第61話 魔技研編 『友達を信じること』
フレアの体調が戻り熟睡したときを見計らったように不思議な世界に誘い込まれる。
以前、女神ミルが『知の図書館』と呼んだ場所だ。
世界を優しく見守るような巨大な大樹がまず目を引く。その大樹を中心に緑豊かな景色が一面に広がっている。
目を閉じ耳を澄ませば遠くから鳥たちのさえずりが心地良く耳に入り込む。
風がそっと流れると木々の葉がさわさわと音楽を奏でるようにこすれ合う。
だがそれら葉にはとてつもない情報を秘めていることを知っている。
今回は五感がしっかりと感じられ、体も確かな存在感を保っている。これは前回と違っていた。
そんな違いに戸惑っていたフレアに滑らかに響く少女の声が聞こえる。
「やあ、久しぶり。……本当に久しぶりだね」
空から舞い降りてきた女神ミルがフレアの前に姿を現す。彼女から感じられる雰囲気は穏やかであるのに口調は責めるようである。そんなミル態度にも臆することなくしれっと応じる。
「本当に久しぶりでしたね。なかなか連絡がなかったのですが忙しかったですか?」
図太いフレアの反応になんとも言いがたいといった様子でミルが深く息を吐く。
「君がそれを言うのかい? また徹夜続きで体調が優れないようだから気遣ったボクが間違っていたと?」
「それはご心配をかけました。でも以前より10分は多く睡眠を取るようにしたのですが」
「ああ~~、そうだね~~。君にしては頑張った方じゃないかな?」
突っ込んだ方が負けと悟ったミルの返事はもはや投げやりである。それに堪えた様子もなくフレアは言った。
「私のことはフレアでいいですよ」
「会話の空気を読もうよ。何平然とボクに愛称呼びを勧めているのかな」
「だったらフローレア様と呼んでください」
「君もしかしてボクをからかってるの。泣くよ、マジ泣きするよ」
「えっ、いじれってフリだったんじゃないんですか」
「フリなんていつしたのかな!?」
あはははは、とフレアは笑った後周囲を見回して自身の体を見る。
「以前は精神体で呼ばれたと思ったのですが今回は違いますね」
「へえ、よく分かったね」
「あの後寝室に様々な計測器持ち込んで何があったか調べましたから」
「……その行動力に脱帽するよ」
がっくりと肩を落としてしっかりとリアクションするミル。それがフレアにもてあそばれる原因だという自覚が本人にはない。
「今度は実体で呼んだということですか」
「ちょっと違うね。君は元の世界にもちゃんと存在しているよ。同時にこっち世界でもボクの力で存在している」
「もしかして遍在のことですか。それが本当だとしたらあなたは女神だったのですか?」
「まだボクのこと疑ってたの!? そっちの方が驚きだよ」
遍在とは、どこにでも同時に存在できるということ。地球の神仏は御神体やお札などを通じて各地へ同時に加護を与えるとされる。それは神の象徴的な力の発現といえる。
技術者として、どういう理論なのかとフレアの興味も尽きない話題だ。
「凄いですねえ。遍在の力は人にもさせることができるのですか?」
「君の場合は特別だね。なぜなら……」
ミルはそう言ってフレアの目を指差す。
「まさか神龍眼?」
「正解。人ながらに神に等しい力を宿すこともできる特別な眼さ。今回呼んだのは君が目覚めた能力の説明と戦い方を教えるためだね」
「千里眼とサイコキネシスでしたね」
「その通り。といってもどちらの能力も君なら予想が付くだろうが千里眼は遠くの地すら知覚することができる。まさに智の女神が与える力に相応しい力だとは思わないかい」
「だったら一番最初に与えるべき力だったのではありませんか」
「そうもいかないよ。千里眼といった能力を扱うためにも下地となる基礎能力を上げておかないとね」
そう言いながらもミルは自身の後方に落ちてきた葉を視認することなくつかみ取る。
「千里眼を使えばこのように死角がなくなり直視しなくても対応できる」
そして、手に持った葉を離すとサイコキネシスの能力で固定する。
そして、今度は物理法則を無視したように自在に空中を踊らせてみせる。
「サイコキネシスはまるでどこにでも自分の手があるように物を操作することができる。使いこなせば銃を何丁も同時に操作することもできるのさ」
その言葉の意味するところを理解しフレアははっとする。
