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第52話 竜人王女編 『どんな拷問ですか?』

「神龍眼?」


 聞き慣れない言葉にフレアは首をかしげた。

 そもそもなぜフロレリアの口からそのような言葉が出たのか分からずにいる。

 不思議そうにしているフレアにフロレリアは鏡を持ってきた。すると鏡面に映る人物を見てフレアは目を細める。


「誰ですか? 随分目つきが悪い――って私か!?」


 がばっとスタンドミラーに張り付くようにじっと見る。


「えっ、何で? まるで竜人みたいな目してますよ」


 慌てて背中を見て、尻尾がないか確認して、角がないかもふもふの金髪を触ってみる。そして、目以外に異常がないことを確認するとほっとする。

 だが、大事なことを思い出しはっとする。


「ママ、ごめんなさい」


 慌ててフレアは母に頭を下げた。


「どうしたの、フレア」

「私きっと死にかけたのですね。それをママが助けてくれた……」


 本当は一度死んだようなものなのだがフロレリアはあえてそれには触れず小さく頷いた。


「たくさん、たくさん心配と悲しい思いをさせたと思うのです。たくさん叱ってくれてかまいません。それでもごめんなさい」


 それにはフロレリアが一筋の涙をこぼす。それを見てフレアは青ざめた。


「そうね。そのことは後でたくさん叱ってあげる。だけど……」


 フロレリアが大事そうにフレアを両腕で包み込み、優しい満ちた声をささやく。


「お母さんの元に生きて帰ってきてくれてありがとう」

「ママっ」


 フレアは本当に申し訳なくて、嬉しくてフロレリアにぎゅっと抱きついた。


「フレアがどうしてこうしたのかはレジーナさんから聞いたわ。その心は凄く嬉しいし誇らしい。それでもあなたのために多くの友人が悲しんだの。後でちゃんとみんなに謝るのよ」

「はい」

 

 それは主にG組の生徒たちのことだとフレアは理解する。フレアは周囲を見回した。


「ところで他に誰もいないのですか」


 病室にはフレアとフロレリアの2人だけだ。外からも気配が感じられない。


「そうね。今の状況を話しておきましょうか」


 フレアは意識を失ってからの同盟の流れ、そして突如現れた水の魔物たちのことについて話を聞いた。

 ――――

 ――

 


