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第42話 竜人王女編 『先鋒戦 パティ対ゾルダーク』

 親善試合前日。

 両国重鎮たちの会食の後、フレアはG組の面々を集めて移動魔工房へと向かっていた。

 竜人たちに占領された都市ベルカは夜という時間帯を考えても異常な静寂が支配する。ゲールが行った略奪によって人々はおびえ息をひそめるように家に引きこもっているのだ。

 その様子に魔法少女たちは我のことのように心を痛めるのだった。


「ベルカと言えば王都ほどではないにしろ歓楽が盛んで華やかな芸能の都。そこら中に明かりがともり、深夜まで眠らない都市といわれているのよ」


 それがまるで都市が死んだようにしーんと静まりかえってる。これを見ては竜人の行った傷がどれほど深いものか痛いほど伝わってくるのだ。

 閑散とした様子にユーナはそれ以上口にすることを憚る。

 建物は傷み都市機能が死んでいる惨状にセリーヌが堪えきれずに願い出る。


「あの、フレアさん。良ければわたしの商会の支店に寄ってもらっていいですか。妹がいるんです。エクリス王女が来てからは略奪も抑えられているようですが……」

「かまいませんよ」


 妹と聞いてG組の生徒に反対する子はいなかった。家族が心配なのだろうと察したからだ。

 だからだろうか、ベルカの支店の有様を見たときは言葉が出なかった。

 ベルカでも最大級の商店。それが半壊に近い状態まで破壊され商品はすべて奪われ何もない。

 不吉な想像が脳裏に浮かびセリーヌはたまらず安否の確認を急ぐ。


「セシル。無事ですか。返事をしてください」


 セリーヌとは思えない切羽詰まった必死な呼び声が響く。

 他と比べてもこの店が特に酷い被害を受けている。まるで見せしめにされたかのように。

 すぐに奥から小さな少女が出てくる。その姿を見たセリーヌがすぐさま抱きしめる

 

「セシル!! 怪我はしてませんか。酷いことされていませんか」

「お姉ちゃん?」


 セシルと呼ばれた少女は突然現れたセリーヌに目をまん丸に見開いて驚いている。なぜここに姉がいるのか疑問はあってもまずはしっかりと答えた。


「大丈夫だよ。危ないところを黒い魔法少女さんたちがきて追い払ってくれたから」

「黒い魔法少女……たち?」

「あ、秘密にしてって言われたんだった。内緒だよ」

 

 気丈に振る舞おうと頑張ったが時が経つにつれてぽろぽろ涙をこぼす。


「ワタシ頑張ったよ。お兄ちゃんたちみたいに曲がった商売はしない。お姉ちゃんみたいに立派な商いを貫くんだってお父さんに任せてもらったのに、ごめんなさい。……でも、また、がんばる、から、だから……心配しな、い、で……」


 涙をこぼすけれども泣き声だけは必死に堪えて言い切った。


(小さいのに立派な子ですね)


 フレアがここで一体何があったのかと思案していると後方から下品な笑い声がする。


「ケタケタケタ、ガキどもが夜うろついていると報告を受けてきてみれば明日戦う魔法少女の雑魚どもか」


 それにはすぐさまフレアが前に出て男と対峙する。魔法少女を馬鹿にされたフレアはすぐに潰そうとするも思いとどまる。

 よく見ると相手は竜人のゲールだ。庶子との子供らしいが一応王族だとフレアは報告を受けている。


「雑魚? それは何の冗談ですか」

「ケタケタ、生意気なガキだな。俺様を誰だと思ってやがる」

「王都に独断で攻め入り失敗した無能だと報告を受けています」


 それにはゲールの背後にいる護衛の竜人がザワついた。ゲールは苛立ちをみせるも奥にあるマーキュリア商会の支店にいるセシルを見て醜悪な表情を浮かべた。


「ニターー。なんだあ。その店に用があったのか。バカだよな。俺様に逆らわなければ良かったものをよ」

「……どういうことですか?」

「なあに、俺様の徴収に応じず拒否したからな。見せしめに再起不能になるくらい破壊してやったよ」

「あなた、自分が何を言っているか分かっているのですか」

 