「これって魔装銃使いである私にとってはうってつけの能力ですね」
「そうだね。千里眼とサイコキネシス。加えて亜空間操作。同時制御は難しいが使いこなせば凄いことになると思わないかい」
「なるほど、訓練の方向性も見えてきましたね。能力の同時発動は訓練が必要というわけですか」
「相変わらず察しが良いね。だけど無理のない範囲で練習するよ」
それにはやる気を出しているフレアが不満げだ。
「ええーー、魔法少女のためならいくらでも頑張りますよ」
「君の場合そこが問題なんだよ」
「どういうことですか」
ミルはフレアに言い聞かせる。
「君は1人で頑張りすぎているね。それが良くない」
「何が悪いのですか。魔法少女の困難を知りながら目を背け、失いかけてようやく目が覚めるクソイケメンのようなことは絶対にしたくないのですが?」
「現代知識の弊害かな。恐らく君の危惧していることは物語の主人公がするような典型的な失敗を言っているのだろうね。しかしあれらの本質は別の所にある」
「本質、ですか?」
「そうだね。わかりやすく君の知る現代の物語に合わせて回答するよ。今の君はそういった主人公と大差ない」
フレアは絶句しショックで黙り込む。自分の何が駄目なのか。そう自問するも思いつかない。
そんなフレアにミルは言った。
「答えを教えることは簡単だけど君の心に響かない。それでは過ちを繰り返すだろう。だったら託すとするよ。今、君に欠けているものはきっと魔法少女たちが教えてくれるだろうから」
「……分かりました」
素直に頷いたフレアに対してミルの表情に悲観の色はない。フレアたちならば悲劇につながる結果にはならないだろうという確信がある。
(気づいているかい。君が魔法少女を大切に思っているように彼女たちも君を大切に思っている。その絆はこれから待ち受けるどんな困難も打ち破る力になると信じているよ)
ウラノス魔導騎士学園の屋内演習場にて。
フレアは眠い目を必死に開きながら午後の演習授業に突入していた。
疲れが表に出ないギリギリの休息を取りつつ最大限の開発を推し進めてきた。その甲斐あってついに新装備をお披露目する今日という日を迎えた。
「今日の演習ですが皆さんの魔装法衣を改良しました」
その発言に生徒たちの間で一気に緊張が高まった。当然である。これは特化型魔装法衣の悪夢を彷彿とさせる流れだからだ。
「――この時間はその説明と習熟訓練に充てたいと思います」
生徒たちの表情には不安と動揺が見て取れる。新装備への期待感は一握りしか存在しない。
次は一体どれほどの悪目立ちするふりっふりの衣装になるのか。
生徒たちの間ではお互いに励まし合う姿すら散見する。
なぜこれほど生徒たちが恐怖に慌てふためくのか。
それは彼女たちはが知っているからだ。
――フレアの凶悪なまでの少女趣味を。
「ふ、フローレア教官に質問がありますわ」
アリアが勇気を持って挙手をすると震える声で質問する。
「その改良とは衣装デザインも変更となりますの?」
恐怖で声が強張るもアリアの勇気に多くの生徒が称賛の手を打つ。
「残念ながら、……ひじょーに残念なことに通常時のデザインは一緒です」
無念そうにつぶやくフレアの台詞とは真逆で生徒たちの顔には喜びがあふれた。だが、油断してはいけない。フレアの話は終わっていないのだから。
「ですがご安心ください。新システム《リンフォース》が発動した際には膨大な魔力光に全身包まれ、魔装法衣も美しく、何よりとっーーても可愛くて神聖なものに進化しますので皆さんが喜ぶことうけあいです」
生徒たちはまるで天国から地獄に突き落とされた気分だ。ある者はどんな恥ずかしい衣装なのかと未知の恐怖におびえて泣きそうになっている有様だ。
本当に喜びの声を上げているのは可愛い物好きのティアナクランと一部の変わっている生徒だけである。
「うんうん。そんなに喜んでくれると頑張ったかいがあったというものです」
「これが喜んでいるように見えますの!?」
アリアのツッコミもフレアの耳には届かない。
「それに加えて魔装法衣の防御力を上げるため自動制御式ピンポイント障壁システム《マギカアイアス》を搭載しました。攻撃を受ける瞬間にその部分だけに防御障壁を集中することで防御性能は実質10倍ですよ」
それにはティアナクランが呆れて額を手で抑えた。