「ほむ。なるほど」


 フレアは決意を胸に立ち上がると病室を出ようとする。


「フレア、どこに行くの?」

「当然、魔法少女ともだちを助けに行きます」

「一度死んだのよ。安静にしなさい、といっても無駄ね」

「ええ、その水の魔物に皆が苦戦しているのですよね。何もできなくとも友達が困っているのなら見捨てることはできません」

「――そうね」


 しょうがない子、と諦めの表情を浮かべていると突然部屋の扉が開いた。


「フローレア様。息を吹き返したと聞きましたが」


 現れたのはレイだ。全力で駆けつけたのか呼吸が荒い。

 彼はすぐにフレアを視界にとらえて生存を確認すると堪えきれないように目に涙をためて駆け寄った。

 感極まって思わず抱きしめようとしたのが良くなかった。

 なぜならフレアはイケメンが大嫌いだからだ。


「気安く触るなっ! イケメン」


 反射的に手のひらで突き飛ばすとレイは凄まじい勢いで病室の壁に向かって衝突した。


「はっ?」

「ほへ?」


 レイだけでなくフレア自身気が抜けた声を漏らした。壁は大きくひしゃげて歪み、身体強化されているはずのレイが痛そうにその場にうずくまる。


「ほわああ、すみません、やり過ぎました。大丈夫ですか」

「あらあら、大変だわ」


 フレアの助けを求める視線を受けてフロレリアは迅速にレイの背中に治癒魔法をかけていく。


「私、身体強化魔法も使えないのにどうしてこんな力が」


 フレア自身戸惑っているようだがフロレリアが推測を話す。


「恐らくエクリス王女の儀式を受けたせいね」

「私は何かされたのですか」


 フロレリアはその儀式の意味には触れないようにしながら説明する。


「あなたはエクリス王女の血を受けたの。特別な儀式でフレアは半竜人化に成功したのだと思うわ」

「竜人!?」

「竜人の強力な生命力と体になったからこそフレアは生き返ることができたのよ」

「そうですか。それは後でお礼を言わなければなりませんね」

「……ええ、そうね」


 返事をするフロレリアは視線を外し、どこか後ろめたそうに同意する。

 だがそれよりもフレアはあることに気がついた。


「はわっ、もしかして、肉体が強くなったということは私も魔法が使えるようになったのではありませんか」

「やめた方がいいわ」

「なぜですか?」

「見たところ半竜人化だけあって肉体は強くなっても魔力の受容体はそれほど強くなっていないわよ」

「そんな~~」


 これなら魔法少女とともに戦えると思っただけにフレアの落胆は大きい。

 だがフロレリアの話はそれだけでは終わらない。


「だけどその目だけは竜人どころか神格級に進化しているわね。恐らく《神龍眼》と呼ばれるもの。神龍眼のもつ固有魔法ならば扱えるかもしれないわよ」

「それはどういうものなのですか」

「私も詳しくは知らないの。エクリス王女であれば何か知っているかもしれないわね。私が知っているのは亜空間から自在に物を出し入れできたという能力ぐらい」

「それは戦闘向きではありませんね」

「そうね」


 そこで試しに亜空間をイメージしてみる。亜空間の技術は移動魔工房にも使われているし、リリアーヌの得意魔法である。フレアにとっては理解の(はん)(ちゅう)である。そのまま手を伸ばす仕草をすると。


「えっ?」


 目の前で本当に果てが見えない亜空間が口を開いていた。

 試しにぽいっと自身の魔装銃を収納して閉じた後、再び開いて取り出すこともできた。


「おおーー」


 戦闘向きではないがフレアは感動していた。異世界に転生してからチートは現代知識のみ。この世界の住民には当たり前の魔法すら満足に使えなかったことに前々から鬱屈したものを抱えていた。

 だからフレアはこれだけでも十分感動していた。


(これってつまり時間が停止する亜空間に貯蔵することができて、重さも数量も容量の制限もない。あの便利なボケットを手に入れたってことですよね)


 フレアは知っている。前世でみたラノベでは異世界ものの主人公が手に入れるお約束の能力だ。

 亜空間の広さは魔力に比例して設定できる。つまり、無尽蔵ともいえる魔力を持つフレアにとっては無限に収納できるボケットを手にしたということ。

 そもそも神龍眼という大層な名前を持つならば能力がこの程度で終わる話だと思わない。


「ふふふ、あーーはははは、ついに私の時代が来たのかもしれません。きっと私の物語はここからが本番。これから更なるチート能力に目覚めていくに違いありません。あああ、こうしてはいられません。取りあえず武器庫にあるものとか使えそうなものを片っ端から収納しましょう」


 突然のフレアの豹変にフロレリアはかわいそうなものを見る目で眺めた。フロレリアは心配になって何人かに護衛を依頼する魔法通信をとばしたのだ。




「……で、どうしてイケメンばかりが集まっているのですか」


 移動魔工房を出発しようというところでフレアは不満げにメンツを見渡した。

 まずはランスロー。


「姫、無事で何よりです」

「私の騎士。心配をかけました。こんな私ですがまた仕えてくれますか」

「もとよりそのつもり」

 

 ここはまだいい。フレアにとってランスローはイケメンだが忠義バカでもある。

 いわば特別枠である。

 更に視線をスライドさせてレイを見る。


「露払いは私が行いますのでご安心ください」

「いや、イケメンは来なくて良いですよ」

「……なぜでしょう。涙が止まりません」


 フレアの明確な拒絶にレイは既に精神に深刻なダメージを負った。

 更に視線を移すとカロンがいる。


「この私が華麗なる技であなたをお守り致しましょう」


 いちいちカロンがしゃべると魔力で作られた薔薇の花が舞うので鬱陶しい。フレアはどっか行ってくれないかなあという表情を隠そうとしない。


「何であなたがここに?」

「連絡を受けてエクリス様から護衛をするようにと命じられました。あなたはもはや竜人にとって恩人であり希望そのもの。命をかけてもお守り致しましょう」

「エクリス王女、イケメンを送ってくるとか嫌がらせでしょうか」


 そして、最後に目を向けると腕を組んで立っているマルクス。フレアがイケメンばかりと(なげ)くのでマルクスは機嫌が良かった。

 マルクスは自分の筋肉に、肉体に自信があった。俺はとびきりのイケメンだと。

 そこにフレアが心底安心した様子で近づきにこやかにいうのだ。


「ああ、マルクス。三枚目のあなたがいてくれて本当に安心します」

「いきなり失礼だなっ!?」

 

