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第51話 竜人王女編 『騎士ランスロー、偽りの忠誠を斬れ』

 今から4年ほど前。ランスローがクロノスナイツに正式に入団して1年が過ぎた頃。団長のジークに命じられてフレアの護衛を任された。

 その真意はいずれフレアの専属護衛騎士を見極める試金石という意味合いがあった。

 ランスローの目の前にはまだ幼いフレアが立っている。


(幼女じゃないか)


 ランスローとしてはフロレリアの護衛の方が箔もつくため希望したいところであった。


(まあいい。あの方の息女であるのならば主君同様に護衛申し上げるのみ)


 ランスローはフレアの邪魔をしないよう空気のように気配を消しながらも街を視察するフレアの護衛に努めた。

 護衛の最中、フレアを観察するにつれ堂々とした振る舞いに感心したものだった。だがそれはあくまで小さいながらに頑張る子供という範囲内である。

 そして、1日の護衛が完了した後にフレアはランスローに声をかけた。


「あなたは私に仕える騎士ですか。それともグローランスという名に仕えているのですか?」

「はっ?」


 ランスローははっとした。フレアの幼女とは思えない刺すような視線に喉を鳴らし緊張する。


「もしそうであるならば私はあなたに命を預けることはできません」


 ようやくランスローは自分の内心の不満を見抜かれたと知り片膝をついて謝罪する。


「申し訳ありません」

「頭を垂れることはありません。それは私に仕える騎士にのみ認める行為です。臣下の礼はあなたが私を尊敬できる主君と認めたときにしなさい」


 すぐに否定しようとするもフレアの視線に射ぬかれると次の言葉がでてこない。

 反射的に出た言葉など意味をなさないのだとすぐに悟ったからだ。


「俺は騎士の高潔さと忠誠に酔っていただけなのか……」


 それからランスローは騎士とは何かを自問し、心身ともに鍛え直す。

 時が経ち思いおこすたびにフレアの器の大きさを再認識するようになった。そして、どうすればフレアに自分の騎士と認めてもらえるのかを考えるようになった。

 ある日、ランスローはフレアに再会する機会を得た。

 そして、行動を起こす。


 何とランスローは左目を自らえぐって見せたのである。

 それには控えていたジークも驚いていたがフレアは溜め息をついた。しかし、誰よりも早くランスローの手当に駆け寄った。

 

「ばかですねえ」


 一言こぼす。

 それは不器用なランスローに対しての呆れと同時に覚悟を受け入れてのことだった。


「治療します。ついてきなさい、私の騎士」


 だからフレアにそう言われ手を引かれたとき、ランスローは生涯の忠誠をフレアに捧げると誓った。




 移動魔工房の前でハーケンとランスローは対じする。

 そして、ランスローは己の左目に一度手を当てた。

 左目はフレアが用意した魔装宝玉を用いた義眼が埋め込まれている。魔導具《真理眼》は以前よりも世界がよく見えるようになった。正し、普段は見えすぎるが故に漆黒の眼帯によって封印していた。

 フレアはランスローのえぐられた左目を嫌がることなく見据える。


『その目は私への忠誠の証です。誇りなさい』

 

 そう言ってくれたフレアをハーケンは攫おうとしている。そんなことは看過できないランスローが騎士としてたちはだかる。


「てめえを騎士とは認めねえ」

「何?」

「お前は誰にも仕えちゃいないからだ」

「ふん、何を言う。儂はゲール様の1番の忠臣にして騎士である」


 ハーケンは魔剣から雷光を放出させながらランスローに斬りかかった。

 ()(ろう)したランスローにハーケンは容赦のないラッシュの嵐をたたき込んでいく。

 当たれば粉々になりそうな一撃もランスローは刀を抜かないままに鞘で受け流して全てをいなす。流れされた魔剣の圧力に土煙があがると2人の周囲を踊り狂う。

 ハーケンはまるで清流を斬ろうとしているような手応えに苛立ちがつのる。


「ぬう、なぜだ。なぜ当たらん。雷撃も浴びているはず。なぜ平気なのだ」

「そんなもの気合いでどうとでもなる」

「なっ!?」


 (きょう)(がく)に目を見開くハーケン。動きがわずかに鈍ったところに刀の(さや)(じり)で腹部をついて吹き飛ばす。鎧龍鱗があるためハーケンに直接ダメージはない。


「効かぬわ」

 

