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幕間 『無魔の次なる狙い』

 ファーブル翼竜共和国。

 その実質の支配者は竜人族の王である。

 レメシウス・ドラゴ・ファーブルは当時王位継承第7位でありながら圧倒的な武勇で他の王族を圧倒し王に上り詰めた生ける伝説である。

 その強さは神と同格に扱われ、帝国も侵略戦争を避けるほどである。

 

 天空の島にそびえ立つレメシウスの城は巨大な竜すら中で生活できるよう規格がぶっ飛んでいる。城の大きさが通常の10倍以上で作られている。その王の間は天界にでも足を踏み入れたような神聖で静謐な貴金属の扉の奥にあり、足を踏み入れると荘厳な壁と見上げなければ全容をはかることができない柱に囲まれ天井から色にあふれた光が降り注いでくる。


 玉座も規格外であり幅38メートル、高さ80メートルもの黄金でできている。

 その中心に2メートルを超える竜人が座っているのだ。

 本来であれば椅子に対してあまりにも小さい王の姿。だが実際にみたものはその圧倒的な存在感とあふれる覇気にあてられて巨人を見ているかのように錯覚する。

 エクリスも幼き頃は王を畏怖しつつ見上げたものだった。だが成長したエクリスは今思うのだ。

 

(あの玉座は無駄に(バカ)でかいな)

 

 バカを言い控えたのはエクリスなりの遠慮である。

 そして、フレアを知り多くのことを学んで成長したエクリスは帰国して絶対的に思えていた父に手が届きそうな気がしている。


「エクリス。ただいま戻りました」

「…………」

 

 すぐには答えず間を置いてから返事をするのは権威を周囲の臣下に知らしめるため。エクリスは面倒だと思う反面、そう思えるようになった自分に気がつき、フレアに毒されてきたとさえ感じる。以前ならば何ら疑問に思わなかったことだ。

 思わず笑みを浮かべる娘にレメシウスは気がついた。


「大儀。して、何か面白いことでもあったか?」

「はい。ここに来てわらわの世界が広がったのだと改めて自覚したところです」

「……ほう」


 レメシウスもまたしばらく見ない間にエクリスの様子が変わっていることに気がつき口の端がわずかにもちあがる。


「ブリアント王国への外遊はよほど有意義であったようだ」

「はい」


 自信をのぞかせるエクリスにレメシウスは愉快そうに話を続ける。


「レジーナから既に報告を受けている。ブリアント王国と対等な同盟を結んだそうだな」


 御意。とエクリスの隣にいるレジーナが恭しく礼をする。

 それには聞いていた200人からなる文官の家臣たちがざわめいた。


『翼なしどもと対等な同盟だと!?』

『ばかな!!』

『お目付役の貴様がいながら何をとち狂ったまねをしてくれたのだ』

 


 騒がしくわめく雑魚(文官)にエクリスが気分を害しているとレメシウスが覇気を強めて統率する。


「静まれい!!」


 それだけで家臣たちは震え上がりピタリと黙る。


「エクリス、納得のいく説明をせよ」


 むしろ待っていたとばかりエクリスはレメシウスに説明する。

 

「理由は大きく3つあります。1つ、ブリアント王国は戦時下にありながら食糧自給率が高くむしろ余っていることはご存じか?」


 エクリスが家臣たちを睥睨する。

 そんなばかな、あり得ない。

 あの弱小国のどこにそんな余力があるのというのだ。

 そんな言葉が聞こえるもレメシウスがエクリスに頷く。あらかじめ、フレアを通じて王国から贈り物が届けられているからだ。


「確かに、王国より友好の証として竜人全ての食を1か月まかなえる貢ぎ物が届いておる。その言、嘘ではなかろう。しかし、景気の良いことだ。食の増産は時間がかかる。ここ1、2年の話ではなかろう。となるとはて……、文官どもは何をしていたのか?」


 暗にレメシウスはこれだけの重要な情報をずっと見逃していた家臣の慢心をとがめた。ブリアント王国など取るに足らないと情報収集をおろそかにした家臣たちは失態に気がつき身を小さくする。


