第4話 幼少編 『フレア、貴族の謀略をなぎ払う』
早速アルフォンス公爵家の本邸にやってきたフレア。
当主アルフォンス公への挨拶もそこそこに、部屋で安静にしているというレイスティアをたずねた。はやる気持ちを抑えつつ、メイドに通された先でフレアは錯覚した、――天使を見たと。
「何て可憐なのでしょう」
守ってあげたくなるあどけない表情。どうやら2つ年上のようだ。そのはかない印象は年齢を超えた保護欲をかきたてる。
フレアの声に目を覚ましたレイスティアは上半身をゆっくり起こした。
「ごめんなさい。体がいうことを聞かなくて不作法を許してください」
「いいえ、こちらこそ突然の来訪にもかかわらず申し訳ありません。どうか楽になさってください、レイスティア様」
「こほっ、こほっ。失礼ですがお名前を聞いても?」
レイスティアはせき込みながらいう。
「私の名前はフローレア・グローランスと申します。病に苦しんでいると聞きお見舞いにあがりました」
「あなたがグローランスの?」
「私のことを御存じなのですか」
「父上より愚痴を聞かされております。領内で兵ばかりではなく民まで信頼と人気を集める恐るべき神童がいると」
「恐縮です」
「こほっ、うらやましいですね」
「えっ?」
「ボクもあなたのように民の力になりたかった。こんな病弱な体でなければ」
ひどく落ち込んだレイスティアの言葉にフレアは確信する。
(やはりそのお心、魔法少女の資質は十分なのです。見たところ可視化できるほど魔力があふれているのです。間違いなくこれは逸材。魔法少女は人類の宝。必ず助けなくては)
気持ちを新たにフレアは足を踏み出す。
「ボクの病は医者も匙を投げました。治る見込みがないのならばいっそ死んだ方が人類のため」
「何をいうのですか!」
悲観的な発言にフレアは激高した。本気で怒ったフレアをみてレイスティアは息を飲む。
「自己犠牲の精神は立派ですが私はあきらめません。あなたが死んだら悲しむ人がいるということを忘れては駄目なのです」
「でも、ボクは悔しい。民の力になりたいのに、これでは足手まといではありませんか。いつもつらそうにボクを見る両親を見るのは忍びない」
フレアはレイスティアの手を取って諭すように優しく言い聞かせる。
「諦めなければきっと良いことがあります。私があなたを助けてみせます。だからその民を思う優しい心を見失わないでください」
「あの、どうしてあなたは会ったばかりのボクにそこまで」
「困っている人がいたら助けます。当たり前のことでしょう。まして優しいあなたの命をけっして悲観で終わらせたりなんかしません」
そして、美少女を慈しむフレアは最大級の笑顔を向けて元気づけた。
「……フローレア、さま」
レイスティアはフレアの顔をじっとただ眺める。自分とは違って活力にあふれるフレア。正に全力で生きているフレアの笑顔はレイスティアにとって余りにまぶしくて憧れた。
普段は病弱も相まって一層白い肌。だけど今だけは頬に朱がさす。目を潤ませつつ頷き、レイスティアは約束した。
「あなたを信じさせてください。どうかよろしくお願いします。最後の最後までボクもあがいて生き抜いてみせますから」
「ええ、約束なのですよ」
フレアはそれ以上の長話は体に負担をかけるだろうと一言告げて部屋を出た。
「随分優しいね。君って美少女となれば見境ないよね~~」
リリアーヌはどこか面白くなそうに頬を膨らませ、そしてすねていた。
「ええっと、何を怒っているのですか?」
「おこっていないよ、それよりいいの?」
「何がでしょうか」
「あんな安請け合いして――助けられるの?」
「それなのですが彼女の病気を察するに薬に心当たりがあるのですよ」
「ええっ?」
「そのためにもまずは保存瓶を手配して採取に行きましょう」
リリアーヌは嫌な予感を覚えるのだが取りあえず聞いてみた。
「何を採取する気なの?」
「ええ、大したことではありません。青カビを手に入れたいのです。付き合ってくれますよね」
「いやあああ、青カビィーー」
突然始まったフレアの奇行は周囲の目にはまたかという思いで流される。突然商会の資金で医療用魔法薬の研究所を立ち上げ実験を始める。
それを知ったクラウディオは静観を決めこんだ。フレアのすることはどれも未来につながると信じているからだ。
その動機がたとえ美少女のためだとしても。
しかして多くの症例に応用が効く、『魔法の治療薬』は開発される。
不治の病であったはずのレイスティアも無事完治し、フレアは見事約束を果たしたのである。