 ハーケンはその場で魔剣に溜めた雷撃を一気に放出し、ランスローに向かって雷がが伸びていく。

 それにたいして刀に添えていた手をゆっくり握りしめたかに思えば、かっと目を開いて一歩踏み込んだ。


「北神一刀流、《(おに)鼬鼠(いたち)》!!」

 

 風を巻き起こす斬撃が鞘から迸り、肉眼ではとらえきれない鋭い突風の嵐を巻き起こして襲いかかっていく。雷撃は嵐にかき消され霧散し、更に後方にハーケンを押し返した。


「ぬおおっ」


 鎧龍鱗によって守られているハーケンだが吹き飛ばされた際の体を揺さぶる感覚までは防ぎきれない。

 めまいをおぼえ動きを止めているハーケンにランスローは指摘する。


「ゲールはてめえの主君だと胸を張れる存在か?」

「なんだと」

「本当に敬える存在か?」

「そんなものは関係ない。騎士とは主君に忠義を尽くす者だ」


 その返答と態度にランスローは一笑に付す。


「何がおかしい!?」

「俺の守る姫は最高の主君だ。器も覚悟もゲールとは比べものにならねえ」

「ぬかせ。貴様の主君がどれほどのものだというのだ」

「《竜人の聖女》。今竜人からそう呼ばれる存在だ」

「なにぃ!?」


 わずかにひるんだもののハーケンはランスローをあざ笑った。


「くははは、それで騎士とは笑わせる。なぜ主の死をむざむざ見過ごしたのか」

「――黙れよ」


 瞬間、鋭い剣気がハーケンの体を駆け抜けた気がして己の体を思わず確認する。


「俺の主君はその命でもって多くの人を救い覚悟を示した。それが主の真の望みなればくみ取り動くのが俺の忠義だ」

「……」


 ランスローとその主の生き様。その高潔さにハーケンは思わず飲まれて言葉を失う。

 

