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第56話 竜人王女編 『本当のユーナ』

 ユーナは自分をかばい連れ去れていくフレアを見て過去の出来事を思い出す。


(またフレアさんを危険にさらしてしまった)


 大切なものを守れる自分になるためにユーナは自分を殺してきた。だが今回は思慮深く慎重な性格が災いした。

 向かってくる精霊に対処できなかった。いや、()()()()であれば迎撃できたはずだった。


(精霊が近づいたとき躊躇したから)


 今まで作り上げてきたお淑やかな自分像。それが崩れてたとき、フレアにどう思われるのか怖くなった。その(しゅん)(じゅん)が致命的な隙を生む。


(それだけじゃない。私はフレアさんの危機を何度も見逃した)


 遠ざかっていくフレアを見ると胸の鼓動が激しく脈うつ。フレアを失う恐怖が急速に膨れ上がっていく。


(このまま連れ去られたら二度と会えなくなる気がする)


 そう思うとユーナの心に眠っていた熱が底から吹き上がり激情が思考を塗りつぶしていく。


「そんなこと――させないっ!!」


 一方、空を飛べるシャルとセリーヌは慌ててフレアを助けに飛び立つが精霊の速さに届かない。


「このままじゃフローレアさんがつれさられるわよ。どうするのよ」

「たしかにまずいですねえ。追いついたとしても勝てる気がしませんが」

「何言ってるのよ。フローレアさんはわたしの大事な友達なの。絶対に助けるんだから」

 

 焦りを滲ませるシャルをユーナが高速で追い抜いた。


「はあ? あれってユーナさん。どうなっているのよ。なんで砲撃特化型法衣が空を飛んでるのよ」


 だが答えはすぐに判明する。ユーナはマギカイージスのシールドを全力で飛行させその上に乗ることで擬似的な飛翔を可能にしていた。


「シールドを飛ばして飛行ユニット代わりにしたんですか。相変わらずあの人、頭いいですねえ」

「さすがユーナさん。品行方正な優等生だわ」


 シャルが感心していると信じられない声を聞いた。


「フレアをかえせ、クソ精霊。ぶちのめすぞっ」


 まるで闇の稼業でもやっているかのような荒々しい口調。その声の主はユーナである。

 それを聞いてまずシャルは自分の耳を疑った。


「ああっと、わたし耳が悪くなったのかな。ユーナさんの声なのに凄いドスのきいた台詞が聞こえるわ」

「……よかった。あたしも聞こえますよ、幻聴が」

「まっじで?」



 

 ユーナは空間の裂け目に入っていく精霊をみて舌打ちする。


「ちっ、間に合えっ」


 フレアと精霊は既に通過し徐々に裂け目は閉じようとしている。

 間に合わない。

 そんな考えが脳裏をよぎる。どうしようもないのかと絶望したかけたとき、ランスローの声がかかる。


「止まるな。道は俺が切り開く」


 空を飛べないランスローは走って追いつき、そして今は人間離れした跳躍で空を飛び閉じかけた空間の裂け目に肉薄する。

 刀は鞘に収まったまま。しかし、いつでも抜ける抜刀の構えだ。


「北神一刀流――」


 全身の筋肉を引き絞りただ一刀、空間すら切り裂く斬撃を繰り出すために気合いをため一気に解き放つ。


「――烈・断空閃」


 鍛え抜かれたランスローの肉体から繰り出される想像を絶する一撃。それは空間すら(きし)ませた。ランスローは塞がりかけていた入り口を強引に切り開いた。

 だが代償として空間の歪む影響がランスローを襲う。跳ね返る衝撃にかまいたちにでもあったかのように無数の切り傷が入る。


「ぐはっ。いけ、魔法少女!!」


 地上に墜落するランスローはユーナにフレアを託して送りだした。

 その想いを受け取りユーナはためらうことなく未知の空間の裂け目に身を投じるのだった。



 

 空間の裂け目を抜けるとまず気がつくのは鼻を抜けていく潮の香り。

 そして、一面に広がる海面が視界に飛び込んでくる。水面は紫色であり不気味で怪しい世界観を印象づける。

 空は暗くよどんだ灰色で肌を打ち付ける風がなんともさみしげに思える冷たさであった。

 ここでは仲間の増援は期待できない。フレアを自分1人で救出しなければならないと覚悟しユーナは気を引き締めた。


「マギカイージス」

 

