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第55話 竜人王女編 『上級精霊の力』

 ジェイクはあり得ない戦場を見た。

 たった1人の少女の策によって戦況は一気に反転する。いや、それ以上だ。

 ブリアント王国と共和国の連合軍で編制された部隊に優勢に戦っていた水の魔物の軍勢が無力された。

 水の魔物たちは大量の砂を吸い込み、動きが鈍ったと思ったときには中に含まれた魔法の接着剤で固まった。それも17000の魔物がだ。


「ばかな、こんなことがあってたまるかっ」


 残る戦力は森の中で隠れていたジェイクと体長200メートルほどの巨大な水の魔物と化したシェラだけだ。

 病で消耗しているとはいえエクリス王女や竜人たちだけでも厄介であるのにブリアント王国の魔法少女たちも健在なのだ。もはや勝ち目はない。


「悪いなシェラ、俺はここで死ぬわけにいかないのだ」


 踵を返しその場から離脱しようとしたとき、冷たい声が投げかけられる。


「どこに行く?」


 ただ一言声をかけられただけなのにジェイクは心臓が口から飛び出さんばかりだ。体は死を覚悟し萎縮する。とっさに腹に気合いを込めてその状態から脱すると慌てて声のした方を向きながら後ずさる。


「レジーナ様……」


 振り返り見上げるレジーナの姿にジェイクは息をのむ。レジーナの瞳は烈火のごとく怒りを抱き、全身に纏う鎧竜鱗は赤熱していた。


「赤い……鎧竜鱗?」


 鎧竜鱗は基本ほぼ無色が基本だ。光の屈折に違いが生じるため辛うじて認識は可能なレベル。

 レジーナの鎧竜鱗は透き通った赤い宝石のようにきらめく。


「ジェイク、貴様の罪はあげればきりがない。しかし、一番の大罪は竜人の宿敵ホロウとつながっていたこと。それだけで極刑に値する」


 手を差し向けてレジーナは王家お目付役として裁きを下す。


「レジーナ・フォン・ローゼンハイムの名においてジェイク、貴様をこの場で処断する」


 一方的な通達にジェイクは激昂し叫ぶ。


「ふざけるなっ、何も知らないくせに、貴様らはいつもそうだ」


 ジェイクが剣を抜き振り下ろすと凄まじい水流が刃のように飛び散ってレジーナに直進する。


「遅い」


 残像が残るほどの体裁きでレジーナは横にそれる。水の刃の軌跡は地面をえぐり巨木を貫きながら森の奥に消えていく。ミシミシと倒れていく木々が悲痛な叫びを上げているかのようだ。


「くははは、すごいだろう。ホロウの力で俺は王族にも届く刃を手に入れた。王族の鎧竜鱗であろうと貫く水の魔剣だ」


 加えてジェイクからは黒い邪悪な魔力が吹き出すと体の筋肉が隆起し一回り大きくなる。


「そして、数倍に高められたこの身体能力。いつまでも逃げ切れると思うなよ。この力で俺は竜人の王族を根絶やしにしてやる」

「……どうしてそこまで竜人の王族を憎むのです」

「それは俺が半端者だったからさ」


 半端者。

 それは竜人とそれ以外の種との混血であることをさす。


「なぜ、王族は他種族から攫って子孫を残しておきながら半端者と呼ばれない。なぜ、普通の竜人の混血種だけが同族から迫害される。なぜそれだけの理由で俺の母親は殺されねばならなかった?」


 ジェイクの言葉からは吐き出されるのは本物の怒り。レジーナはそこからなぜジェイクが犯行に至ったのか予想がついた。


「そうか。貴様の母は竜人ではなかったか……」


 王族の血については幾分語弊があるが竜人の花嫁の儀式は秘事ゆえに話せることではない。

 