「ついでのようにそのようなとんでもない新システムを話すのですね」
「《マギカアイアス》は可愛くないですからね」
「そこ重要ですの!?」
「確かにフローレアの言うとおりですね」
「殿下が納得した!?」
「とにかくこれで魔法少女が大怪我をするリスクも減りますよ」
心の底から安どするフレアの様子を見れば生徒たちは複雑な思いに駆られる。
フレアの魔法少女を守りたいという一途な思いは嫌というほどに伝わってくるからだ。
「回収した魔装宝玉もリニューアルしましたので皆さんに返却しますね」
フレアは生徒たちに配りながら説明する。
「新しい魔装宝玉には新たに5つの小型精霊結晶を追加しました。1つは《マギカアイアス》、残りを《リンフォース》発動のための制御と魔力貯蔵庫の役割を担っています」
「《リンフォース》の発動時間は魔力フルチャージでおよそ4分間しか発動できません。1つ当たり1分の計算です。これはここぞというときの切り札として使用してください」
「また、リンフォース発動は皆さんの現時点での実力で難しいと思います。ですのでしばらくはそのための訓練に時間を割きます。今すぐ発動できそうなのは、ティアナとリリー、ルージュさん、それとユーナさんぐらいでしょうか?」
フレアの発言を受けて1人の生徒が立ち上がった。シャルである。
「ちょっと待ちなさいよ。ルージュに出来て、なんでわたしの名前が出てこないのよ」
「え、順当ではありませんか」
むしろなぜシャルができると思えるのか?
フレアは本当に不思議そうにするのでますます不機嫌になる。
「むっかあーー、あたしはルージュのライバルなのよ。あいつがクラス最強なんてわたしは認めないんだから」
「シャルさんには無理だと思いますよ」
「あはは、面白い冗談ね。見てるが良いわ。この演習時間内に必ず使いこなしてみせるから」
魔装宝玉を配り終えて各班ごとに分かれてフレアとティアナクラン、リリアーヌが指導して回る。
こうしてリンフォースの発動の練習が始まった。
しかし、シャルのことはともかくここでフレアは自身の誤算に気がつく。
「…………これはどういうことですか?」
フレアは自身の目を疑った。演習時間の終盤にさしかかるまでに13歳の年長組は全員が《リンフォース》の発動に成功してしまったからである。
12歳の生徒もほとんどが成功しフレアの予想が外れてしまった。
「信じられません」
戸惑い立ち尽くすフレアにパティが背後からぎゅっと抱きついた。
「驚いた?」
「パティさん、これはどういうことですか。よく見ると皆さんの魔力量も制御力も目に見えて上がってますよ」
「それはそうだよ。みんな必死になって秘密の特訓してたからね」
「秘密の特訓?」
キョロキョロと生徒たちを見回すと、体のあちこちに擦り傷の跡などが見える。
「パティさん傷だらけじゃないですか。というか今までどうして私は気がつかなかったのでしょうか」
このときになってフレアはようやく生徒たちに目が向いていなかったことに気がつく。自分のことばかりで精一杯だったのだ。
だから生徒たちが怪我をしていることも。
魔力が上がっていることも注意すれば簡単に気がつけたはずだった。
それを見逃したことが教官としてどれだけ恥ずべきことか。フレアは頭を垂れて深く落ち込んだ。
「ううぅ、私は最低です。皆さんに教える資格なんてないのかもしれません」
「そんなことないよ。フレアちゃんの思いは胸にキュンキュン届いてたから。だから私はいーっぱい頑張れたんだよ」
「どういうことですか?」
「私もフレアちゃんの力になりたいんだよ。私たちは1人じゃない。皆で支え合うことでどんどん強くなれる。フレアちゃんは1人頑張らなくても良いから。私たちがいっしょだよ」
顔を上げるとカズハやサリィ、ユーナ、ミュリも《リンフォース》を発動させて頼もしい姿を見せてくれる。
爆発的に吹き出す魔力が法衣として実体化されるため、かつてない魔力濃度で形成された精霊結晶の防具。より動きやすくも可愛らしいフリルが一際目立つようになった魔装法衣。
それが輝かしい色とりどりの魔力で魔法少女たちを包み込みキラキラに輝いてフレアは眼を細める。
「でも私は……私は……」
フレアの胸の中にある想い。
それが喉まで出かかっているもあと一歩出てこない。
そんなフレアにシャルが叱咤する。