 ユーナは先行する精霊を視界にとらえるとすかさずマギカイージスの片翼を先行して飛ばし足止めに差し向けた。更に速度重視の雷属性砲撃を放つと精霊を追い越し白く染め上げるような光で視界を奪う。

 精霊は目を細めつつ警戒を強めると速度を緩める。そして後方から迫るマギカイージスの突撃に気がついて回避する。フレアをかばいながら回避した様子からユーナは確信した。


(やはりフレアさんに危害を加える気はないみたい。生け捕りが目的か)


 その間にも精霊との距離を縮めると下にある大量の水を魔法で波立たせた。それは爆発的に大きくなると大津波を引き起こす。津波は精霊の視界を覆い尽くすかのように襲いかかり、食らいつこうとするがごとく大量の水がのしかかる。


(少しでいい。視界から外れることができれば)

 

 巨大な高波に精霊はひるんだりはしなかった。当然である。水の精霊なのだから。波に手をかざすと精霊を避けるように大波は割れた。

 だが精霊が気にしていたのはユーナである。大波の中から突き破るようにマギカイージスのシールドとその上に乗る人影がとびだした。精霊はすぐさま神剣を横薙ぎに切り払い敵を排除にかかる。

 しかし、精霊は剣に伝わる手応えに違和感をおぼえ人影を改めて確認すると目を見開く。


「残念、それは水の分身よ」


 マギカイージスの上に乗っていたのは水の魔法で形作った偽物。本物は真下から水流操作によって作った水のカタパルトを滑るように駆け上がり、精霊からフレアを取り戻す。

 逃げるユーナの背中から斬りつけようとするがもう一方のマギカイージスが自動防御でどうにか防ぎきった。

 その一方でもう一翼のシールドは精霊の手から神剣を弾き飛ばした。


「水魔法、水撃発破」

 

 ユーナの魔法によってあちこちの水面から水雷が爆発したような水しぶきが上がる。聴覚は叩きつけてくるような爆音で役に立たず、視界も巻き上がる水と霧が邪魔をして精霊はユーナを見失う。


『にがさない』

 

 それでも正確に対象を探し当てユーナはまともに攻撃を受けて吹き飛ばされる。フレアもまた精霊に奪われてしまう。


「か、はっ……、フレアさん」


 防御力が最も高い砲撃特化法衣。にもかかわらず痛みで体が萎縮しまう。そこからユーナは相手との力量差に絶望的な開きがあると分析する。

 フレアが朦朧とした意識の中で目を見開く。


「ここは……。ユーナさん?」

「フレアさん、待ってて。今助けるから」


 フレアは周囲を見渡すと状況を徐々に把握する。


「いけません。1人でかなう相手ではありません。逃げてください」

「それは聞けないわ」

「どうしてですか。連れ去るということはすぐには殺されないはずです」

「それでも駄目よ」


 はっきりと拒絶しユーナは精霊に立ち向かっていく。

 精霊は自らの後ろに水の牢獄を作り出すとフレアを放って閉じ込めた。そしてユーナに立ちはだかり軽くあしらう。

 ユーナの拳と中段蹴りを片手で防ぐと至近距離からの水の砲撃を浴びせた。


「きゃあああーー」

「ユーナさん」


 牢獄に飛びつくとフレアは水とは思えない強固な檻に阻まれる。

 ユーナは深刻なダメージを負いながらも不屈の精神で意識を保ち自分に治癒魔法をかけながら水面の上に立ち上がる。時々水面に足が取られるのはダメージで魔法制御が不安定になっている証だ。


「ユーナさん、実力が違いすぎます。このままでは殺されてしまいますよ」

 

 魔法少女が死ぬ。それはフレアにとって自らの死よりも辛いことだ。


「フレアさん、私はね。フレアさんを守れないことの方が辛いの」

「それでも、にげて。お願いですから……」

「私は魔法少女よ。友達を見捨てて逃げるなんて絶対にできない」


 フレアの言葉を聞き入れずユーナはまたも精霊に立ち向かっていく。

 遠距離魔法で牽制するもやはり放出系魔法が通用しない。触れる頃には魔法がかき消えてしまうのだ。

 今度はマギカイージスを加えて接近戦を仕掛ける。それすらも精霊の圧倒的な身体能力を前になすすべがない。マギカイージスも数度攻撃を防ぐと神剣を受けたダメージもあり片方のシールドが大破してしまう。

