第43話 竜人王女編 『次鋒戦 軍師セリーヌ対カロン』
観客が魔法少女の勝利に沸き、興奮の熱気に包まれる中、貴賓席にて観戦していたティアナクランとエクリスはなんとも形容しがたいといった様子である。
「魔法少女とは愛や友情、正義を重んじるものと思っていたが?」
エクリスとしては魔法少女の勝ち方に違和感を感じずにはいられない。
「パトリシアはあれで魔法少女の見本ともいうべき心の持ち主ですよ」
「……つまり采配する者の問題か」
確かにパティ自身はひたすらにまっすぐだった。むしろ病的なまでに綺麗すぎる。そしてひねくれたゾルダークとは相性が最悪だったと言われれば納得だ。
問題はそれを看破してぶつけてきた指揮官が悪魔的な思考の持ち主だということだ。エクリスは采配を成したであろうフレアに視線を向ける。
エクリスはフレアに対する関心が日に日に高まりつつある。フレアのお菓子を食べさせられるという変わった出会いから始まり、気がつくと口恋しくなる。
(他の菓子では物足りぬ。あれの手料理でないと落ち着かぬわ)
目的とは別にどうにかフレアを手元に置きたいという思いが強まっている。そして、前日に食べた晩餐がとどめとなった。
(昨晩の料理は中毒性が凄まじい。共和国、とりわけ竜人はあの料理だけでどれだけの者が降ることか。とすればこれも力ととれる)
料理の腕も力とみれば次第にエクリスは腑に落ち、フレアの存在が頭の中で大きくなっていく。エクリスから不思議と好意的な発言が続いた。
「フローレア・グローランスか。しかし、切れ者だとは思っていたが思考のみでここまで著しく戦況を左右する状況はまず見たことがない」
「フローレアは規格外ですからね。まだまだ序の口かもしれませんよ」
「ははは、次の相手はカロンだ。あれの実力は本物だぞ。さすがに小細工でどうこうできる相手ではあるまいよ」
笑い飛ばすエクリスにティアナクランは違う意見を思い描く。
(フローレアは人のあり得ないという油断こそをついてくる策略家です。この程度で読み切れるならば頭痛とは無縁でいられたでしょうね)
きっと次もフレアはやらかすのだろうと王女は信じて疑っていなかった。
ティアナクランがハラハラとした面持ちで次戦を待っている間。
フレアはマルクスに頼み、控え席にセシルを呼び込んでいた。
「フローレア、セシルちゃんを連れてきたぞ」
子供受けがいいマルクスに連れられ、セリーヌの妹が姿を見せる。
「セシル。来てくれたのですか」
「はい、ご迷惑でしたでしょうか」
それにはほっこりした笑顔を覗かせ、セリーヌが大げさに首を振って否定する。
「違いますよ。むしろ百人力、いえ、可愛いセシルの応援があれば千人力ですね」
それにはぱあっ、とほころぶような笑みを浮かべてセシルが小さく飛び上がる。
「では精一杯応援させていただきますね」
だらしなく表情を崩すセリーヌに周囲で見ていた生徒たちは誰もが思った。
『シスコン』だと。
途中セシルの表情が不意に曇り俯いた。妹の変化を読み取りその原因を辿ると、現在オギンさんによって紹介されているカロンが目にとまる。
名家の出身だということ、能力について暴露され顔が引きつっている。
「セシル、次の対戦相手がどうかしたのですか」
セリーヌの問いにびくっと体がはねるセシル。言葉を濁し潤む瞳を見てはセリーヌが慌てだす。
『報告ではゲールの命令で見せしめのためマーキュリア家のベルカ支店を破壊した張本人だということですが……』
ふと耳に入る情報にセリーヌは全てを理解する。
「ほほう、次の対戦相手がセシルを泣かせた竜人ですか」
ゆらりと立ち上がりフレアに立候補する。
「フレアさん、次はわたしが出ます。いいですよね」
鬼気迫る迫力に思わずフレアは黙って頷いた。周囲の生徒も誰も異論は唱えない。
なぜなら、セリーヌは目に見えてぶち切れていた。
恐怖で誰も静止する気すら起きない。
「いやあ、カロンからたっぷり賠償をもぎ取らなくてはいけませんね」
「ば、賠償ですの?」
恐る恐るといった様子でアリアがセリーヌに尋ねる。さすがに難しいのではと思えたのだが。
「ええ、力いっぱい誠意をもってお話すれば色をつけて返してくれるでしょう」
