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第44話 竜人王女編 『中堅戦 年齢詐称疑惑の竜人に真打ち登場』

 ゾルダークは心を病みブツブツと隅で縮こまっていた。観客の子供が持つ可愛らしいはずのウサギやクマの人形をみては狂ったように叫び、おびえだす。


「うわああああ、可愛い人形がこわいいいいい」


 ――どう見ても重症だった。


 一方、カロンもセリーヌの顔色をうかがっては先の惨敗を思い出し、精彩を欠く面持ちで(ぼう)(ぜん)()(しつ)になることもしばしば。

 それを見ては竜人控え席のメンバーは(おく)(びょう)(かぜ)がまん延し、次に誰が出るのかと譲り合って、……いやなすりつけ合っていた。


『次はお前が出ろよ』

『冗談じゃないぞ、今までの戦いを見てなかったのか。出れば廃人確定だぞ』

『じゃあ、俺がああなってもいいのかよ』

 

 ついには取っ組み合いの仲間割れまで起こす始末だ。

 

『おい、誰だよ。魔法少女なんて甘ちゃんのチョロい相手だって言ったのは』

『知らねえよ。ってかみんな言ってたじゃねえか』


 実際に戦ってみるとうわさなどまるで当てにならなかった。学生なのに竜人と渡り合い、その上悪魔のような(こう)(かつ)さで心までへし折ってくる。

 愛と正義の魔法少女などという幻想は彼らの頭から消し飛んだ。

 もう彼らの目には敵対するものを心身ともに容赦なくえぐる悪逆非道の集団にしか見えない。


 そんな竜人サイドの有様を貴賓席にて観戦する2人は絶句するしかない。ブリアント王国のティアナクラン王女とファーブル翼竜共和国の王女エクリスである。

 誰がここまでの(せい)(さん)たる試合になることを予想できたのだろうか。殺しを禁じた両国の親善試合にもかかわらず、ここまでおぞましい結果になっているのはひとえに策略家フレアとセリーヌを見誤り、怒らせたからだ。


 予想外の、――ある意味では予想通りの試合流れにティアナクランは白目をむき卒倒しそうであるし、エクリスは言葉を失い表情が凍り付く。

 それでもどうにか重い口を開くエクリスは、


「……今時の魔法少女は脅迫もするのだな」

「普通しませんわよ!?」


 耳と目がいいエクリスは遠目にも次鋒戦で何があったのかおおよそは理解していた。もっともセリーヌはルールのグレーゾーンを上手に乗りこなし完全勝利を手にした。

 

「これもグローランス嬢の手腕か。だとすれば敵に回したらこの上なく厄介だな」


 エクリスは知恵者を敵にすることがこれほど面倒だとかつて感じたことはない。自国でも小賢しい者はいたがすべて圧倒的な力で潰してきた。

 フレアが規格外だと言ったティアナクランの発言がようやく頭にしみこんでくる。


(これはブリアント王国、いやグローランス商会との付き合い方を真剣に検討しなければなるまい)

 

 力に傾倒するエクリスがフレアに限ってはその価値を高く評価し現在株が爆上がり中だ。

 今ではどうやって嫁に迎え入れようかと思案しているところでエクリスは竜人サイドの動きが目に入った。




 竜人側から中堅として出る人物が伝えられると会場の空気が一変した。

 見るからに彫りの深い凄みを纏った歴戦の戦士。そんな竜人が堂々と試合場に上がったのである。

 変装をしているがゲールの忠実な腹心部下である。若作りの衣装に化粧など急だったとはいえ涙ぐましい努力が(うかが)えた。しかし、それでも隠しきれない年齢が目元のしわと肌に表れている。ざわざわと会場の観客も騒ぎだし『あれが若手?』と首をかしげてしまう。

 魔法少女サイドの控え席では真っ先にマルクスが抗議に駆け寄った。


「おいおい、おっさんが中堅の選手とか何の冗談だ。出場できるのは23歳までの竜人だぞこら」

「おっさんではない。ハルケン23歳だ」


 ハーケン改めハルケンは堂々としらばっくれた。ここまでくるといっそすがすがしさすら感じる。

 

