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第47話 竜人王女編 『受け継がれていく想い』

 フレアは夢を見ていた。今は遠い前世の記憶。

 辛いことばかりが巡り、今も夢をみる。

 今度の夢は会社も、娘のように大切だった存在も奪われた話。人生でも最も辛かった出来事の1つだ。


『あの子たちは物じゃない。心を持った立派な命だ』


 マコトの訴えに耳を貸す者はいない。頭がおかしいとあざ笑い取り合わない。

 信頼していた皐月でさえ理解してもらえなかった。

 前世のマコトが作り上げた人工知能の持つアンドロイドは人間が失いかけている優しさを持っていた。人類の隣人となり寄り添うべく生み出されたものだ。


『あの子たちは兵器じゃない』


 平和な世の中に貢献することを願って生み出した。それこそマコトが憧れた魔法少女のような心をもっててほしいと。

 皐月はそんなマコトに現実を見るように諭し、大企業から提示された大金を取ろうと動く。それに激怒したマコトは皐月とも対立し口も利かなくなった。

 アンドロイドの少女たちの研究ばかりに時間を費やすマコトに皐月が危機感を持っていたことなど知る由もなく悲劇は起こる。

 皐月がマコトを裏切り、大企業に技術を売り払ったのだ。そして奪われた技術によってマコトは殺された。


『おのれえええ、イケメンどもがぁぁ』


 娘のように接してきた子が涙ながらにマコトに襲いかかる。無理矢理操られ父親同然のマコトを手にかけた悲しみはどれほどか。


『絶対に許さん!!』


 

 フレアは死ぬ前にこぼした怨嗟に驚き、はっと現実に引き戻された。

 かつてこぼした怨嗟のおぞましさに身震いし心臓が激しく動く。あのときの悔しさ、無念はずっと晴れることなんてない。昨日のことのように鮮明に思い出せる。消えるはずがないのだ。


(前世のマコトが怖い? いえ、あれは当然の怒りです。それでも……)

 

 今はマコトではない。フローレア・グローランスだと自覚すると額に手を当てて渋面を作る。

 体は汗でびっしょりと濡れて心中と同様に不快であった。すぐに起き上がり着替え始める。


「嫌な夢を見ました。きっとあれのせいでしょうね」


 フレアは移動魔工房の治療室に入ると寝台に眠るカロンをみた。昨日、セシルがカロンを抱えてフレアを尋ねてきたのだ。


『フレアお姉ちゃん、お願いです。この人を助けてあげて』


 なぜ助けなくてはならないのか。セシルさんはあなたから大切なものを奪ったのではないのか?


 そう思うのだが必死に頼み込まれてフレアは引き受けることにしたのだ。


「ユーナさん、カロンの容体はどうですか」


 カロンの治療にはユーナの助力を頼んでいた。ユーナもフレアに用事があって尋ねてきたようではかったがカロンが重体であると知ると迷わず治療に手を貸したのである。

 そういう所はやはり魔法少女だとフレアは感心するしかない。


(私ならきっと助けることに躊躇したでしょうね)


 自分にはできそうもない。誰にでも手を差し伸べることができる、それがどれだけ難しいかフレアは知っているつもりだ。

 だからこそ魔法少女が尊くて眩しい。


「目立った外傷は全て塞いだわよ。だけれど病にかかっているわね」

「やはりそうですか」


 外傷だけが問題ならばとっくにカロンは目を覚ましているはずだ。それでも目を覚まさないのは今も体をむしばむ病魔が原因としか思えない。

 そもそも体から黒い霧がわきだつ現象が見られる。それが昨日よりも悪化している。


「今も衰弱が進んでいるわね。フレアさんが手配した医者も診たことがない病だと頭を抱えていたわ」

「原因不明の病。竜人の間はやっているようです。ですが人間の間ではそういった報告はありません。だとすると竜人特有の病とみるべきでしょうね」


 フレアがカロンをわざわざ工房に連れてきたのはここでなら世界屈指の機器が揃っている。ここで検査と分析をすれば何か分かるのではと考えてのことだった。

 フレアとユーナは白衣に着替えるとクリーン室に向かい、そこでカロンから採取した血液等の検査結果に目を通した。


「ほむ。見た感じ異常はなさそうですが……」

 

 検査結果の書類はフレアが立ち上げた医療研究機関から派遣された医師や研究員が徹夜で仕上げたものだ。きっかけはアルフォンス公爵家のレイスティアを救うためだけに立ち上げたものなのだが今では王国最高の医療技術を持つに至る。

