第60話 魔技研編 『王女が怖くて自重なんてできますか』
「姫嬢ちゃん、とんでもねえもの考えやがったな」
交易都市ガランに存在するグローランス商会の工場内にて。
工房長ダクラスはフレアが持ち込んできた企画書と図面にあきれ果てていた。あまりに前代未聞の構想。完成すれば固定概念を覆す大発明である。
思わず図面を持つ手が震える。図面には魔法少女の魔装法衣を思い起こさせるような鎧が描かれていた。
「ふふ、怖いのですか?」
試すような口調でフレアはダグラスを試す。それを受けて彼はにやりと厳つい顔を歪ませ不敵に笑みを返した。
「馬鹿野郎、新しい技術に臆しているようじゃ技術者失格よ。むしろ、心が勇みきってしかたねえのよ」
「それでこそですよ。新しい技術に臆しているようじゃ話になりません。……そう、ティアナが怖くて技術者はつとまるものですか」
「なんで王女が出てくるんだ?」
「べ、別に。全然怖くないのですよ」
裏腹にフレアの足はガクガクと震えだし、顔が真っ青になっいく。
「めっちゃ震えてんぞ」
「幻覚です。それよりも前線に供給する補給物資の製造はどうですか」
「問題ねえぞ。姫嬢ちゃんが考案した部品ごとに大量生産しベルトコンベア方式に組み立てる。効率も従来と比較にならねえ。ばかみてえに短時間で作れる。習熟のための人材育成もこれならすぐだ」
「鎧1つ作るのに全ての工程を1人でやるなんて馬鹿げていますからね。一部の工程だけをおぼえるのならすぐ済みます」
「魔技研は職人気質だ。だから生産能力は度外視だ。あそこのやり方はもはや時代遅れだな」
そこでフレアは量産型鎧の試作品が目に入った。
「この鎧は他と少し違いますが?」
「ああ、そいつか。付け外しのボルトや部品の数を減らすことで耐久性をあげられないかウチのスタッフたちが意見をあげて仕上げてみた。どうだい?」
「っ!? それはすばらしい。部品が複雑化するともろくなるのは説明するのも馬鹿らしい常識です」
フレアは目を輝かせてあちこち触って構造を様々な視点から観察した。
「ふむ、この際です。コストはそのままにもっと改良して強くしてしまいましょう」
「……また、よからぬこと考えてやがるな」
「心外ですね。性能が上がることに何か不満でも?」
「姫嬢ちゃんが手を加えるとぶっ飛んだ物ができあがる。だから量産型の武具は俺らが主体となって仕上げたはずだぜ」
「ほむ、そのことなのですが近々魔技研に遠慮する必要がなくなりますよ」
「どういうことでぃ?」
コストパフォーマンスだけでなく、性能まで上げすぎると魔技研が反発する可能性を考慮してあえて手を抜いていた一般兵士用の武具。
ダグラスはフレアの不穏な言葉に眉をひそめた。
「恐らく魔技研が私たちに近々謀略を仕掛けてきます。そのときは逆に魔技研を潰しますから。そうなればもう遠慮する必要はありませんよね。そうしたら魔技研に残っているまともな技術者もこちらに抱き込んでもっと凄い物を作れる気がしませんか」
フレアの顔は本当に子供のような無邪気な笑顔で不穏な台詞を語る。
これまで王国の武具や魔導具の生産を牛耳り、政治にも多大な影響力を持つ強大組織『魔技研』。それをあっさり潰すと言ってのけるフレアにダグラスはたじろいだ。
「本気で魔技研を潰せると思ってるのか。相手は巨大組織だぞ」
「魔法少女の障害となるものは誰であれ叩き潰します。相手がどれだけ力を持とうとも知ったことではありませんよ」
「……はあ、こりゃ面倒なことになりそうだ」
「あなたにも一肌脱いでもらう予定ですのでよろしくお願いしますね」
ますますダグラスの頬が引きつる。胃薬どこだったかな、と考えていると突然工場施設内に警報音が鳴り響く。
甲高い音が連続して鳴り響き、従業員たちが天を仰ぎ見ると慌てて動き出す。
『緊急事態発生。緊急事態発生。脅威レベルD、警報発令。職員は直ちに機密レベルの技術を亜空間シュートに封印。偽装処理を行ってください』
館内放送が鳴る前に職員は既に動き出している。精強に訓練された軍人のような動きである。外に漏れると危険な水準の技術と情報を最寄りに設置されたボックスにテキパキ放り込んでいる。それは亜空間を作り出す魔導具のボックスである。
ダグラスの怒声が周囲に響きわたった。