「どんだけ(さば)()んでるんだよ。年齢詐称にも程があるだろ」


 それにはフレアも同意した。


「あの中年が23歳で通るならうちのママが13歳といっても通りそうですよね」


 それにはああ~~と生徒たちから不思議と同意の声が上がる。むしろハルケンと違ってフレアの母親に限っては本気で気づかれずに通りそうなのが恐ろしいところだ。

 それはともかくハルケンはマルクスに反論した。


「よく老けていると言われる」

「限度があるだろうがっ」

「あえて言おう、儂は23歳だ」

「いや、いま『儂』って一人称使ってんじゃん」


 通常若者は自分を儂とは言わない。それにもハルケンはふっと笑い飛ばし言い切った。


「他とはものが違うのだよ、若造」

「……もうどこから突っ込んでいいのかわからねえーー!!」

「《突っ込み無双》もお手上げですか?」

「その呼び方はやめろ、フローレア」

「まあまあ、マルクス。23歳だというなら仕方ありませんよ。作戦会議といきましょうか」

「いいのかよ」


 構わないとフレアは控え席の方にマルクスの手をとって引き上げていく。

 ――フレアが貴賓席のエクリスに受けて意味深な視線を投げかけた後で。



 フレアの視線の意味に気がついたエクリスはくくくっ、と笑みを浮かべる。


「面白い。様子を見るか」

「エクリス。あの竜人は絶対23歳以上ですよ」

「わかっている。だがグローランス嬢はかまわぬと視線を投げかけてきた。様子を見るとしよう」

「そうなのですか」

「ハーケンという男なのだが、あれはゲールにはもったいない竜人だ。忠誠心も強さもずば抜けている。カロンとは比べることもおこがましい」

「そんな相手にフローレアはどうする気なのでしょうか」

「さあな。だがグローランス嬢はどうとでもできると踏んでいるようだぞ」


 正直余りにも見苦しい苦肉の策。粛正しようとしていたのだが様子見を決めこむことにしたエクリス。

 次はどんな手を打つのか、期待に胸を高鳴らせエクリスは見守るのだった。



「おい、あのハルケンって奴はレベルが違うぞ。勝てるのかよ」

「愚問ですね。この事態は想定内です」

「何だって」


 生徒たちの待つ控え席にてセリーヌが迎え入れる。


「さすがですね。フレアさんの予想通りの展開ですよ」

「イケメンの考えるクズ思考は手に取るように分かりますからね。これもセリーヌさんが次鋒戦で見事追い詰めたからですよ」


 ふふふ、と拳を打ち合わせるフレアたちにマルクスが問いただす。

 

「ちょっと待てフローレア。まるでこの状況をお前が引き込んだように聞こえるぞ」

「その通りですが何か?」

「どういうつもりだ」

「反則まがいのことをしてゲールが負ければ竜人の社会で生きていけませんよ。やるからには徹底的にイケメンを潰します」

 

 全てはフレアの手のひらの上。そのことに気がついたマルクスは恐怖に震えた。


「こえええ、おまえマジで悪魔だな」

「ふふ、女の子に悪魔はひどいですね」


 そんなことはないとアリアを含めて魔法少女たちもしきりにマルクスに同意する。小さい身なりだから忘れられがちだがフレアは王国の貴族社会で《ブリアントの悪魔》と呼ばれている。

 貴族たちを恐怖のどん底に追い込み屈服させた片鱗をかいま見て周囲の生徒たちは心底思うのだ。

 フレアを敵に回すものではないと。


「でも実際どうしますの。あのハルケンという男に勝たねば意味がありませんわよ」

「そうですねえ」


 アリアのもっともな意見にフレアは思案しつつ生徒たちを見回しわずかに視線が止まったように思えたがフレアは視線を外す。

 目の前にいたアリアは誰を見たのか気になり追ってみる。それは普段着がメイド服という生徒カレンだった。いつもクラスの平均をいく目立たない成績。テストも平均を堅守する控えめな生徒だ。