レイスティアを救ったフレアをアルフォンス公はいたく評価した。度々縁談を持ち込まれることになるのだがフレアにとっては有り難迷惑な話だった。
アルフォンス家の男子又は女性受けしそうなイケメン親族と婚約させ、フレアを取り込もうとする。しかし筋金入りの男性嫌い、特にイケメン憎しのフレアには逆効果であった。そのせいで頑なに断り続けたのだ。
フレアは既に王国では無視できない実績を上げている。だがその功績は表向き祖父のクラウディオのものとなっている。華々しい実績は、名声だけでなく、度し難い悪意をも呼びよせる。静かに体をむしばむ毒のようにそれはグローランス家に迫っていた。
フレアが凶報を知るのは北方地方の視察で家を離れていたときのことだった。
「じじさまが謀反の疑いで拘束された?」
商会で立ち上げた情報収集組織『渡り商人』が憲兵の内々の情報を素早く察知。フローレアに知らせを持ってくる。
渡り商人は国内外に各拠点を持つ商人を隠れみのに情報収集などの活動をする。更にフレアは秘密裏に育成した移民出身者の魔法少女たちを組み込み活動させている。むしろフレアの方が疑われても文句の言えない有様だった。
「現在クラウディオ様は王都ロンドウィルにむけて護送中。フロレリア様はグローランス邸宅に軟禁状態となっております」
「ママまで軟禁……、もしかしたらグローランス家すべてに容疑が向けられているのかも」
青ざめるフレアを気遣い、報告に来た魔法少女は付け加える。
「フロレリア様には長のルージュ様が護衛についております。御安心ください」
血の気が引いていくフレアをリリアーヌは寄り添って案じる。
「フレアっち、大丈夫なの?」
「ええ、ちょっと驚いただけなのです。ですがこのままではいけません。手を打たなくては」
これは明らかな冤罪だとフレアは承知している。祖父から国王陛下とも親交があり惑わされたりしないと聞いていた。しかし事は動いたのだ。
「恐らく、国王陛下でも止められない事態なのでしょうね。ならば首謀者は貴族連合でしょうか」
「御明察です。北方貴族連合がクラウディオ様の功をねたみ、仕組んだ謀略のようです」
「そうですか。何と愚かな。じじさまは北方防衛の要。それを排するなど敵を利する行為。それが分からないのですか」
ひいてはフレアに対するねたみなのだ。祖父を巻き込んだことにフレアは苦渋の面を浮かべた。
「私のせいなのですね。恐らく難民受け入れの根回しをしなかったツケがまわって北方貴族たちにつけいる口実を与えてしまった……」
それを聞いたリリアーヌは申し訳ない気持ちになった。
「フレアっち、ごめんね」
「リリーのせいではないのです。先に述べたように私の拙い根回しが原因なのですから」
「ねえ、ティアナクラン王女に相談したらどうかな。助けてくれるかもしれないよ」
名案に思えたリリアーヌの発言にフレアの表情は晴れないままだ。
「確かに疑いを晴らせるかもしれませんね」
「だったら早速王都にいこうよ」
「これはそんな単純な話ではないのですよ」
「どういうこと?」
フレアはリリアーヌには応えず思案する。根本的な解決をみる方法はあった。だがそれは痛みを伴う選択だった。
(多分じじさまとママは悲しむかもしれないのです。2人は私を本当に愛してくれているから)
――だからこそフレアは覚悟を決めた。
「王都に向かいます。正し、疾く、ただひたすら速く王都へ。これは速度が重要です。北方貴族連合の機先を制します。渡り商人は王都にいたる道のりの各拠点に伝令を飛ばしなさい。それぞれ最上の馬を待機させるようにと」
「フレアっち、どうする気なの」
「先に護送されたじじ様を追い抜いて王都に行きます」
「え、でもクラウディアさんが拘束されたのって2日前だって聞いたよ」
「ひたすら休みなく、各所に控えた馬に乗り換えながら走らせればいいのです」
「うわあ、君またとんでもない無茶する気なんだね」
リリアーヌはフレアのこういう男の子っぽい大胆な面が見えるとき不覚にも胸がざわめく。
(変なの、たまにフレアっちが男の子に見えるときがあるんだよね。どう見ても美少女なのに)
フレアはその後恐るべき速さで王都へと向かう。本来10日はかかる道をわずか3日という恐るべき速さでたどり着いたのである。
「何? クラウディオの孫娘が!?」
国王ビスラード・ロシュフォード・ブリアントはフレアが城に駆け込んできたという知らせを受けていた。
「ばかな。憲兵は何をしていた。まさかその娘憲兵を振り払ってきたのか?」
