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第48話 竜人王女編 『フレア命がけの決断』

「まるで都市全体が闇につつまれたようですね」

 

移動魔工房の窓から見えるベルカは正体不明の霧に不安を抱き生活している。

フレアはそれが火種にならないことを心配し憂鬱そうだ。


「ベルカに住む人たちはみんなピリピリしています」


 ベルカに住むセシルもこの状況を嘆き元気を失っている。


「すみませんレジーナさん。この大変なときに来てもらって」

「いえ、治療法が見つかったかもしれないと聞いては黙っていられません」


 まだ臨床も十分に行っていない新薬の投与。カロンの意識もないまま竜人に黙って試すわけにもいかずレジーナに連絡した次第だ。

 フレアはリスクを承知でカロンの治療を急ぐ必要性を感じていた。


(この黒い霧が自然現象など考えられない。だとすると手遅れになる前に先手を打たなければいけません)


 フレアはレジーナにカロンの容体と新薬の説明を書き記した書類を渡していた。


「こちらで調べた結果は資料にまとめたので目を通しておいてくださいね」

「それならもう目を通したのでご心配なく。原因究明ばかりか治療法も既に見つけられるとはさすがフローレア様ですね」


 そして、レジーナは移動魔工房の内装や見慣れない医療機器の数々にも目を見張る。


「それに何という技術力。正直王国を侮っていました」


 共和国すら凌駕するだろう道具の数々に興味津々だ。


「ティアナには内緒にしてくださいね。移動魔工房の中は一応国の機密扱いとなっています。ばれたらお説教確定です」


 ブルブルと身を震わせるフレア。説教程度でなぜここまで恐れるのかとレジーナは理解できずきょとんとする。

 理由を知っているユーナだけがクスクスと含み笑いをするだけだ。


 現在は医師によって新薬が投与され、カロンの容体を見守っている状況だ。


「しかし新薬は一体どのように作るのですか。是非とも教えて頂きたい。それだけでもこのたびの同盟には意味があります」


 まさか自分の血で作るなどとは言えずフレアはごまかす。


「えっと、秘密です」

「なるほど、今後の外交カードというわけですね」

「……そんなところです」

 