 実力不足であろうカレンが妙に指名してと熱い視線をフレアに向けているのだがアリアは特に感じることもなく見逃した。

 

(彼女は目立った強さもないですし気のせいですわよね)


 カレンがそれほど強いとは考えられずアリアはフレアを再び注視した。


「まあ勝つだけなら策はありますがやはり最後は圧倒的な実力でゲールにとどめをさしたいところですね」


 フレアがそうオーダーをつけるとシャルがふんぞり返って笑い出す。


「あーーはははっ、ようやくわたしの出番かしらね」


 それにはええ~~っ、と生徒たちの声にもならない視線が飛び交った。このまま大人しくしてしていて欲しいと願うがシャルをかわいがる生徒たちは泣かせないように気を遣い、かける言葉に戸惑った。


「この、秘密兵器の、最終兵器の、このわたしが最後は華々しく勝って終わらせてあげるわ」

 

 すっかりやる気に満ちたシャルにフレアがこれはまずいとストップをかけた。


「いいえ、シャルさん。それは早計というものです」

「何でよ」

「秘密兵器というのは最後の最後までとっておくべき最後の手段。あなたの出番は最後の大将戦。それ以外にあり得ません」

「――っ、大将……わたしが大将」


 大将という響きが気に入ったのかシャルの心は一気に傾く。


「敵は最後にシャルさんという秘密兵器が控えているからこそ圧力を感じ、2連勝という結果を得られたのです。つまり、先の勝利もシャルさんの功績なのですよ」

「ほ、ほわあああ。ということはわたしは大きく構えていればいいのね」

「ええ、満点の解答ですよシャルさん」

「分かったわ。そういうことなら仕方ないわね。おとなしくしててあげるわ」


 すっかりご機嫌のシャルにアリアは心の中でフレアに盛大な拍手を送った。他の生徒も胸をなで下ろしほっと息をつく。


(相変わらず人を乗せるのがうまいですわね)

 

 だが誰が行くのか決まったわけではない。フレアはどうするつもりなのか疑問に思っていると通信用魔導具を手に呼びかける。


『あーー、聞こえてますよね。というかすぐ近くにいるのではありませんか』


 数秒後、魔導具から返信があった。


『もう2時間もあれば到着するわよ』


 声の主はルージュだった。それにはアリアも含めて生徒たちが納得の人選だ。

 西の王国領内で秘密任務にあたっていたが今回の騒動でフレアが呼び戻す手配をしていた。

 シャルと違いルージュの実力は本物。間違いなくクラス最強の天才魔法少女である。


『本当ですか。この時間には余裕で間に合うよう連絡を入れていたはずですが?』

『ちょっと気になる情報が入ったのよ。だから申し訳ないけれど遅れているわ』


 ふむ、参りましたね。

 そんな表情で思案するフレア。

 もしかして当てが外れたのでは?

