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第37話 竜人王女編 『忍び寄る竜人の悪意』

 交易都市ガランに続く街道。街から引き返すように駆けていく赤髪の少女。

 全速力の馬よりもはるかに速い。にもかかわらず軽いジョギングのように息を切らすことがない。

 そして、前方の気配に気がつき急停止すると声を駆けられた。


「ブリアント王国王都に影武者を向かわせてエクリス様はどこに行っていられましたか」


 とがめるような視線を投げかけレジーナは主に問う。

 

「いちいち貴様に告げねばならぬのか。貴様は母親か?」

「共和国で私がどう言われているかご存じですか。エクリス様の御者ですよ」

「初耳だ。貴様はわらわを乗りこなしているようには思えぬ」

「ええ、ええ、そうでしょうとも。――肩代わりしている執務を押しつけますよ」


 それにはエクリスの表情が凍り付くように固まると態度を急変させる。


「待て、それではわらわが死ぬほど嫌いな単純作業をこなせというのか?」

「それが本来のお仕事です」

「本気なのか?」


 レジーナはお手本のような綺麗な笑顔をのぞかせる。禁じ手とも言えるこの話題を持ち出すときはレジーナが本気で怒っているときだと知っている。


「ところでガランに行っていたようですが騒ぎを起こしてはいませんよね」

「案ずるな。人間に擬態した」


 エクリスは騒ぎを起こしたことを否定しなかった。レジーナはすうーーと目を細めて問いただす。

 

「何をしたのか詳しくお話しください」


 問答無用の笑顔で圧力をかけるレジーナ。言わなければボイコットだと目が口ほどに語っている。


「このわらわが店頭にあった串焼きを食してやったのだ。涙を流して献上するべきところだぞ。なのにその店主はふざけたことに金を払えと言ってきたのな。脅してやったら騒ぎなった」


 それにはレジーナが額を抑えた。このばか天災王女、とレジーナはつぶやく。


「そうそう、そこで面白い少女と(すご)(うで)の騎士に会ったぞ」

「少女ですか?」

 

 レジーナは少女の方にだけ反応を示す。ろくでもない予感がしたからだ。


「うむ。わらわを前にしても全くひるむことのない肝の据わった少女であったぞ。しかも、初手に菓子を食わせてきた」

「菓子ですか」

「うむ。実に美味であった。見たこともない甘い菓子であったぞ」


 レジーナはズキズキと痛くなってくる頭をどうにか堪えた。相手はエクリスが竜人だと気がついて実に効果的な手を打ったようにおもえた。何より大好物の菓子を的確に与えたのだ。第一王女であることすら気がついたかもしれない。

 小さな少女でありながら、成熟した大人の精神とエクリスすら御するかもしれない頭脳の少女にレジーナは心当たりがあったのだ。

 悩ましいことにさらなる問題を呼びそうなせりふが飛び出した。


「近くにこの国の王女がいたぞ。なにゆえガランにいたのかは分からんがな」


(ブリアントの王女と言えば最強の魔法少女と言われるティアナクラン?)


 レジーナは軽率な主によって非常にまずいことになっていることに気がついた。おもわずエクリスに殺意をむけるほどである。


(出会った少女がグローランス嬢であったなら確実に見破られたでしょうね。それと王女の組み合わせとは……。本当にこのバカ主はドラブルばかり引き起こす)


「エクリス様、帰ったら山のような書類をプレゼントしますね♪」


 恨みしかこもらない笑顔でレジーナは宣告した。どうやらレジーナを本気で怒らせたことを知ったエクリスはこのときばかりは素直に頷いたという。



 

 それはフレアたちがお忍びのエクリスに出会った日のことだった。

 王都ではファーブル翼竜共和国エクリス王女とその一団が既に向かっていると使者が告げた。それを受けて王国は慌ただしくなった。

 交流ということだがただの交流ですむはずがない。ビスラードはそう判断したからだ。連絡を受けたティアナクランは王国最強戦力が対応できるように王都に向かうことを決意しフレアにも指示を出す。

 