 ますます言い出せなくなっているフレアだがそこで動きがあった。


「あ、黒い霧が止まったよ」


 カロンからあふれ出す霧が消え、表情も()(もん)のそれから解放されつつある。

 そして、カロンががばっと跳ね上がるように起きた。


「はっ!? ここは」


 あわてて周囲を見回すカロンにフレアが言った。


「ここは移動魔工房の中、その病室です。あなたは病で倒れていたのですよ」

「病室……」


 (もう)(ろう)とする頭を抑えて、しかし目の前にセシルを見ると身構えた。


「お前は!?」

「彼女はセシルさんです。あなたを助けてここに連れてきたのは彼女ですよ」


 フレアの言葉に疑念を浮かべるもレジーナが肯定するとますますカロンが不思議がった。


「なぜ私を助けたのです? 憎くはないのですか」


 大切なお店を壊されて恨んでいないはずがない。当然の疑問にセシルは言った。


「憎いよ。そのことに関しては許す気はないよ。でも」


 ぎこちないが、それでも笑顔でセシルはカロンに答える。


「怪我をして困っている人を見捨てることは違うから」

「なぜ、そんなことを言えるのです。信じられない」

「それはセシルさんが人を救うことの大切さをちゃんと理解しているからです。誰かを傷つけるよりも救うことの方がよほど意味がある」


 レジーナはカロンに問う。


「カロン、あなたは救われたくなかったのですか」

「いいえ、違います、レジーナ様」


 カロンは思い出す。――辛いときに誰にも手を貸してもらえない絶望を。

 まるで世界から見捨てられたかのような喪失感は形容し難い。カロンは手を差し伸べてくれたセシルに対して罪悪感と後悔、そして、感謝の念しかない。


「私はあなたに取り返しのつかないことをしました」


 カロンはその場で正座して頭を深く下げた。


「申し訳ありませんでした」


 そして、カロンは涙を流しながら顔を上げる。


「た、だずげてくれて、あ、ありがどうございました」


 それにはセシルがどこかほっとしたようにしながら、


「どういたしまして」


 と答えるのだった。



 医師の診察が終わり、話しても問題ないとお墨付きがもらえたところでレジーナが質問する。


「そういえばあなたは発見されたとき重傷を負っていたと聞いています。何があったのですか」

「そうでした。私はあの日偶然恐ろしい話を聞いてしまったのです」


 そして、窓の外を見てカロンは顔を青ざめた。


「黒い霧が……」


 カロンは慌てた様子でレジーナに訴える。


「いけない。はやくしないと共和国と王国が大変なことに。あいつは裏切り者です。重用してはいけない」

「落ち着いて、何があったのか順序立てて話しなさい」

 

 カロンが口を開きかけると突然部屋のドアが乱暴に開け放たれた。


「フレアっち、大変だよ。住民たちが暴動を始めそうなの。それに王女様とエクリス殿下も無視できなくて戦いになりそう。早く止めないと」


 知らせを聞いてすぐにレジーナは部屋を飛び出すとフレアが後を追いかける。


「待ってください。レジーナさん」

「フローレア様、申し訳ありません。今は一刻を争います」


 慌てるレジーナにフレアは強く首を振って叫んだ。


「いいえ、もう手遅れなのです。レジーナさんが今向かっても被害が拡大するだけです」

「それはどういう……」


 移動魔工房の外で2人っきりになったフレアとレジーナ。

 フレアはレジーナに真剣な、それでいて覚悟決めた者の目で射ぬく。


「レジーナさんに最後のお願いがあります。とても、……とても大事なお話です。多くの竜人と人々を救うおそらく唯一の方法です」


 その後フレアから語られたのは今後起きうる悲劇とそれを避けるためにするべきことだった。だがそれはレジーナにとって受け入れ難い内容でもある。レジーナの表情はまるで大失恋したかのようでもあり、哀しげな音が空に響いた。




 竜人たちが滞在する区画には多くの人間たちが集まっていた。中には武装する者までいて殺気だった空気が支配する。


『竜人は出て行け!!』

『そうだそうだーー』

 

 呼応するように人々が一斉に叫ぶ。

 建物まで震わせるような怒りの声は旅館にまで響く。耳を塞ぎたくなるような騒がしさにエクリスは苛立ちを隠せない。


「うるさい奴らだ。同盟を結ぼうというときになぜに不和を招くまねをするのか」

(わい)(しょう)な人間のすることです。やはり同盟は考え直してはどうでしょうか」


 進言したのはジェイクという青年。

 先のベルカの略奪でもゲールを(いさ)めて被害を最小限に収めた有望な若者としてエクリスが引き上げていた。


「ジェイク、げ」

「はっ」

 