 おもわず売り言葉に買い言葉。マルクスはフレアに言い返す。


「お前こそ真っ平らのくせに、はやく親のようにボインボインになりやがれ」

「ふみゅ」


 胸のことはフレアにとってクリティカルである。マジへこみしていると思わぬ援護が入る。カロンが()(べつ)のまなざしでマルクスを非難した。


「そこの野蛮人。あなたにはフローレア様の美しさが分からないのですか」

「美しさだあ、何ねぼけてやがる。色気すらねえガキじゃねえか」


 それにはおおげさに後ずさり、カロンは熱く語り出す。

 

「なんと! この完成された美が分からないとは。あの無駄のない完成された肉体をみて感性が刺激されないとは嘆かわしい。むしろ世界中の女子はフローレア様を見習うべきなのです。そもそもなんですか。あなたのその無駄に多い筋肉は。美しさのかけらもない。醜いとは思わないのですか」

「筋肉こそ力。男の勲章よ。女はな。このパワーに惹かれるのよ」

「前時代的な。今は男も引き締まり均整のとれた肉体こそ世の女性を魅了するのです。それでは女性に引かれているのではありませんか」


 カロンの言い分はマルクスには心当たりがありで痛いところを突かれた。

 

「ぐっ馬鹿野郎、ボン、キュ、ボンのダイナマイトボディをもつあの良さがわからんねえとかありえねえだろ」


 マルクスはフロレリアを指差し力説すると、カロンは(せい)(ぜつ)な表情を浮かべて嫌悪する。


「あれは(ぜい)(にく)です。ああ、何とおぞましい。男を淫らに誘うまるで淫魔。美しさのかけらも……もぺらっ」


 カロンの口はフレアの強烈な竜人キックで強引に封じられた。

 

「ママを()(じょく)すると許しませんよ」

「しかし、あの胸の贅肉はいかんとも、――はぐっ」


 強化されたフレアの追撃が次々と決まりカロンはボコボコにされた。亜空間から取り出した魔装銃を突きつけつつフレアは凄んだ。


「だ、ま、れ」

「……はい」


 そこでフレアは手にしびれをおぼえて手元を見る。魔装銃が雷撃を(まと)い、まるでフレアを拒絶するかのようであった。


(ほむ。これは……)

 

 本来なら失神してもおかしくない電撃をあびてフレアは痺れる程度で済んでいる。とりあえずフレアは魔装銃を亜空間の中にしまう。


「……まずはG組の生徒たちと合流します。マルクスたちには護衛をお願いします」

「任せろ」

「ランスローはママをお願いします」

「了解」


 フロレリアは現在高度な魔法の無理な酷使で()(へい)している。戦場に出るとしても休息は必要でその間の護衛が必要だった。


「気をつけてね。ハーケンという竜人が刺客に差し向けられたということは……」

「分かっています。だからこその護衛なのでしょう」


 分かっているだろう、それでも心配で言ってしまうのが母親というものだ。それを理解するフレアはちゃんと手を振って応じた。

 ただし、マルクスの背中に負ぶさって。


「何でガキを背負わなきゃならん」

「すみません。まだ病み上がりで立ちくらみがするのですよ(もぐもぐ)」

「血が足りてねえのか」

「よく分かりましたね(はぐはぐ)」

「そりゃお前が俺の背中で血肉になるものばっかりくっているからな」

「マルクスも食べますか?」

「むしろ人の背中で飯食うなよな」

「私はマルクスのたくましい筋肉と背中、好きですよ」

「嬉しくねえ」


 心底どうでも良いと肩を落とすマルクスにフレアはくすくすとおかしそうに体を震わせる。

 だが、そんなやりとりをレイが悔しそうにして見守っていた。


「くっ、マルクス。今だけはあなたが憎い」


 というより睨み付けていた。


「何を怒ってるんだ、レイ」

「私もフローレア様をおんぶしたい。お願いですから代わってください」


 それはもう必死にレイがマルクスに頼み込む。

 

「代われるものなら代わりてえよ」

「やっ、マルクスがいい」

「なぜですか?」

「イケメンに借りを作るとか嫌ですし」


 それにはレイが真剣にマルクスに訴える。


「マルクス、私はいま切実な願望ができました」

「なんだよ」

「私もあなたのような三枚目になりたい」

「よし、レイ。おまえとは後でリアルファイトな」


 本人たちはいたって真面目なのだがフレアにはそれがじゃれ合いに見えていた。


「マルクスとレイってほんとに仲がいいんですね」

 

