしっとフレアとティアナクランは手を握る。こうして学園祭は推し進められるが事実上決まったのである。




 一方、無魔の3幹部は一度交易都市ガランへと向かっていた。


「おい、王都にむかうんじゃないのかよ」


 先行して空を飛ぶシンリーにカノンが指摘する。


「あんたらにはまず魔法少女の戦力を知ってもらうから」

「ああん、そんなの不要じゃん。人間なんて雑魚雑魚」


 馬鹿らしいと手を振るカノンにシンリーは忠告する。


「油断すると痛い目見るし。勝手にやられるのは良いけどこっちの作戦まで狂うと困るわけ」

「テメーはともかくガリュードはどうせ戦闘を楽しむためにわざと攻撃受けてたんだろ。参考にならねえよ」


 それにはシンリーが真剣な表情でカノンを振り返って睨んだ。


「救世主の周りには少なくとも3人の危険な魔法少女がいる。1人はバカ魔力を持った剣使い。もう1人は王国最強と言われているティアナクラン王女。そして最後に1人、とりわけ危険な魔法少女がいるし」

「おいおい、何マジになってるわけ」

「いいから黙るし。黒の魔法少女がいたらまともにやり合うなし。黒薔薇の魔力が舞ったら間違いないし」

「はっは、おもしれーじゃん。だったらオレがそいつの頭撃ち抜いて瞬殺してやるじゃん」


 シンリーをからかうようなカノンにシンリーは冗談抜きに強く警告する。

 

「だからやりあうなって言ってるし。これマジだから」


 2人の会話を聞きつつ沈黙を守っているキリングは内心愉悦に笑っていた。


(シンリーが警戒するほどの剣使いか。手応えがあるといいな。ふひ、ふひひひひ、ああーー、はやく斬りたい。斬る切るキルゥーー)

 

 ようやく前回の戦いの傷が癒えようとしている交易都市ガラン。再び危険が迫ろうとしていた。


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