「それは脅迫ではありませんの?」
「むふん、第3者を人質を用いる以外にも脅迫の方法はありますからね」
『8、第3者への攻撃や示唆は禁止する』にある脅迫を規制するこのルール。実はこのときのための布石である。
セリーヌの目配せにフレアはため息をついてあるメモ帳を渡す。セリーヌはメモ帳を受け取り軽く目を通して懐に収めた。
さすがにフレアも良心が痛む策なのだがセリーヌが妹のことで相当キレていることを鑑みて容認した。
「気が進みませんが今回限り解禁しましょう」
「さすがはフレアさん。いい子ちゃん揃いの魔法少女と違って話が分かりますね」
「こんな策を思いつくなんてあなたも悪ですね」
「いやいや、もともと用意していたということは手札としていつかは使う予定だったのでしょう?」
「まあ、クズイケメンだったら遠慮なく潰してもいいかなって」
フレアもなんだかんだと乗り気だった。2人は悪党のような笑みを浮かべてがっしり手を結ぶ。
「この策が成功したら十中八九ゲールは激アツのゲスモードに突入しますよ」
「そうしたらプランGに移行ですね。破滅間違いなしです」
ふふふ、と笑い合う2人を護衛のリリアーヌは溜め息を漏らす。ろくでもないことを企んでいるのだけはよく分かったからだ。
次鋒戦はセリーヌ対カロンに決まった。
両者は試合場に立ち、向かい合う。セリーヌがあまりにも殺気をみなぎらせるので思わずレジーナが警告する。
「セリーヌ、分かっているとは思うが殺しは厳禁だぞ」
「分かっていますよ。むしろ死んだ方がマシだと思わせてあげますよ」
負けるとは全く考えていないカロンはセリーヌの気迫も無視して自身の世界に浸っていた。
「ああ、なんていう悲劇。女性に手を挙げなくてはならないとは。しかし、安心を、極力穏便に美しく終わらせて差し上げましょう」
なぜか周囲に薔薇が現れ、吹き荒れる花吹雪。セリーヌは悪趣味だと思ってみていると観客の若い女性からは黄色い声が聞こえた。
「きゃああ。カロン様素敵ーー」
気をよくしたカロンは観客の女性たちに手を振りサービスをふりまくと一層甲高い声で会場は埋め尽くされる。
それには控え室のマルクスがけっとやさぐれた。
「いけすかねえ野郎だ。ちょっと顔がいいからってちやほやされやがって」
隣のフレアも不機嫌度は一気に急上昇。怒り心頭に発した。
「おのれええええ、イケメン!! 会場にいる美少女たちをたぶらかすとは万死に値する。セリーヌさん。そのキザなイケメンをぶっ潰しちゃってください」
「そうだ、イケメンは引っ込んでろーー」
マルクスとフレアが揃って声を上げてセリーヌにけしかける。
それにはレジーナが魔法少女の控え席側に向かって注意する。
「魔法少女側から過激な発言が聞こえますが?」
「ほっんとーーうに申し訳ありませんわ」
苦労性のアリアが率先してあやまり、リリアーヌがマルクスとフレアを窘める一幕があった。
試合前からカロンがセリーヌに忠告をする。
「学生の魔法少女ごときが私に勝てると思っているのですか。ああ、なんと罪深いことなのでしょう。悪いことは言いません。すぐに棄権をすることをお勧めしますよ」
カロンは身振りで竜人控え席に合図すると頭ぐらいはありそうなダイヤの原石を運ばせる。
「それは何ですか?」
「ダイヤモンド。名家にして裕福な私は希少な鉱石も簡単に手配できるのです。そして非常に堅いと誰もが分かるこの原石を断ち切って見せましょう」
鎧竜鱗を形態変化させ鋭い刃のように手から伸ばすと軽やかな身のこなしで跳躍伸身5回転7捻りをした後、原石に振り下ろした。
大げさな跳躍にセリーヌの目は冷ややかだ。
(普通に振り下ろせないのですかね)
「ハイィーーーー!!」
大きな気合いのこもった叫びとともにカロンは原石の両断に成功する。それには観客たちもどよめく。
凄まじい気力を注ぎ込んで成し遂げた偉業にカロンは玉の汗を払いながらもどや顔である。
「美しく、才能にあふれる私はこんなこともできます。自分の才能が恐ろしい」
「ふーーん」
会場の観客たちはカロンの力をみて冷や水を浴びたようにおとなしくなる。そして彼らは思い出したのだ。圧倒的な竜人の力を。
初戦に勝てたのはまぐれだったのでは?