 フレアだけではない。ようやく事情を飲み込めてきた生徒たちもゲールの非道を知り怒りをおぼえた。


「世渡りの方法も知らないガキが生意気にも不当な圧力には屈しないと言いやがったから教訓を教えてやっただけだ。むしろ感謝してほしいぜ」


(あ、やばいですね。クズ過ぎて思わず殺したくなりましたよ)

 

「まあ、おかげで他の住民も素直に財産を渡すようになったし俺様為政者の才能ありまくりだな。ケタケタケタ」


 ゲールの笑いに竜人の取り巻きたちも同調して笑う。フレアはゲールの話を聞いてめまいをおぼえた。


(すがすがしいほどのクズですね。前世でもこういうイケメンとは対峙したものですがこれは潰しがいがありそうです)

 

「お前らもここで泣いてわびるのなら手加減してやってもいいぜ。魔法少女だか知らないが(しょ)(せん)は人間。ましてやまだ通って半年もたたない学生だ。目をつぶっても勝てるぜ」


 それにはゲールの取り巻きが大爆笑。耳障りな笑いにフレアは既に怒りの沸点を超えて言葉もない。

 そんな中でセシルが精一杯の声を上げた。


「そんなことないもん。セリーヌお姉ちゃんは、魔法少女は悪い人たちに絶対に負けないもん。魔法少女は人類の希望で、とっても強いんだから!!」

 

 少女の精一杯の訴えもゲールたちには届かない。なおさら笑いの種になるだ。


「お嬢ちゃん、お前が幾らいっても肝腎の魔法少女たちが何も言い返せせてねえぞ。この腰抜けどもが。全員棄権をお勧めするぜ」


 ゲールは満足したのか、取り巻きを引き連れて満足げに去っていく。

 彼らは知らない。魔法少女たちが反論しないのは他国の王族ともめて外交問題にする事態をさせただけに過ぎない。

 それともう1つ――――。


「「ふふ、ふふふふふ。あーーーーーーはははははははは……」」

 

 フレアとセリーヌが狂ったように笑い出す。生徒たちは2人に渦巻く激情を感じ取り押し黙るしかなかったのだ。


「与し易し」


 そうフレアが断じてセリーヌと視線を交わす。


「フレアさん、明日の親善試合。完膚なきまでに叩き潰してあげましょう」

「当然です。ただ勝つだけでは飽き足りません。試合に乗じてゲールとその一派を精神的に社会的にも抹殺します」


 ぶち切れた2人の物騒な発言に生徒たちは真っ青になっていく。方法は全く見当がつかないがフレアなら必ずやる。彼女たちはそう確信している。


「わたし、家族を馬鹿にされて黙ってるほどお人好しじゃないんで。死んだ方がマシって目に遭わせてあげますよ」


 フレアとセリーヌはまるで長年の戦友のように気持ちを1つにしてハイタッチを決める。

 

「「あのクズイケメン潰しますよ」」


 ここにおそるべき策略家2人がタッグを組んだ。これを見てリリアーヌは1つだけ言えることがある。


「あのゲールって竜人終わったね」


 