 ジェイクがエクリスのご機嫌取りのためグラスにワインを注いでいく。

 それをエクリスがぐいっと飲み干していくのを見届けてジェイクは口端をわずかにつり上げる。


「……まずい」

「王国側が用意したワインなれば」

「ふむ。そんなものか」


 そんなとき旅館の外で慌ただしく動く人の様子が聞こえてくる。


「何があった」


 ジェイクが窓の外の様子を確認すると報告する。


「人間どもが暴徒と化して敷地内にまで入ってきたようです」


『いまなら竜人どもも病で弱っていると聞く。今が好機だ』


 部下の竜人たちが伏せっているところを浅ましく狙ってくる。武人でもあるエクリスにとっては聞き逃すことができない暴挙である。


「ゲスな人間どもが」


 椅子から立ち上がるとエクリスは不意にめまいをおぼえる。体に感じる違和感に動きをとめて確かめる。


「むっ?」

「エクリス様、どうなさいましたか」


 エクリスは自らのグラスをじっと見つめ思案するも外から漏れ聞こえる喧騒が大きくなるにつれて無視できないと歩き出す。


「動けぬ竜人を放ってはおけぬ。出てくるぞ」

「はっ」


 ジェイクは恭しく礼をしてエクリスを見送った。



 エクリスは旅館内の暴徒を警備に任せて外に出る。何千、いや、1万以上いる人々が押しかけ、興奮した様子で叫ぶ。

 そんな人々を王国の警備兵たちが必死に抑えようと隊伍を組んで警戒しているが、住民たちの圧力が強く、今にも決壊しそうになっていた。


『私の恋人は略奪にあったときに竜人に殺されたのよ』


 若い女性が警備兵に涙ながらに訴えていた。周囲もその声に同情し、怒り狂った叫びをあげている。


『その竜人が言っていたわ。略奪を命じたのはそこにいる王女だって』


 その女性は姿を現したエクリスを見るとすぐに指差してきたのだ。


「むっ、わらわが指示しただと?」


 エクリスはそんな指示は出していないが被害者の女性が泣きながら話すので聞いていた住民は誰もがその言葉を()()みにしている。

 そして、矛先は竜人を守っている王国の警備兵たちにも向けられる。


『王国の兵は俺たちを守るためにあるんじゃないのか。なぜそいつらを守るんだ』

 

 そんな言葉を浴びせられれば兵も人である。戸惑う兵も少なくない。

 その隙を突いて突破しようとした住民を駆けつけたティアナクランが魔法障壁を張って食い止める。


「皆さん、待ってください」


 ブリアント王国第一王女の登場に住民たちは足を止める。


「共和国は敵ではありません。どうか落ち着いて話を聞いてください」


 ティアナクランの訴えに人々はわずかに冷静さを取り戻していく。


「まもなく王国は共和国と強固な同盟を結びます。それは共通の敵『無魔』と戦うというものです。彼らは命を預け合う仲間となるのです」


 同盟の話をきいて、そうなのかと顔を見合わせる人々。ひとまず王女の話を聞こうとする住民が出始める中で先ほどの女性が王女に反論する。


『同盟なんて信じては駄目よ。どうしてこの都市に黒い霧が現れたの。おかげで熱を出して倒れる人も出てるじゃない』

 

「それは」


 女性はティアナクランの言葉を遮るように畳み掛けてくる。


『竜人が霧を起こしたのよ。全ては竜人のせいなのよ』

『そうだ。竜人どもはいま疫病が(まん)(えん)しているらしい。倒すなら今しかない』


 一連の話を聞いてティアナクランは見えない悪意を感じ取っていた。


(住民の様子がおかしいわ。この騒動、何者かの扇動かもしれませんわ)


 同盟を引き裂くため作為的に操作された情報が流れ浸透してしまっている。

 ティアナクランはこうなった住民を止めるだけの言葉を持ち得なかった。

 

『殿下は騙されているのよ。みんな、ここは私たちが立ち上がり偽りの同盟を打ち破りましょう』

『うおおおおーーーー』


 先頭に立つ女性が勇猛にも周囲にいた警備兵たちを押しのけると勢いに乗った住民たちがなだれ込んでいく。


「皆さん、止まりなさい」


 追い詰められたティアナクランはやむなく竜人との敷地内に光の防御障壁を張り巡らせ行く手を阻む。


「黒い霧が竜人によるものだという証拠はありません」


 必死に説得を試みるも更に悪いことは重なっていく。エクリスから黒い霧が立ち上り始めたのだ。


『みて、黒い霧よ。やはり竜人の仕業だったのよ』


 女性の言葉と目の前の証拠を目にした住民たちは今度こそ怒りに雄叫びを上げていく。


『やっぱり竜人は敵だ。やっちまええええ』


 ついに勢いよく襲いかかる人々。その騒ぎを聞きつけたジェイク率いる無事な竜人たちが駆けつける。


「エクリス様を守れ。かまわん。攻撃を許可する」


 ジェイクの言葉にエクリスは静止をかける。


「よせ、勝手に攻撃することは許さん」


 エクリスの言葉を聞いていなかったかのようにジェイクが突出し、ティアナクランの防御障壁を切り裂いた。


「なっ、わたくしの障壁を?」


 ティアナクランは内側からとはいえ一撃で障壁を破られたことに(きょう)(がく)する。

 そして両者を隔てる壁はなくなり、人間と竜人が入り乱れて争う乱戦に突入した。

 乱戦の中でティアナクランは人々を守るために魔法を振るい、エクリスは竜人を守るために人々をなぎ払う。


「どうしてこんなことに……」

「どうやらはめられたようであるな」


 しばらくしてティアナクランとエクリスが対峙することとなる。

 