そんな重苦しい空気が蔓延していく中でセリーヌはとことこと割れた原石に近寄った。
「……あの、これ本物なんですかあ? 殴って確かめていいですか」
「ええ、それで気が済むのならかまいませんよ」
「じゃあ、遠慮なく」
そう言ってセリーヌが拳を振り下ろすとダイヤの原石は粉々に砕け散る。
両断よりも難しい粉砕。
セリーヌは顔色を変えず平然とやってのけたので会場は一瞬何が起きたのか分からず静まりかえった。
「――はっ?」
何が起きたのかわからずカロンは間の抜けた声で呆けてしまう。会場にいる観客も驚きに静まりかえる。
多くの視線が集まる中でセリーヌが不敵にカロンを挑発する。
「本来ならテキトーなのですがセシルを泣かせたお前は別です。ぶっ潰しますよ。――このダイヤのように」
会場は一気に盛り上がりを見せる。萎縮した観客もセリーヌの粋な返しに熱い応援が沸き起こる。
魔法少女も負けていない。それどころか勝てるのではないか?
そう思わせるセリーヌは人々の不安を砕いてみせた。
「そんなバカな。どうやって生身の拳でダイヤを」
「どうでもいいです。それよりあなたは妹のお店を壊しました。わたしが勝ったら謝罪とたっぷり賠償金を払ってもらいますよ」
カロンはセリーヌの後方で一生懸命に応援するセシルを見て納得する。
「なるほど、そういうことですか。ですが応じるとでも?」
「この戦いが終わる頃には土下座して応じるでしょうね」
「ほう、面白いですね。この私の華麗な技にひれ伏すのはあなただということを魅せましょう」
場が温まったところでレジーナがダイヤの原石を試合場内に吹き飛ばし綺麗にすると手を挙げた。
「親善試合次鋒戦、カロンとセリーヌの試合を始める。――始めっ!!」
試合開始の合図と同時にセリーヌは素早く変身の詠唱を開始する。
「変身・上級魔装法衣、法衣選択《エアフォース》」
純白の法衣に身を包み銀の装飾防具がセリーヌに装着されていく。一帯を覆った清浄な魔力光が背中の翼を形作る。まるで天の使いを思わせる神聖な雰囲気を漂わせる魔法少女は見る人々を魅了した。
神秘的な姿にカロンは思わず美しい言いかけて思いとどまる。
(この私が他人を美しいなどと。おのれええええ)
セリーヌはすぐに足場の周りに魔装銃剣で小さなサークルを描き出す。不可解に思ったカロンは問わずにはいわれない。
「それは何のまねですか」
「あなた程度にこれ以上足場は必要ないと思いまして。まあいわゆるハンデキャップですよ」
突然の宣言にカロンは怒りで顔を赤くし会場は更にわっと沸いた。
セリーヌは相手が有利でありながらも圧倒し力を見せつけてカロンの心を折る作戦をとる。同時にカロンのプライドを刺激して冷静さを奪い、攻撃方法を予測しやすい形に誘導している。
全てがセリーヌの作戦だと気がつかないカロンはただただ表情に怒気が滲ませた。
「おのれええ、どこまで愚弄すれば気が済むのでしょう」
控え席で見守っていたマルクスはカロンの気迫を感じ取り心配になってフレアに話を振る。
「おい、いいのかよ。あの竜人が強いのは確かだぜ」
マルクスの評価にセシルが不安そうにするがフレアに焦りはない。セシルの頭をなでながら生徒たちに促す。
「そうでしょうね。しかし、皆さんセリーヌさんの戦いをよく見ていてください。きっと皆さんにはない強さを見ることになるでしょう」
そして、ついに始まる戦いに生徒たちは驚かされることになる。
残像すら起こすほどの素早いカロンの動き。
怒濤のごとく繰り出される鎧竜鱗の刃をセリーヌは魔装銃剣で斬り結びはじいていた。
カロンのアクロバティックな跳躍もあって立体的に繰り出される死角からの攻撃も全く危なげなく応じている。
その芸当がどれほど凄いことなのか。刀使いのカズハが思わず呻った。
「むっ、教官、セリーヌはあれほどの武芸者だったのか? 背後の攻撃にも正確に対応できている。拙者でもああはいかぬ」
接近戦には自信のあるシャルもゴクリと喉を鳴らし食い入るように観戦している有様だ。
だが、フレアはカズハの言葉を否定する。
「いいえ、セリーヌさんはカズハさんの剣技の足元にも及びませんよ」
それには信じられないとカズハは首を振った。
「しかし、セリーヌはあれほどの剣の冴えを見せて……いや、おかしい」
よく見るとセリーヌの剣に違和感を覚えその正体に気がついた。