「2つ、ブリアント王国の戦力、技術力はもはや侮れません。特に技術においては共和国の技術者すら目を見張る戦術級の魔導兵器を目にしています」


『それこそあり得ない』


 エクリスの報告を家臣団はこぞって否定する。共和国は強国である。他国の武力を評価するなど易々と認められることではなかった。


「実際、ブリアント王国のベルカで災害級の力を持つホロウと交戦。王国の魔法少女がこれを撃破しています。同盟を結ぶに恥ずかしくない実力を持ち合わせていましょう」


 玉座の間は不信と疑念で支配される。にわかに信じられないのはレメシウスも同様だ。災害級は都市を壊滅させ、神に近い力を有する敵を指す。


「真偽の程はこれから使いをやって調べさせれば良かろう。それよりエクリスよ。レジーナからは非常に興味深い報告があったのだが詳しく聞きたいものだ」


 急かすように先を促すレメシウスにエクリスはこれが本題だとばかりに一層喜色を浮かべ語り出す。


「王国ではホロウによる新型の病が竜人に蔓延。危機的な状況に陥りましたがとある少女が原因を究明し、治療薬の開発に成功しております」


 直後、居合わせたエクリスとレジーナをのぞく全員があんぐりと口を開けて驚き、事態を飲み込むと絶叫した。


『なんですとーーーーーーーー!!』


 その驚きようを見てエクリスは胸がすっとする思いだ。口うるさいだけの家臣団をエクリスは快く思ってはいない。それは向こうからもいえることだが。


「難航していた古き病の解明もこれで飛躍的に進むことでしょう。古き病の亜種に当たる新型の病。その詳細と治療薬のサンプルは後で王立研究所に回しますので後日、彼らから専門的な説明を受けるべきでしょう」


 エクリスの言葉がいま家臣たちの耳に入っているのかは疑問だ。彼らはあまりの事態に右往左往し大混乱だ。


『これは大変なことになりますぞ』

『その少女は我ら竜人の英雄。一体どこの誰なのですかな』

『共和国で抱き込むべきではありませぬか』

 

 家臣たちの様子を見てレメシウスはエクリスの同盟をもはや反対はすまいと確信する。するとエクリスに言った。


「うむ、実に見事な成果である。報告ではその少女は王国の人間。その国と同盟をいち早く結んだエクリスの判断は正に英断。家臣一同、異存はあるまい」

『御意』

「しかしホロウとの戦いに巻き込まれてその少女が亡くなったということだが?」

「はい、彼女は現地にいた竜人を救うため命をかけたのです。まさしく伝承に語りつがれる『竜人の聖女』と思える活躍でした」


 治療薬を開発した少女が死亡した。その知らせは家臣団も大きく失望し落胆する。


「だが原因を究明し、治療薬を作り出す技術力を王国が持っているという証左でもある。同盟は堅持する方向で進める。否はなかろう」


 それにも家臣団は全員が賛同した。

 

「してエクリスよ。何か褒美を取らせねばなるまい。希望を聞こう」


 レメシウスの提案にエクリスは迷うことなく願い出る。


「是非ブリアント王国との外交、並びに通商の全てを任せていただきたい」

「ふむ、同盟を結んできたのはそなただ。もともとそのつもりであった。がそれでは褒美にならんな」

「いえ、いずれ彼の国の価値に他の王族も気がつき横やりが入るでしょう。そのためにも陛下からお墨付きを頂きたいのです」

「ほう、彼の国はそこまでの価値があるというのか。良かろう。その程度造作ない。王の名において王国との国交を妨げる行為は禁止するよう通達する」


 しかし、それだけでは気が済まないとレメシウスは考えていた。


(エクリスめ。いつの間にか政治をおぼえよったか。エクリスの申し出はこれ以上にない良い手となろう。次期王位継承権争いで他を出し抜くことは間違いない)


 そこでレメシウスはエクリスが意味深な視線を投げかけていることに気がつく。

 

「どうした。何かあるなら申してみよ」

「もし、よろしければ陛下には個人的にお話があります。人払いをお願いしたい」

「よかろう」


 レメシウスはあえて乗ったがレジーナの報告では竜人の聖女は表向き死んだことにするべきと進言してきた。

 そのことに関する話なのだろうと察し、家臣団に指示を出すと玉座の間にはエクリスとレジーナ、レメシウスの3人だけとなる。

 ようやくうるさい家臣団がいなくなってエクリスは肩の力を抜いた。


「それで、話とは竜人の聖女のことか?」

「その通りだ父上。先ほどは話を合わせてもらって助かった」

「尋ねるが本当に竜人の聖女は生きているのだな」

「そうだ。しかも彼女はわらわから竜人の花嫁の儀式を受けているぞ」

「何だと」

「それも《神龍眼》に覚醒している」


 レメシウスは耳を疑った。いまそれだけ衝撃的な名称が耳に入ったのだ。

 