「脅威レベルEではないからと気を抜くな。隅から隅まで確認して情報を守れ。技術は俺たちの命だ。決して他に渡すんじゃねえぞ」
「「「はいっ」」」
フレアはそれらを眺め頼もしさを覚えるとともにますますもって体が震えていた。この場でレベルDが発令されるケースとはつまりフレアの天敵の来訪を意味しているからだ。
程なくして工場内に恐れていた人物が現れた。ブリアント王国第2王女ティアナクランである。
一たび歩けば世の男性を魅了する美麗さと王族の気品がにじみ出る。それはみるものに憧れと近寄り難い畏敬すら与える。
従業員たちは憧れの王女の登場に沸き立つことなく神妙な面持ちで様子をうかがった。
「ティ、ティティ、ティアナ。突然どうしたのですか」
明らかに動揺しているフレアにティアナクランの目が鋭くなる。
「何を焦っているのですか。やましいことでも?」
「や、やだなあ。そんなのあるわけないじゃないですか」
返ってくる返事を受けてティアナクランの疑惑は膨らむばかりだ。
「フローレアの自重は全く期待できないと分かっています。こうして抜き打ちで視察しようかと思いまして」
そして、工場内を見回すも目新しい技術が見当たらないことにティアナクランはとりあえずほっとする。
「どうやら杞憂だったようですね。どうもフローレアが良からぬ発明を画策している胸騒ぎがしたのですが……」
その発言を聞いてダグラスは思った。
(すげえ、実は当たってやがる。いい勘してやがるぜ)
一方でフレアは内心で諸手を挙げて喜んだ。
(やったー、隠蔽作戦成功です。これは魔技研対策でもつかえますね)
にやつく笑顔が止められずつい表に出てしまうフレア。それを見たティアナクランは一層警戒を強める。
(何かよからぬことを考えているのは間違いないわ。目を光らせないと一体どんなとんでもない発明をやらかすか分かったものではありません)
抜き打ちの視察も不発に終わったがティアナクランの不安はむしろ膨らむばかりであった。
「久しぶりに学園に帰ってきましたねえ」
「ふふ、そうだね」
今日のガランは快晴だ。
伸びをしながら学園に登校するフレアとリリアーヌ。そして、影からランスローが護衛をしている。
カロンに至ってはイケメン嫌いのフレアに気を遣って警邏に回ってもらっている。
フレアは照りつける陽光にげんなりした。
「朝からこの日差しは私にとって辛いですね。世界が一際黄色に見えて仕方ありません」
「それはちゃんと寝ないフレアっちが悪いと思う」
「学園に行きたくない」
「それは駄目人間への入り口だよ。頑張って」
フレアの手を取って精一杯の応援を向けるリリアーヌ。健気な応援にフレアは思わずほっこりする。
「そうですね。魔法少女の授業を怠るわけにはいきません。……(ZZZ)」
「フレアっち、歩きながら寝ちゃ駄目ーー」
ふらりと倒れるフレアを通りがかったマルクスがひょいっと支える。
「相変わらず無茶してんのか? しかたねえな」
小さなフレアの体を軽々と抱えると背中に乗せておんぶするマルクス。それを見ながらリリアーヌはにっこり挨拶する。
「マルクスくん、おはよう」
「ああ、リリアーヌさん、おはようさんっと」
一連のマルクスのイケメン対応をみてリリアーヌは残念でならない。
(これを年下以外でさりげなくできたら絶対モテるのにね)
だが、マルクスはストライクゾーンに入った女性を前にすると途端に獣欲にまみれたいやらしい顔が姿を現す。性欲を前面に押し出しがっつく姿勢が相手に生理的嫌悪感を与えていた。
今も普通にしていれば良いのに道行く年上の女性たちに鼻の下が伸び、本当にだらしがない。
それをみてリリアーヌは頬に手をあててため息をつく。
(本当にマルクスくんって残念だね)
学園にたどり着くとマルクスは気がついた。
やけに女生徒の視線が集まってくるのだ。
「もしかして、俺のモテ期到来か?」
「ちがうよ。寝ているフレアっちをみているんだよ」
がっくりと肩を落とすマルクス。
「そんなの見てどうするんだ?」
「フレアっちって寝てると特に可愛いんだよね」
リリアーヌもフレアを眺めながらほくほく顔だ。時々ムニャムニャしているとリリアーヌばかりか周囲で目にした女生徒たちも頬が緩んだ。
「可愛いねえ? まあ、否定はしねえけどガキだしなあ」