「そうだ。それだけの理由で犯人は裁かれることもなかった。今の竜人の社会は歪んでいる。そうしたのはお前たち王族や貴族だ」


 ジェイクの魔剣に力が入る。瞬きをしたら斬られてしまう。そのような速度でジェイクは肉薄しレジーナに向けて魔剣を振り下ろす。

 風を切り裂く音は鋭く冴え渡り、水のかすかな香りが過ぎ去っていく。


「きえろーー」

 

 素早く後方に飛びのいてレジーナ。ジェイクの魔剣は代わりに大地を切り裂く。魔剣は大量の水ごと叩きつけるので斬るというよりも大槌による攻撃に等しい。

 森が大きく鳴動し悲鳴を上げる。その場を300メートル穿ち崩壊させていった。まともに食らっていれば竜人とて無事では済まない威力だ。


「うおおおお、まだまだーー」


 怒りにまかせジェイクは一つ一つが上級魔法に値する水の魔法砲撃を何十発と連射する。もはや逃げ場もないというほどだ。森の木々は次々と崩落し土煙が上がり大地を震わせる振動が立て続けに響く。


「ふふふ、ふははは、どうだ。みたか。この力」


 勝利を確信し高笑いをあげる。だが突然銀フォークが頬を掠めて息をのむ。雨のような砲撃を向けられたにもかかわらず平然とした様子で土煙の中からレジーナは姿を現す。

 服の埃を払う仕草をすると溜め息を1つ。あれだけの砲撃に晒されながら無傷である。


「なっていません」

「なんだと」

「なんという無駄な攻撃でしょう。ただ砲撃すれば良いというわけではありません。自ら巻き上げた土煙で標的を見失うとは愚か。投げたのがフォークで無ければ死んでいましたよ」

「いや、なぜ武器にフォークを選んだ?」


 そもそもフォークを持ち歩いていることがジェイクには理解出来ない。レジーナは悩ましげに理由を語り出す。

 

「私は毎日究極の選択を迫られます」

「何の話だ?」

「武器にナイフを持つ余裕があるのならカトラリーを持ち歩くべきです。なぜならいつ不意うちで美味しい食べ物に出会うか分かりませんから」

「いや、不意の襲撃を心配しろ」

「しかも」


 レジーナはジェイクのツッコミを無視しして懐から大量の食事用ナイフ、フォーク、スプーンなどのコレクションをずらり披露する。『持ちすぎだろ』とか『一応ナイフあるじゃん』などいうツッコミすらする気が起きない異常な本数だ。


「一日に美食の機会が二十回あったら食べ逃してしまうかも知れません。そう思うと投擲用武器のストックにまで手が出ないのです」

「一日に20食分も食べるとかそもそもあり得ないぞ!?」

「まあ、それは置いといて」

「お前が語り出したんだろう。いきなり話を変えるな」


 だが、一変して鋭くなったレジーナの眼光にジェイクは黙り込む。


「あなたの境遇を察するに同情する余地もありそうです。だからといってあなたを許すことはあり得ません」


 レジーナの周囲に大量の闘気と魔力が光となり森中に広がっていく。森の動物や無視までもがおびえて逃げだす光景にジェイクは困惑する。


「なんだ、この力は。聞いたことがない。何をしようとしている?」

「今からみせるは龍神の血を色濃く受け継ぐほんの一握りの者のみの秘中の奥義。なぜ竜人族に魔法少女がいないのか。なぜ私やレジーナ様が身体能力で劣る女性形態を取っているのか。その答えを教えてあげます」


 レジーナの右目が宝石のように輝くと詠唱する。


変身(トランス)・――――」

 

 森が光で包まれたあとにはレジーナに瞬殺されたジェイクだけが地面に横たわっていた。




「なるほど、水の魔物が精霊であったとな」

「そんなことが」


 水の軍勢を無力化しあとは親玉を倒すだけになったのだが水の魔物についてG組の生徒たちが元は精霊であること伝えた。エクリスは心当たりがありそれほど動揺はないがティアナクランは素直に驚きの反応を見せた。