 フレアの言葉に医師が答える。


「はい。竜人はサンプルが少ないため絶対とは言えませんが医学的に異常は見られません。これは魔術的なアプローチから見るべきかと」

「これは魔法的な病であると?」

「恐らくは。呪いと言った方がわかりやすいでしょうか」

「まあ、体から出ている黒い霧。普通の医学ではありえませんよね」


 それには医師らも頷いた。


「ユーナさんはあの霧について気がついたことはありませんか?」

「そうね。確かにあの霧からは魔法的なものを感じるわね。それに……」

「それに何でしょうか」

「言いづらいのだけど死人級への感染を思い浮かべたわ」

「ほむ、なるほど」


 一瞬、フレアの中で何か閃きかけるも気持ちが萎えてしまう。


(なぜ、セシルさんを悲しませたイケメンを助ける必要があるのでしょうね)


「ふみゅ……」

「フレアさん、どうしたの」

 

 フレアは馬鹿馬鹿しくなって医師に指示を出す。


「引き続き原因を探ってください。それと交代で休みを取ってくださいね。朝食も後で用意しましょう」

「それはグローレア様が作ってくださるのですか」

「そうですが」


 それには医師たちが(もろ)()を挙げて沸き立つもここには貴重な検査機器があることに気がつきすぐに小さくなる。


「徹夜で調べてくれた皆さんへのお礼ですよ。準備ができたら呼びますね」


 そう言ってフレアがクリーン室から出るとユーナが後を追った。


「そういえばユーナさんは私を訪ねてきたのですよね。ゴタゴタしててすみませんね」


 厨房で手を洗いエプロンを装着すると調理の支度に入る。


「かまわないわ。困っている人がいたのだもの。当然助けるわよ」

「……そうですね」


 力ないフレアの返事にユーナが表情をのぞき込む。


「やはり元気がないわね。どうしたの」

「たいしたことではありませんよ。――そう、今日はずっと昔の嫌な夢を見ただけです」

「それはホージョー・マコトという人と関係があるのかしら?」


 それには手を止めてフレアがユーナを驚き見る。


「どこでその名を?」

「ごめんなさい。劇場には私もいたの。だからフレアさんの話を聞いてしまったの」

「そうですか。ですがどうして今その名が出るのですか」

「普段動じないフレアさんが動揺し、今日は悪夢を見た。関係を連想するのは簡単よ」

「相変わらず鋭いですね」

「ということは関係があるのね」


 それにはフレアがしまったという顔をする。ユーナは柔らかく微笑むと言った。


「言えないことならそれでもいいの。だけど私はその人にお礼を言わなくてはいけないの」

「……どういうことですか」

「昔ウィンディアナ領内の森でフレアさんと二人っきりになったことおぼえてる?」

「いいえ」

「そのとき無魔に襲われて殺されそうになったのは?」

「そんなことありましたっけ」


 本当に分からないといったフレアの様子をユーナはしっかりと確認して続ける。


「だけど私たちは生きている。それはとある男の人に助けてもらったから」

「ということは私にとっても命の恩人ですね」

「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」

「ん?」


 奇妙な言い回しにフレアが不思議に持っていると。


「その男性は名乗ったけれど聞き慣れたない響きだから良く思い出せなかったの。でも劇場ではっきり思い出したわ」

「……まさか」

「そうよ。『ほうじょうまこと』と言っていたわ」


 驚きに声もないがフレアはあることに気がついてしまった。


(しかもユーナさんは名字を先にしている。王国や共和国だってそんな習慣はない。ユーナさんの話はまさか本当に……)


「ありえない」


 思わずつぶやくフレアにユーナが首をかしげる。


「どうしてそう思うのかしら」


(だって私は『ほうじょうまこと』の生まれ変わりだから)


 だがそのことをユーナには言えないし、言っても信じてもらえないだろうとフレアは考えた。


「私はその人がフレアさんだったとみているのだけど……」

「――――はい?」


 たっぷり間をおいてフレアはおかしな声で答えてしまった。

 マコトとフレアが同じであるということはある意味では正しい。しかし、ユーナはその人物が男だったのだというのだ。


「ありえませんよ」


 フレアがすぐに否定するもユーナはなぜかむしろ確信を持ったようである。


「違う、ではなくありえない、ね。そして本当にあのときの記憶がない。――なるほどね」


 フレアはまたも答えを間違えたのではと思うが違うと言わなかったのがそんなに重要なのかと首をひねる。

 少なくとも動揺している今のフレアはユーナにどこまで勘づかれているのか予想もつかない。


「まあそのことを深く追求するつもりで話したわけではないの。今日のフレアさんの様子がおかしかったことが気になってね。そして、相談に乗るにはきっと今話したことが避けては通れないことだと感じたから」