「フローレア。王都ロンドウィルに同行しなさい」


 突然切り出された命令にフレアは条件をつける。


「では、学園の魔法少女をすべてガランから撤退させ影武者を用意しますね」

「はあ?」


 突然の提案に驚きはしたものの事情を聞くと王女は面白そうねと意地の悪い笑みを浮かべる。

 それを見たリリアーヌは疲れた表情をみせた。


 フレアはガランで出会った少女がファーブル翼竜共和国のエクリスであると見抜いていた。不意を突いて後日学園を訪れるだろうとフレアは予想した。

 であるならエクリスに一般人と変わらない偽物の魔法少女を用意することで(かた)()かしをくらわせる。

 それがフレアの悪巧みだ。


「それに急いで王都に向かった方がいいでしょうね」

「どういうことですの」

「あの少女がエクリス王女であるのなら、こちらの力を試す意味で先制を仕掛けてくるでしょう」

「どうしてそう思いますの」

「ああいうタイプは出鼻にガツンと不意をうつのが常套手段です」


 前世の経験をもとにした勘だがフレアは間違いないと確信している。


(最悪、王都にたどり着く予定日も偽って前倒しでくる可能性もありますね。そうだった場合は手遅れです。やってくれますねえ)

 

 そうであって欲しくないとは思うのだがフレアはできる限りのことはしようと動き出した。

 


 そして、フレアは1年G組ともう1つの魔法少女クラスに加え、選抜したマルクスとレイを含む騎士科の学生たちと護衛のランスローを連れて王都に向かっていた。

 移動は移動魔工房である。何よりとんでもないところを走っていた。

 それは空だ。

 

 街道を歩く商人は綺麗な青空広がる陽気に足取りが軽い。だがふと雲1つないはずであるのに影が差す。

 そして何事かと見上げると堅い金属に覆われ漆黒に塗装された空飛ぶ箱形の物体頭上を過ぎていくのだ。それにはたまげてしまう。


『な、何じゃあれは』


 地面に尻餅をつき腰が抜けてしまった商人はきっと次なる街ではこのことを話してうわさが広がることだろう。

 移動魔工房は無極性魔法の応用で空を走るまでに進化していた。位置エネルギー操作で擬似線路を一時的に形成し固定、その上を走る。質量制御の魔法で軽くなっている車輌は軽快かつ力強い走りで王都に向けて進んでいた。


「うわーー、たっかーい。ドキドキわくわくがとまらないよーー」


 窓から顔を出しめまぐるしく変わる景色にパティが喜びの声を上げる。パティだけではない。多くの生徒が同じように外の景色に興味を引かれて眺めている。

 引き込まれるような風景と駆け抜ける風の新鮮な体験に生徒たちは落ち着かないようだった。馬車よりもはるかに速く、何より空から眺める絶景はなかなか飽きることはない。

 移動魔工房は今回の移動に際して前と最後尾に動力機関を搭載した車輌でかため、間に武器庫、工房、倉庫、食堂、教室、道場、客室車輌が連結。全12輌編制で進んでいた。


「これは授業どころではありませんね」

「仕方ないよフレアっち。午前中は自由にさせて午後から授業にしよう」

「そうですね」


 車輌内は外見以上に広い。なぜかと言えばリリアーヌの協力で時空魔法を取り入れ車内を亜空間化。中は本来の数倍に拡張されている。

 そのため車輌の中の生活にもかかわらず広々としていて圧迫感は全くない。

 シャルが走り回ってはしゃぐくらいだ。


「シャルさん、走ると危ないですよ」

「あはは、フローレアさん、何教師みたいなこと言っているの」

「あの、私一応教官なのですが」


 そうだっけ、と素で忘れていた顔をされるとフレアはやるせない気持ちになる。


「フレア、あなたもあのぐらいがちょうどいいのよ。まだ11歳なのだから」


 隣ではもう1人の教官、フロレリアがニコニコと生徒たちを見守っている。


「ママ、じゃなくてフロレリア教官。公私は分けないといけません」

「ああ、娘として頼もしいのにさみしいわ」


 複雑な様子のフロレリアにリリアーヌが背中をさすって慰めた。

 子供らしい時間を与えられなかったことに対する母親の苦悩をフレアは知らない。しかしフレアにとっては大好きな魔法少女で母親のフロレリアに褒められたいという思いが強い。これはこれで子供らしい一面もあったりする。