 そして、試合当日。

 5千人を収容できる石作りの巨大な闘技場にて親善試合は行われる。

 大勢の観客と両国の重鎮が見守る中、代理戦争が始まろうとしていた。

 試合は直径五十メートルもある四角い石の試合場で執り行われる。

 審判はレジーナがつとめ、それとは別に(きゅう)(きょ)解説もつくことになった。

 フレアがねじ込んだ渡り商人の御園衆の1人、オギンである。


『さあ、いよいよ13歳以下の見習い魔法少女と23歳以下の若手竜人の選抜による親善試合がはじまりますよーー』


 拡声器の用途を持つブローチ型の魔導具を手にオギンが愛嬌を振りまいた。

 妖艶さと愛くるしさを兼ね備えた美女の姿に観客たち、主に男からは熱烈な歓声が上がる。


『はーーい、元気な声援ありがとーー』

『自分でいってて思ったのですが既に年齢制限からして竜人はえげつないですよねーー。竜人側も13歳以下にしたらいいんじゃないの?』


 その言葉には同調する観客の声が飛んでいる。

 竜人アウェーの会場で代表者であるフレアとゲールが試合前にルールの最終確認のため顔を合わせていた。


「――だ、そうですよ」

「あの解説はお前の仕込みか。小賢しい」

「私を非難するならそっちも13歳以下にしてくださいよ。そうすれば公平ですよ」


 もっともな意見にゲールはさすがに反論の余地はない。

 誇りを重んじるエクリスも既に決まったこととはいえ機嫌が悪い。

 だがフレアの策略は始まったばかりだ。


『情報では共和国側の先鋒はゾルダーク選手のようですね。早速ですので紹介しちゃうよーー』


 会場には大きなスクリーンが設置されている。そこに光魔法で映像がうつることを知らない観客たちは突然広がる鮮明な画像にどよめいた。

 そこにはゾルダークがベルカで金品を巻き上げる様子が映っている。


「な、何だあれは!?」


『ゾルダーク選手はベルカにおいて5つの商会からお金を不当に巻き上げて総額275万6512フォードを手にしています。竜人って盗賊と同義なのでしょうか(笑)』


 その情報に会場では竜人へのブーイングが巻き起こる。さらには王都であった戦闘風景が広がった。


『能力は相手を幻術にかけて操るようです。親善試合でこの能力を使うならきっと興ざめですね』


 更にゾルダークの心をえぐる過去まで語られていく。


『周囲ではその能力と根暗な性格が災いして《竜人ぼっち》と部下から影で呼ばれています。親しい友人がおらず奇抜な言動からますます距離を置かれているとか。これには同情しちゃいますね。まあ、同情だけで知り合いにはなりたくないですよーー』


 聞いていたゾルダークは羞恥のあまり肩がぷるぷると震え爪を噛んでブツブツと1人ごとをつぶやいている。明らかに動揺が見て取れた。

 試合前から精神攻撃を仕掛けるフレアにゲールは開いた口が広がらず硬直していた。


「貴様は悪魔か」

「ひどいですねえ。場を盛り上げる演出ですよ。なんといっても親善試合ですから」


 しれっといってのけるフレアに()(ひん)(せき)のティアナクランは頭を抱え、エクリスは愉快そうに笑っていた。


「なかなか面白い人材だな、ティアナクラン」

「笑っていられるのも今のうちかも知れませんよ。フローレアを怒らせるとどうなるのかわたくしでも想像がつきません」

「ほう、それほどか」

「これから嫌というほど思い知るでしょう」

「それならそれでいい。ゲールの奴は正直目障りだったのでな」


 その言葉にティアナクランは深いため息をつく。負けても邪魔者を排除できる。エクリスの思わくに思うところはあった。

 それでもフレアがこれからやらかすのではないかと気が気ではなかった。



 フレアが魔法少女たちの控え場所に向かうと、誰が(せん)(ぽう)をつとめるかで揉めていた。


「ここは拙者がいこう。年長の1人として先陣を賜りたい」

「いいえ、ここは私がいきますわ~~」


 カズハやサリィが主張しあう中でフレアはシャルの姿が見えないことに気がつく。


「あれ、シャルさんはどちらに」


 キョロキョロと周囲を見回す中で活力に満ちた大きな声が耳に入る。


「あーーはははっ。先鋒はクラス最強(自称)のわたしよ。格の違いを見せてあげるわ」


 既に試合場に上がろうとするシャルを気がついた生徒たちが慌てて引き留めに入る。


「ちょっとお待ちなさいシャルさん。あなたは下がってくださいな」

「なんでよ。こういうのはね。最初に勝利して勢いに乗るのが一番よ」

「「「だめーー」」」


 一斉に反対されてシャルが涙目になっていく。


「な、なんでよ。どうして止めるのよ。あいつら皆を馬鹿にしたもん。わたしが懲らしめてやるんだからーー」


 仲間想いの発言は嬉しいのだが最年少のシャルを試合に出すのは心配だった。クラスにとってシャルは皆の妹的存在である。実力も接近戦では上位でも全体的な戦闘力は平均的。特に精神面で非常に不安要素がのこる。

 シャルを出すわけにはいかない。それは生徒たち共通の認識だった。

 

「ちょっとフレアさん。どうしますの。どうにかして説得してくださいな。未熟なシャルさんを試合には出せませんわよ(ヒソヒソ)」

 

 困り果てたアリアがフレアに助けを求めると心得ましたと頷いた。


「仕方ありません。こういうとき、お約束ともいうべき『魔法の言葉』が存在します。それを使うとしましょう」

「そんな便利な言葉がありますの?」

 