「体裁き、重心移動が荒削りだ。しかしこれは――」
「おや、気がつきましたか。種明かしをするとセリーヌさんは広域ロックオンシステムと自動追尾を応用しているのですよ」
「どういうことですか?」
「相手の刃をロックオンして魔法砲撃を帯びた魔装銃剣で自動迎撃をしているのですよ。間合いに入ると剣が勝手に攻撃を防いでくれるわけです」
「なっ」
カズハはフレアの言っていることを理解すると思わず絶句する。
法衣のシステムにそのような使い方があるのかと多くの生徒がはっとしているよだった。
アリアは理解できたものの難しい顔をした。
「しかし、フローレア教官。そんなことが可能なんですの? どれほどの魔法技術が必要なことか」
「ですね。セリーヌさんは楽をして強くなることに関しては天才的ですよ。今のような戦闘システムを応用する発想だけではありません。もう一つ独自の能力を開発したほどです」
「独自の能力ですか?」
カズハの疑問にフレアはもったいぶった後に衝撃の言葉を口にする。
「放出循環系の身体強化魔法です」
「はあ?」
身体強化魔法は内向型の魔法である。だが今はフレアは奇妙なことを言ったのだ。放出循環系と。
聡いユーナがいち早くその意味に気がつく。
「まさか、それは外側から自身に身体強化魔法付与を上掛けするということ?」
「「「――っ!」」」
その意味。そして、その難しさを理解した生徒たちは目を見開いて顔を見合わせた。
身体強化魔法を放出系として自身に付与するという前代未聞のこともさることながら内向型身体強化魔法への上掛けなのだ。
発想もそうだが実際に行う難しさと危険性を思うと生徒たちは身震いした。
「並の制御力、身体への理解と知識では放出型での身体強化は運用不可能です。自殺行為といっていい。でもセリーヌさんは可能とした。だから独自であり恐ろしく強いのですよ。理論上身体強化率は二乗倍に跳ね上がります。竜人すら上回る強化が可能です」
だからダイヤモンドをも拳で砕けたのかと生徒たちは納得する。
「通常の付与魔法は炎の力で攻撃力を、風で速度など擬似的な身体強化ですがセリーヌさんのそれは別物です。強化の割合も桁違いでしょう」
「洗練された技がなくとも圧倒的な身体能力にものをいわせてセリーヌさんは接近戦クラストップレベルの実力者です」
それはセリーヌがいま目の前で証明しつつある。
セリーヌは足場の円から出ることなく、強力な膂力による攻撃をすべて防いでいる。大きな動きで翻弄しつつ攻撃を続けるカロンと最小の動きでさばき続けるセリーヌでは疲労に大きな違いが現れる。
カロンはいなされるほどに感情的になり全力で動き回っては攻撃する。だがセリーヌは冷静に全てに対応して見せた。
(う、――美しい)
自動迎撃による無駄の少ない動きで攻撃をいなすセリーヌ。カロンはいつしか心を奪われていた。だが自覚ほどに嫉妬に胸をこがし熱くなっていく。
セリーヌが越えられない壁のようにおもえて敗北感がつのっていく。
カロンがそのまま攻撃のみに集中し、いつしか防御を失念した頃にセリーヌがふっと微笑した。――かと思えば足場のサークルを超えて懐に飛び込んた。
「なっ」
突然の行動にカロンは虚を突かれ動きがわずかに硬直する。その隙を狙ったセリーヌの凄まじい身一撃が振るわれる。
想定をはるかに超える衝撃に鎧竜鱗は砕けカロンは悶絶する。
「――――ぁっ、……」
カロンはダメージの余り体がショックを受けてうずくまる。
魔法少女とはいえかなぜ少女の一撃がこれほど重いのか。
なぜ宣言した円から出てくるのか。
幾つもの文句が脳裏に浮かぶも口から漏れるのは声にならない吐息のみ。
「なぜ? といった顔をしていますねえ。わたしいつまでもサークルから出ないとは言ってませんよ」
「――んだと……」
「むしろこれは確実にダメージを与えるための策ですよ。あなたの回避力はちょっと厄介ですから」
そう言いつつセリーヌはカロンの足に向かって魔装銃剣から魔法砲撃を発砲し撃ち抜いた。
「ぐあああああ」
鎧竜鱗という鉄壁の護りを失い、動きの止まったカロンにセリーヌは時間も与えず容赦なく足を狙い撃ったのだ。これでカロン自慢の俊足も封じられた形となる。
「むふん、油断しましたね。魔法少女が小細工するはずがないとそう思い込みましたか。しかしこれも立派な戦術。嘘は言ってませんし卑怯などとはいいませんよねえ」