「……すまぬがエクリス。今何と言った?」

「神龍眼だ。父上」


 一泊遅れてレメシウスは身を乗り出し仰天した。


「なにぃーー」

「ひいてはわらわの正妻に迎え入れたい。功績も資質もこれ以上ない逸材であろう」

「むう」


 言いよどんだ後、事後承諾に近いが仕方なしとレメシウスは了承する。


「しかしこうなると確かにその者死んだことにした方がよいな」


 それにはレジーナが同意する。


「はい、彼女の存在は共和国の薬にも爆弾にもなりえます。彼女を手中にするということは次代の王を約束されるに等しいと誰もが考えるでしょう。他の王族が知れば彼女を巡る内乱が始まることは明らかです」

「悩ましいが目に見えるようであるな」


 竜人の聖女の価値を考えればレメシウスの制止すら意味をなさないだろうことは分かる。

 レメシウスの権威すら脅かすほどに竜人の聖女という肩書きと神龍眼の持つ意味は大きい。

 そこでレジーナがすかさず提案する。

 

「王族以外が彼女を娶るという手もあります。例えば中立にして不可侵、王家お目付役の貴族である私が娶れば良いのです。というかそれでいきましょう」

「待て、レジーナ。貴様何をちゃっかり人の妻をかすめとろうとしている」

「人の妻? 彼女は私が先に目をつけていたのです。権利は私の方にあります」

 

 エクリスとレジーナはにらみ合うと比ゆではなく火花を散らして闘気をぶつけ合う。もはや一触即発だ。

 何をやっておるのだと呆れるレメシウスはふとこの場においてはどうでも良いことを口にする。


「そういえばゲールの処遇はどうなったのだ」

「「あっ」」


 そんな小物のことなど忘れていたと2人はそろって間抜けな声を出す。

 実際は部下に見放され孤立したゲールは腹心だったハーケンに追いつかれるとロンドウィルにたどり着く前にボコボコに叩きのめされたいう。それも半殺しにされていたと報告が上がっている。

 エクリスたちが調査した結果、ハーケンは主君の性根を叩きのめしてからけじめをつけさせてもらう、と伝言を残し現在も行方は分かっていない。

 その2人がどうなったのか語られるのはまだまだ先のことである。


 


 ――ブリアント王国国境の外、無魔支配領域内にて。

 よどんだ空気は重苦しく、荒れ果てた大地に存在するグラハムの拠点は生物をむしば、み死に満ちたまがまがしさを醸し出す。

 生ぬるい風が流れると地獄の住人が絞り出す怨嗟のようにおどろおどろしい響きが尾を引いていく。

 薄暗い中、光すら嫌って逃げ出しそうな暗い廊下を幾つも抜けると主の間にようやくたどり着くことができる。

 そこで威風堂々魔王のごとく鎮座するグラハムはシンリーから報告を受けていた。


「以上がブリアント王国での戦果となります」


 シンリーはその報告がグラハムの期待に応える成果でなかったことに落ち込み、とがめを恐れて体が震えている。

 ガランでは人々から汚れた魂の力を満足に回収できなかったばかりか手痛い反撃に遭い、魔法少女が戦闘で成長してしまったのでは、とすら感じている。

 報告を聞いたグラハムは感情を乱すことなく淡々と告げる。


「失態だな。その上、ガラン以外に行った襲撃もことごとく失敗した」


 怒気すら感じない淡々とした声音がシンリーにとっては殊更に恐ろしく感じる。縮こまり、地に額をこすりつけんばかりに平伏して謝罪する。

 ガラン襲撃以降も各所でゲリラ的に襲撃するもそのことごとくを黒い魔法少女の部隊に察知され叩かれてしまう。特にルージュが出張ってきたときなどは魂を分けた分身をまたも殺されて煮え湯を飲まされた。


「申し訳ありません、グラハム様」

「謝罪は不要だ。むしろますます《巨大機兵》を持ち出す俺の判断が間違っていないと再認識できた。やはり魔法少女は驚くべき速さで力をつけつつあるようだ。手遅れになる前にここで救世主ごと一気に叩く」

