第59話 魔技研編 『知の女神』
移動魔工房は王都に向けて発進する。空に向けて魔法の線路が形成されると力強く空へと駆け上がりまっすぐ突き進む。
その間、研究室はティアナクランの陰湿な策略(フレアの主観)によりイケメン封鎖が実行されており、泣く泣くフレアは個室に戻っての熟睡に入った。
小さな体に疲労が溜まっていたのか横になるとあっという間に意識を手放していた。
フレアは程なくして不思議な現象に遭遇した。
まるで宇宙のようなどこまでも広く飲み込まれるような空間。真っ暗な世界に幾つもの星がきらめき、人間の矮小さを思い知らされる。
ここはまだまだ人知の及ぶところではない。
そんな場所をゆらゆらと流れるように漂うフレアがいる。
(ここはどこでしょうか。息は……していませんね)
体は呼吸をするかのように動くのだが手を口に当てると吐息を感じない。暖かさも感じない。そもそも自身の手がわずかに透けて見えるところから実体ではないのではと推察した。
「ふ~~ん、君のイメージでは知とは宇宙を連想するんだね。まあ、人工知能を生み出した北条真としては不思議ではないかな」
ふと耳にしたのは理知的で、だが可愛らしさもある少女のような声。
視線を追うと目に入るのは恒星かと錯覚してしまうほどの圧倒的な光源だ。余りにも巨大で全身を光で包まれる。
目の前の光の中心から声の主が姿を現す。爽やかな水色の髪が腰まで伸び、その先からこぼれ落ちる無数の光は宇宙の星となるべく広がっていく。
女性らしい体つきを包み隠すような清楚な衣に身を包んでいる。生地の細部にまで精密に施された魔法が実体化し魔装法衣よりもはるかに完成された神装の装束を形成している。
その圧倒的な技術力と力はフレアにガツンとカルチャーショックを与えるほどの衝撃となっている。ただ1つ、フレアが不満だったことがある。
(もっとキラキラで可愛いデザインなら最高なのに)
そんなフレアの思考も知らず、近寄り難い雰囲気すら醸し出しながら目の前の少女は語り出す。
「初めましてかな? ボクの名はミル、知の女神ミルと呼んでくれ」
美しき美貌の少女はフレアが言葉を失っているのを見て取りくすくすと笑った。
「ああ、そうか。ボクの美貌に見惚れてしまったのかな?」
それに関してはフレアははっきりと否定する。
「いえ、まさか恥ずかしげもなく自分を神だと言うので同情しています。お大事に……」
まさかの回答にミルは神秘的な佇まいを忘れずっこけてしまった。
「えっ、まさか、これだけ演出したのに神だって信じてくれてないの?」
「幻術ですか? 手が込んでますね」
「ええーーっ、分かって言ってるでしょ。これはそんな安っぽい演出じゃないんだけどな」
「自分を神と語る相手を素直に信じる人間はバカか愚か者だと思います」
「魔法少女たちは信じてくれると思うけどな。だったら彼女たちはバカなのかい?」
それにははっとしたフレアが慌てて訂正する。
「間違えました。とても純粋かつ汚れのない美しい心の持ち主だと思います」
「凄い手のひら返しだ」
それはまあいいとミルは周囲を見回した。
「話をするにはここは風情がないね」
ミルはさっと手をかざして振り払う仕草をすると視界の景色は瞬きする間におきかわる。
そこは緑豊かな自然に囲まれた世界。鬱蒼とした大樹が生い茂る大地でフレアは整えられた芝の上に立っていた。
目の前には一際、大きな、あまりにも大きすぎて全容を把握できない大木を見上げる。
まるで天にまで届いているのではと思えるほどの雄大さ。
「ようこそ、知の図書館へ」
「図書館? 本なんて1つも見当たりませんが」
「ふふ、君らしくないね。知識を得られる媒体は別に本という形を取る必要はないと思わないかい。ましてやここはあらゆる命、人種に知識を開示する場所なんだ。情報伝達手段に文字なんて不便だ」
謎かけのように語りながらもミルは手をあげると吸い込まれるように一枚の葉っぱが舞い降りた。それをフレアに差し出す。葉っぱには凝縮された情報の光が血管のように巡って光が走っている。
「情報とはこれほどに美しく形に囚われないものだったのですね」
「そうだよ、その葉っぱはあらゆる世界とつながり君が知りたい情報を見せてくれる。もっともそれはとても危険なことなんだ」
「そうですね。そんな膨大な情報に脳が耐えられるはずがありません」