「魔導騎士科の生徒は道場で訓練中のはずですよね」

「あらあら、そうだったのね」

 

 その後、フレアたちは訓練の様子を見るために足を運んだ。道場の車輌内には木造の内装が施された落ち着いた空間が広がる。

 マルクスやレイをはじめとする魔導騎士科の選抜メンバーがミレイユの指導のもとで武術の訓練を行っていた。

 気迫のこもったかけ声が途切れることなく響き、臨場感あふれる訓練が(うかが)えた。


「ティアナはどうしてマルクスたちを連れてきたのですか。ミレイユさんも一緒ということは何か意図があるような気がしますが」

「意図はあります。近衛軍とは別の最強騎士団を新設するためです」

「それって必要ありますか?」

「いずれわたくし直属かつ動きが軽い強力な軍が必要になります。これはその布石なのです」


 それ以上は内緒ですとティアナクランは口を閉じた。


「ミレイユさんは新設する新組織の中核をと考えているのですね」

「まあ、そんなところね。これから少しずつ信頼できて実力のある人材を集めていくつもりです」

「ミレイユさんはそんなに優秀なのですか」

「彼女は元々魔法少女になってもおかしくない人材なのです」


 それにはフレアが驚きの声を上げた。


「えぇーーーーーー!!」

 

 突然の絶叫に道場にいた魔導騎士科の生徒たちが注目するがフレアだと知るやいつものことだと納得し訓練はつつがなく進む。


「当時は魔装宝玉はとても少なく貴重だったのよ。ミレイユは選ばれこそしなかったけれど魔法少女としての教育課程を終えているわ。魔法少女との連携をとる軍の指揮官として期待しているの」


 そこにミレイユが不機嫌そうな様子でティアナクランたちの前にやってくる。


「殿下、その話はやめてほしんですがね。昔の話ですので」

「希望するなら魔装宝玉を来年度支給してもいいのですよ」


 いたずらっぽい笑みで王女に言われてミレイユは頬がひきつけを起こすようにヒクヒクと動く。とんでもないと手を振りながらミレイユは否定する。


「何の冗談だい。この年で魔法少女とかいい笑いものだよ」


 周囲で聞いていたマルクスが思わず吹き出してしまった。


 「魔法少女じゃなくて魔法熟女じゃねえか」

 

 瞬間、ミレイユは無詠唱で風の下級砲撃を撃ちマルクスをぶっ飛ばした。

 周囲からはおおっと感嘆の声が上がる。つられて笑いそうだった生徒はマルクスの様子に慌てて口を引き締め戦戦恐恐としている。

 ティアナクランはそれにも動じず会話を続ける。

 

「あら、フロレリア様はいまだに魔法少女よ」

「10年経っても一切老けないフロレリア様と一緒にしないでくれないかい」


 確かに全然違う、と納得した生徒もミレイユの魔法砲撃でぶっ飛ばされていく。

 だが、魔法少女と聞いて黙っていられないのがフレアだ。とてつもないキラキラした目で懐から隠し持っていた魔装宝玉を1個取りだしミレイユに差し出した。


「……何の()()だい?」

「差し上げます。へ、変身してみてくれませんか」


 つぶらな瞳で期待一杯の視線を受けてミレイユはたじろぐも拒絶する。


「この歳で変身なんてどんな拷問だよ。勘弁して欲しいね」

「駄目、ですか……」


 それはそれは残念そうにフレアが言うものだからミレイユは罪悪感に襲われるがやはり固辞する。


「あんたの魔装法衣は知ってるよ。想像してごらん。あんなフリフリの法衣をきたら犯罪だろうに」

「ぎゃはははは、腹痛え。確かにひでえ絵面だぜ」


 堪えきれず口に出ているマルクスに風の砲撃が直撃し沈黙する。悶絶するマルクスを見た周囲が恐怖で沈黙する。


「……そうですか」


 魔装宝玉を引っ込めてフレアはうつむいてしまった。そして、道場を出て行く。

 