 フレアはシャルに近づくと穏やかな表情で説得に入る。


「シャルさん、最初の竜人はゾルダークです。あの程度の相手にあなたが出てもいいのですか?」

「どういうことよ」


 フレアはもったいぶった間を置いたあとで話を続ける。

 

「私はシャルさんを大変評価しています。だからこそこんな初戦に出すわけにはいかないのです」

「ふ、ふーーん。殊勝な言葉ね。悪い気はしないわ」


 そして、フレアはしっかりほめて持ち上げた後、『魔法の言葉』をかけた。


「あなたはG組の《秘密兵器》なのです」

「ひ、秘密兵器!?」

「はい、秘密兵器とは私たち最後の砦。最終兵器。――切り札です!!」

「ほ、ほわあああああーーーー」


 持ち上げられ過ぎてシャルは今にも鼻が高々と伸びそうになっている。いわゆる天狗である。

 すっかり気分を良くしたシャルは高らかに笑ったあと、対面側にいる竜人たちにズビシッと指さした。


「命拾いしたわね竜人ども。まあ、最強のわたしが出るまでもないわ」


 言われてゲール率いる竜人たちは皆殺意をみなぎらせてにらみ返すが鈍感なシャルは気がつくことなく笑い飛ばした。


「フレアさん、見事な説得だったわ」


 シャルの機嫌を損なうことなく説得に成功したフレアをユーナは手放しで褒め称えた。


「いえ、シャルさんみたいなキャラにはよく効くお約束ですからね。褒めるべきはこれを編み出した先人ですよ」

「へえーー、先人ねえ」


 ユーナは興味深そうにフレアの言葉を聞き意味深に返した。


「何より先鋒はもう決めてありますからね」


『そうなの?』と周囲の視線が集まる。


「先鋒はパティさんです」

 

 初戦からG組の《ミラクルエース》投入に生徒たちは顔を見合わせる。フレアは理由を説明する。


「パティさんには強運がありますからね。これで勝てば勢いに乗れること間違いありません」


 更にセリーヌが補足する。


「それにゾルダークの幻術対策でもあるんですよねーー」

「どういうことですの」


 意味が分からないと説明を求めるアリアにセリーヌはむふん、と意味ありげに笑みを浮かべるだけだ。




 時間が来ると試合場にてパティとゾルダークが向かい合う。


「よろしくお願いします」


 快活な声を聞き、ゾルダークはくっくっくっと声を上げた。


「貴様が我の最初の生け贄となる魔法少女か。闇の偉大さを思い知らせてやろう」

「うわあ、もしかしてあなたも闇の魔法が使えるの。わくわくだあ」


 それには片目を手で隠しながらゾルダークが眉をひそめて問いただす。


「何? まさか貴様も闇の洗礼を受けし者か?」

「洗礼? よく分からないけど友達の1人にすっごい闇の魔法少女がいるんだ。昔稽古をつけてもらったことがあるけどほんとやりづらかったよね」

「ほう、だが我ほどの使い手はいまい。我は深遠にして暗黒の世界を支配する暗黒神の生まれ代わりであるからな」


 そこに解説のオギンさんから指摘が入る。


『ああーーと、設定がぶれています。情報では混沌世界の暗黒神のはずです。これはイタイですねーー』

 

 沸き上がる会場の笑いにゾルダークは顔を真っ赤にして怒りを滲ませる。


「わ、我は混沌と暗黒世界の2つの支配者の生まれ変わりなのだ。断じて設定ではない」


 そこで両者にレジーナの声がかかる。


「そろそろ時間だ。試合を始めてもかまわないか?」

「くくく、かまわん。この会場にいる人間どもに闇の恐怖を知らしめねばならぬゆえに」

「正々堂々お願いします」

「これより親善試合先鋒戦、ゾルダークとパトリシアの試合を始める。――始めっ!!」


 レジーナの開始の合図をきっかけに両者は同時に動き出す。

 ゾルダークは闇の魔法砲撃を無数に作り出すとパティに向かって砲撃する。

 同時にパティは魔装宝玉を持って変身した。


「《ラブハート》、変身トランス魔装法衣(マギカコート)

 