「ゲールは王族だ。しかし、この事変に何をしている。ただ保身に動くだけか」

「――そ、それは」

「主が間違うたびにてめえはただ従うだけか。それが騎士か」

「ぬううううぅぅっ、だまれええええぃ」


 感情の赴くままにハーケンがランスローに飛びかかり魔剣を振るう。ランスローも刀で応じ、幾度と刃を交錯させる。

 そのたびに赤い火花が生じ、鋭い金属音と力と力がぶつかり合う衝撃音が周辺にまき散らされる。


「貴様に何が分かる。あの御方は庶子。他の王族から蔑まれみくびられる。どうしてまっすぐに生きられようか」

「ゲールの心の弱さの問題だ。だが一番の問題はそういうものからこそてめえは騎士として守るべきだっただろうが。てめえは一体何をしていた」

「っ」


 とっさに言い返せずハーケンはランスローの斬撃をまともに受ける。

 が、強固な鎧龍鱗は刃を通さない。


「く、くはははは。どんなに高説をといても力がなければ生きてはいけぬ。貴様の非力な剣では儂を倒すことはできん」


 ハーケンはあえてランスローの剣を何度も受けてみせた。


「確かに硬えな」


 ランスローはもう一方の刀も抜き放つと双撃でハーケンを一度遠くにぶっ飛ばした。


「いまのてめえはゲールに仕えているわけじゃねえ。主君と騎士という幻想に酔っているだけだ。そんなのものは忠臣ではなく単なる愚臣だ」


 その言葉にハーケンは激情した。自覚があっただけに他人に指摘されると我慢できなかった。


「おのれえええ、若造が偉そうに」


 翼を広げて空へと飛び上がる。仰け反り大きく息を吸い込むと高熱の炎を口の前に収束させていく。

 そして、目標に定めるのは移動魔工房。我を失ったハーケンは目的すら失い、今はランスローの全てを否定するために高熱のブレスを地上にまき散らした。


「《ヘルフレイム》」


 鉄すら溶かすような高熱の吐息。それが移動魔工房に襲いかからんとしたときにランスローは立ちはだかった。

 圧倒的な炎にランスローばかりか、移動魔工房も飲み込まれたかのように思えた。

 炎に包まれる一帯をながめ、ハーケンは狂ったように笑う。


「ふはははは、はーーはははは」


 しかし、改めて見下ろしたときには顎が外れそうな程に口を開け、想像もしなかった光景を目にする。

 ランスローが炎を剣風で頭上に引き込むと、驚くことに担いだのだ。


「ば、ばかな。炎を、担ぐなど。本当に人間か」

「気合いがあればできんだろ」

「そんあわけあるかっ!!」


 ハーケンの叫びなど無視してランスローは集めた炎をそのまま投げ返して見せた。

 

「ぬおおお、ばけものめ」


 ハーケンは度肝を抜かれて直撃する。炎に包まれながらハーケンは地上に落下した。鎧龍鱗も自分の全力の熱量攻撃には耐えきれなかった。所々にやけどの跡が見られる。


「本当にこんなバカげた騎士があっていいのか」


 生身で炎を投げ返す。尋常の所業ではない。よくかんがえれば雷撃の余波すら平然と耐えていた。


「何いってやがる。うちの騎士団は実戦より過酷な訓練をずっと行ってきた。火の海を渡るなんて修行は基本中の基本だ」


 ランスローの言葉を受けてハーケンは耳を疑う。

 

「そんな訓練をする騎士団があるかっ!!」

「他は違うのか?」


 実に不思議そうに話す様子にハーケンは本気なのだと理解する。さらにはランスローは騎士団といった。


(このような超人が騎士団単位だと。本当なら悪夢でしかないわ)


「何より俺は姫を守る騎士だ。この身に変えても守る。そこに躊躇はねえんだよ」


 迷いのないランスローの言葉。それにはハーケンは考えさせられた。


(儂は本当にゲール様を敬っていたのか?)


 今やどうしようもないクズに成り下がっているゲールのために命を張れるのか。ランスローを見ていると迷いが生じ始める。


 その隙を逃さずランスローは左目の眼帯を取ると両目を見開く。そして、ハーケンの懐に飛び込み、まずは渾身の一刀を振り下ろす。

 激しい衝撃波をうむものの鎧龍鱗の破壊には至らず。

 瞬間、ランスローの左目が魔力を帯びて青く輝き出す。今のランスローの目は多くの情報が脳に入り込んでくる。

 刀と鎧龍鱗がぶつかった衝撃の波。

 鎧龍鱗の負荷と強度。

 刀の降りた軌跡すらはっきりと見えていた。


「北神二刀流、《同調連撃》!!」


 衝撃の波が重なり合うタイミングにもう一方の斬撃を振り下ろし、一分のズレもなく正確に先の斬撃の軌跡をなぞっていた。

 瞬間、強固で破れなかった鎧龍鱗はガラスのようにもろくも崩れ去っていく。


「なっ」

 

 完全に体を斬られたかと思ったがハーケンは自分の体に切り傷1つないことに気がつく。

 それでもランスローは刀を鞘に収めた。

 実際、ハーケンは既に戦意を喪失している。

 剣の戦いは精神力のせめぎ合いだ。ハーケンの心が折れた時点で敗北している。

ハーケンは自らの忠義を疑い気がついてしまったのだから。


「『義に生き、忠に生き、勇であれ』」

「それは?」


 ランスローがこぼしたせりふにハーケンが意味を尋ねる。


「かつて俺の主君がくれた言葉だ。意味は自分で考えろ」


 ランスローは踵を返して去っていく。


「とどめを刺さないのか?」


 それにはランスローが振り返り言った。


「甘えるな。死ぬならまずけじめをつけろ。それが騎士だろ」


 ハーケンは自分よりもはるかに大きな男に感服し、礼をすると背を向けて歩き出した。

 そのときの表情はつきものが落ちたようでもあり、男の決意に満ちていたのだった。


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