「そうなんだよね。なのにフレアっち、最近無理しすぎ」
「確かにここのところ疲れてそうだな。あんたは止めねえのか?」
「言っても聞かない。それに無理矢理寝せようとしても凄くうなされて寝られないみたい」
辛そうなフレアの様子を思い出したのかリリアーヌの表情は暗い。
「フレアっちは根が深い心の傷があるみたい。それが何かは分からないけど守れなかったって寝言はよく聞くんだ」
「……悪化してるのはベルカの戦いの後か。上級精霊に魔法少女が苦戦したのを引きずってるのかもな」
「フレアっち相談もしてくれない。どうしたら……」
リリアーヌの悩みにマルクスは答えることができず黙って聞いていた。
フレアの不調は授業中も見受けられた。
時々ぼーとしたり、ふらついたりするので授業を受けるG組の生徒たちもハラハラした様子で見守っていた。それも限界でアリアが休息をすすめる。
「フローレア教官。授業は自習にしてお休みくださいな。その様子では本当に倒れてしまいますわよ」
体調を気遣ったアリアの提案にフレアは首を振って否定する。
「いけません。それによって生じる授業の遅れが魔法少女の戦力の低下につながります。それだけ皆さんが危険にさらされるのですよ。私の作った魔装法衣がもっと強かったら……」
かたくなに休みを拒否しようとするフレア。なぜか鬼気迫るような物言いにアリアは計り知れない背景を感じ取り何も言えなくなってしまう。
「そんなことないよ」
それでもパティが立ち上がって説得を試みる。
「フレアちゃんの作る魔装法衣は十分凄いよ。むしろ、わたしたちがもっと頑張らないとだよ。新システムだってまだ満足に使いこなせてないし。だから休憩取ろう。そんなフレアちゃんは見ていられないよ」
「幾ら魔法少女のお願いでもそれだけは聞けません。授業を続けます」
もはや強迫観念に突き動かされるだけのフレアに生徒たちは説得を諦めかける。そんな中で1人の生徒が立ち上がり進み出た。
ロザリーである。
胸の前で両手を組んで黙々と歩く様にフレアは言い知れぬ迫力を感じて身構える。
「教官の不調を知りこのまま引くは私の正義に反します。徹底抗戦あるのみですわ」
ロザリーの力強い宣言に生徒たちから惜しみない拍手が沸き上がる。
「フローレア教官、私は是非にでもお休みしてもらう覚悟です」
「拒否します」
「ああ、神よ」
ロザリーは天を仰ぎ、悲観しながらその場に崩れ落ちた。
「弱っ、先ほど見せた覚悟の何だったんですの!?」
アリアが多くの想いを代弁した。
だが、生徒たちはそこから交わされる奇妙なやりとりに首をかしげることとなる。
「ああ、迷える子羊に正義を示すことができませんでした。私は死んだ方が良いのかもしれません」
「突然何を。死ぬなんて大げさですよ」
ロザリーはそんなことはないと頭を大きく振ると目元にハンカチを当てて涙する。
「悲しくて食事が喉を通らないかもしれません」
「それほどですか」
「ええ、例えばデザートのあんみつに添えられたチェリーの種を残したり」
それには思わずアリアが突っ込まずにはいられない。
「普通は誰でも残しますわよ!?」
だがフレアはショックを受け後ずさる。
「ええっ、それは本当に申し訳ありません」
「フローレア教官には通じてますわ!?」
「もしかしたらお腹が痛くなるかもしれません」
「もしかして、心配のしすぎでですか? 薬を手配しましょう」
心配したフレアがそう提案するもロザリーはけろっと答える。
「いえ、食べ過ぎで」
それには多くの生徒が机の天板に頭を打った。1人ミュリがロザリーに胃薬をあげようとしているが隣の生徒が止めている。
「ああっ、大変です。食べ過ぎで太ったり生活習慣病になったら申し訳が立ちません」
なぜかフレアはロザリーの謎の説得が効いている。あたふたと慌て右往左往とせわしなく落ち着かない。
「シスター見習いとはいえ、1人の少女を説得することもできない駄目シスターなんて生きている価値はありません」
「やめてください。ロザリーさんは立派なシスターです」
「ああ、教会に知れたら私はきっと破門ですね」
後ろ向きな溜め息が漏れる。何ともネガティブな発言にフレアは申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。ロザリーの言っていることは滅茶苦茶なのに悪いことをしているという気持ちが心を支配していった。