そんなことをすれば擁護が難しくなると頭を巡らせていると、報告に来た兵はそこで思いもよらぬことを口にする。
「いえ、それが1度も捕捉できなかったようです。まさか既にこの王都に到着していようとは……」
「むう、是非もなし。急いでこちらに向かわせるよう指示したクラウディオの護送よりも5日も早くやってきたか。あらかじめ情報を得たか、それとも得体の知れぬ術を持っているか、どちらにしても侮れぬ娘であるか」
そこで興味がわいたビスラードは城の上から城門を抜けてくるフレアを一目見ようと展望台に向かう。
「むう、よほど急いで駆けつけたか、身なりはひどい有様よな。随分と汚れておる」
展望台には既に先客がいた。第2王女のティアナクランだ。
「お父様、このたびの嫌疑どのように対処なさるおつもりですか」
「ふむ、来ておったか。ティアナよ」
「フローレアはわたくしの友人です。それでなくともこの国にもはや欠かせぬ人材。お父様も御存じでしょう」
怒りをにじませるほほ笑みはビスラードの肝を冷やさせる。
「よーくわかっておるわ。だからそのような恐ろしい顔をするでないわ」
父に対してこのような態度を取るティアナクランは珍しい。それだけにフレアとの親密さを察する。
「貴族もろくなことをしませんね。今は国内で足を引っ張り合うときではないでしょうに」
「そういうな。貴族たちなくば国は立ちゆかぬ」
王の言う理屈にティアナクランは懐疑的だ。
「どうでしょうか。このように蒙昧な振る舞いが続くようでは貴族社会のありように疑問を投げかけざるをえません」
「であるか。だがこのたびの問題、少々根が深いものであるな。どうしたものか……悩ましいことよ」
この事件のそもそもの発端はクラウディオに対する妬みに起因する。2人は当然把握していた。
「人の嫉妬とは醜いですわね。貴族たちの溜飲がさめねば何度でも起こりうるということですか。ばかばかしい」
「余の娘は手厳しいな。それが人というものである。まあそれを是とすれば魔法少女にはなれなかったやもしれぬが」
王のその言葉にどこか憂い顔を見せるティアナクラン。その脳裏にはここにはいない姉が浮かびあがっていた。
「……ともあれフローレアだけは守らせていただきます」
「であるか。余も手は尽くすつもりよ」
少し間を置きビスラードはフレアとの謁見を許した。そこにはティアナクランと慌てて駆けつけたアルフォンス公も同席している。
だがビスラードとティアナクランは最初から面を食らった表情を表に出しかけた。
謁見にて待っていたフレアの風貌は強行軍の後のような様子は一切見られない。どこに用意していたのか見事な仕立てのドレスに身を包み、髪も奇麗に整えられている。何よりフレアの態度は年齢に見合わず堂々としていたのだ。
(むう、この者、ただ者ではないわ。神童と耳にしたが聞きしに勝る風格よ)
ビスラードはティアナクランが高く評価する様子もこれならば仕方なしと納得する。
「ふむ、フローレアよ。面をあげよ。どのような用件で参ったか話を聞かせよ」
「畏れ多くも国王陛下におかれましては拝謁の機会を頂き誠にありがとうございます。単刀直入に申し上げます。祖父の謀反の容疑は冤罪にてございます。反乱などという事実は決してないと証明しに参りました」
「ほう、証明――とな」
「はい、証拠をこちらに」
フレアは手をたたくと拘束された人間数名を引き渡し、幾つもの書類を提出した。
「な、に……?」
容疑の根拠とあげてきた貴族たちの証拠。それを真っ向から否定するものであった。
「その書類をみていただければ物資の横流しなど真っ赤なウソとおわかりになるはずです。さらにはどこかの愚者に金を渡され工作したという人間も数人捕らえてあります」
「愚者、であるか」
「具体的にどなたかといえば差し障りがありそうなので伏させて頂きます。ですがお望みとあらば彼らの口から証言させます。ですがそうなれば国が乱れるかもしれません」
それはつまりどこの貴族がクラウディオをわなにかけたのか把握していると暗にフレアは言っているのだ。下手につつけばどれだけの貴族を罰することとなるか分からない。ビスラードが聞き及ぶ限りは北方貴族連合が絡んでいるとか。それでは北方の貴族たちの多くを処罰することになる。
隣ではそのことに気がつき、顔を真っ青にしているアルフォンス公の面白い顔が見られた。フレアの国が乱れるという言はその先にある統治機能の停滞をさす。そうなればアルフォンス公の仕事は殺人的にふくれあがることが明白である。