「言いたいことがあるなら言いなさいよ!!」
最年少の1人であるシャルが大粒の汗を流しながらも必死で魔力を制御しリンフォースを発動しようとしている。
発動のきっかけとなる魔力を使いすぎてふらふらになっている。それでもシャルは決して諦めることなく挑戦し続ける。
生徒の中でも誰よりも努力し、挑み続けているのは間違いなくシャルだろう。
ルージュに対する対抗意識もある。負けず嫌いな所もある。
だが今シャルが頑張るのはふがいない姿をフレアに見せまいとするシャルの優しさである。全てはフレアに伝えたいことがあるからだ。
「見てなさい。わたしは必ず時間内にリンフォースをものにしてやるんだから」
「いけません。魔力が枯渇しかけています。これ以上の酷使は危険ですよ」
シャルの状態はフレアの言うとおり本当ならすぐに止めるべきはずであった。だが周りの生徒は誰もシャルを止めようとしない。
「あなたがそれを言う資格はないわよ!!」
シャルの怒声にフレアはびくっと体を震わせた。魔法少女に叱られたショックで表情が陰る。
「今の私の姿は今までのフレアさんのそれと同じなんだから」
よろよろと頼りない足取りでフレアに近づくと両肩を掴む。
「心配で見ていて胸が苦しいでしょ。それを私たちはフレアさんを見て感じてたの。見ていて辛かったんだから」
「あっ……」
このときになってようやくフレアはミルが何を言いたかったのか分かる気がした。遅ればせながらそのことに気がつくと瞳がゆれ動きシャルを見る。
「わたしたちもあなたが大切なんだって気づきなさいよバカーー!!」
絶叫とともにシャルはついにリンフォースを本当に発動させてしまった。黄金色の雷属性の魔力が空に向かって立ち昇り一際輝かしい変身を見せるシャル。
未熟な年少の中で発動できたのはほんの一握り。
シャルはそれでも発動に成功した1人になった。
「すごい。すごいですよ、シャルさん」
「はあはあっ、ふふん。ま、まあ、わたしにかかればこのくらい当然よね」
ちょっと素直ではないもののシャルは嬉しそうに胸を張る。そして、ズビシッとフレアに指差し詰め寄った。
「さあ、わたしは今覚悟を見せたわ。さっき言いかけたことちゃんと口にしなさいよね」
「それは……」
なおも渋っているフレアをみて最後にはリリアーヌが声をかけた。
「アタシはフレアっちが必死で頑張ってきたのを知ってるよ。弱音を吐かないのも皆を不安にさせないためだよね。でも今話さないのは違うと思う」
ずっとフレアの傍で黙って見守ってきたリリアーヌがなってようやく動いた。
そして、フレアを抱きしめると数年の想いも込めて言葉にする。
「だってアタシたち教官の前に友達なんだよ」
誰よりもフレアに寄り添ってきたリリアーヌの万感の思い。
それはフレアの心を覆っていた固い殻をうち破る。
「私は……怖い」
普段自信満々で戦闘では動じないフレアを知るものからは思いがけない声が漏れ聞こえた。だが、フレアの一般の怖いとは少し意味が違う。
「私は大事な友達を守れないことがとても怖い。また大切な人を守れないのは耐えられないよぉ」
小さい手で必死にすがりつくようにリリーにしがみつく。
「だから、リリー、みんなも死んじゃやだあ。絶対に死なないで……」
弱々しく泣き出したフレアに生徒たちは言葉を失った。
ベルカでは自分の命をかけて竜人も王国も救おうとした。その行動の元となった想いを知り生徒たちは納得もいった。
先日ミルがフレアに伝えなかったこと。魔法少女たちに託した答え。
それは『友達を信じてあげること』だった。
フレアの想いに心動いたシャルはいち早くフレアに声をかける。
「フレアさん、約束してあげるわ。わたしは死なない。もっともっと強くなって世界最強の魔法少女になるわ。そうすれば安心よね」
それからは次々に生徒たちがフレアに集まり死んだりしないと誓いを口にする。
言葉が積み重なるたびにフレアの心にあった暗闇が晴れていくようだった。そして、フレアはようやく気がついたのだ。
(守るということは、必ず相手が存在します。一方が独りよがりに動くだけではきっと誰も守れない。私に足りなかったのは相手を思いやり、相手からも思われる互いの信頼だったのでしょうね)
魔法少女と新たな絆を得たフレアは久々に悪夢を見ることなく安らかに眠れるような気がした。