にやりと悪い表情を作るセリーヌを見て控え席のアリアは頭を抱えた。
「なんてこと。これではどちらが悪者か分かりませんわよ」
それにはフレアがフォローを入れる。
「いいえ、セリーヌさんの言うとおりこれは戦術ですよ。戦う力のない住民から強奪した奴らが悪に決まっています。魔法少女に悪い人はいません」
「それもそう……はっ、騙されませんわよ。セリーヌさん。正々堂々戦いなさい」
セリーヌの戦い方は魔法少女たちに不評のようで竜人よりも大きな非難が次々上がる。
それにはレジーナがセリーヌに問いかける。
「セリーヌ。味方からバッシングを受けているがかまわないのか?」
「みんないい子ちゃんですねえ。まだ甘口もいいところなのですが」
そう言ってカロンに近寄り膝をつく彼の耳にそっとつぶやく。
「あなた、学生時代にずいぶんやんちゃしたそうですねえ。名家である実家への反抗期でしょうか」
「なっ、何を」
「ロストエンジェルカロン、でしたっけ」
「ほおおおーーーー、わあああああああ」
それには突然カロンが奇っ怪な叫びを上げてセリーヌの言葉を塗りつぶそうとする。痛みとは違う冷や汗が一気に吹き出しては顔色が真っ青になる。
「いやあ、素晴らしい拗らせ方ですねえ。あなた鎧竜鱗の刃を使うとき、なんで《ドレイクネイルオブグローリー(栄光の亜竜爪)》って言わなくなったんですか」
「よせええええええ。私の古傷をえぐるなあああ」
「あなたのチーム《ブラッディークロス》の四天王は未だにあなたのことを予言者と慕っているそうですよ、ぷっくく」
「なぜ、知っている?」
そこでセリーヌはとあるメモ帳を懐から周囲に見えないように取り出すと、カロンにペラペラとページをめくり内容の一部を見せる。その後、カロンは顔面蒼白、今にも卒倒しそうな様子でありながらも辛うじて意識を保ちセリーヌを見た。
そのメモ帳はフレアが収拾したカロンの情報が書かれている。中には暴露すると社会的抹殺も可能な秘密も記されていた。
「何が目的なのです」
「分かりきったことを聞かないでください。試合前に言いましたよね。それさえあればわたしの良心がこのメモ帳を燃やすことでしょう」
躊躇をみせるカロンにセリーヌの視線がとどめを刺した。向けられた視線の先はエクリスだ。するとすかさずカロンは手のひらを返して土下座した。
「申し訳ありませんでした」
「具体性が足りないですよ」
「あなた様のご親族のお店を破壊してしまい大変申し訳ありませんでした」
「妹にも後であやまってくださいね。でないと」
「誠心誠意謝罪させていただきます」
「賠償も色をつけて返してくださいね。名家なんですよね。できますよね」
「言い値を申しつけください」
そこでセリーヌはメモを魔法で焼き払うと、カロンを指差してレジーナに言った。
「これ戦意喪失でわたしの勝ちでいいですか?」
セリーヌは第三者を巻き込んで脅迫したわけではない。そもそも明確に脅迫したわけではない。証拠となりそうなメモも消失してしまった。グレーな判定であるがルール違反を問えない。ここに至りレジーナはなぜフレアが8番目のルールを奇妙な言い回しにしたのか、その真意を知り身震いした。
納得のいかない様子であるがカロンが何度も勢いよく頷くのでレジーナは渋々といった様子で宣言する。
「勝者、セリーヌ」
会場の観客は遠目でセリーヌとカロンの間にあった会話を知る由もない。魔法少女なので足を負傷し勝ち目のないカロンを説得して降参させたとしか思われなかった。
王国側が竜人相手にまさかの2連勝、その結果だけを喜ぶのだった。
カロンの敗北を受けてゲールはかつてない焦燥感にかられた。
もう後がない。
更に若手最強であったカロンが一見すれば手も足も出ずに負けたようにしか見えない。であればカロンに劣る残りのメンバーではより勝算は薄い。
ゲールはエクリスからも後がないと釘を刺されている。ましてや竜人が3連敗しようものなら言い訳のしようがないほどの失態である。
強さを重視する種族内でこれは致命的であった。
「次、負ければ俺様は破滅だ。なんとしても勝たねばならない」
自身に言い聞かせるようなつぶやきの後、濁った瞳でゲールは顔を上げた。
「――そうだ。どんな手を使ったとしてもだ」
ゲールからは不穏な気配が立ち上っていた。