「だからティアナクラン様、助けてあげようよ」

「「「お願いします」」」


 パティから始まり魔法少女たちが次々に頭を下げてお願いする。

 事情を知ってティナクランが頷きかけたところでエクリスが厳しく切って捨てる。


「却下だ」

「どうしてですの」


 エクリスに対してアリアが信じられないと責める口調になってしまう。

 

「あそこにいる親玉を正気に戻すとしてどれだけの魔力を消費する? 失敗のリスクは? 《ミラクルマギカブレス》と言ったか。それだけの大魔法を発動する間敵が黙っていると思うか?」

「そ、それは……」

「万一にも我々が倒れれば後ろには守る術を持たない民が蹂躙されると知れ」


 アリアたちは後ろをふり返り危険にさらすことになる人々の命の重さを実感すると悔しそうにする。


「でしたら精霊たちを見捨てるとおっしゃるのですか。彼らは操られているだけでしてよ」

「守る優先順位を間違えるなという話だ。ティアナクランもわらわも万全ではない。リスクを冒す戦いは避けるべきだ」


 確かにティアナクランは今までずっと敵の大規模魔法砲撃を全力で防いできた。残りの魔力量に不安がある。浄化魔法が成功しなかった場合にどれだけの余力が残っているのかという話である。

 それでも納得できないことは魔法少女たちの表情から明らかだ。

 やれやれと困ったようにしながらエクリスはフレアに助け船を求める。


「フローレア嬢。そなたからも言ってやれ」

「そうですね。エクリス王女の言うことも最もですよ」


 それにはそうだろうとエクリスがしきりに頷いた。

 そんなあーー、と生徒たちからは落胆の言葉が漏れるもフレアのせりふは終わっていない。


「しかし、私は困難を乗り越えてどちらも救うからこそ魔法少女であると思います。無理そうだから諦めるなんて誰でも出来ることですよ。皆さんはそんな惰弱ではないと信じていました」


 今度は生徒たちにぱあっと笑顔が咲き乱れ、エクリスは驚愕に口を開けたまま固まった。

 そしてフレアは言葉巧みにエクリスを誘導する。


「皆さん、エクリス様はわざと厳しい言葉を投げかけ気の引き締めと自覚を促してくれたのです。感謝しましょうね」

「むっ」


 エクリスは気がついた。これはフレアの話術による誘導だと。だが気がついたときには遅かった。


「そうですよね。エクリス様」

「ふん、良かろう」


 ふり返ったフレアの笑顔を向けられるとエクリスはもはや頷くしかない。惚れてしまった弱みである。

 分かっていて回避できまいことも人生には多々あるのだ。

 

「直接戦闘はエクリス様、ティアナ、それとマ、じゃなくてフロレリア教官とリリーが行います。補助にパティさん、サリィさん、アリアさん、ミュリさんでお願いします」

「フローレア、私がいないとなると都市の守りはどうするのですか」

「それは……」


 そこでシェラよりまたも強力な魔法砲撃が放たれる。同じく凄まじい威力の魔法砲撃が都市側から発射され互いにぶつかり合う。

 移動魔工房の魔装砲である。

 魔装砲は敵の砲撃を切り裂きながら徐々に突き進むと砲撃を放つ魔物の右手部分を吹き飛ばして撃ち勝った。

 フレアはすぐ近くまで寄ってきた移動魔工房の車上に飛び乗ると言った。


「私が魔装砲で迎撃します」

「ほう、王国も優れた魔導兵器を所有しているな」

「共和国にもありますの?」

「まあな。もっとも城や要塞に固定する砲台型だ。あの面妖な乗り物とそれに乗せて移動式で運用するなど考えられん」

「ですわよねーー」

 