そして、突然ロザリーは万年筆を取り出すと喉元に突きつけつつフレアに訴える。
「フローレア教官、私の命が惜しければちゃんと休むと誓ってください。でなければこの場で死にます」
「「「ええーーーーっ」」」
聞いたこともないような脅迫手法に生徒たちから驚愕の声があがる。
「一体どんな説得してますのよ」
アリアは荒唐無稽なロザリーの行動に頭を抱えてしまっている。
だがフレアにはこれ以上なく効果があった。
「はわああああ、一体どうしたら。やめてください。そちらの要求をのみますから。だから早まらないでください」
一瞬ロザリーはほくそ笑むと条件を突きつける。
「では1分以内に眠ってください。このくらいの説得もできないなんて私は人以下のクズです。できないのならここで死んだ方が……」
更に喉にぐっとペン先を突き入れようとするロザリーにフレアはあたふたしながら教壇の椅子に座る。
「はわわ、分かりました。今すぐ寝ます。……ぐうぅ(ZZZ)」
「わずか3秒で寝ましたわ!?」
教壇の机に突っ伏して本当に眠ってしまったフレアを確認したロザリーは手を組んで立ち上がる。
「神よ、感謝します。主の御業によって正義は執行されました」
「後ろ向きの脅迫が神の正義なのだとしたらとんだ神もいたものですわね」
アリアのつぶやきに多くの生徒が頷き同意する。
だが問題はそれでは終わらないとパティが立ち上がり生徒たちに呼びかける。
「みんな、特訓しよう!!」
周囲の視線を集めつつ、パティはその真意を語る。
「フレアちゃんをこうも追い込んだのはわたしたちがふがいないからだと思うんだ」
パティの意見にユーナがいち早く賛同する。
「確かにフレアさんは魔法少女をとても大切に思ってくれているわ。過保護すぎるくらいに」
ユーナの意見に誰も反論することもない。フレアの普段の言動を見てきた生徒たちにとってそれは疑う余地はない。
「ベルカでの戦いは危ういところだったわ。フレアさんがいなかったら水の魔物の軍勢にだって負けていたし、上級精霊相手に個々では手も足も出ないでしょうね。殺されてもおかしくない実力の開きがあった。そして、私たちは広域ロックオンシステムやマギカイージス、アブソリュートアタックすら使いこなしていない」
次々に出てくる問題に生徒たちは押し黙る。こうしてあげるとフレアが不安になるのも分からなくはない。
「みんなで強くなってフレアちゃんを安心させてあげようよ」
「そうね、わたくしたちみんな特訓いたしましょう」
アリアもパティを支持するとG組の生徒たちは皆で手を挙げて団結する。
放課後、生徒たちはフレアに心配させないように隠れての特訓が始まる。
強くなるという強い意志にティナクランと近接指導にランスローも名乗りでた。
だが生徒たちは後に後悔することになる。特訓開始初日から走り込みなど殺人的な量の鍛錬のせいだけではない。。
ランスローは一面火の海のステージを用意してこう言った。
「まずは基本の火の海を渡れ」
あまりのことに多くの生徒たちが耳を疑う。アリアが委員長として代表し抗議する。
「いきなり死んでしまいますわよ」
クロノスナイツのいかれた訓練しかしらないランスローは不思議そうに首をひねり言い放つ。
「このくらい気合いで乗り越えろ」
「それは人間をやめろということですの!?」
賢明にもアリアの必死の説得によっては危険な訓練は省かれることとなったが基本の走り込みですら死にそうになっている生徒もいた。
シャルと同じ年少組で実力もクラス最弱。
名前をニャムという。
小柄でくりっとした目が愛らしく、小さな体型にもかかわらず胸が大きすぎてバランスが悪いことがコンプレックスだ。
それを聞けばフレア辺りは嫉妬でいじけそうな悩みであるが本人は真面目に悩んでいる。実際、運動が苦手な原因でもある。
「あたちは駄目な子なの。これじゃあ、皆の足手まといなの」
落ちこぼれの自分が悔しくて、泣きそうになりつつも必死にみんなについて行こうと頑張っている。それでも差は一向に縮まらず、1人になると塞ぎ込むことも多くなっている。
そんな姿をシャルがいつも気にしていることをニャムは知らない。