 ユーナの言葉にフレアは諦めにも似た深い溜め息をはいた。


(ユーナさんは本当に頭が良い。一体どこまでばれているのやら)


 だから油断した。不意にユーナがフレアをそっと抱きしめたのだ。


「あの竜人を助けることに迷っているのよね。それも悪夢と関係があるのかしら」

「――あぅ、……っ」


 本当に不意打ちだった。ほとんど何も話していないのにユーナは真相に近づきフレアの心を的確に言い当てる。

 ユーナの抱擁は優しさと癒やしに満ちている。ずっと隠してきた憎しみがあふれ泣き出しそうになるのを必死で抑える。


「どうして、魔法少女はそんなに誰にでも優しくできるのですか。どうすれば簡単に罪を許せるものなのでしょうか。セシルさんだってカロンが憎かったはずではありませんか」


 フレアの肩は小さく震え弱々しい。ユーナはフレアの頭をなでながら厨房にほんのさっきやってきた少女に気がついた。そして視線を向けながら答える。


「だったら本人に聞いてみましょうか」

「えっ」


 ユーナの視線を追うと移動魔工房の客室に泊まっていたセシルがそこにはいた。


「あ、えっとごめんなさい。盗み聞きするつもりじゃ」

 

 慌てるセシルにユーナが優しく話す。


「知っているわ。今来たばかりのようだし。けれど良かったらフレアさんに話してあげてくれるかしら」


 それがカロンを助けたことだと気がついたセシルはこくんと頷く。


「当然許した訳ではありません。だってあのお店には私たちの夢や人生や願いが込められているの。セリーヌお姉様から託された想いも詰まっています。だから壊されたときはもう一つの命が、自分の子供が奪われたようで悔しかった」


 その状況は前世のことと重なっていてフレアは真剣に聞いていた。


「それでも私は救ってもらったから」

「えっ」


 フレアはどういうことだと不思議に思っているとセシルが胸の内を明かした。


「魔法少女や、多くの人たちの温かな優しさに助けられ救われました。許すことはできないしあのときの気持ちが色あせることはないです。それでも救われたときの感動を私は忘れない」


 セシルは右胸に両手を当ててフレアに一生懸命に声にして伝えようとする。


「立ち直ったときには『頑張ったね』と声もかけてもらえました。優しさは人から人につながり支え合えるのだと。その貴さを知った私は救われたからこそその繋がりを支える1人でありたいとおもえたの。それを教えてくれたのは魔法少女なんです」


 かつてフレアが前世で目指した平和の形をここで見た気がした。

 ユーナがありがとうとセシルにお礼を言うとフレアと向き合った。


「そして、その魔法少女の心を教えて回ったのはフレアさんよ。困っている人がいたら助けることもあなたから習ったことよ。皆はフレアさんから教わったことを胸に行動し今の魔法少女がある」

「私が?」

「そうよ。あなたが魔法少女に大切なことを教えてくれたの。確かに昔から魔法少女は心清らかな乙女が担い手ではあったけれど、明確に教えたのはフレアさんが最初なの」


 自分の広めた優しさが今につながっている。そのことを聞かされてフレアはぽろぽろと涙をこぼす。最初は泣いていることに気がついていなかったがユーナが抱きしめて顔を覆い隠すとフレアは泣きわめく。


「ふぇ、うあああああああーーーー」


 抱えていた憎しみを吐き出すようにフレアはユーナにしがみつき叫んでいた。


 


 落ち着いた後でフレアは決意を新たにしていた。


(私が教えた魔法少女の心が誰かを救い、セシルさんにつながっているのなら……私は改めて大切なことに気づかせてもらいました)


「カロンを、竜人を苦しめている病から助けてあげましょう」


 ユーナとセシルがフレアの決意に頷いた。

 クリーン室に戻るとフレアは思いついた実験を開始する。

 そして顕微鏡のレンズを特殊なものに変更して覗くとフレアは見つけた。


「やはりそういうことですか」

「何か分かったの?」

「見てください」


 ユーナがフレアの見ていた顕微鏡をのぞき込むとはっとする。

 