 フローレアのような規格外の技術者がいるのかと焦ったが違うようでほっとする。


「王国の魔技研は開発能力が皆無に等しいと聞いていたが侮っていたな」

「そ、そうですわねーー」


 エクリスはこれを国で開発した物だと思っているようだ。まさか個人で開発、製造してしまったなど言える流れではない。

 移動魔工房とともにやってきたフロレリアが合流すると地上で戦っていたリリアーヌも合流する。

 もっともリリアーヌはフレアを見つけた途端に思いっきり抱きしめてしまっている。


「あの、リリー。ぐっ、ぐるじーー」

「フレアっちーー、よかったよーー。生きててほんとに良かった」

「魔法通信、聞こえてましたよね。リリー、親玉をお願いします」

「よーし、まかせて。すぐにやっつけてくるから。そしたら……お説教だよ」

「ひっ!」


 無断で無茶したことをリリアーヌも怒っていた。最後の凄みのある宣告にはフレアは心の底から震え上がった。

 助けを求めるようにティアナクランに視線を向けると、


「フローレア――あきらめてくださいね」


 冷たい笑顔が返ってくるのでフレアは覚悟を決めて頷いた。


(ぐぬぬ、ここは完璧な土下座をマスターし少しでも被害を抑えないといけません)


 などと戦場でどうでも良いことを必死で考えていた。




 巨大な魔物の体の奥深く。ちょうど人間で言う鎖骨付近にて操っているシェラがいる。彼女は予想外の現状に苛立ちを隠せないでいた。

 

「ふざけんなーー、私の手駒が全滅? こんなふざけた方法を考えた奴出てこい」


 その件に関しては御愁傷様というほかない。邪道、抜け道、虚を突く戦法はフレアの得意とするところである。加えて前世の現代知識が加わったフレアをこの世界の常識で計るのは愚の骨頂。それを知るはずもないシェラは常軌を逸したフレアの策にただわめくしかない。

 その上訳の分からない空飛ぶ乗り物から撃ってきた魔装砲に撃ち負けて右手が損傷。現在修復中である。

 そこでシェラは空を飛び、こちらに向かってくる2小隊規模の敵を確認した。


「……あれは、エクリス王女?」



「うおらああ」


 巨大な魔物の至る所から水の魔法砲撃が何百、何千と弾幕が放射される。それをいとも簡単にかいくぐりエクリスは頬の部分に強烈なフックをたたき込んでよろめかせた。

 だがエクリスは後続が来ないことに気がつき追撃の手を止めて味方に合流した。


「おい、貴様らなぜわらわに続かない?」

「普通は蜂の巣ですわよ」


 アリアが無茶だと反論した。まるで針に糸を通すような回避を平然と行い、敵に突っ込むエクリスは異常であった。


「あの程度の砲撃で軟弱な」


 そこでエクリスはリリアーヌと視線が合った。


「貴様ならついてこれるよな」

「えっ」


 リリアーヌの手を取ってエクリスはもう一度魔物の鬼のような砲撃の嵐に飛び込んでいく。


「いやあああ、しぬーー」


 前方からはリリアーヌの緊迫感に満ちた悲鳴が聞こえてくる。それを誰も止めることができずただ無事を祈るしかない。


「まあ、なんだかんだいってリリアーヌ教官は避けられていられますし大丈夫でしょう」

「リリアーヌ、あなたの犠牲は無駄にはしません」


 アリアは無責任に決めつけ、ティアナクランは縁起でもない台詞を口にする。

 実際2人は今のところ被弾することなく攻撃を与えることに成功している。

 といっても魔物の体は水なのでたいしたダメージに至っていない。

 その間、黙っていたフロレリアは集中力を高めて大規模な魔法を発動する。


「氷結魔法、フリーズクラッシャー」

 

 魔物の右足を瞬間凍結させ芯まで達すると微細な氷となって破砕し崩れていく。

 巨大な魔物は初めて苦しそうな悲鳴を上げてその場に膝をつく。

 片足を失い動きが鈍ったところでアリアに抱えられていたミュリが大規模魔法を発動する。自身の大半の魔力を用いて全長200メートルの巨体を重力制御によって封じ込めていく。