 防御が薄くなった途端、ユーナは精霊の拳をまともに受けて腹部にも蹴りを受けてしまった。


「――っ」


 声にならないうめきをあげてユーナははるか後方に吹き飛ぶ。水面を滑るようにずるずると引きずられていった。何よりフレアは気がついた。ユーナの魔装宝玉にヒビが入ったことを。

 フレアは顔面真っ青になって慌てると必死に叫んだ。


「ユーナさんっ!! もういいから。起きあがらないで」

 

 フレアの心は本当に引き裂かれるようだった。ユーナが傷つく様を見て、自分の作った魔装法衣の力不足が許せなくて悔しかった。ユーナはそんなフレアの叫びをぼんやりした頭で聞いていた。


(まだよ。まだ私はあの頃の私になりきれてない。何を怖がっているのよ)


 フレアを前にすると本当の自分を晒すのが怖くなった。怖がられたりしないだろうか。そんな思いからあと一歩が踏み出せない。


「私が絶対にたすけ……」


 何とか力を振り絞り立ち上がったユーナは再びフレアをみてかつてないショックを受けた。


「フレアさん……泣いているの?」


 ぽろぽろと涙をこぼし、ユーナの姿に生きた心地がしないフレアは酷く悲しげな顔である。フレアにとってはこの状況は前世での最後を思い出させる。ヒカリを助けることができなかった無力な前世と重なってしまい心が深く傷ついていた。


(私が泣かせてしまったの。あんなフレアさんは見たことがない)


 ユーナは自身のふがいなさに喉が潰れんばかりに声を張り上げ叫んだ。


「私は一体何を悩んでいたの」


 フレアの涙にユーナはようやく覚悟を決めた。封印していた荒々しい自分が解放されていくのを自覚する。

 かつてない力が体にみなぎり沸き上がってくる。


(嫌われたってかまわない。それよりもフレアさんを、いや――)


「フレアを守れない自分がゆるせねえっ」


 完全に口調が変化したユーナが顔つきすら豹変させて別人のような速度で精霊に向かっていく。

 鋭く相手に踏み込み、水面の水を荒立たせることなく一瞬で肉薄する。

 精霊は想像もしなかったユーナの隠れた力に驚愕し対応できない。その隙を逃さずユーナは全身に安定した魔法力を纏うと拳に力を集中させる。


「アブソリュートアタック!!」


 相手が水であろうとも問答無用でダメージを与える絶対攻撃。それが精霊の顔をとらえてしたたかに打ち付ける。

 これにはフレアもぽかーんと言葉を失う。


(あれ? 砲撃特化型にアブソリュートアタックは搭載していないはず。まさか自力で魔法構築したのですか?)


 更にフレアが驚く出来事は続く。


「まだまだ、こんなものじゃねえぞ」


 水の精霊の胸ぐらを掴むと空いた拳で滅多打ちにしていく。泡を食ったように精霊も反撃の拳を振るうとユーナはそれを頭突きで迎えうった。

 精霊の拳はゆがみ、甲高い独特の悲鳴をあげた。


「もういっちょ、おかわりだ」


 続いてユーナは攻撃の手を止めることなく精霊額に頭突きをぶちかました。

 その衝撃は凄まじく頭突きとは思えない威力で精霊は1キロ先まで吹き飛んでいく。


「――ユーナさん?」


 戸惑うようなフレアの声にユーナは近づくとアブソリュートアタックで水の牢獄を一撃で破壊した。


「はわっ!?」


 牢獄が崩壊し水面に向かって落ちていくフレアをユーナが抱き留めた。それもお姫様抱っこである。


「無事か、フレア?」

「ええ、むしろユーナさんの変わりようにびっくりですが」

「今のオレは嫌いか?」

「いいえ、かっこいいと思いますよ」


 それを聞いてユーナはフッと嬉しそうに微笑む。


「ずっと騙していたけどこれが本当のオレだ。まあ、といってもお淑やかな方が年期は入ってるけどな」

 

 ユーナはぽんとフレアの頭に手を乗せると言った。


「これからはオレがお前を守ってやる。もう大丈夫だ」


 何ともイケメンな台詞にフレアは思わず頬を赤らめて胸を押さえた。


(はわあ、この胸のドキドキはどうしたことでしょうか)