ようやくミルはどうだ、とドヤ顔でフレアを見ると言った。
「やっと信じてくれる気になったかな」
「あっ、思い出しました。あなた神龍眼が覚醒したときの人でしたか」
「今気付いたんかい!!」
「あーー、そうそう。最初口調も違ってたんで分かりませんでした。今のが地ですか」
「違いますーー。あれは君がいきなり無視しようとするから慌ててたんですーー」
「うん。今の口調の方が良いですよ。無理に偉そうな雰囲気を出そうとして違和感が凄かったです」
「うわあああん。もう台無しだーー」
頭を抱えてミルは落ち込みいじけてしまう。
「そもそもさ、戦闘が終わったら話しようと思ってたのに……」
「そういえばそんな話もありましたね。音沙汰ないので幻聴だと決めつけてました」
「君がなかなか熟睡しないから遠慮してたんでしょ。もっと自分の体をいたわりなさいよっ。えっ、何、死にかけたっていうか、もうほぼ死んでた人間が安静にしないで徹夜続きとかふざけているの?」
「あはは、優しいんですね。ありがとうございます」
「改める気ないでしょ、君」
ガシッとフレアの両肩を掴んでぐわんぐわんと体を揺すった。
それからはっとしてミルは自分を取り戻すと冷静さを取り戻す。
「こほん、取り乱してすまない」
「神というのも大変なんですね」
またも頬が引きつるもフレアの指摘を無視してミルは話を続ける。
「神龍眼の話といこうか。どうだい。ボクと契約して加護を受ける気になったかい」
「お断りします」
「うん、そうか、受けるのか。そうだよね。神龍眼はとても便利……って、おおおーーい。お断りですってえーー!?」
フレアの信じられない即否定にミルは問いただす。
「……一体何が不満なんだい。とても便利だろう」
「いや、契約内容も確認しないで飛びつく人間がいたらバカですよ。それに、こういう力には代償がつきものですからね。それこそ取り返しのつかないレベルで」
それには『ちっ』と舌打ちするミル。フレアはそれを見てやはり何かあるのだと確信する。
「本当は死後、魂をボクの物にしたいんだけど」
「お断りします。契約したら即殺すパターンですよね」
「何だい、その酷い詐欺は。ボクたち人間側に立つ女神はそんなことはしない」
「女神はあなただけではないのですか?」
「そのとおりさ。だけど今はいろいろあって辛うじてボクが干渉できる程度だよ」
肩をすくめて困ったと両手を挙げてみせる。
「話が見えてきましたよ。あなたの仲間の女神を何かしらの方法で助けることが条件なのですね」
正解。とミルが満足げに頷く。
「方法はいくつかあるがまずやってもらいことは人類を救って欲しい」
「具体的にはどうするのですか?」
「無魔とホロウなどの邪悪な存在を倒して人類の劣勢を覆していけば自ずと女神の力も強くなるからね」
「神の力は人の情勢に引っ張られるというわけですか」
「そう。もう一つは君に救世主として信仰を集めてきて欲しい。例えば、わかりやすく人の命を救うと一気に力が増すね。救世主経験値がそれだ」
「ああ、神龍眼レベルの解放条件にもなっているあれですか」
「人から神聖視されて信仰を集めることも方法の1つだ。竜人の聖女なんて呼ばれたようにね」
(そんなの望んでなったわけじゃありませんがね)
「教会も建造した方が良いのですか?」
「ああ、その辺は教会の連中に任せてくれてかまわない」
教会と聞くとミルはあまりいい顔はしなかった。むしろ、距離を取っている節もある。手を出すのは得策ではないのかも知れないとフレアは予想した。
「それにしても面倒ですねえ。信仰を集めるなんて気が乗りません」
「だったら1つ、君がとってもやる気を出す情報を開示しよう」
「何ですか。チートスキルでももらえるのですか」
「いいや、そうじゃない。ボクの姉にはこんな女神もいるのだけどね。今は悪い奴に封印されて困っているんだ」
それが一体何だというのだとフレアは眉をひそめる。
「その女神というのは『魔法少女の女神』だ」
「えっ、…………いまなんと言いましたか?」
「魔法少女の、女神だよ」
それを聞いてフレアは突然体が震え出すと雄叫びをあげた。
「ほわああああーーーー、やってやりましょうとも。最速で、どんな手を使おうとも信仰を集めて魔法少女の女神をお助けしましょう」