「重力魔法、ハイグラビティホールド」

 

 一帯の大地が超重力空間によって押しつぶされ巨大な魔物は地面に縫い付けられたかのように動けない。

 脅威とみた敵は無数の魔法砲撃を浴びせに来るがミュリとティアナクラン、及びフロレリアによるが6つの自動防御のシールドを空中に展開する。


「「「マギカ・イージス!!」」」

 

 命中する砲撃を選別して6つのシールドが素早く反応し強固な装甲ではじく。


「くっ、なんなのよ。あのちょこまかうるさい盾は」


 シェラはミュリたちを一掃するため魔物の口部分から強力な魔力砲撃の発射準備に入る。収束する魔力にエクリスとリリアーヌが頭上より攻撃をふり降ろす。

 ミュリは2人が飛び込んだのを確認し絶妙な差で重力魔法をカットした。


「土魔法、サンドフォール」

「時空魔法、追憶の軌跡」

「鎧竜拳!!」


 サリィが大量の砂を頭上から落とし固めると。

 リリアーヌとエクリスによる破壊力抜群の近接攻撃が直撃し魔物の頭部は吹き飛んだ。

 とどめにティアナクランが動き出す。


「アブソリュートアタック解放」


 今まで封印してきた絶対攻撃を可能とする新システム。

 それは鉄壁の防御も打ち破り、水のような魔物すらダメージを通す新理論無極性魔法の真価である。

 安定した魔力が体の周囲に形成され、絶対的な攻撃領域を形成していく。

 ティナクランから不穏な気配を感じ取ったシェラが左手を差し向けてたたき落とそうとするとパティが立ち塞がる。拳を構えて風の魔法が収束し唸りを上げる。


「させないよ、ガンマギカナックル・インパクトキャノン」


 魔法で形成された拳による巨大な魔法砲撃が魔物の巨大な手と激しく衝突し弾きあげてティアナクランから遠ざけた。

 仲間の支援を信じてティアナクランはシェラのいる胸部に向けてまっすぐと飛び込んだ。途中の魔法砲撃による迎撃もマギカ・イージスによって防ぎついに間合いに入り込む。


「アブソリュートアタック《アクアブレイカー》」

 

 ティアナクランは力を右手に集中させ渾身の一撃をたたき込む。

 分厚い水の保護に守られた体を貫けるはずがないと油断していたシェラはその攻撃をまともに受けてしまった。打撃系の衝撃は吸収し届かないはずだと思っていた所にティアナクランの拳は易々と水の体を貫きかき分けていく。


「ちょ、ちょっと、うそでしょ。な、なんでーー」


 そしてついにティアナクランの拳がシェラをとらえて殴り飛ばす。

 直後、巨大な水の魔物の体は攻撃に耐えきれず大穴が空いた。シェラは操っていた元精霊と引き剥がされてはるか遠くに吹き飛ばされていく。


「やったあーー、勝ったあ」


 パティをはじめとして勝利を確信し周囲は沸き立った。ティアナクランも安どしすぐに後方にいるフレアたちに合図を送る。

 