 そんな不安がアリアたちの脳裏によぎる。


『けれどフレアさんから褒美が出るのならすぐに駆けつけられるかもしれないわよ』


 そう来ましたか。

 と呆れたようにフレアがため息をつく。

 褒美とはどういうことだろうと生徒たちが首をかしげる中でルージュがとんでもない条件を出してきた。


『付き合いましょう。――そう言ってくれるのなら頑張れる気がするわ』


 それにはリリアーヌが慌てて止めに入る。


「ちょっと待ってよ。ルージュ。何をいってるの」


 それにはルージュが不満げに言葉を返す。


『あら。ピアスコート、聞いていたのね。そもそもフレアさんは……いえ何でもないわ』


 ルージュが何かを言いかけたがごまかした。多くの生徒が聞き逃すところだがユーナがピクリと眉をひそめて何か言いたげだ。

 そんな中でフレアが(ちゅう)(ちょ)なく叫ぶ。


『ルージュさん、付き合いましょう』


 突然のフレアの叫びに周囲は静まりかえる。

 特にレジーナ辺りが目を剥いてフレアを見ていた。それはもうショックを隠しきれない表情で。

 更に異変は続く。フレアの頭上で突然闇が広がったかと思えば空間を突き破りルージュがとびだしてくる。


「は、はあああああ!?」


 ストンと音もなくフレアの前に着地するルージュにリリアーヌは指差したまま硬直した。

 空間を突き破り距離を飛び越える。時空魔法使いリリアーヌのお株を奪うような至難の業をやってのけたのだ。仕方のない反応だった。

 一方でルージュは伝説級の魔法をやってのけたにも関わらずフレアのことしか目に入っていない。

 

「言質を取ったわよ、フレアさん」


 興奮とうれしさで頬を赤くしたルージュが珍しく(ろう)(ばい)の色を見せつつも髪を掻き上げて抱きつく。

 されるがままにフレアは達観した様子でいった。


「長旅の後で申し訳ないのですが中堅戦に出てもらえませんか。相手はちょっと強いようですがルージュさんなら問題ありませんよね」

「分かっているわ。わたくし今とても機嫌がいいの。かっこいいところを見せてあげるわ」


 フレアにいくつか試合の説明を受けたルージュは意気込んで試合場に足を向ける。途中、シャルがルージュに声をかける。


「ふん、あんたに見せ場を譲るのはしゃくだけど見逃してあげる。なんといってもわたしは秘密兵器だもの」

「はあっ!?」


 妙に上から目線のシャルにわずかに眉をひそめた。内心ではあなた程度の実力で秘密兵器とは何の冗談かと笑い飛ばそうとしたがシャルを泣かせるようなことはしない。

 今のルージュは非常に機嫌が良かった。軽く手を振り聞き流す余裕がある。


「はいはい、そうね。あなたは椅子を暖めるのが仕事よ」

「よく分からないけどようやくわたしのすごさを認めたのね」


 試合場に上がるとルージュはレジーナに対峙する。


「あなたがわたくしの相手かしら」

 

 ルージュがそう感じたのはレジーナが今にも殺しにかかりそうな形相だったから。しかもフレアが強いと言ったのだからルージュがより強い方に意識が向かうのは仕方ない。ルージュにとってハルケンはとるに足らない相手なのだ。


「残念ながら違う。私は審判だ」

「そう、そんな敵意むき出しで公正に審判ができるのかしら?」

「……問題ない」


 そして、ルージュはハルケンに向き直る。


「それで私はこの雑魚を相手にすればいいのかしら」


 いきなりの雑魚発言にハルケンは一気に臨戦態勢に入る。眉間に青筋が立ちつつルージュをにらみつける。


「ガキが。手加減はいらないとみていいようだな」

「わたくしに手加減? 最初から全力で来なさい。相手の力量も分からないようではたかが知れているわよ」


 まるでエクリスのような絶対王者の気質を感じ取りハルケンは思わず息をのむも騎士としての矜持が先に立つ。

 

「若造がほざきよるわ」


 歴戦の騎士が持つ覇気を感じ取ったルージュは首をかしげる。

 

「……たしか23歳以下のはずよね。ずいぶん老けているわよ」

「よく言われる。だが儂は23だ」

「まあいいわ。あなたを叩き潰すことには変わりないのだから」

 

 両者の間で火花が散るのと同時に会場は試合前の緊張で静寂が訪れる。

 レジーナが両者に視線を向けて準備が整ったことを確認し手を挙げた。


「これより親善試合中堅戦、ハルケンとルージュの試合を始める。――始めっ!!」


 試合開始と同時に両者は動き出す。

 ハルケンはすぐに魔剣を抜くと変身前の隙を狙って俊足で飛び込み攻撃しようととする。

 魔法少女は変身しなければたいしたことはない。

 ある意味では大人げない手段にもルージュは驚くことなく対応してみせた。


「な、んだと」


 ハルケンの魔剣はルージュに止められた。しかも両手で刃を挟み込むという神業を見せつけてくる。

 真剣白刃取り。

 それには会場にいたエクリスが思わず身を乗り出す。


「ふはは、あの魔法少女、ルージュといったか。見せつけてくれるではないか」


 強者に惹かれやすいエクリスはルージュに強い関心を示した。


(もしや、こやつが探していた魔法使いか)