「わらわは王族として竜人を守る責任がある」

「わたくしもそうですわよ。民が傷つくのを黙って見ているわけにはいきません」

「ならば戦うよりあるまい」

 

 王国最強の魔法少女と最強の竜人はここに至りそれぞれの意志に関係なく激突を余儀なくされたのだった。

 互いに張り詰めた緊張の中、エクリスが病によってわずかに集中を切らしたとき2人は動き出す。

 ティアナクランは瞬時に変身を完了させると既に拳を振り抜いているエクリスに迎え撃った。


「おあらあああっ」

「ライトニングプレッシャー」


 何重にも張り巡らせた障壁はエクリスの一撃で全てうち抜かれた。光の魔法障壁は波飴細工のように飛び散り光が舞う。

 それでも突き進む正拳にティアナクランは驚きつつも腕の手甲部分で受け止めると同時にハンマーのような光の魔法砲撃をエクリスの腹部に浴びせかける。


「ふん」

 

 一息に鎧竜鱗を纏った拳でエクリスはなぎ払う。


「お返しだ」


 手のひらに凝縮された超高音の魔法球を発生させ、ティアナクランの眼前で発射する。

 エクリスは直撃したかに思えたがそれは虚像であり、既に上空に高速で飛び上がって難を逃れた後である。

 狙いが逸れた熱球は数軒の家を火柱で包み灰へと変えてしまう。直撃すれば強力な魔装法衣があってもただではすまなかっただろう。


「光の魔法使い。当然視覚を惑わす幻術もつかうよな」


 エクリスも背の翼を雄大に広げると上空へと弾丸のように上昇していく。


「速い!?」


 2人は互いに交錯するように幾度となくぶつかり合う。接近戦では分が悪いティアナクランはできるだけ距離を離したいところ。だがエクリスの飛行速度は圧倒的で振り切れないのが現状だ。

 目が回るような空中戦の中、ティアナクランは打ち合う腕がしびれ始めていることに気がつき、背中の新装備を使用する。


「マギカ・イージス」


 機械の翼のようでもあり、シールドでもあるそれは二枚射出される。エクリスの攻撃を的確に遮り鉄壁の防御をみせつけ、時として武器代わりにエクリスへつきすすんでいく。


「ちぃ、厄介な」


 マギカ・イージスはティアナクランの手足のように自在に飛び回りエクリスにしつこく食い下がっていく。


「鎧竜鱗、《ブースター1》」

「えっ」


 エクリスの闘気が一層激しく体から吹き上がると別人のように動きが速くなりマギカ・イージスにも対応し始める。

 さらにはぶつかり合うときの力まで上がっているのだ。


「きゃああああ」


 両腕で防御したものの余りの打撃力に大きく吹き飛ばされていく。

 魔法砲撃で迎撃しようにもエクリスが速すぎて(けん)(せい)にもならない。


「広域ロックオンシステム起動」


 ティアナクランの周囲に仮想モニターが光で表示され、照準にエクリスをとらえる。


「ロックオン、《シールドスルーショット》放てっ!!」


 ティアナクランの中でも速度と貫通力に特化した光の障壁貫通砲撃。ロックオンすることで自動追尾するそれは獲物を狙うハンターのようにしつこくつけ回す。それにはエクリスもやりづらそうであり回避に転じる。

 そのすきにティアナクランは幾つも追加砲撃で数を増やしていくとエクリスはついに鎧竜鱗でまともに受けてしまう。

 だがエクリスは貫通しながら止まらない砲撃をみて本能で手を出した。


「あぶないな。鎧竜鱗をもつらぬく砲撃か」

「うそでしょ、指で砲撃をつまんだ?」


 次々に馬鹿げた戦闘センスでティアナクランの攻撃に対処してみせるエクリス。

 次々と砲撃を指でつまんで取り払う様子にティアナクランは長期戦にまりそうだと覚悟した。

 そんなときだった。

 2人の間にレジーナが割って入ったのは。


「両者、戦闘をやめて頂きたい」

「止めるなレジーナ。もはやそういう段階ではないのだ」

「その通りです」


 静止に耳を貸さずに戦闘を継続する二人。

 ティアナクランの魔法砲撃はレジーナの手で受け止められると握り潰された。

 一方のエクリスの攻撃もレジーナがもう一方の手で受け止めると、


「冷静になりなさい、このバカ王女!!」


 レジーナが思いっきりエクリスの頬を打ち吹き飛ばした。身をすくめたくなるような乾いた音にティアナクランはひるんだ。

 