『フローレア、こっちは片がつきました。ミラクルマギカブレスの用意を』


 そんな中でフレアから警告が返ってくる。


『ティアナ、危ない』

『えっ?』


 背後に突然出現した圧倒的な威圧感。目にしたのは美しい成人女性の容貌と体型でありながら人とは絶対的に違う魔力で構成された高位の肉体。

 神秘的な青の衣を纏い、禍々しい紫の精霊甲冑に身を包む女神のような佇まいに息をのみ、体がとっさに動かない。

 それは先ほどまでシェラに操られていた水の魔物の真の姿であった。


「ちぃっ、ティアナクランさがれ」


 精霊結晶で作られた青の神剣が振り下ろされるところをエクリスがとっさに割って入り受け止める。神剣はエクリスの鎧竜鱗も砕き腕に切り込んでいく。


「エクリス」

「油断するな。相手は想像以上に大物だったようだ。これは大精霊の一族だぞ」

「大精霊? そんな……」


 現れたのはシェラから解放された契約精霊だ。しかし、魔物に落とされて目には狂気が宿っている。

 見る人全てを憎悪し滅ぼうという意志が伝わってくるようだ。


「操っていた人間がよほど弱かったようだ。制御から解き放った方がはるかに強いぞ」


 エクリスが水の契約精霊を蹴り飛ばすも反撃の回し蹴りを受けて地上にたたき落とされる。ティアナクランをかばったことで両腕が使い物にならずまともにダメージを受けてしまった。


「くっ、シャイニングランサー」


 光の槍を形成し、それを精霊に向けて放つが魔法は当たる直前に霧散し消滅する。


「うそ、魔法が効かない?」

「なら、接近戦だよ」


 パティが精霊に飛び込んで格闘戦を挑むもまるで子供のように片手でいなされて水の魔法砲撃を受けて遠くに弾き飛ばされる。

 リリアーヌが残っている全員に呼びかける。


「バラバラに攻めちゃ駄目だよ。連携して攻撃するよ」


 呼びかけに応じてリリアーヌ、ティアナクラン、ミュリを降ろしてアリアとサリィの4人が同時に接近戦を仕掛け、フロレリアが支援する。


「やはり、放出系の魔法は無効化されますわ。接近戦しかありませんわよ」

「けど強い」


 フロレリアの支援魔法で強化を受けながら4人がかりでようやく渡り合えている。目の前の精霊の強さにティアナクランはぞっとする。

 最強の一角である自分とリリアーヌとフロレリアがいても圧倒できないのである。このような敵が現れるなど想像していなかった。

 何より放出系の魔法を無効化されてしまうのが痛い。放出系の魔法を封じられるとティアナクランとフロレリアの戦力は大きく損なわれてしまう。


(魔法少女の最大戦力がここには3人。これで拮抗するとなると後方の生徒たちでは太刀打ちできません。ここで食い止めなくては)

 

そこで不意に精霊が都市に目をとめてある一点をじっと見つめていた。


「王女様、なんか嫌な予感が……」

「精霊は一体を何を気にしていますの?」


 精霊の目が不意に黒く濁るとまるで別の意志が宿ったかのように凶暴さをまし5人を力任せに弾きとばす。

 そのまますぐにベルカに向けて高速で飛翔し目標に向けてまっすぐ向かってくる。

 精霊は真っ先にユーナ目がけて手を突き出した。

 

「ユーナさん」


 フレアがとっさにユーナを突き飛ばすと代わりに首を捕まれてつるされる。


「あ、ぐっ」


 精霊はフレアを興味深く観察しているとにやりと笑みを浮かべて都市内部に飛び立った。フレアを連れたまま。


「……そう、か。ほんとう、の、ねらい、は。私でしたか」


 ベルカの中心部の上空には空間に亀裂が入り、別のどこかへと通じていた。


【にがさないぃ】


 その声は精霊とはまた違う何者かの声に聞こえた。まるで怨念めいた響きにフレアは言い知れない恐怖を感じる。

 とっさに反撃しようとするがフレアは現在武装が半竜人化の影響で役に立たなくなっている。


(不味いですねえ。打つ手がありません)


 精霊の腕を掴もうとしても水なので手応えがない。

 首を絞められ徐々に意識が朦朧とする。空間の裂け目はすぐ目の前だ。

 ティアナクランたちははるか遠くに見える。救助は間に合いそうにない。

 あの中に連れていかれたらもう皆に二度と会えない。

 そんな予感をおぼえつつフレアは気を失った。


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