 それを眺めているとちょっとだけフレアはレイも認められそうな気がしてきたのだった。


「みなさん、敵さんがお出ましのようですよ」


 1人だけ黙々と周囲を警戒していたカロンが注意を促してくる。

 目の前には水の魔物が30。

 まるでフレアたちを待ち伏せしていたかのように素早く包囲を完成させつつある。


「ほむ、あれが話に聞く水の魔物ですか」


 水の魔物をじっと観察しているとフレアはふと血管のように巡る魔力の流れや一際大きな魔力の痕跡が見えた気がした。


(あれっ)


 目がおかしくなったのかと目をこらすと先ほどの幻視は消えていた。


「あの魔物はただの物理じゃすぐに元に戻るからやりにくいったらないぜ」

「私がいきます」


 レイが腰に下げたレイピアを抜くと体に雷を纏いつつ敵に向かっていく。雷使いは身体強化に加えて雷をまとい、反射向上や攻撃力上昇を上掛けして戦う戦法を使う者もいる。レイがそれだ。他にシャルもこの戦法を得意としていて閃光のような素早い戦いを可能にする。

 その速度から放たれるレイの突きは一見細身の剣ながら巨木による突き刺しのような威力をたたき出す。

 水の魔物たちは水風船が割れたような勢いで次々とはじけ飛んでいく。

 それでも一撃で倒しきることが難しい水の魔物。すぐに再生のため膨張し元の人型に戻ろうとうごめき出す。


「させませんよ」


 カロンも後に続いて鎧竜鱗で形作った刃を手から伸ばして炎の魔法を付与して斬りかかっていく。

 水の魔物は復活の兆しを見せるたびにレイとカロンが片っ端から叩いていくが。


「きりがありませんね」


 2人で既に100回分ぐらいは倒してようやく水の魔物が半数以下になったところ。

 時々、魔物が水の魔法砲撃や水圧による質量攻撃を行うもレイとカロンの速度に全く対応できていないようだった。


「それにしても理解出来ませんね」


 フレアがマルクスだけに聞こえるようにぼそっとつぶやく。

 

「何がだよ」

「あれほどの魔物を2万も率いておきながらいまだに私たちは全滅していません。敵の指揮官はバカなのでしょうか?」

「どういう意味だ」

「いえ、私ならその魔物をすべて膨張させベルカの都市やその周辺をすべて水で包んでしまいますね。そしたらあっという間に窒息で皆殺しです」


 それにはマルクスが顎が外れそうな程口を開けて白目をむきかけた。


「そんな恐ろしい戦術思いつくのはてめえだけだ」

「えっ、そうなのですか?」

 

 マルクスは改めてフレアの頭の中はどうなっているのかと疑問を抱く。同時に敵の指揮官がフレアではなくて本当によかったと胸をなで下ろす。

 直後、フレアの危機感あふれる声が頭に響く。


「マルクス、危ない。ブレス、来ます」

「なに、ぬおおおおおっ」


 上から降ってくる炎弾をマルクスはフレアを背負いながら辛うじて(かわ)す。

 攻撃がきた方を確認すると上空には水の魔物でできた巨大な竜が20体空を飛んでいた。


「うそ、だろ。あれも水の魔物なのか」


 加えて芝居がかった調子の笑い声が地上から聞こえてくる。


「ふはははは、見つけたぞ。この我に煉獄の試練をあたえし宿敵よ」


 姿を現したのは親善試合でパティに完膚なきまでに叩きのめされたゾルダークだった。

 廃人同然だったが今は持ち直し、以前よりも強気な様子がうかがえた。


「おいおい、なんだか前に見たときよりパワーアップしてねえか」

「ランスローの話ではハーケンも同様だったようですよ」


 今のゾルダークの体からはおぞましい黒い力があふれ出し、圧倒的なプレッシャーをマルクスたちに与えている。

 その上、空の竜である。ただでさえ厄介で巨大な竜が水の魔物でもあるのだ。


「おいおい、これってまずいんじゃないのか」

「確かにその通りです」


 焦りを見せるマルクスにフレアは同意した。そして場違いな苦悩を抱えていた。


「またイケメンが増えてしまいました。これは何の拷問ですかっ。きっと敵の指揮官の策略に違いありません」

「そっちかよ!?」

 

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