「しっかり掴まってろよ。元の世界に戻るからよ」


 ユーナはそう言ってマギカイージスのシールドに乗っかると全速でこの世界に入ってきた入り口に向かった。

 入り口は既に閉じかかっていてわずかな残滓が歪んで見えるのみ。

 そのわずかな歪みを広げるようにユーナはアブソリュートアタックでこじ開けていく。


「アブソリュートアタック《ディメンションブレイカー》」


 力業で空間をぶち抜きユーナはフレアと共にベルカに帰還を果たす。

 地上に降り立ちながらユーナはフレアに頼み事をする。


「フレア、頼みがある」

「なんですか?」

「恥ずかしいからこの性格は内緒にしてくれ」


 それにはフレアはクスッと笑うと頷いた。


「かまいませんよ」

 

 するとユーナは嫋やかな仕草でお礼を言った。


「ありがとうございます、フレアさん」

「ぷっ、……くく」


 唐突にユーナが元の性格に戻るのでフレアは駄目だと分かっていても笑いが抑えきれなかった。それにはユーナが少し困ったような様子であったがほっとしたようでもある。

 なぜならフレアは本当のユーナを知っても受け入れてくれたのだから。

 2人はゆっくり風の魔法を纏いつつ地上に降り立つ。そこでは級友たちが待っていた。

 

「「「お帰りなさい」」」

「「ただいま」」


 1年G組の生徒たちは仲間の生還を喜びでもって出迎えた。




 水の精霊はまだ健在であった。無傷ではなかったが戦闘継続には支障はない。

 ユーナが開いた空間の裂け目をくぐりベルカに再び姿を現した。

 地上のユーナを見つけた精霊は様子がおかしい。すぐには行動せず動きが止まる。精霊は戸惑っていた。ユーナの豹変には驚いたがそれでも精霊よりも実力で確実に劣る。ならばなぜ取り返されてしまったのか?

 精霊は混乱していた。


『私はあのとき水の大精霊様をお守りできなかった』


 水の精霊はホロウに堕とされる前の戦いで強大な敵に敗れ大切な人を奪われた。そのときの敵も圧倒的な強さを持ち、ついにはなすすべなく負けてしまった。

 水の精霊はユーナとの戦いをあのときと重ねていた。


『なぜ力で劣るあの魔法少女は私から大切な人を取り戻せた?』

 

 冷静に考えてようやく可能性を導き出す。


『あの者の気迫に私は一瞬でも勝てないと思ってしまったのがいけないのか』


 大切な人を守りたいという想いは水の精霊とて一緒だった。だが自分はかつて大切な人を守れなかった。

 その決定的な違いは何か。精霊はある結論に至る。


『想いの強さか……』


 徐々に精霊から戦意が薄れていくと許さないとばかりに脳に邪悪な気配と声が強くなっていく。


【魔法少女を滅ぼせ。あの少女を連れてこい】


『やめろーー』


 精霊は抵抗しようとするが抗えずまたも操られてしまう。体がいうことをきかない。


(ああ、またも罪もない者たちを傷つけなければならないのか)


 諦めかけるも精霊は知ってしまった。絶望的な戦いでも光明を掴んで生還して見せたユーナの戦いを。


(そうだ、今からでも遅くはない。期待しよう。もうこれ以上誰も傷つけなくてもいいように。あの魔法少女たちが私を殺してくれることを願って)


 精霊は精一杯の抵抗として無数に落とす魔法砲撃を極力被害の与えないよう抵抗する。

 そのもくろみはおおよそ達成できた。それぞれ狙いが逸れて人々に直撃する攻撃はまず見られなかった。

 一方で精霊の脅威を認識した人々が、魔法少女が、竜人たちが力を合わせていく。

 2度目の魔法砲撃群は100発あまり。強力な水の魔法球を都市中に振りまくも空に飛び上がった竜人たちが鎧竜鱗を展開し、自らを盾にするようにかばい人々を守っている。


(ああ、竜人が人を守る。こんな日が来ようとは。この希望を消すわけにはいかない)


 精霊はベルカにいる人々に操られながらも必死に訴えるのだ。

 自分を殺して、止めて欲しいと。

 それはとても悲しい覚悟であった。

 

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