 瞬時に純白と薄桃色の法衣に身を包み朱の精霊結晶が輝く軽装鎧に身を包む。

 変身完了後、すぐさまパティは突撃を始める。


「ふははは、見え見えだぞ」


 バカ正直に突っ込んでくるパティをゾルダークはあざ笑う。突然軌道を変えて殺到する闇の砲撃はしかしパティに触れる前に霧散する。


「なんだと!!」


 驚愕で意識が奪われているうちにパティが懐に飛び込んでゾルダークの顔に正拳突きをたたき込んだ。

 ドシンと響くような音とともにゾルダークが後方に吹き飛ぶ。


「ちぃ」


 空中で体勢を立て直しゾルダークは試合場から落ちないように足を引きずりながら停止する。

 鎧竜鱗に守られたゾルダークには思った以上のダメージは見られない。だがパティはにこりと笑った。


「これが鎧竜隣か。確かに堅いけどなんとかなりそうかな」


 パティは予めフレアより可能ならばアブソリュートアタックを封印して倒すように言われていた。初撃の手応えからパティは力尽くでも破れそうだと判断した。

 一方ゾルダークは信じられないと言った様子で叫んだ。


「なぜだ。なぜ、闇の力がかき消えた? 魔法障壁を張っていなかっただろう」

「ああ、それね。私闇への耐性が凄いんだって。だから中級魔法ぐらいなら無力化しちゃうよ」

「そんなばかな」


 試合場の外ではアリアがフレアに尋ねる。


「パティさんの言っていたことは本当ですの?」

「ええ、闇の精霊たちはパティさんのウザさ……いい間違えました。元気さが苦手のようでして闇の魔法使いの天敵といえるのですよ」

「それでパティさんを先鋒にしましたのね」

「それだけではありませんよ、まあみててください」


 パティはキラキラした目でゾルダークに語りかける。


「さっきの解説さんの話を聞いていたよ。ぼっちなんだってね。よかったら友達になろうよ」

「ぼっちっていうな。友達など不要だ。人間強度が下がるからな」


 それには突然パティが悲しそうに涙を流す。


「おい。なぜそこで泣く?」

「きっと愛や友情を知らずに生きてきたんだね。でも大丈夫これからは私が友達だよ」

「意味が分からん。というかこいつ頭がおかしいのか。試合中に友達とか正気とは思えん」


 にじり寄ってくるパティにゾルダークは言い知れない圧力を感じて後ずさる。そして心が乱され単調な砲撃を繰り返す。ゾルダークの動揺の程が(うかが)えた。

 今度は威力を上げて放ってくる砲撃だがパティは《ガンマギカナックル》で正確に撃ち抜いて霧散させてしまう。

 急速に収束する風の拳がうなり大気を切り裂き闇の魔法を打ち払う。


「愛とは錯覚だ。気の迷いに過ぎない」

「そんなことないよ、私両親から愛されたから今の私がいるんだもん」

「友情とは人間強度の薄い弱者が語る幻想だ。弱いから群れたがる社会的動物の習性に過ぎない」

「難しいことはよくわかんないけど1人よりは楽しいよ」

「ぬおおお、こいつ、話が通じない。誰か助けろーー」


 ついには頭をかかえて天に向かって絶叫するゾルダーク。見ていたセリーヌとアリアはその気持ちは分かると同情の視線を向けていた。

 精神的に追い詰められたゾルダークはついに奥の手を切り出した。


「貴様は我を本気で怒らせたな。これは使うまいと思っていたのだがな。我の左目がうずいて仕方ない」


 ゾルダークの左目が不気味な光を放つとそれをパティに向けた。

 

「食らえ《暗黒冥王眼》」


 それは王都でも使用された敵を操る幻術である。王国の精鋭近衛部隊でも多大な被害を出したゾルダークの奥義にアリアが叫ぶ。


「パティさん目を見てはだめよ」


 アリアの忠告も虚しくパティはまんまとゾルダークの術中にはまり幻術に捕らわれていく。手応えを感じゾルダークは口をつり上げようとしたとき異変が起こった。


「ぐわあああああぁぁぁーー」


 不思議なことに術をかけたゾルダークが苦しみだし膝を屈したのだ。予想外の事態にアリアは唖然とした。


「……これはどういうことですの」


 事態が飲み込めないアリアにセリーヌが説明する。


「あの暗黒……何でしたっけ。とにかくあの恥ずかしい幻術技には弱点があったということですね」

「弱点?」

「それは、幻術にはめる相手と精神がつながるということです。福音魔法に似ていますね」

「精神をつなげる――まさか!?」


 アリアはセリーヌの言っている意味に気がつき恐怖に震えた。


()()パティさんと精神をつなげるですって? 自殺行為ですわよ」

「あなた何気に酷いこといってますよ」


 フレアの突っ込みにアリアは反論する。

 