「なっ……」


 自分の主君を罵倒し思いっきりぶったのである。それも生きてるのか疑いたくなるくらい重い一撃に思える。今度はその手をティアナクランに向けながらレジーナが脅迫する。


「……ティアナクラン殿下も張られたいのですか」

「いいえ」


 レジーナから感じる恐ろしい圧力にティアナクランは全力で首を左右に振った。

 気がつけば地上では魔法少女たちが鎮圧に入り両者を傷つけることなく押さえ込む。移動魔工房も割って入って物理的に分け隔てていった。


「終わったのですか?」

「いいえ、これからです」


 レジーナはどこか哀しげに声を漏らす。

 その一方でかつてない怒りの形相を見せるレジーナにエクリスは驚きなすがまま引っ張られる。強引に地上に連れられていったのだ。

 

 地上では戦闘があったことでピリついた空気で一帯が張り詰めていた。きっかけ次第で両者すぐにでも戦いを起こしそうな険悪な雰囲気である。そこにティアナクランたちが降り立つと女性が騒ぎ立てる。


『どうして止めるの。魔法少女は竜人の味方をする気?』

 

 女性の言葉に住民たちの怒りが魔法少女にも向けられていく。それをセシルが待ったをかけた。


「違うよ。そもそもこの戦いが仕組まれたものだからみんな冷静になって」

『あれはセシルちゃんじゃねえか』

 

 セシルはベルカにおいて住民に寄り添った商売をしてきた。それを知る常連もこの中にはいて話を聞こうという空気が流れ始める。

 だが女性が声を荒らげた。


『はあ、仕組まれたって意味わかんない。私はね。恋人を強奪されたときに殺されたのよ』


 それにはセシルが首をかしげた。


「そもそもお姉さん誰?」

『はあ、あんた何を言って……』

「私はベルカで商売をしてるから住民の顔はだいたいおぼえているんだよ。お姉さん、ベルカの住民じゃないよね」

『それは、そう、私はたまたまベルカに旅行に来た――』

「じゃあ、ベルカの住民でその人が恋人といたのを目撃した人いるかな」

 

 セシルが周囲に呼びかけると誰からも声はあがらない。


『そういえば、その女が先頭に立って俺たちを煽ってたよな』

『あれ、おかしくないか』


 どうにも雲行きが怪しくなっていくと、ジェイクが声を上げる。


「もはやそんなことはどうでもいい。既に戦闘は始まったのだ。我々竜人は不当に攻撃されたのである。もはや戦う以外に道はない。皆剣をとれ」


 竜人たちがジェイクに賛同していく中。病み上がりの体をおしてカロンが登場、竜人たちを一喝する。


「おやめなさい!! その男の言葉に耳を貸してはいけません。なぜならその男こそ裏切り者。竜人の権利を主張する資格はありません」


 カロンを見たジェイクはあからさまに動揺し思わず失言する。


「カロン? なぜ生きている」

「人間に助けられたのですよ。あなたと、そこにいる女に黒い霧の呪いをかけられましたがね」


 カロンがジェイクとそして、扇動していた人間の女に向かって指差した。

 カロンは周囲にむかって誤解を訴える。


「皆さん。全てはそこにいる人間と竜人の裏切り者ジェイクが仕組んだこと。王国と共和国を争わせるための謀略なのです」


『おい、今、黒い霧はそこの女の呪いだって言ったのか。じゃあ俺たちは騙されていたのか?』

 