 目を輝かせて次は何を見せてくれるのかと見守った。


「なめるなあっ」


 ハルケンは魔剣に魔力を流し込むと刀身が視界を覆うほどの雷撃を纏う。これを手にするルージュはただでは済まないはずであるが涼しい顔である。

 ルージュもまた全身に雷の魔法を纏い雷撃を受け流していた。


「雷撃を雷撃でねじ伏せるだと!!?」

「次はどう来るのかしら。品切れならこの剣を折るわよ」


 できるはずがない。そう言いかけるもルージュのまだ余裕のある表情を見て考えを改める。ハルケンはその場で蹴りを入れようとするもルージュも蹴りで受けて立つ。数度の応酬の後にハルケンが腹に痛打を受けて後方に吹き飛んだ。鎧竜鱗があるとはいえまるで巨大なハンマーのような打撃音が響くとその衝撃のすさまじさを観客は感じ取る。


「くっ、やる」

 

 両者距離をとり改めて対峙する。はじめから手に汗握る応酬に観客は息をのみ観戦していた。

 だが、ふと観客席の誰かが言った。


『おい、今気がついたけどルージュって魔法少女だよな。まだ変身してないぞ』


 変身をしていない。それにもかかわらずハルケン相手に優勢に戦っていたのは誰の目にも分かった。

 ざわざわと騒がしくなり観客が意味を飲み込んでいくと一気に大きな歓声が広がる。


『うおおおっ、すげえ。なんだよあの魔法少女。ほんとに学生かよ』

『ちょっと今までとレベルが違い過ぎるぜ。これで変身するとどうなるんだ』

 

 観客の言うとおりルージュがただ者ではないと確信したハルケンは覚悟を決める。ルージュは全力で当たるべき強者であると。


「儂はゲール様の忠実なる騎士である」


 ハルケンはゲールを幼い頃からずっと見守ってきた経緯がある。それこそ父親代わりのように。全てはゲールの母親である女性の意志をくみ取ってのことである。

 息子を守って欲しいと。

 故にゲールが王族庶子の重圧に負けてどんなゲス野郎になろうとも忠義を尽くしてきた。


「ゲール様にお仕えしてよりこのハルケン、いかな敵もなぎ払ってきた。どんな困難もこの儂が決して折れぬ刃となり切り開いてみせるのだあっ」


 突然ゲールの体から膨大な魔力が吹き出すと体が隆隆と膨れ上がり、全身肌が強固な鱗に覆われていく。顔も竜に近づき鋭い牙と眼光を持つ人型へと変身した。

 それを見たエクリスが舌打ちする。


「あのばか。龍神形態を使いおったわ」

「龍神形態ですか?」


 ティアナクランの疑問にエクリスが答える。


「龍神の血を解放し変化する極意だ。わらわのような直系ならば問題はないがそれ以外の竜人が使えば力を得る代償に最悪死に至る。変身は中途半端にとどめているようだがそれでもどこまでもつものか」

「止めなくてもよいのですか」

「それをするのはゲールの役目だ。忠臣を止められるのはあやつだけよ」

 


「驚いたわね。竜人にはそのような奥の手があるなんて」


 ルージュもようやく魔装宝玉を納めた魔導具マギカコンパクトを取り出すと詠唱する。


変身(トランス)上級魔装法衣(ハイマギカコート)法衣(コート)選択(セレクト)《アサルトフォーム》」

 