(この娘、悪魔の申し子か? 短期間で王都に参じるばかりか既に証拠を用意し、話の主導権を取りおったわ。とても9歳の子供のすることではないな)
味方にすればこれほど心強いことはない。だが敵に回すなどとんでもない。ビスラードは内心かつてない危機感を覚え、フレアの処遇に悩んだ。
(ここで容疑を晴らしても貴族たちは更にエスカレートしてグローランス家を追い詰めるであろうな。
当初はグローランス家がいずれ貴族に押しつぶされることを想定しておったがそれが誤りであったわ。貴族の暴走を放置してはいずれ北方貴族がこの恐るべき娘の報復に倒れることとなろうぞ)
ビスラードは遠くない未来そうなるであろうことを確信した。
いまではグローランス家をいかに守るかではなく、貴族たちをいかに守るかという何とも筆舌に尽くしがたい理不尽な思考に追われることとなっている。
「どうしてこうなった……」
うなだれる隣のアルフォンス公には思わくがあった。それゆえにグローランス家の問題に静観していたところがあった。だがとんでもない間違いであったと今更ながらに気がつく。
事は国家を揺るがしかねない大事に発展しつつある。それも目の前のフレアの力を見誤ったことが発端となっているのだ。
ティアナクランはどうも雲行きが想定と違う方向に猪突猛進しつつあると理解する。はらはらした面持ちで国王の判断を見守っていた。
「ふふ、証拠をお疑いですか」
すべてを見透かしたフレアが悪魔のごとく微笑を浮かべて口にする。国王らは背筋が凍えるような緊張の中フレアを見る。
「そうではないわ。事はそういう問題ではないのだフローレア」
「ええ、存じております。これでは何の解決にもなっていないということも」
「……そうであるか」
もはや意外でも何でもない。この娘なら既に問題の本質などとっくに見抜いているだろうとビスラードは見越していた。
「ですので国王陛下、アルフォンス公、お二人に提案がございます」
その後フレアが口にした言葉に国王が心底疲れた息を吐く。
一方、望外の望みであったはずのアルフォンス公はフレアを制御できる自信を失い、複雑にすぎる思いでその提案を承諾した。
5日後、クラウディオは王都につくやいなや結果を聞かされ拍子抜けした。
「無罪?」
客間でビスラードとアルフォンス公は努めて和やかに話を進めようと堅苦しい謁見の間ではなく個室を選んだ。
「すまんな。気苦労をかけたわ」
「いえ、どうせ陛下はつゆほども我の嫌疑など疑ってはいないでしょう」
「う、うむ。そのとおりである」
そこでクラウディオは国王のどうも歯切れの悪い口調が気にかかった。国王はなぜか強引に話をそらす。
「だが、北方貴族らもこれでは黙っておるまい。次の一手をうってこよう」
「でしょうな」
「してだな。先んじてお主の孫娘が直談判にきおったわ」
「それは、陛下をわざわざ患わせて申し訳ありません。孫が何か失礼をいたしませんでしたか」
その言葉にビスラードは引きつる頬をなんとか抑えた。
「いや、それは、ないわ。さすがお主の孫というべきか、何というか、……そう。とんでもない孫をもったものよのう。クラウディオよ」
「お褒めいただきまして光栄にございます」
何とも重い溜息がアルフォンス公から漏れ出ていた。
「あれはとんでもないという言葉すら生ぬるいわ」
アルフォンス公のつぶやきはクラウディオの耳には届かない。
「お主の無実の証拠を持ち込み挙げ句は提案してきた」
「提案ですか?」
クラウディオはどうにも嫌な予感を抱く。
「うむ、お主の孫娘がアルフォンス公の息子と婚約することと相成った」
すべてを悟ったクラウディオの怒りはすさまじかったと後に2人は語る。フレアを目に入れても痛くないほど大切にしてきたクラウディオはしばらく荒れたという。
フレアはまもなくして望まぬ政略結婚に追い込んだ貴族への報復を数倍返しで執行した。北方貴族は半数近くが早くして自身の子供、それも女性に跡を継がせた。北方以外の貴族からは侮りと反発があったのだがそれを決めた北方貴族は頑として押し通したという。
その後フレアは北方貴族社会において《ブリアントの悪魔》と呼ばれ恐れられることになる。もはや北方領内で彼女に敵対しようという貴族はいない。既に公爵家への輿入れが約束され手が出せないこともある。こうしてフレアは北方において敵なしの影の支配者となる。
それはいまだフレアが10歳になる前の出来事であった。
幼少編は第4話までです。第5話より学園に舞台を移します。
新しい魔法少女たちとの出会いにフレアの奇行はいきなりフルアクセル!!
今後ともどうかよろしくお願いいたします。