 住民たちの疑惑の目が集中する中でティアナクランが杖を掲げて女性に質問する。


「あなたは何者です。どうしてこんなことをしたのですか」


 ティアナクランに問い詰められて女性はニターーと醜悪な笑みをこぼす。


「ああ、惜しかったね。でもいいか。目的はほぼ果たしたようなものだし」

「どういう意味ですか?」

「あんた王女なのにそんなことも分からないの。あははは、だからこんなお粗末な策略にもひっかるんじゃん」


 女性はひとしきり笑った後黒い水に変化したかと思えばはじけて消えていった。


「な、魔法? 逃げられたわ」

「ジェイクも同様だな」


 エクリスは同じく水に変化して消えていったジェイクに舌打ちする。


「しかし、あの女性の言葉は一体」

「恐らくだが病のことだな。あいにくと原因も治療法もまるで分かっておらん。急ぎ奴らを追い捕まえて治療法を聞き出さねば解決にはならない」

「どういうことですか」


 するとエクリスは膝をつき顔色が優れない様子で説明する。

 

「わらわも病にかかったようだ。わらわが病に倒れれば共和国はどう思う。犯人の一方は人間なのだぞ」

「まさか……」


 同盟どころか2国間の緊張は一気に増すことになる。そのことに思い至りティアナクランは青ざめる。


「そのことでしたら心配いりませんよ」

「何、どういうことだ」


 レジーナは答える代わりに注射器を持ってエクリスへと薬を刺した。


「レジーナ、これは?」

「落ち着いてください。貴重な呪いの治療薬です」

「なんだと!?」


 効果はすぐに現れた。初期症状のエクリスは比較的すぐに回復していく。


「既にベルカにいる竜人たちにも薬を投薬済みです」

「でかしたぞレジーナ」

「いえ、これはすべてフローレア様の功績です」


 回復した竜人たちがもう起き上がり次々と周りの竜人たちに合流。喜びを分かち合う。


『奇蹟だ、奇蹟が起こったぞ』

 

 呪いの治療薬が見つかった。それは竜人にとっては明るい未来を(ほう)彿(ふつ)とさせる。それほどの大事件なのだ。


「そうだ、奇蹟だ。この偉業は竜人にとっては計り知れないものだ。フローレア嬢には礼を言わねばならんな」

「……そうですね」


 エクリスの喜びようとは対照的にレジーナの反応が鈍かった。2人の王女が訝しげに見ていると移動魔工房から大泣きして走って出てくるパティの姿があった。涙で前も見えないためティアナクランにぶつかってしまう。


「パティ、一体どうしたの」

「フレアちゃんが、フレアちゃんが……、うわあああああーーーー」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になった気がした。ティアナクランは胸騒ぎがしてパティに確かめる間もなく走り出す。

 車内は暗く沈んでいて嫌な予感が一層膨れ上がっていく。

 奥に進むと多くの人が部屋の前の廊下に集まり、誰もが暗く沈んでいた。

 

「通してください」


 ティアナクランが飛び込むように部屋に入ると必死に治療を続けるフレアの母フロレリアの姿がある。寝台に横たわるフレアの顔色は真っ青になり死相が窺えた。


「フレア!! お願い、目を覚まして、お願いよーー」


(うそ、フローレアが死ぬわけがありませんわ)


 ティアナクランはいまだに目の前の光景が信じられずにいる。遅れて入ってきたエクリスとレジーナも立ち尽くす。


「まさかフローレア嬢も戦闘に巻き込まれたのか?」

「エクリス様それは違います。治療薬はどうやって作られたか知ってますか」

「おい、まさか……」

「フローレア様の血液が、その中に含まれる特別な因子が必要だったのです」

「待って、ベルカで倒れた竜人全てに投薬したということは」

「当然致死量の血液が必要となったでしょう」


 死。

 その言葉が出てきたことでようやくティアナクランは想像したくもない未来を予感する。


「なぜだ、どうして一気に採血をしたのだ?」

「必要だったからです」

「なんだと!?」


 問い詰めるエクリスにレジーナは重々しく語り出す。


「なぜフローレア様が命を代償にしてまで竜人を救ったのか。お2人は知らなければなりません。フレーレア様が何を守ろうとして私たちに未来を託したのかを」


 レジーナは《最後のお願い》を聞かされたときのことを語り出したのだ。


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