 マギカコンパクトから魔力の光が飛び出すとルージュの周囲を包み込む。魔力光はルージュを彩る衣装へと変わっていく。

 ルージュのカラーである黒に変更された衣装はフレアの趣味が色濃く反映されて恐ろしく可愛らしい装飾が幾つも追加されている。

 黒髪を彩る情熱の赤いリボンが後頭部に添えられると次々に胸元、手首、靴にリボンが加わった。

 高貴な色香を漂わせ髪を掻き上げると周囲に魔力光で彩る黒薔薇の花が舞い散り変身が完了した。


 変身が終わるとハルケンが豪腕を振るい魔剣を地面に叩きつける。それだけで試合場の足場が爆発したようにはじけ飛んだ。立っていられないような強い揺れに会場では悲鳴が上がる。


『もう手加減はできんぞ』

 

 (ほう)(こう)を上げハルケンはルージュにいった。おぞましい低温の音に大気が震え、ハルケンが振りまく雷撃の余波が周囲に飛び散る。

 焦げ付くような匂いが立ちこめる中でルージュは全く動じなかった。むしろ相手を更にあおるように笑う。


「最初に言ったわ。全力で来なさいと。完全なる敗北を刻んであげる」

「ほざいたな。今の儂の力は5倍以上に跳ね上がる。勝負にすらならんわ」


 当初の踏み込みが児戯に思えるほどの速度でハルケンは接近し魔剣を振り下ろす。

 

「ふふ、滑稽ね」

 

 それをルージュはあざ笑い手に持つ漆黒の装飾剣ではじく。そのまま軌道を変えて襲いかかる刺突にハルケンは(きょう)(がく)に目を見開きとっさに体をそらした。


「むうっ」

 