「ああ、うん。こうなるって分かってたけど凄いね、君」
乾いた笑いの後、ミルは手を叩くとフレアの前に立体映像を出現させて文字を表示する。
「確認するまでもなく契約は成立でいいかい」
「ええ。むしろ言われなくとも助けるつもりですが?」
「あはは、心強いね」
【おめでとうございます。契約が無事完了しました。あなたは《知の女神の加護》を受け、神龍眼を正式に授かりました】
続いて以前も見た神龍眼の能力が表示される。
【神龍眼LV1 身体強化LV1(解放条件:救世主経験値10万)
神龍眼LV2 亜空間操作(解放条件:救世主経験値20万)
神龍眼LV3 鑑定スキル初級(解放条件:救世主経験値30万)
以上の能力に目覚めました】
フレアはミルに気になっていたことを質問する。
「救世主経験値ってそもそも何ですか?」
「救世主に相応しい行いを数値化したものだね。溜めると新しい能力に目覚めていくから使いこなして欲しい」
【ベルカの戦いで神龍眼LV5になりました。
神龍眼LV4 千里眼(解放条件:救世主経験値40万)
神龍眼LV5 サイコキネシス(解放条件:救世主経験値50万)
以上の能力に目覚めました】
「一気にレベルが2も上がりましたね」
「えっ、うそ。もうあがったのかい? っていうか2つも!?」
「それって凄いのですか?」
「ええ、けど、そろそろ時間だね」
フレアは気がつくと目に見える世界の色が薄くなって見えなくなっていることに気がつく。
「これは?」
「君が覚醒しかかっているのさ。もうすぐ王都に着く頃だよ。神龍眼についての特訓は後日にしようか」
「特訓?」
「そろそろ、君自身戦える力を持った方が良い時期だ。実際ホロウとなった上級精霊に手も足も出ずに攫われただろう」
「そうですね」
ミルは手を振ってフレアを見送る。
「ではまた会おう。くれぐれも徹夜はせず睡眠を取るように」
なぜか最後にミルはさみしそうな表情を浮かべる。それが何を意味するのか。このときのフレアはまだ見当すらつかない。
ただ、今度はもうちょっと睡眠時間を取ろうとスズメの涙ほどには考えるのだった。
フレアたちが王都に到着するしてもなく、王城にはブリアント王国に欠かせない重要人物が密かに召集されていた。
国王ビスラードを始めとして、魔法少女の長にして王女のティアナクラン、北のアルフォンス公爵、西方方面軍司令官兼任のジルベール公爵、北方方面軍司令官クラウディオ、近衛将軍ダールトン、そして、最後にフレアが一堂に会した。
ここに南のドズルーク公爵と宰相、魔技研所長がいないのは理由があってのことだ。
王城の会議室に集まった面々が存在するだけで張り詰めた緊張感を作り出す。
重苦しい沈黙を破ったのはやはり国王ビスラードだ。
「して、フローレアよ。これほどのメンツを招集してまで話したいこととはなんだ。お主のことだ。よほど重要なことなのだろう」
招集にはティアナクランを介して行っていたのだが誰もがフレアの発案であると気づいている。
フレアはティアナクランに相づちをうったあと、衝撃的な内容から切り込んだ。
「はい、単刀直入に申し上げますと南の貴族たちにクーデターの動きがあります」
語られたのは驚きの内容だ。皆、動揺はあったものの誰も取り乱したりしない。
まずは冷静に事の次第を問う。
「であるか。それが本当であれば確かに国を揺るがす大事よな。だが根拠はあるのか」
「無論です。こちらをご覧ください」
フレアが指し示した先には2つの鎧が飾られてある。
一方に見覚えがあったダールトンはすぐに答える。
「一方は近衛軍に支給されている魔導鎧ではないか」
王国の権威を象徴する豪華な金の魔導鎧。そして、最新鋭の魔技研の技術を集めた王国最強の防具である。
「ふむ。ではフローレアよ。もう一つの鎧はどこのものであるか? 見たところ魔導鎧のようだが初めてみるわ」
もう一方は銀の無骨さがあるものの力強さを持つ獅子をかたどった鎧。不思議と威圧感を感じるとともに強い魔力を秘めているようである。
「陛下、それは南の貴族の私兵で密かに支給されている最新型の魔導鎧でございます」
「何!? 初耳であるぞ。しかも最新型とな」
「はい、それも近衛軍の魔導鎧をはるかにしのぐ性能を有しております」
「ばかな、国の最高装備が最優先で支給される近衛軍を超えるというのか。一体どうやって開発したのだ?」