「なんとか分かってくれたようだね」

「フローレアは魔法少女に対する情熱が誰よりも強いですから」


 申し訳なさそうに見送った2人。しかし、リリアーヌの予想は違っている。


(いや、フレアっちが簡単に諦めるとは思えないんだけど)


 事実、フレアは足早に工房に向かいつつこう考えていた。


「そうだ。法衣が駄目なら魔導鎧。いいえ、『魔装鎧』を新たに作ってしまいましょう。ふふふ、あはははは、これは邪道。されど私から魔法少女を奪うなど神が許そうとも認めはしません。やり遂げてみせましょう」


 後に、王国を震撼させる新たなる発明が誕生することになる。

 それはティアナクランとビスラード国王を酷く悩ませることになるのだ。

 

 

 

 王都ロンドウィルに近い人口10万人の大都市ベルカ。

 王都の南側に位置し周囲を城壁で囲みけっして少なくない駐屯兵も守備している。無魔の脅威も、ほとんどなく安全なはずの奥まった領地に戦禍が降りかかっていた。


「ド、ドラゴンだっ!!」


 兵士は圧倒的な生物としての力の差を本能でさとり地面に足がぬいついたように動かない。ただ、目の前の強大な暴力が振るわれるのを震えながら受けるしかない。

 それは人間ではどうしようもない自然災害の圧倒的な力を前にしたかのように。

 竜とはそれほどに理不尽な力なのだ。


「う、撃てええ」


 射かける矢は堅い鱗が弾き、常時展開されている魔法障壁が魔法砲撃を霧散させる。

 竜が空を飛び、超高温のブレスを地上に吐きかけて兵士をなぎ払い、残った兵も地上から攻め入る竜人にいとも簡単に蹴散らされる。


「ぎゃああああ」

 

 一方的だった。突然の侵略者に手も足も出ない。(えん)()と絶望混じりの悲鳴に焦げ臭さが満ちていく。兵は敵に傷一つつけることができない。

 その様子を後方から悠々と歩くゲールが(あざけ)る。


「くはは、なんてもろい。やはり翼なしどもはどうしようもない下等生物だ」


 周囲を吹き飛ばすべく強大な魔法の渦を展開する。

 そんなゲールの腕をとり攻撃を四散させると諫めるよう忠告する竜人がいる。その竜人の名はジェイク。

 エクリスが一目置く若き武人。ゲールが暴走しないように監視するお目付役である。


「エクリス様は戦えぬ一般人には手を出さぬよう厳命しています。それでは一般人を巻き込みます」

「知るか。弱すぎる人間どもが悪い」

「それをエクリス様にも報告してもよろしいのですね」

 

 その名が出るとゲールは渋々ながら手を下ろす。


「まあいい。ベルカは落とした。制圧が完了し、準備ができ次第王都を攻めるぞ」


 ジェイクは人々の悲鳴を聞き見回すとゲールの部下が略奪を始めたことを認識する。それにはゲールに詰め寄る。


「見極めが終わるまで住民への略奪は禁止されているはず。すぐにやめるよう命令を」

「略奪は勝者の権利だ。なぜやめねばならん」

「あなたは力あるものとして誇りはないのか」

「止めるのならそっちでやれ。竜人は力が全てだ」

「このことも報告します」

「勝手にしろ。どうせ、この程度ならば口で注意されて終わりだろうがな」


 ジェイクはこみ上げる怒りを抑えてエクリスに疑念を抱く。


(エクリス様はなぜこのような暗愚を連れてきたのだ。これでは本当に全面戦争になりかねない)


 とにもかくにもジェイクはゲールの息がかかっていない竜人に呼びかけて統制に注力することになる。


(目が()れたな。俺様にはあの方からもらった力がある。これさえあれば無敵だ。魔法少女がどれだけいようが敵じゃない。それを証明してやるよ)

 

 ゲールは醜悪な表情で踊る周囲の様子を眺めているのだった。


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