 鎧竜鱗も易々と切り裂き、堅い鱗を砕きながらルージュの剣はハルケンの肩を滑るように抜けていく。肩口に広がる裂傷から竜の血が噴き出す。たまらずハルケンは後ずさった。


「バカな。強化された儂の鎧竜鱗を易々と。その剣はどうなっている?」


 ルージュはあえて追撃はせず様子を見ている。


「力が上がっても振り回されているわね。体が慣れていない。だから攻撃が単調になりやすいし読みやすい。変身しない方がまだ強いのではないかしら」

「強がりを」


 ハルケンが大きく息を吸い込むと(しゃく)(ねつ)のブレスがまき散らされ試合場に逃げ場がない程の炎の波が覆いルージュに襲いかかる。

 近づくだけで焼き付きそうな炎にレジーナは大きく飛び退いて試合場の外に一時退避した。だがルージュは回避する動きがない。

 手の平を向け無詠唱で水の上級魔法を発動し大きな津波が炎を飲み込んでいく。あわや観客を巻き込むブレスをルージュは対消滅させてしまった。


「観客に被害を与えては失格になるのを忘れているわよ」


 周囲の被害を顧みなくなっているハルケンにルージュは忠告する。だがハルケンはルージュが学生でありながら上級魔法を無詠唱で放った事実に驚き混乱している。


「貴様、本当に13歳以下の学生か?」

「あなたが言っていい台詞ではないわね」


 横髪を掻き上げてルージュは退屈そうに切り返す。


「まずは第三者に被害が出るところだったわ。未遂だけどこれはどう判定されるのかしらね」

「ほざけ」


 大気すらもたたき潰しそうな凄まじい剣の連続攻撃を仕掛けるハルケン。

 ルージュは20以上の攻撃を全て躱した後、ボディブローでハルケンを上空に吹き飛ばした。


「グハッ」


 すさかずルージュの上級魔法級の圧縮した風の砲撃を次々に打ち上げる。


「竜人が空を飛べることを忘れたか」


 ハルケンは翼をはためかせて大気を打ち付けると大きく回避行動をとる。風の砲撃のため大きめに回避を取らないと気流に飲まれて制御を失いかねない。

 ルージュはしつこくも正確な砲撃を次々に撃ちあげてハルケンを追い詰めていく。


「それほどの魔法を連発しては魔力が持つまい」

「あいにくと魔力量には自信があるわ。それに新理論で消費もそれほどでもないのよ」


 続いてぐっと手を握ったルージュに連動して空中に打ち上がった風の砲撃は突然爆発するようにはじけ飛ぶ。


「ぬおおおお」


 爆風にもまれて姿勢を崩すハルケン。体勢を立て直した頃にはルージュの姿を見失う。


「飛行の制限時間が過ぎているわよ」


 ハルケンは突如背後から聞こえた声にぞっとする。魔法少女が翼も無しに飛行し気流が乱れた中を気づかれることなく背後に回る。

 その事実にハルケンは肝を冷やすも振り返りざま魔剣でなぎ払う。


「ぬおおおお」

「遅いわ」


 ここで近接特化型の真価が発揮される。標準形態の3倍に高められる身体強化。

 その圧倒的なサポートとルージュの実力から振るわれる拳は易々と鎧竜鱗を破壊する。堅い鱗も粉々にひび割れて更に上空に打ち上げられるハルケン。

 追撃するルージュに上をとられると今度は脳天にかかと落としが決まった。


「がはっ」


 脳を揺さぶらると意識を刈り取られ戦闘不能状態になったハルケンは勢いよく地上に落ちていく。しかし、試合場の外に落ちる前に辛うじて意識を取り戻すと翼を動かし地面に体をこすりつけながらも試合場に戻る。


「まだだ。まだ負けていない」


 膝を屈しながらもハルケンは地上に降り立ったルージュをにらみつけている。

 だが無情にもレジーナが宣言する。


「勝者ルージュ」

「な、なんだと」


 審判のレジーナに詰め寄ったハルケンは抗議した。


「まだだ、まだ儂はやれる。負けるわけにはいかんのだ」

「いいや、ハルケン。お前に勝ち目はない。そもそも、第三者を巻き込みかねない攻撃、飛行制限時間超過、戦闘不能状態に一時陥り、場外に落ちたのを確認した」

「そんなばかな」

「ああ、そのとおりだ。ばかげている。ルージュが言っていたな。完全なる敗北を刻むと。お前は通常考え得るあらゆる敗北判定をつけられたのだ。意図的に。これがどういうことか分からないとはいわせない」


 冷静になりハルケンはルージュとの力の差に気がつく。


「儂は、儂は、うおおおおおおおお」


 このままではゲールは失脚する。それも自分の敗北によって。その事実に耐えきれずハルケン、いやハーケンは頭を抱えてその場で蹲る。

 ルージュはそんな相手に優雅に一礼する。


「御機嫌よう。おじさま。どのみち年齢詐称で失格よ」


 ルージュのその言葉がとどめとなりハーケンは更に深い嗚咽を会場に振りまいた。

 控え席に戻るとマルクスが引きつった顔で迎える。


「とどめを刺しやがった。お前エグいな」

「事実を突きつけただけよ」

 

 それよりも――と、ルージュは期待をはらんだ瞳でフレアに近寄った。


「付き合ってくれるのよね」

「ええ、買い物ぐらい幾らでも付き合います」


 それにはルージュが震える声で聞き返す。


「え、買い物?」

「ええ。付き合うとは他に意味があるのですか」

「……ないわ」


 その後きょとんとするフレアにルージュはうなだれる。

 一方でレジーナはほっと息をついいたのである。




 王国側の勝利に観客は沸き立ち余韻覚めやらぬ頃。

 結果を受けてすぐに観客席から立ち去り連絡を取り合う不審な男がいた。


「あの御方に連絡を。ゲールは失敗した。次の作戦に切り替える」


 物陰に隠れ報告を受けた女は男に指示を出す。


「了解した。あの御方は後がないゲールを追い詰め王国を、魔法少女をさらなる混乱におとしめよとの仰せだ。《例の精霊兵器》も使用許可が降りた。竜人用のあの毒を振りまけばこの地にいる竜人だけが全滅するだろう。エクリス王女とて例外ではない」


 それには男がにやりと表情をゆがめる。


「了解。共和国と王国が戦争状態に入るよう誘導する」


 一難去るも不穏な影が忍び寄る。一連の騒動はいまだ暗躍する敵が(うごめ)いていた。


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