その答えを示すべくフレアはビスラードに1つ提案する。
「その答えを示す前に一度実験をしてもよろしいでしょうか? 耐久テストをこの場で行います。ティアナクラン殿下には魔法障壁を張ってもらい安全性は保証します」
「うむ。やってみせよ」
「ありがとうございます」
ティアナクランが部屋の周囲と王たちに障壁を展開するのを確認する。フレアは腰にさげた魔装銃を手に飾っている近衛軍の魔導鎧にむけて発砲した。
魔法の弾丸は3度発射してその2発が貫通。一部鎧がはじけ飛んでカランカランと床にたたきつけられた。
「近衛軍の魔導鎧を貫いた? なんという威力の魔導兵器か」
近衛将軍ダールトンはフレアの持っている魔装銃の性能に驚くが次なる発砲では絶句することとなる。
同じ銃、同じ弾数での発砲。それを受けて南の兵に支給されている魔導鎧は全てをはじいて見せたのだ。
「これは……なんとしたことだ」
ビスラードは思わず椅子から立ち上がり、目の前の結果に驚愕する。
フレアはダールトンに尋ねる。
「ダールトン卿、以前王都で無魔の混乱に乗じて襲撃をかけた騎士がいたことは知っていますか?」
「うむ、我が軍に少なくない被害を出したのでよくおぼえている」
「その騎士から回収した鎧の破片とこれら2つの鎧は皆同じ系統の魔術回路が使われていることはご存じですか」
「なっ、まさか、その意味するところは……」
ダールトンだけではない。この場にいる誰もが事態の深刻さを理解する。国で秘匿されるべき技術が外に漏れている。それだけでも由々しき事態だ。だがそれだけではないのだとフレアは指摘する。
「お察しの通りどれも魔技研で作られたものだいうことです。皆さんはおわかりでしょうか。魔技研が近衛軍を差し置いて南の貴族の私兵により強力な最新兵器を勝手に提供し、無魔の脅威がないはずの南の貴族たちが軍備を増強する理由など明白です」
しばらく沈黙が支配していたがビスラードが重々しく口を開く。
「確かに深刻な事態であるな。まずは王家でも慎重に裏付け調査を進めねばなるまいよ」
「では、こちらで調査した結果と証拠はダールトン卿に預けさせていただきます」
フレアは持っていた調査資料をダールトンに渡す。
続いてアルフォンス公がビスラードに申し出る。
「陛下、こちらでドズルーク公に探りを入れてみまする。どの貴族が加担しているのかも把握する必要があるでしょうな」
「であるな。そちらは任せる」
続いてクラウディオが発言する。
「問題はそれだけではない。魔技研全体がクーデターに加担している疑いすらある。となれば魔技研を粛正せねばなるまいよ。だが話はそう簡単ではない」
「確かにそのとおりよな。前線に支給する武器や魔導具といったものはほとんどが魔技研製である。迂闊に手が出せぬわ」
魔技研を潰せば、国境前線での武具の供給が止まる。早急に対策が必要であった。
どうしたものか頭を悩ませるビスラードにフレアが提案する。
「それならば考えがあります。実はジルベール公に相談し激戦区である西の前線において一部グローランス製の武具や魔導具を試験導入しています。それも魔技研には内緒で」
「なにっ」
フレアはジルベール公に視線を向けると頷いた。
「グローランス製の武具の評価であるが一つ一つの性能は魔技研にわずかに劣る点も見られた。しかしグローランス製に切り替えたいという現場指揮官からの要望が多数寄せられております。導入した部隊では人的損失が驚くほど低下する結果が出ております。どうかご裁可願います」
ビスラードはまるで矛盾するようなジルベールの話を聞き悩んだ。
「性能が劣るのに成果を上げているとはどういうことだ?」
「詳しくはこちらに」
ジルベールがビスラードに資料を渡し説明する。
「一例として魔技研製の鎧は一度壊れると王都の工房に修理に出さねばなりません。それでは時間と費用がかかり兵は壊れた武具のままで戦場に出ることもよくよくあったのです」
「しかし、グローランス製は規格が統一されており性能にばらつきがありません。また壊れた部分のみを個人で取り替え修理しやすいよう工夫がなされております。そのため常に十全に近い武具で再出撃可能です。魔技研製よりもコストが半分以下に抑えられることもあり貴族の負担する軍事費用も少なく導入希望が根強く上がっているのです」