「救世主ですか。そういえばグラハム様は魔法少女の中心にいた少女に向けて人間の救世主と呼んでいます。そもそもどういったものなのでしょうか。上層部が神経質になってその出現を警戒していることは知っていますが」


 グラハムはふむ、と顎をしゃくると突然驚きとともにあらぬ方に視線を向けた。まるではるか遠くに意識を飛ばしているかのように。


「これは……」

「グラハム様、いかがなさいましたか」

「救世主が覚醒した!? 王国の方から覚醒の胎動をいま感じ取った」

「えっ?」

「予想以上にはやすぎる。我らが天帝様に魔法を封じられ覚醒条件は不可能なまでに困難となっていたはずだが。……それにしてもはやすぎる」

「あの、どういう意味ですか」


 それには答えずグラハムは出会ったときのフレアの印象を思い出す。


(強大な魔法もなしに知恵と意志の力で覚醒条件たる大いなる徳と信仰を得たか。やはり救世主の恐ろしさはあの頭脳にあるのかも知れぬ)


 グラハムは指を鳴らすと程なくして2人の幹部が反魔の巨大な力で召喚される。何もない空間から呼びだす桁外れのグラハムの力にその深遠をうかがい知ることができる。


「『反魔刃騎キリング』、グラハム様のお呼びにより参上致しました」

 

 悪鬼を思わせるおぞましい鎧。血のような真っ赤な鎧騎士が片膝をついて主君のグラハムに礼をとる。

 剣に生きる戦闘狂であり、殺人鬼の彼だが(あるじ)のグラハムの前では忠実な部下として大人しくなる。


「……『反魔砲騎カノン』、来たぜ」


 凄腕の射撃手でもある彼は人前に出ることを嫌う。それは上司のグラハムの前でもそうだ。彼の得意とするのは気配を絶ち、周囲にとけこみ、相手に悟られぬうちに砲撃で撃ち殺すこと。

 だからこそ、今は機嫌が悪い。


「お前たち2人にはシンリーの指示に従え。汚れた魂の回収に手を貸すのだ」

「お任せください」


 キリングはすぐさま了承するがカノンはシンリーを見て懐疑的な視線を向ける。


「そいつに任せて大丈夫なのかよ。そいつ、ヘマしたんだろ。俺が代わりにやってもいいんだが?」

「うるさい、根暗、いえ、ハッピィートリガーっていった方が良いかしら。短絡的なあんたじゃ回収もままならないし」

「言ってくれるじゃん。口には気をつけな。気がついたらお前の頭吹っ飛んでるかもじゃん」

「両者黙れっ」


 グラハムが反魔の力を振りまくと3人は金縛りにあったように痺れて動きが止まる。


「シンリーよ。カノンはああいっているがどうする?」


 質問されるとシンリーは止まっていた呼吸を思い出しつつ慌てて説明する。


「情報収集は完璧です。今までの戦闘から魔法少女の弱点を見つけました」

「弱点だと?」

「はい、散発的な襲撃には完璧に対応してみせる黒い魔法少女たちですがそれならば手が出せない方法で攻めれば良いのです」

「どうするのだ」

「大きな組織であるほど権力にもろい。魔法少女には政治を制する力はない。彼女らは総じて甘ちゃんばかりですから」

「なるほど、読めてきたぞ。してシンリー、どこを狙うつもりだ」

「ブリアント王国には(ちょう)(りょう)(ばっ)()の強大な組織《魔技研》があります。そこでは良質な汚れた魂がたくさん手に入るに違いありません。そして、魔法少女は容易に手が出せない。うまくすれば王国を内側から切り崩せるかもしれないし一挙両得です」


 シンリーの策に納得したグラハムは承認する。


「ふっ、それは期待できそうだな。というわけだ、キリング、カノン。シンリーの補佐につけ。否はないな」

「「はっ」」


 外見上は大人しくしているが内心ではキリングは殺意と喜びに震えていた。


(分かるぞ。我を呻らせる騎士と戦える予感に我が剣もたぎっておるわ。楽しみだ)


 ついに無魔の3幹部が動き出す。ブリアント王国の中枢にて無魔の暗躍が始まろうとしていた。


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