「指名したのはフレアさんですわよね。これが狙いだったのだとすれば酷いのはどっちですの」

「ふふ、きっと相手はパティさんの思考を読み取って混乱していることでしょう。ゾルダークにとっては耐えがたい情景が広がっていることでしょうね」

 

 実際ゾルダークはフレアの言うとおり脳裏に広がる光景に心の底から恐怖していた。なぜならパティの精神世界は暗黒とは正反対の愛と友情とメルヘンに満ちた場所であったのだ。

 本来であればゾルダークの思考する地獄のような世界に相手は恐怖するはずだった。しかし、パティに限ってはお花畑の広がる世界が逆に侵蝕し擬人化した可愛らしい動物のキャラクターが仲良しこよしと塗り変えていく。


「ありえない。何なんだ。この強烈な思考は?」


 ゾルダークは自身の震える手を見て手首を押さえる。


「くそっ、静まれ。なぜつぶらな瞳の人形どもに我が恐怖などと」


 そこに愛らしい人形たちがやってきてゾルダークを囲む。


「ねえ、お兄ちゃん、一緒に遊ぼう」

「さ、さわるなあーー」


 手を差し伸べる手を振り払うと人形は悲そうな声で言った。


「大丈夫、ここに君を傷つける人はいないよ。友達になろう」


 周囲ではゾルダークを歓迎する歌と演奏が繰り広げられ、色とりどりの花が咲き乱れた。気がつけば周囲に見える木々すら擬人化しゆらゆらと動き出す。

 楽しげに流れる音楽はゾルダークの価値観をものすごい勢いで書き換えていく。


「うわあああ、笑い声が嘲りに聞こえる。優しさが哀れみに思える。やめろ、そんな眼でみるなあああ」

 

 もはや熊の人形はおぞましい魔物にしか見えない。憔悴した顔でゾルダークは悟った。

 

「ここは、地獄か? ……そうか、本当の地獄とはこういうことだったのか」


 そして、自らの手を見るといつの間にか熊の人形の手になっている。


「う、うわあああああーーーー」


 もはや彼にとって最悪のホラーがここにあった。



 現実世界では発狂したように叫ぶゾルダークを見てレジーナが危険だと判断し拳を腹部にたたき込む。崩れ落ちながらゾルダークは言った。


「……つぶらな瞳の、悪魔」


 恐怖を湛えた目でレジーナに訴えると意識を手放す。

 ゾルダークの戦闘不能を確認しレジーナは立ち上がり宣言する。


「勝者、パトリシア」


 それには観客が大いに沸いた。略奪によってベルカの民の竜人への反感は大きく魔法少女の勝利に歓声が上がったのだ。


「――ほへ?」

 

 パティにとってはゾルダークが勝手に自爆したようにしか見えない。

 控え席に戻ったパティはアリアになぜか勝てたのかと尋ねる。


「優しさも受け取る側にとっては凶器にもなり得るのですわ」


 なんともいえない苦々しい表情で答えるアリアにパティはますます首をひねっていた。



 一連の試合を見ていたカロンはゾルダークをみてあざ笑う。


「なんと無様な戦いでしょう」

「全くだな」


 ゲールはそう言うとカロンに視線を向ける。


「あいつは選抜メンバーの中でも最弱。元々期待していないかった。まあいいハンディキャップだ」

 

 ゲール陣営に焦りはない。なぜなら次は実力申し分ないカロンが出るのだから。


「もう奴らに勝ち目はなくなった。そうだろうカロン」


 華やかに、美しい舞とともにカロンは答えた。


「ご安心くださいゲール様。以降はこのカロンが華麗な技で観客を魅了し、勝利という名の華を咲かせて魅せましょう」

「……カロン。もっと普通に話せんのか?」

 

 いちいち決めポーズを決めるカロンにゲールは溜め息とともに指摘するのだった。


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