資料に目を通しながらビスラードは呻った。
「フローレアよ。なぜこれほどコストが安くすむのだ」
「陛下、それは近くに生産拠点を置くことによる輸送費の削減をしているからですよ。また少ない人数で大量生産が可能となる特別な手法が用いられています。原価で最も削りやすい費用は人件費ですから。それに魔技研は技術料を取り過ぎな気もしますしね。競合がいないために足元をみてぼっていたのでしょう」
「ふっ、相変わらずクラウディオの孫はやらかしてくれる」
普段は時代を先取りすぎた発明に頭を悩ませてきた。だが今度ばかりは嬉しい誤算となっている。
「フローレアよ。前線への補給物資だがグローランス製への切り替えはすぐにでも変更可能であるか?」
「はい。西は陛下の裁可をいただければすぐにでも。北はガランと移民特区に巨大な生産拠点があるのでそちらで対応可能です」
「ふむ。余は裏付け調査を待って動きを決めることとしよう。舵取りを誤れば無魔につけいられる隙となろう。ことは慎重を要する。皆肝に銘じてクーデター側の者たちに気取られぬよう細心の注意を払うように」
「「「はっ」」」
ビスラードの言葉にその場にいた全員が敬礼し同意した。その後、重役たちによって今後についての調整と話し合いがもたれるのだった。
そしてティアナクランに”急な予定”が入ると一同の表情が一層緊迫感に満ちたものとなった。ここにいる誰もが理解していたのだ。フレアの話には大事なピースが抜けていたということを。
「フローレアよ、娘は席を外したぞ。まだ話していないことがあるのだろう。話すがよい」
「ご配慮感謝します、陛下。私がこれから話すことはドズルーク公爵の背後にいると思われる黒幕についてです」
いかに公爵家といえどクーデターが成功してもその後国がまとまるかと問われれば難しい。
新たな体勢を速やかに構築するには方法が限られる。そこまで考えればフレアの言う黒幕がどのような存在かはビスラードにも想像がついた。
事実、フレアの口から語られる黒幕は想像通りであり、認めたくはないものであった。
――――――
――――
――
「…………以上のことからもはやクーデターを止めることは不可能でありましょう。ならば最善をなすしかありません。それはクーデターが発生した後、速やかに鎮圧することです」
だがそれは大勢の民が血を流すことになる未来でもある。国王としてはなんとも歯痒い想いに押し黙る。
ある者は黒幕の正体に言葉が出ず、ある者は黙って腕を組み目を閉じて国の未来を憂いた。
「これは娘のティアナには確かに聞かせられぬな」
複雑な感情が入り交じりビスラードは自分がどんな表情をしているかも分からない。ティアナクランが聞けばきっと取り乱したであろう。
国王の痛々しい心情を慮って容易にかける言葉を見つけられない中、クラウディオは傲岸不遜にも思える態度で吐き捨てる。
「くだらんな。国を乱す者は誰であろうと国賊である。そこに情の入り込む余地などない。皆ためらうというなら我が出向いて首をはねてくれよう」
「これ、クラウディオ殿、少しは陛下のお心をだな……」
アルフォンス公が窘めるもビスラードが止めた。
「よい、クラウディオの言、至極最もである。王たる者民を第一にせねばなるまい」
そこでフレアが提案のため挙手をする。
「陛下、そのことなのですが私に策があります」
「策とな?」
「はい、これから起こる可能性を踏まえて何通りかの策を献上しましょう。しかし、そのいずれにおいても陛下に1つだけ大事なお願いがあります」
「なんだ、申してみよ」
「恐れながら王国の未来のため、民の犠牲を減らすためにも、ときが来たら陛下には死んで頂きたいのです」
突然のフレアの提案には国王どころか周囲の重鎮たちすら目を剥いた。その中でクラウディオの様子だけが異なる。
「クククッ、読めたぞ。フレアよ、よくぞここまで成長した。褒めてやろう」
「ふわああ、じじ様に褒めてもらえて感激です」
何なのだ、この2人は。
王に死ねと言う孫。それを褒める祖父。
周囲の重鎮たちは訳も分からず混乱した。グローランス家の2人に激怒しそうになるも真意がまず分からない。程なくしてフレアは想定される敵の動きに合わせたとんでもない策を次々に披露した。クラウディオ以外は皆最後にげっそりした様子であったという。