「これは血液内に小さな精霊のようなものがみえるわ」

「その通りです。精霊にしては禍々しいような気がしますがね」


 医師たちもフレアが用意したレンズに付け替えて各々でのぞき込む。すると驚愕していた。


「フローレア様、一体どうやってこれを」

「ユーナさんは知っていると思いますが魔法とは精霊が起こす奇跡現象なのです」

「なんとっ」


 魔法は術式と魔力によって引き起こされる現象だと一般には知られている。そのため医師たちは驚くがユーナは平然とうなずいて納得する。


「これはフレアさんだからこその発見ね。そもそも人類に精霊を認知する方法は広まっていないもの。でも私たちは知る方法を持っている」

「はい、《精霊時計》に使用した精霊を視認するレンズ。それを顕微鏡に組み込み改造することでようやく見つけることができました」

「これでは竜人はいまだに原因が分からず治療に難儀しているでしょうね」


 そこでフレアはユーナに提案する。


「ユーナさん、これら精霊に福音魔法で竜人への攻撃をやめるように命令できると思いますか」

「難しいと思うわ。見たところまともな知能はないみたい。単純に組み込まれた命令だけを行使しているみたいね」

「ほむ。精霊でもなく、生物兵器というよりはまるでナノマシンによる攻撃といった方がしっくりきますね」

「ナノマシン?」

「あ、こっちの話です」


 さてどうしたものかと悩んでいるとセシルが突然疑問を口にした。


「ねえ、この顕微鏡っていうのかな。これって結局何を見ているの」

「それはカロンの血液ですよ」

「え、おんなじ人の?」

「ええ、それがなにか?」

「1つだけ光の点の活動が大人しいものがあったの」


 セシルは好奇心が旺盛で全ての顕微鏡を物珍しそうに見比べていた。そのことにすぐに気がついたユーナが急いで全ての顕微鏡を見ていく。そして。


「フレアさんのみた顕微鏡だけ精霊の攻撃性がほとんどなくなっているわ。いえ、死んでるものもいるわ」

「何ですって」


 フレアもそれぞれ見比べてユーナの言っていることが事実であることを確認できた。


「あの、一体どういうことなのでしょう」


 不思議そうにしているセシル。ユーナは精霊の基本について整理するように話し出す。


「精霊って奇跡を起こすには魔力が必要よね」

「そうですね」

「その魔力ってどこから得ているのかしら」

「それは感染した竜人から抜き取って……」


 そこでフレアもある仮説が幾つか浮かぶ。フレアの見た顕微鏡だけは準備の際にプレパラードに触れていた。


「まさか!? 私の顕微鏡にみえる精霊もどきは私の魔力を取り込んだのでしょうか」

「その可能性はあるわ」

「私の魔力を取り込んだせいで暴走し自滅……いえ、普段の私は魔導具により封印状態です。いや、それでも……」

「さっき私は命令が組こまれていると言ったわよね。例えばその命令の1つがフレアさんのような魔力波長には攻撃しないのだとしたらどうかしら」

「っ!?」


 フレアはその仮説が正しいのか実験してみる。

 結果は仮説を裏付けるものとなったのだ。

 同時に人間が感染するとどうなのかといえばその症状は竜人ほどではない。医師の話では風邪のような症状が出るもよほど大量に浴びない限りは命に関わるものにはならないと判断された。


「信じられませんね」

「ええ、意味が分からないわ」


 困惑するフレアとユーナ。それにはセシルが質問する。


「あの、どうしたの。治療の糸口が見つかって良かったという話ではないの?」


 フレアはセシルにとりあえず頷いた。


「ええ、そうですね……」


 素直に喜べないでいるのは謎が残ったからだ。


(この呪いは誰かによる作為的な物であることは間違いない。そして万一にも《私》に被害が及ばないように作ったということ。つもり、その意味するところは……)


 フレアは首を振って手を打つ。


「とりあえずこれなら治療法のめどがたったと言えますね。私の血には多くの魔力情報があります。そこから抗体となり得る要素を見つけ出して純度の高い薬を仕上げてください」

「畏まりました」


 医師たちは頷き、早速慌ただしく動き出す。

 喜びに笑顔を浮かべるセシルだが次の日、ベルカには黒い霧が都市中に見られることとなる。

 その不気味な光景に多くの者が不吉な予感を感じずにはいられなかった。

 そして、人間にも多くの風邪に似た症状が現れることで緊迫した状況に発展することとなる。


『竜人が疫病を広めている』


 そのうわさが駆け巡り緊張状態に入ったのだ。


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